第29話 ★魔剣シュピルベルグ
『オレに、身を委ねろ……』
マルツェルの脳裏に、何者かの声が聞こえた。
「なん、だ……? オレは、今まさにヴァレンティンに殺されようとしているところじゃ……」
マルツェルは疑問に思った。
こうして思考できているのなら、それはすなわち、まだ生きている証拠だ。
「ど、どこから聞こえてきやがる……」
身体が、動かなかった。まぶたも開けない。
「く、くそっ……」
思いどおりにならない身体に、マルツェルはいらだった。
『さぁ、オレ様に、身を委ねるんだ……』
再び声が頭の中に響いた。
「だ、誰だか知らないが、オレを助けてくれるのか?」
『然り。さぁ、身を委ねよ……』
もはや、命は風前の灯火。
掴めるものは、もう何でも掴んでやろうと、マルツェルは腹をくくった。
「わかった、委ねる! だから、この状況をどうにかしてくれ!」
『オレ様にかかれば、たやすいものよ』
瞬間、マルツェルは体内に何者かが入り込んだような違和感を抱いた。
身体が動き出す。
マルツェルは目を開いた。
ギラリッ……。
眼前に、今にも振り下ろされんばかりの、ヴァレンティンの槍の穂先が見えた。
だが、ヴァレンティンの様子が、どこかおかしい。
「お……まえ……。まさか……」
ヴァレンティンは目を大きく見開きながら、戸惑い、つぶやいた。
そのまま槍を引っ込め、上空へ舞い上がる。
この隙にイレナとロベルトがマルツェルの元に駆けつけた。
「おい、これはどういうことだよ!」
「マルツェル、魔剣が光っているじゃん!」
言われて気がついた。
シュピルベルグが小刻みに震え、紫色に怪しく明滅している。
マルツェルは立ち上がった。
不思議と身体の痛みがない。
あの謎の声の主が、身体に入り込んで何かをしたのだろうか。
状況を考えれば、声の主はきっとシュピルベルグに違いないと、マルツェルは思う。
いずれにせよ、状況は好転した。
「おまえ……。もしや、魔剣に?」
明らかに、ヴァレンティンの様子がおかしかった。
――ヴァレンティンは、この魔剣の正体を知っているのか?
言動からも、ヴァレンティンが魔剣について、マルツェルの知らない何かを知っていそうな雰囲気を感じる。
マルツェルは小刻みに震えたままのシュピルベルグに目を遣った。
「……つまらん。興がそがれた」
ヴァレンティンはつぶやくと、マルツェルたちに背を向けた。
「一時撤退だ! 帰るぞ!」
森じゅうに響き渡るのではないかと思うほどの大声で、ヴァレンティンは叫んだ。
瞬間、周囲で地響きが鳴り響き、もうもうと砂煙が舞い上がった。
「魔獣たちが、下がっていく?」
マルツェルたちは状況の変化についていけず、立ちすくんだ。
「今は殺す価値もない。見逃してやる、消えろ!」
ヴァレンティンは捨て台詞を残し、魔獣たちと森の奥へと消えていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「な、に……? 私たち、助かった?」
イレナのつぶやきが漏れた。
「どうやらそうらしいぜぇ……。魔獣の気配が、すっかり消えた」
ロベルトが周囲を見回し、ホッと息を吐き出した。
「それにしても、マルツェルよぉ。さっきのは何だったんだい?」
「シュピルベルグが光っていたじゃん! あんな特殊効果、今まで使ったことないよね」
「……あぁ」
マルツェルはなんとも答えようがなく、気のない返事をする。
魔剣がしゃべったなどと言ったところで、信じてもらえないだろうと、マルツェルは思う。
「あの怪しい紫の光を見て、ヴァレンティンの野郎びびってたぜぇ」
「うんうん。シュピルベルグが光ってから、明らかにあいつおかしくなったじゃん」
イレナとロベルトは興奮気味にまくし立てる。
「まぁ、それはともかくだ。オレたちもいったん王都まで戻ろうぜぇ。もうボロボロで、限界だぁ」
「賛成じゃん!」
「……そうだ、な」
マルツェルはうなずき、いつの間にか光が消えていたシュピルベルグを、慎重に鞘に収めた。
「勇者、様……?」
ふと、何者かの声がした。
「誰だ!」
誰何の声を上げると、木の陰から一人の王国兵士が現れた。
「何だぁ、てめぇ……」
ロベルトが兵士を威嚇する。
前触れもなくいきなり現れたので、ロベルトは相当に警戒しているようだ。
「わ、私は……。将軍から、勇者様たちの様子を見てくるようにと……」
「監視かよ……」
マルツェルはため息をついた。
国王たちの信用はある程度稼いだと思っていたが、どうやらまだ、信頼しきってもらえてはいないようだった。
「おめぇ、オレたちのことをなんて報告するつもりだぁ?」
「え? ……勇者様たちは、魔族軍に苦戦してボロボロになった上に、ヴァレンティンには手も足も出なかった。でも、最終的にはなぜか、魔族側が撤退していった、と」
兵士は少しおびえながら答える。
マルツェルたちは頭を抱えた。
兵士の言葉は事実だ。
だが、このまま報告されれば、王たちはマルツェルたちの実力に疑問符を突きつけるだろう。
勇者の特権を維持し続けるためにも、もう少し都合の良い報告をさせたいと、マルツェルは思った。
「おいっ」
「は、はい……」
「オレたちが実力で追い払った」
「……へ?」
兵士は何を言われたのかよくわからないのか、ぽかんと口を開けた。
「だーかーらっ!」
マルツェルは兵士に近づき、胸ぐらを掴んだ。
「オレたちが、実力で、あのヴァレンティンを、追い払ったと、そう報告しろ!」
マルツェルはつばを飛ばしながら、大声で兵士を怒鳴りつけると、そのまま地面に投げ飛ばした。
兵士は尻餅をつき、尻をさすりながら、おびえた目つきでマルツェルを見上げる。
「もし、オレたちの言うことを聞かなければ……」
マルツェルはニヤリと笑い、魔剣の柄をポンッと叩いた。
「こいつの餌食になってもらうぜ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マルツェルたちは王都に戻ってきた。
これから、国王への報告のために、王宮に向かわなければならない。
結局、魔剣の声についてはイレナとロベルトにも話しておいた。今後も声が聞こえ続けるようであれば、仲間である二人にも知っておいてもらったほうが良いと判断したからだ。
だが、案の定、恐怖で幻聴を聞いたのだろうと笑われた。
徐々に王宮が見えてくる。
マルツェルたちの心境は、複雑だった。
無事に帰れた安堵と、兵士が裏切らずに都合の良い報告をするかどうかの不安と……。
兵士については、かなり執拗に脅しをかけたので、きちんと言うことを聞くはずだとマルツェルは信じている。
だが、人の心は豹変するもの。どうしても、心配はつきまとう。
それに、風のヴァレンティンとの実力差も、実際に戦って痛感した。
やはり、《伝説級》がなければ、厳しい戦いになるのは間違いない。
「どうして、《伝説級》が使えなかったんだ……」
対古竜戦で《伝説級》が使えなかった理由を、てっきり古竜のユニークスキルのせいだと思い込んでいた。だが、今回の一件から、どうやら違うらしいとわかった。
しかし、原因がはっきりしない。思い当たる節がなかった。
……強いて挙げれば。
ぼんやりと脳裏に浮かぶ、一人の少年の顔。
「まさか、な……」
あり得ない想像をしたと、マルツェルは慌てて頭を振った。
「とにかく、魔族征伐で結果を出さないと、勇者の地位を剥奪されちまう……」
今は切り札を封じられた状態だ。非常にマズいとマルツェルは思う。
早急に、新たな戦い方を確立しなければ。
同時に、《伝説級》が使えなくなった原因を見つけ出し、取り除かなければ。
次々と降りかかってくる難題に、マルツェルは頭が痛かった――。




