第24話 アリストリア王国
夜が明ける頃、俺たちはアリストリア王国の国境の街《ネサルド》に到着した。
「さて、まずは宿を確保して、お金を稼げる手段を考えないとかな」
「だねぇ。お兄ちゃんはどうするつもりなのかな?」
「冒険者ギルドに加入して冒険者として活動するってのが、俺たちにとっては一番手堅いと思ってるんだけど」
「ギルドは国ごとの管轄でしたわよね。今のわたくしたちの冒険者カードは、そのまま使えるのでしょうか」
「どうなんだろう。俺もそこまでは詳しくないんで、宿に荷物を置いたらさっそくギルドに行ってみよう」
俺たちはうなずき合った。
ネサルドでの最初の方針が決まった。
よし、やってやるぜ!
だが、勢い込んで街門に向かうと、いきなり出鼻をくじかれる。
「身分証がないだぁ? おまえら、もしかしてコーシェの人間か?」
アリストリア王国の身分証を持っていないと告げたとたん、門番は俺たちをいぶかしげに睨みつけた。
「今、コーシェ側で何やらごたついているようなんだよな。身分証無しなら、仮の通行証での三十日間の滞在許可しか出せねぇぞ」
門番はため息をつきながら、街門の脇にある掘っ立て小屋を指さした。
どうやらそこで、仮の通行証を発行してもらえるようだ。
「どうする?」
エディタたちに向き直り、意見を求めた。
「致し方ないですわね。とりあえず、仮の通行証を発行してもらいましょう」
「街に入らないことには、話が始まらないからねぇ。わたしもエディタお姉ちゃんに賛成だよ」
二人の意見を確認したところで、俺たちは仮の通行証を発行してもらい、街の中へと足を踏み入れた。
思いがけず滞在時間の制限を設定されてしまった。
ただ、冒険者ギルドに加入すれば、そこで身分証を作ってもらえるだろうし、それほど大きな問題にはならないと思う。
街門を通過した。
とその時、俺は背後から何かの視線を感じた。
慌てて振り返る。
門番以外は、誰もいない……。
早朝ということもあって、俺たち以外の旅人は見当たらなかった。
……また、か。
「ここにまで、コーシェ王家の追跡が?」と、一瞬そんな考えが頭をよぎる。だが、証拠も何もない妄想に振り回されても仕方がない。
旅の疲れで、周りに神経質になってるだけかもしれない。まずは落ち着け、俺。
「……デニス、もしかして?」
エディタも背後に目を遣り、顔を曇らせている。
「なんだか、また視線を感じた気がして、な……」
そんなことを話している間に、見られている感覚は消えた。
「なんだか不気味だねぇ。わたしたちに付かず離れず。相手が誰だか知らないけれど、何の目的なんだか」
「怖い、ですわね……。まるで――」
エディタいわく、かつて王宮で感じた“監視下の空気”に、どこか似ているらしい。
……気にはなる。気にはなるけれど、今は気のせい、ってことにしておいたほうがいいか。エディタを余計に不安にさせるわけにもいかない。
もしコーシェ王家の追跡だとしたら、エディタが危険だ。重々注意しておかないといけない。……とはいえ、現状は違和感だけ。敵ならもう襲ってきてるはず。だったら今は、進むだけだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ネサルドの街に入った俺たちは、まずは寝床を確保すべく、宿を探した。
宿までの道すがら、俺たちは両替商を見つけた。
今の俺たちの手持ちの金は、コーシェ王国のものだけだ。両替の必要がある。
だが、ここで一つ、大きな問題に直面した。
「はぁっ? アリストリアの身分証がないと、両替ができないって?」
「いえ、違いますよお客さん。身分証がないと、こっちのレートでしか交換ができないってだけで……」
「似たようなもんじゃないかよ……」
大きな問題――両替ができなかったことだ。
この両替商のいうとおり、一応は両替可能だ。だが、レートがあまりにぼったくりすぎて、とてもじゃないが交換はできない。
これなら、身につけているものを何か売り払ったほうがマシだと思えた。
だが――。
「念のため申し添えておきますが、商品売買も身分証がなければ、まぁ扱いはひどいものですね。現状で、あまり関係のよろしくないコーシェとの貿易は、厳しく規制されているもので……」
「マジかよ……」
頭を抱えた。
これじゃ野宿するしかなくなりそうだが、さすがに女性二人を連れている中で、街中での野宿はあり得ないだろう……。
コーシェ王国の人間だってのが、やっかいな問題として俺たちに降りかかっていた。
「冒険者ギルドに登録するまでの辛抱ですわ。レートが悪いのは目をつぶって、数日宿を確保できるだけの現金を用意しておきませんか? その程度であれば、冒険者になればすぐ稼げるでしょう。なにしろ、わたくしたちにはあなたがいるのですから!」
エディタがキラキラした瞳を俺に向けてくる。
「い、いや。ちょっと待ってくれエディタ。これ、レートが十対一だぞ? ありえなさすぎるよ!」
「しかし、この程度の金額、うっかりお財布を落としてしまったと思えば、それほど惜しくもない額ですし……」
「いやいやいやいや、エディタお姉ちゃん。さすがにその感覚はどうかと、わたしも思うよ……」
ティーエが苦笑いを浮かべながら、財布から金貨を取り出そうとしたエディタを止める。
さすがに王族、ちょっと俺たちと金銭感覚が違った。
「そういうものなのでしょうか……。すみません、まだ冒険者生活には不慣れなものでして」
「とはいっても、このままじゃらちがあかないしなぁ」
「わたくしは気にしませんわ。このお金、使ってしまってください。少しでもデニスのお役に立ちたいのです」
「別に、俺も自分の意思でエディタについてきたんだ。気にする必要、ないんだけれどな。……とりあえず、申し出はありがたく受けとくよ」
そう言うと、エディタはほっとしたように微笑んだ。
その横顔を見ていると、さっきまで胸につかえていた不安が、少しだけ軽くなった気がする。
俺はエディタから金貨を預かると、アリストリアの通貨と交換した。
うーん、目減りがひどすぎる。しばらくは慎重にお金を使わないとだな。
その後、女性が泊まっても問題がなさそうな雰囲気で、かつ比較的安価な宿を見つけ、十日間分の部屋を確保した。
さすがに男女別部屋にするほどの余裕は無かったが、エディタには我慢してもらうしか無いだろう。
「十日あれば、きっと何とかできますわ。……デニスが一緒なのですもの」
エディタが小さくそうつぶやく。
思わず「任せろよ」とだけ返すと、エディタは安心したように目を細めた。
それにしても、状況はますます悪くなった。
資金の問題で十日以内に収入源を確保しないと、街から出て行かざるを得ない。
いや、本当に参った……。
この調子だと、冒険者ギルドでのやりとりも気が重い。
何事も無く、すんなりと登録できればいいんだけれどな――。




