第31話 盗賊
「そこをどけっ!」
俺は剣を構え、眼前の盗賊に叫んだ。
少女の出血具合を考えると、一刻の猶予もない。
急がないと……!
「ったく、邪魔しやがって! 誰だ、てめぇらは!」
盗賊は舌打ちすると、手斧を構えたまま、じりじりと俺ににじり寄ってくる。
とにかく時間がない。
能力では俺が上回っているんだ。
さっさとこいつらを片付けて、少女を救護しないと!
「でやぁぁぁっっっ!!」
力任せに剣を一閃した。
相手の構えた手斧ごと、一気に吹き飛ばす。
「ぐおっ!」
盗賊は悲鳴を上げ、両腕を押さえながら膝をついた。
手斧が空中でくるくると回転しながら、放物線を描いて森の奥へと飛んでいく。
よし、無力化できたぞ。さっさと次を相手にするか。
俺は御者台に向かって一直線に駆け抜ける。
進路を遮る盗賊を次々と剣で切りつけた。
狙うは手首。とにかく、相手が武器を使えない状況にしておきたい。
後方のエディタとティーエの安全確保のためにも、だ。
ただし、殺さない程度に手加減をしている。
ここで盗賊を生け捕りにして街の官憲に突き出せば、もしかしたら俺たちの待遇の改善が図れるかもしれないとの、淡い期待もあるからだ。
武器を失った盗賊の拘束は、エディタに魔法で任せる。
風魔法に長けるエディタは、《エアカッター》なりを駆使して相手の動きを封じるのが得意だ。
この方法で、かつてマルツェルすらいいようにあしらったこともあるらしく、信用できた。
俺はとにかく、まずは少女の救出だ。
遠目からでも少女の血の気が失せていっているのがわかる。
「マズいな……」
馬車のそばには、盗賊の頭らしき体格のよい男が待ち受けていた。
「おめぇら、何もんだ? もしや、オレたちの獲物を横取りしようってぇ腹づもりかぁ?」
「んなわけあるかよ! 盗賊に襲われている人を見過ごせない、ただのお節介焼きだっ!」
「チッ! 正義の味方ヅラした、生意気なガキかよ!」
盗賊頭は顔をしかめ、懐から何かを取り出した。
「そらよっ!」
盗賊頭はひょいとその何かを俺に放った。
刹那、何かは空中で爆発し、白い煙がもうもうと周囲に立ちこめた。
「しまっ! 煙幕か!」
油断した。まさかこんなものを隠し持っていたなんて!
「そら、おしまいだ」
盗賊の声が、耳元で冷たく響く。いつの間にか、接近を許していた。
俺はそのまま腹を殴られ、後方に吹っ飛ばされた。
「ぐっ! ゲホッ……」
「デニス!」
「お兄ちゃん!?」
エディタとティーエの声が聞こえた。
俺は問題ないと片手を上げて安心させる。
ステータスの差が利いている。
みぞおちに打撃を受けて咳き込んだものの、ダメージはたいしたことがなかった。
「なんだ、てめぇ……。ただの冒険者じゃねぇな?」
盗賊頭はいぶかしげに俺を睨んでいる。
きっと、今のが奴らの必勝パターンだったんだろう。俺にたいしたダメージが入っていないので、動揺しているようだ。
「俺たちは、単なる駆け出しの冒険者さ」
俺は挑発するように笑った。
盗賊たちはざわめき、いきり立つ。
さて、どうするか。
御者台の周りには、盗賊頭以外にもまだ何人か盗賊が控えている。
……面倒だ、ここは《上級》スキルで一気に決めちまうか。
少女の身体を考えれば、もう時間もかけられない。物理攻撃の練習だなんだと言っていられる状況じゃなさそうだ。強力な魔法で、一気に終わらせる。
今の俺のステータスで放てる最上位のスキルが、《上級》だ。《伝説級》には及ばないが、《上級》は人族の到達できる実質的な最上位のスキルでもある。
相手は俺の実力を測り切れていない。
これだけ剣で戦える俺が、まさか魔法まで撃ってくるとは思っていないだろう。
俺は囮として剣を構えつつ、小声で魔法の詠唱を始めた。
必勝パターンが敗れた盗賊たちも、さすがに不用意には飛び込んでこない。
ちょうどいい詠唱時間稼ぎになった。
「そらっ! こいつを食らいなっ!!」
叫び、剣を地面に捨てて両手を前に突き出した。
盗賊たちは俺の動作に戸惑ったようだ。完全に反応が遅れている。
「《ファイヤーボール・上級》!!」
かけ声とともに、俺の手のひらから真っ赤な火球が複数飛びだした。
立ちすくんでいる盗賊たちを、次々と襲う。
上級は追尾の効果も上乗せできるので、確実に盗賊に当てられた。代わりに、殺さない程度まで威力は抑えている。
盗賊たちは火球で焼かれ、武器を放り投げて逃げ惑い始めた。
よし、御者台の周りの盗賊は、全員いなくなったな!
「エディタ、残りの後始末を頼むっ!」
「わかりましたわっ!」
火球を直撃させた盗賊も含め、残党はすべてエディタに任せた。
俺は倒れている少女の元に駆け寄り、肩を抱いた。
「こいつは、ひどいな……」
脈が弱い。危険な状態に思えた。
ポーションや並の回復魔法では、ちょっと追いつかなそうだ。
「ここは……。また、《上級》を使うしかないな」
少女を静かに地面に横たえ、俺は詠唱を始めた。
一日二回の《上級》は、今の俺の魔力だとぎりぎりだ。でも、今使わないと、この少女の命はないだろう。
「《回復・上級》!!」
少女の腹部に置いた俺の手のひらから、まばゆいまでの白い光がほとばしる。
一瞬のうちに、少女は光に包まれた。
「間に合って、くれよ……!」
俺は祈りながら、少女に魔力を流し込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「デニスッ!」
エディタが声を張り上げながら、俺のそばに駆け寄ってきた。
「盗賊は?」
「大丈夫、拘束し終えました。ティーエって意外と馬鹿力で、驚きましたわ」
「ま、俺と同じで両親譲りの身体能力を持っているからな」
エディタは納得したとばかりに、微笑を浮かべている。
さっきまでの鋭い魔術師の顔が、ふっと緩んで女の子の顔に戻る。その切り替わりが、なんだか妙に目に残った。
「そちらはどうです? 女の子は……」
「傷は塞いだ。《回復・上級》をかけたから、失った血もある程度戻してやれたと思うんだけれど……」
俺の言葉に、エディタは目を大きく見開いた。
「デニス、回復魔法まで《上級》が使えるんですの!? すごい、ですわね……」
「そりゃあ、俺って『真の勇者』なんだし?」
おどけたようにエディタに笑いかけた。
「そ、そうでしたわね……。デニスは、わたくしの、勇者様……」
エディタはサッと視線をそらした。
その耳までほんのり赤く染まっているのが見えて、俺は一瞬、返事を忘れそうになる。
ん? どうしたんだ。
てっきり、エディタも笑ってくれると思ったんだけど……。
しかし、すぐにエディタは視線を戻し、微笑を浮かべた。
わずかに抱いた、違和感……。
気のせいだったのかな……。
――あるいは、俺が鈍くて、気づくのを避けているだけなのかもしれない。
「あっ、女の子が目を覚ましそうだよ」
ティーエが横から顔を出し、地面に寝ている少女を指さした。
「う……ん……」
少女は身じろぎをし、薄目を開いた。
「あ……れ……? 私……、生きて、いる?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
声をかけると、少女は驚いたようにビクッと身体を震わせた。
「あなたは? ……っ!?」
突然、少女が声にもならない悲鳴を漏らす。
瞬間、俺は背中に激しい熱を感じた。
「ぐ……ぁ……!」
口からうめき声が漏れ、そのまま地面に倒れ込んだ。
「で、デニス!」
「お兄ちゃん!?」
エディタとティーエの悲鳴が、周囲に響き渡った――。




