第27話 ★戦うか、逃げるか
マルツェルは魔剣《シュピルベルグ》を構え直し、上空に浮かぶヴァレンティンを睨みつけた。
「ちくしょうっ! まさか本命が、こんな時に出てきやがるとは!」
すでにマルツェルたちはボロボロだ。
まともに戦えば勝ち目がないのは目に見えていた。
頼みの綱の《伝説級》も、なぜだか使えない。
さらには、ヴァレンティン率いる魔族や魔獣の部隊が、遠巻きに周囲をぐるりと取り囲んでいる。
あまりに状況は絶望的だった。
「マ、マルツェル……」
地面に突き立てた魔杖《セドレツ》に寄りかかりながら、イレナは全身をガタガタと小刻みに震わせていた。
一方、傷つき地面に倒れていたロベルトは、全身から血を流しつつも、なんとか身を起こす。
「い、痛ぇ……。イレナ、回復を……」
ロベルトは片膝をつき、魔盾《オドラス》を支えにどうにか姿勢を維持している。
もはや戦える状態ではないと、マルツェルは見立てた。
「む、無理じゃん……」
イレナはいやいやをするように、頭を横に振る。
ロベルトの周りには、いまだに多数の魔獣が控えていた。おいそれとは近づけそうにない。
だが、このままロベルトを放っておいては、出血多量で危険だ。
「さぁ、人族の勇者よ。どうするかな?」
ヴァレンティンは不敵に笑いながら、マルツェルたちを見下ろしている。
マルツェルは改めて周囲を見渡した。
「くそったれ……」
逃げ道は見当たらない。
敵の囲いに、大きな隙があるようには見えなかった。
だが、それでも、今は逃げを打つ以外に手はない。
そもそも、《伝説級》が使えなくては、マルツェルたちに端から勝ち目はないのだから。
「なんとかして、逃げ切るしかないよな……」
マルツェルはヴァレンティンの動きに警戒をしつつ、イレナの側まで寄った。
「おい、なんとか逃げるぞ」
「む、無理じゃん!」
「んなことはわかってる! わかってるよ! でも、戦っても勝てやしないんだ。生き残るには、とにかく逃げるしかないだろうが!」
「うぅ……」
イレナは泣きながらも立ち上がった。
「とにかく、ロベルトを動けるまで回復させないと、話にならない。できるな、イレナ?」
「でも……。近づけないじゃん……」
「オレがなんとかするから! 隙を見て、回復魔法をかけてやれ!」
「わ、わかったよ」
マルツェルはシュピルベルグを構えた。イレナもセドレツを握りしめる。
「ほう、何かするつもりかな?」
ヴァレンティンは上空からピクリとも動かず、ただマルツェルたちの行動を見つめていた。
「いくぞっ!」
「うんっ!」
マルツェルたちはロベルトに向けて駆けだした。だが――。
『グルルルルルッッッ!!』
魔獣の群れが、行く手を阻む。
「くそっ! 邪魔するな!」
「どいてよっ!」
マルツェルはシュピルベルグを振り回し、行く手を遮る魔獣を切って捨てる。
だが、数の差はどうにもならなかった。あっという間に魔獣たちに囲まれる。
「ちっ!」
マルツェルは舌打ちをし、イレナをかばうように魔獣と対峙する。
イレナとロベルトは、マルツェルの成功のためには欠かせない大事な駒。こんな場所で失うわけにはいかないと、マルツェルも必死だった。
「この程度、か……」
マルツェルたちの様子を見ていたヴァレンティンが、少しつまらなそうな声を上げる。
「おまえたち、ちょっと下がっていろ!」
ヴァレンティンが片手を上げて叫ぶと、マルツェルたちを取り囲んでいた魔獣たちが、一斉に距離をとった。
マルツェルは好機と捉え、ロベルトの元に駆け寄る。
「ロベルト! 無事か!?」
「あぁ、マルツェル……。どうにか、なぁ」
「イレナ、早く回復を」
「わかってるじゃん!」
イレナはセドレツを掲げ、詠唱を始めた。
魔杖はぼんやりと白く輝き始め、やがてその光がロベルトに流れる。
ロベルトを包んだ光が、瞬く間に傷ついた身体を癒やし始めた。
「おっ、おっ。やっぱイレナの回復魔法は効くぜぇ」
しばらくすると光は消え、ロベルトの身体の表面上の傷は塞がった。
「助かったぜぇ」
「遅くなって悪かったじゃん」
治療も終わり、マルツェルたちは改めて、空中に浮かぶヴァレンティンに視線を移した。
「さて、もういいかな?」
ヴァレンティンはニヤリと笑った。
「さぁ、人族勇者とその仲間たちよ! 私と一戦、交えようではないか!」
片手で派手に外套を翻すと、ヴァレンティンは地上に降りてきた。
「せっかくの余興だ。邪魔が入るのも無粋だろう?」
ヴァレンティンが周囲に目線を送ると、周囲の低級魔族や魔獣たちは一斉に後退していった。
「部下には一切手を出させない。さぁ、今代の人族勇者の実力、見せてもらおうではないか!」
ヴァレンティンは宣言すると、片手を横に突き出した。
突き出された手に白いもやがかかったかと思うと、渦巻くように風が取り付く。
「我が父の敵――などと感傷めいたことを言うつもりはない。純粋に、戦いを楽しませてもらうとしよう」
渦巻く風が消えた。
突き出されたヴァレンティンの手には、一本の槍が握られていた。
ドクロをあしらったまがまがしい意匠が、マルツェルたちに威圧感を与える。
舐められていると、マルツェルは感じた。
ヴァレンティンはあえて部下を退け、怪我の治療を終えるまで手出しをしてこなかった。
自分が負けるとはこれっぽっちも思っていない。そんな態度だ。
しかし、油断をしているからといって、今のマルツェルに勝てる相手ではない。
「どうする?」
「に、逃げるしかないじゃん……」
「相手はやる気満々だぜぇ。逃げ切れるんか?」
まともに戦えば負ける。
マルツェルたち三人の共通認識だった。
尻尾を巻いて逃げるべきか?
それとも、あえて戦うべきか?
マルツェルは考える。
ここで選択を誤れば、命が危ういと。
「オレたちは……オレたちは……」
マルツェルはぐるぐると思考を巡らせながら、ヴァレンティンを睨む。
「オレたちは!」
生き延びるためには、これしかない。
マルツェルは決断し、ひときわ大声で吼えた――。




