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第30話 日銭を稼ぐぞ!

 冒険者ギルドから追い出された翌日――。


 俺たちは当面の日銭を稼ぐべく、魔獣の肉や毛皮、薬草を収集するために、ネサルドの西に広がる森まで足を運んでいた。


 冒険者ギルドを通した依頼ではないため、きっと素材も買いたたかれるだろう。

 でも、このままなにもせず日にちだけが経過してしまえば、俺たちはあっという間に干上がってしまう。


 少なくとも、その日の食費くらいは稼いでおかなければ……。


「このあたりの魔獣は、どの程度の強さなんですの?」

「街からあまり離れていないからな。初級の冒険者パーティーでも問題ない程度らしいぞ」

「でしたら、特に不安はありませんわね」


 言葉どおり、エディタの表情にはさほど緊張はない。けれどときどき、癖なのか、杖を握る指先に力が籠もっている。

 王家に追われる身になってから、どうしても周囲に敏感になってしまったのだろう。


 今の俺は、上級の冒険者だと言い張っても馬鹿にされない程度に、各能力が上がっている。

《信頼》の支援もあり、エディタも攻撃魔法に限れば上級の水準に達していた。まず問題はないだろう。

 ティーエも戦えはしないが、元々ステータスは俺よりも上なので、耐えるだけなら余裕なはず。


「っと、さっそくお出迎えか」


 木々に紛れて何物かがうごめいていた。


「あの感じ、イノシシ型の魔獣だね」


 ティーエの指摘の声と同時に、魔獣が二匹、木陰から飛び出してきた。


「当たりだな。よし、サクッとやっちまうか」


 俺は長剣を抜き、一気に突進する。

 最近は、意図して剣を扱うようにしている。物理攻撃手段にも、慣れておきたいしな。


「負けていられませんわっ!」


 背後からエディタの詠唱の声が聞こえた。


 俺は初級スキルの《高速攻撃》で、イノシシ型の魔獣の一匹に斬りかかる。

 一方で、鋭い風切り音とともに、エディタの放った《エアカッター》が、近くにいるもう一匹に襲いかかった。


 さすがに、この程度の魔獣は相手ではなかった。

 あっさりと勝利した俺たちは、目的の素材を剥ぎ取ると、次の獲物を探しに出た。


 こうして並んで狩りをしていると、エディタが「頼れる相棒」になってきたのを実感する。

 同時に――マルツェルにはめられて、一人古竜の前に捨て置かれていたエディタの姿が脳裏に浮かび、もう二度とあんな顔はさせたくない、とも思った。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 順調に狩りは進んだ。


 ある程度の量の素材も集まったので、そろそろ街に戻る頃合いだ。


「さて、日が暮れる前に帰らないと――」


 言いかけたところで、不意に視線を感じた。


「また、か?」


 背筋に冷たいものが走る。

 ここに来るまでにも、一瞬だけ同じような気配を感じた気がする。気のせいだと片付けたが……さすがに何度もとなると、無視しづらい。


 俺は剣を鞘から抜き、周囲を見回した。


「どうしたの、お兄ちゃん」

「また、視線を感じた。みんな、俺から離れるなよ」

「えっ……」


 エディタが声を震わせる。

 そっと俺のマントの端をつまみ、そのまま離そうとしない。王家の追跡の可能性がある以上、エディタにとってはかなりの恐怖に違いない。


 俺は一歩だけ後ろに下がり、エディタとティーエを背中にかばう位置を取り直した。たとえ、視線がただの通りすがりによるものだったとしても――「怖かったのに放置された」とエディタに思わせたくなかった。


 ガサッ……。


 背後の茂みから音がした。


「誰だ!」


 誰何(すいか)の声を上げるも、反応はない。

 刹那、何者かが走り去る音が聞こえた。


「ま、待てっ!」


 音のした茂みに向かって、俺は一気に駆けだした。


「くそっ、見失ったか!」


 相手は相当にすばしっこいらしく、あっという間に撒かれた。

 いったい、何が目的なんだ。


「お兄ちゃん、これを見て!」


 ティーエが声を張り上げた。


「どうした?」

「ほら、これ。足跡」


 ティーエの指し示す地面に、小さい子供のような足跡が転々としていた。


「なんだ、これ……。見張っていたのは、子供?」

「うーん、どうだろう。これって靴跡だから、相手は少なくとも人間か、人型の何か、ではあるね」


 ティーエと顔を見合わせて、首をかしげた。


「エディタ、何か心当たりはあるか?」


 王家の関係者に、もしかしたら小柄で尾行に長けた人材がいるかもしれない。

 そう思い、俺はエディタに意見を求めた。


「えっ? ……申し訳ございません。わたくしの知っている限りでは……」


 エディタは頭を横に振って否定する。

 その横顔には、安堵と不安がないまぜになったような影が差していた。


「そうか……。まぁ、手がかりもこれ以上なさそうだし、今のところ直接的な被害もない。放っておくしかないかぁ」

「ま、仕方がないねぇ」


 悩んだところで、今はどうにもならない。

 ただ、これで「気のせい」と切り捨てるには回数が多い。次に同じことがあれば、そのときは本格的に対処を考えないと――。


 手持ちには鮮度が重要な素材も混じっている。

 時間が惜しいし、素材が痛む前にさっさと街に戻って売却してしまおう。


「エディタ、怖かったら、俺のすぐ後ろにいろよ」

「……ありがとうございますわ。少しだけ、そうさせていただきます」


 エディタは小さくうなずき、さりげなく俺のすぐ後ろに位置を移した。

 その距離感が、ほんの少しだけ以前より近くなっている気がして、俺は妙にくすぐったい気持ちになる。


 俺たちは街道に抜けて、ネサルドへの帰路についた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 歩いている街道は、森の中を縫うように走っている。

 うっそうとした木々に囲まれているために、あまり視界はよろしくない。


「ちょっと、薄気味が悪いですわ」


 エディタが両腕で身体を抱きながら、周囲をキョロキョロと見回している。

 さっきの尾行のせいで、不安が尾を引いているのだろう。


「人通りがないから、余計に不気味だよねぇ」


 ティーエはうなずき、俺の服の袖をぎゅっと握りしめた。


 たまに鳥の鳴き声が聞こえる程度で、周辺はほぼ静寂に包まれている。

 俺たちは少し足早に、ネサルドに向かって歩を進めた。


 そのとき――。


「いやぁぁぁっっっ!!!!」


 森の中に似つかわしくない、女性の悲鳴が響き渡った。

 同時に、金属がぶつかり合う音も耳に飛び込んでくる。


「今のは……女の子の悲鳴かな?」

「だな。急ぐぞ!」


 魔獣にでも襲われているのかもしれない。

 俺たちは駆け出し、声の聞こえた現場に急行した。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 現場は凄惨だった。


 街道のど真ん中に馬車が一台止まっているが、馬の姿はない。御者台が破壊されているので、どこかへ逃げていったようだ。

 周辺には人が数人倒れており、地面を赤黒く染めていた。ピクリとも動かないところを見ると、すでに事切れているように思える。


 そんな馬車の周りを、汚らしいボロ布を着た盗賊らしき男たちが、ぐるりと取り囲んでいる。それぞれが手に持つ得物には、べっとりと血糊が付いていた。


 状況を鑑みれば、倒れているのは馬車の護衛だろう。


「た、助けてくれ……」


 馬車の中から男の声が漏れてきた。

 おそらくは、この馬車の持ち主に違いない。


 ふと、御者台のそばで倒れていた人影が、わずかに動いた。


「うっ……。い、痛い……」


 肩と足から血を流しているその人影を見て、俺は息をのんだ。


 女の子だった……。

 ってことは、さっきの悲鳴はこの子って訳か。


 少女の周囲がどんどん赤く染まっていく。出血が激しそうだ。

 このままでは、周辺で倒れている他の護衛のように、物言わぬ物体と化すのも時間の問題だ。


「どうする、お兄ちゃん」

「もちろん、救出だっ!!」


 叫ぶと、剣を鞘から抜き、地面を蹴った。


「チッ! 邪魔が入りやがった!」


 盗賊たちは俺たちに向き直り、武器を構える。


 遅いっ!


 俺は一番近い場所に立つ盗賊めがけ、突進した――。

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