第26話 ☆このままでいいの?
エディタは一足先に冒険者ギルドから宿に戻るや、布団をかぶり頭を抱えた。
さっきデニスが腕をつかんだ時の、あの温かさだけが胸の奥に残って離れない。
――あの場で、笑って受け流せればよかったのに……。
さっきまで必死に「大丈夫」と取り繕っていた笑みが、思い出すそばから崩れていく。
――うぅ、わたくし、やらかしてしまいましたわ……。
後悔しかなかった。
焦りで一人暴走してしまうとは、なんたる不覚か、と。
――きっと、デニスもティーエもあきれているわ。あの時はよかれと思って行動したけれど、今冷静になって振り返ってみれば、あれはないでしょうに……。
カァッと顔が熱くなった。
手足をばたつかせて、全身がむず痒くなるような居たたまれなさを、なんとかごまかそうとした。
――今のわたくしの微妙な立場は、わたくし自身がきちんと自覚していなければいけないもののはず……。あぁん、もうっ!
腕をつかまれデニスに指摘をされた時、エディタはハッとした。
自分の軽率な行動で、デニスやティーエを危険にさらしかねなかったと。追放された王族だとばれたら、どんな目に遭わされるかわかったものではない。
エディタは改めて考える。
――今の私は、やっかいな属性を身に帯びた、扱いの難しい迷惑な小娘。さながら、関わる者すべてを不幸にする、疫病神ね……。
自身の評価を、大幅に下げざるを得ない。
勇者並みのポテンシャルを持つデニスと比べて、今の自分はいったい何ができるのかと、エディタは自問自答する。
――デニスの負担にしかなっていない。私からデニスに、何らのメリットも提供できていない。
仲間なら助けて当然だとデニスは言った。
しかし、エディタは納得しきれなかった。
――なら、わたくしからもデニスを助けなければ、おかしいです。デニスからわたくしへの一方的な助力だけで、はたして真の仲間だと胸を張って言えるでしょうか! ……言えるはずが、ありませんっ!
思考は、ぐるぐると堂々巡りをし始める。
――とはいうものの、結局は「役に立っていない」という結論に、何度も何度も戻ってしまいますわ……。
しばらくあれこれ悩んでいると、部屋の扉が開く音が聞こえた。
デニスとティーエが帰ってきたようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
エディタは窓際の椅子に座り、壁により掛かりながらデニスをぼんやりと見つめた。
いまだに考えがまとまらず、頭がうまく働かない。
「どうしたの、ぼーっとしちゃって。エディタお姉ちゃん」
ティーエが話しかけてきた。
「あら、ティーエ……。いえ、先ほどの失態について、少々……」
「そんなにふさぎ込む必要なんてないと思うよ。お兄ちゃんは全然気にしていないと思う」
エディタは、あらためてデニスの姿を注視した。
黙々と装備の手入れをしている。
確かにティーエの言うとおり、冒険者ギルドでの一件を気にしている様子はなさそうだ。
宿に戻ってから、あらためて苦言を呈されるようなこともなかった。
――それでも……。気にしていないからこそ、余計に胸が痛いのですわ。
なにも言われないことが、かえってエディタの心を締め付ける。
「でも、デニスが気にしていなくても、わたくしは……。『旅の仲間』だと言っておきながら、彼になにも与えられていない自分に、胸が潰れるような思いですわ」
ため息をつき、窓の外に目線をずらした。
「何だかなぁ……。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、難しく考えすぎだよ」
ティーエは肩をすくめて、苦笑した。
「仲間だなんだって言ったって、お互い知り合ってから、まだ一月くらいでしょ?」
「はい……」
「助け合いがどうだーって、まだそんな時期じゃないんじゃない? 今までだって、お姉ちゃん、ちゃんとやってきたじゃない」
ティーエの指摘はもっともだと、エディタも思う。しかし――
「それでも、わたくしは命を救っていただいておりますし……」
「ああっ、もう! じれったい!」
ティーエは頬を膨らませると、エディタの腕をぎゅっとつかんだ。
「ティ、ティーエ?」
「ちょっとこっち来て、お姉ちゃん」
エディタはティーエに引っ張られ、部屋の外に連れて行かれた。
「な、なんですの?」
「ちょっと耳を貸して」
ティーエが手でちょいちょいと手招きする。
エディタはいぶかしがりながらも、耳をティーエの口元に寄せた。
「――あれこれと理由を付けているみたいだけれど、認めちゃったら? お兄ちゃんのこと、好きになっちゃったんでしょ? 仲間がどうのこうのって、それ、単なる建前でしょ?」
「っ!」
エディタは絶句した。
ティーエの指摘が図星なのだろうかと、思考を巡らせる。
――わからない。わからない、ですわ……。
手に汗がべっとりと染み出してきた。胸の鼓動が激しくなる。
「王族だからなんだ、メリットデメリットの与え合いがなんだ。そんなもの、好きになっちゃったら、関係ないでしょ?」
「そ、それは……」
答えに窮する。
エディタはティーエから一歩、距離を取った。
――この子は本当に年下なのかしら。わたくしよりも、よほどしっかりしていますわ……。
あらためてティーエの表情を窺う。
――わたくしは、どうすればいいの。ティーエの指摘を、認めてしまうべきなの?
エディタは思う。
ティーエの言葉はきっと正しい、受け入れるべきかもしれない、と。
でも――。
脳裏にサッと父王や勇者マルツェルの顔が浮かぶ。
エディタは怖かった。
旅の仲間という一線を護っておかなければ、もしエディタ自身に何かあった時に、デニスは自分を切り捨てて逃げたりできなくなってしまうのではないか、と。
自分のために、デニスに命の危険を冒して欲しくはない、重荷にはなりたくないと、エディタは思う。
――好きだと認めてしまったら、その瞬間から、デニスの逃げ道を奪ってしまうのではなくて? わたくしのせいで、彼の選択肢を狭めてしまうのではなくて?
確かに、デニスに真の勇者になって欲しいと懇願した際に、『婚約者に』などと口走った事実はある。でも、今のエディタの境遇は、あの時とは大きく異なっている。
今の自分が、デニスの隣に立つにふさわしい人間かどうかは……。
エディタは大きく息を吐き出した。
「ティーエの指摘は、もっともなのかもしれません。ですが、わたくしはやはり、デニスとはあくまで『旅の仲間』でなくてはいけませんわ。好きになってはいけないのです」
頭を横に振って否定した。
……チクリと、胸に棘が刺さったような気がした。
「やれやれ……」
ティーエはため息をつくと、肩をすくめる。
「じゃあさ、せめて勘違いだけはしないで。お姉ちゃんが弱いんじゃなくて、デニスお兄ちゃんが強すぎるんだよ。それにね――お兄ちゃんは誰よりも、『お姉ちゃんの言葉で』動くんだよ?」
「……わたくしの、言葉で……?」
「うん。お兄ちゃん、自分じゃ気づいてないけどね。だから、『迷惑かけてばかり』なんて決めつけないで。もうちょっと、自分が支えてる部分も認めてあげてよ」
ティーエの声は、いつになく穏やかだった。
エディタは胸に手を当てる。
あの日、礼拝堂で崩れ落ちていた少年――デニスの姿が、鮮やかに蘇る。
――あの時、わたくしの言葉で、彼は顔を上げてくれた。なら、今度は……。
答えはまだ出ない。
けれど、先ほどまで胸の奥で崩れ落ちていた何かが、ほんの少しだけ形を取り戻したような気がした。
「……少し、考えてみますわ。わたくしにできることを」
「それで十分だよ。今はまだ、『このままでいいの?』って悩んでる途中でしょ。答えを急がなくても、いいんじゃない?」
ティーエは「困った二人だねぇ」と苦笑しながらも、どこか満足そうに笑った――。




