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第28話 ★風のヴァレンティン

「オレたちは、貴様に勝つ!!」


 マルツェルはシュピルベルグの切っ先をヴァレンティンに向けた。


「そう来なくてはな。面白くない……」


 ヴァレンティンは口角を上げ、槍を何度か振り回す。


「ちょ、ちょっと、マルツェル。本気?」


 イレナはマルツェルの服の裾をつかみ、声を震わせた。


 マルツェルは無言でイレナとロベルトに振り返ると、後方にチラリと目線を送る。

 戦うふりだ。勝てるはずがない、逃げるぞ、と。


 意図を理解したのか、イレナもロベルトもうなずいた。

 マルツェルは改めて、眼前のヴァレンティンの隙を窺った。


 槍を構えてはいるが、やはりどこか油断をしているように見える。


 魔獣たちの引っ込んでいる今が、逃走の好機だ。おそらく、もう二度とこのような機会は訪れない。マルツェルはそう睨んでいた。


「しかし、まともな手段では逃がしてくれないよな……」


 戦闘を強く欲している様子のヴァレンティンから、そう易々と逃げられるとは思えない。何か策が必要かもしれないと、マルツェルは必死に考えた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 あれこれと悩んだ末、マルツェルは最終的に一つの案に行き着いた。


 戦うふりをして少しずつ後退。

 ある程度後退できたら、そこで目くらましになる大技をぶちかまして、隙を突いて一気に逃走。


 後退したことで、ヴァレンティンが下がらせた魔族や魔獣との距離も十分とれるはずなので、再度取り囲まれるような状況にはならないはず。

 単純だが一番効果的かもしれないと、腹をくくった。


 ただ、ふりとはいえ戦闘に入る。相手の一時的な猛攻に耐えきれるかが不安だった。

 加えて、目くらましの大技が効かなかった時、どうするか。


 マルツェルにとっては、大きな賭になる。

 しかし、他に手はない。このままでは、なぶり殺しにされるだけだ。


 マルツェルは小声でイレナとロベルトに作戦を指示し、シュピルベルグを構え直す。


「さて、始めるか」


 ヴァレンティンはつぶやくと、槍を握りしめて地面を蹴った。


「来るぞっ!」


 マルツェルたちはじりじりと後退しながら、ヴァレンティンの攻撃をひたすらかわす。


「フンッ。逃げ足だけは速いみたいじゃないか」


 ヴァレンティンが挑発してきた。

 しかし、マルツェルは耳を貸さず、後退しながらの回避を続ける。


「ならば、こいつはどうだい?」


 ヴァレンティンは槍を腰だめに構え、突っ込んできた。

 マルツェルたちは避けようとするも、突如風圧に押され、突撃の線上から抜けられない。

 さすがに風のヴァレンティンと呼ばれているだけあり、詠唱もなく風を自在に操れるようだ。


「やべぇ!」


 ロベルトが魔盾を構え、マルツェルたちの前に立った。


「頼むぜぇ! オドラス!」


 かけ声とともに、ロベルトの前に半透明の紫色の大きな膜が展開する。

 魔盾《オドラス》の特殊効果、《絶対防御》の発動だ。

 一日二回しか使えないが、出し惜しみをしている場合ではないと、ロベルトは判断したようだ。


「なっ!?」


 初めて、ヴァレンティンの表情に変化が見られた。


 突き出された槍の穂先は膜によって阻まれ、逆にヴァレンティンは後方に弾き飛ばされた。


「クッ……。シュピルベルグ以外にも、魔武具を持っているとはな」


 地面にペッとつばを吐き捨てながら、ヴァレンティンは起き上がった。


「どうやら、その女の杖も同じようだな……。もう少し、真面目にやるか」


 ヴァレンティンは槍を地面に突き刺すと、両手を天に掲げた。

 そのままブツブツと詠唱を始める。


 来た、とマルツェルは思った。

 隙だらけの今が、逃走の好機。


 マルツェルたちはうなずき合うと、行動を開始した。


「セドレツ、解放じゃん!」


 イレナのかけ声とともにセドレツから激しい竜巻が生じ、ヴァレンティンめがけて飛んだ。


「頼むぜ、シュピルベルグ!」


 マルツェルは竜巻の渦に向かってシュピルベルグを向け、強烈な冷気を放った。


 セドレツとシュピルベルグの特殊効果の合わせ技《ダイヤモンドダスト》が、詠唱で身動きがとれなくなっているヴァレンティンを襲う。


「っしゃ! イレナ、マルツェル、逃げるぞ!」


 ロベルトの怒声とともに、マルツェルたちは一斉に後方へ駆けだした。

 だが――。


「……君たちは、本当に愚かだね」


 ヴァレンティンの凍り付くような声が周囲に響き渡る。


 パキンッという音とともに、ヴァレンティンを囲んでいた氷の竜巻は、一瞬のうちに消滅した。


「え?」


 状況が掴めず、マルツェルはぽかんと大口を開けた。

 すると、その瞬間――。


「ぐあっ!?」


 マルツェルは腹部に衝撃が走り、吹き飛ばされた。

 地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がる。


「う……、痛ぇ……」


 みぞおちを押さえながら、マルツェルはうめき声を上げた。


「私は《()()ヴァレンティン》……。あの程度の竜巻など、涼風にもなりはしないね。まさか、効くと思ったのか?」


 ヴァレンティンはニタッと口角を上げ、マルツェルを見下ろした。


「それにしても、今代の人族勇者は小物だねぇ。まさか、まともに戦おうともしないで、逃げを打つとはね」

「う、うるせぇよ……。万全だったら、おまえなんかに……」


 マルツェルは虚勢を張り、ヴァレンティンを睨みつける。


「弱き者の空威張りほど、哀れなものはないね……。さて、遊びはそろそろやめにしようかな。どうやら、過去の勇者と比べても、君たちはたいしたことがないようだ」


 ヴァレンティンはつまらなそうな表情を浮かべ、マルツェルの背中を蹴り飛ばした。


「ぐっ……」


 マルツェルは痛みで地面をのたうち回る。


「マ、マルツェル!」

「ちくしょう! マルツェルから離れやがれぇ!」


 ヴァレンティンが立ち塞がっているため、イレナもロベルトもマルツェルに近づけない。


「先代勇者に殺された我が父の敵を、まさか、こうもたやすく達成できるとはね……」


 ヴァレンティンはため息をつくと、手に持つ槍を振り上げた。


「く、くそっ……。ここまでか……」


 もう、どうにもならない。万策尽きていた。

 マルツェルは観念し、目を閉じて最期の瞬間を待った――。

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