第23話 国境突破
俺はティーエと連れ立って実家に戻った。
驚いたことに――いや、当然と言うべきか、ティーエはあっという間に家族として溶け込んだ。
さすが、創造神様だね。
「お父さーん、お母さーん。お兄ちゃんを連れて帰ってきたよー」
ティーエが声を張り上げると、奥から父さん母さん、それとエディタが出てきた。
「お帰り、二人とも。デニス、国境はどうだった?」
「それが……」
父さんの問いに応え、俺は国境検問所の警備の様子を伝えた。
かなり厳重で、正面突破は難しそうだと。
「夜中にこっそり隙を見てっていうのも、その様子じゃちょっと難しそうね」
母さんは腕を組み、うーんとうなり声を上げている。
「それで、デニスはどうしたい? 隣国への一時脱出を勧めはしたけれど、別に我が家としては、このまま王女様をかくまってもかまわないんだが……」
父さんは言いよどみ、母さんと顔を見合わせた。
「ただね、私たちが隣国行きを勧めたのには、一応理由があるのよ」
「というと?」
「勇者マルツェルが、気になるんだ。あいつらがまた余計な知恵を回して、王女様の立場がより一層悪化したら、危険だ。おまえの話を聞く限り、多分マルツェルたちにとって、王女様は生きていては面倒な存在になっているはずだから」
「国外追放どころじゃない。捕らえて殺せってなったら、私たちでもかばいきれないわ」
「そんな……」
父さん母さんの話を聞いて、エディタは顔を真っ青にして震え出す。
俺はエディタの冷たくなった手を握りしめ、落ち着かせようとした。
「ごめんなさい、デニス……」
「いや、仕方がないさ、こんな状況じゃ」
エディタが俺の手を握り返してきた。
まだ小刻みに震えていたが、手に少しずつ温かみが戻ってきたような気がする。
そのとき、バンッとテーブルを叩く音が居間に響き渡った。
「お兄ちゃん、やっぱりエディタ様と一緒に国を出るべきだよ! もちろん、わたしも付いていくからね!」
ティーエがテーブルに身を乗り出しながら、口を挟んできた。
「な、何をいっているんだ、ティーエ!」
父さんが慌てたそぶりで声を張り上げる。
「えーっ、いいじゃないかお父さん。お兄ちゃんと一緒に旅をするのが、わたしの夢だったんだから!」
ティーエはチラリと俺に目配せをしてきた。
これは、俺から父さんにうまく言えってことか?
まぁ、当然か。
俺の《信頼》スキルのために、ティーエに付いてきてもらうんだから。
「心配するなよ父さん。ティーエは俺が護るから」
「だがなぁ……」
「ほら、俺の力は知っているだろう?」
父さんに冒険者カードを見せた。
ティーエからの《信頼》補正のおかげで、すべての能力値が星四つになっている。数値で言えば七五を超えているわけで、高ランク冒険者だと言い張っても不思議には思われない水準だ。
「まぁ、デニスがそれだけ強ければ、問題はないか……。ティーエも戦えはしないけれど、やたら身体が頑丈だしなぁ」
「へっへー、わたしもお兄ちゃん同様に、お父さんたち譲りの身体能力が備わっているんだから、問題なしだって!」
うまく話が進んだとばかりに、ティーエはニッと笑った。
「よし、決まった。俺はエディタとティーエを連れて、隣国に脱出する」
ティーエの加入のおかげで、展望が開けてきた。
これなら、自信を持ってエディタを護ってみせると宣言できる。
さて、そうと決まれば、次は国境突破の作戦を立案だ。
俄然やる気が出てきた。
俺は袖をまくり、気合いを入れる。
……と思っていたのだが。
「これ以上、デニスに迷惑はかけられませんわ……」
突然エディタはつぶやき、弱々しく頭を振った。
「ま、まってくれ! どうしたんだよ急に、エディタ」
肩透かしを食って、俺は大きく目を見開いた。
「わたくしと一緒に逃げても、デニスには何の利益もないですわ。……もう、私は王族ではないのですから!」
「でもっ!」
「わたくしはっ! ……わたくしは、デニスに与えられるものが何もありません。お金も、地位も、名誉も、もうわたくしの力では……どうにもならないのです……」
エディタは涙を浮かべながらテーブルを叩いた。
「わたくしは、一人で国を出ようと思います」
「ちょっ、駄目だよそれは! 危険だ!」
とんでもないことを口走り始めたエディタを、俺は慌てて止める。
だが、エディタはいやいやをするように頭を左右に振った。
こいつは参ったぞ。
まったく予想外の反応だ。
頭を抱えていると、太ももに何かが触れた。
目線を向けると、震えるエディタの手のひらが、俺の膝上に乗せられている。
ああは言っているけれど、やっぱり、エディタも不安なんだ。
頼ってくれればいいのに……どうして、そんなに一人で背負おうとするんだよ。
さっきから震えたままじゃないか……。
本音はきっと違うはず。あれは、相当に無理をしている表情だ。
とすると、俺はどうすればいい?
確かに、エディタとは成り行きでここまで一緒に来た。
けれど、いまさら俺に迷惑をかけられないから一人で行くって、そりゃあんまりじゃないか?
もっと俺を信用してくれよ。
俺はエディタにとっての、真の勇者なんだろ?
今、俺に与えられている選択肢は二つだ。
一つは、エディタの言うとおりに、ここで見捨てて一人だけで行かせるか。
もう一つは、エディタの言葉は無視して、ティーエと一緒に三人で行くか。
エディタの本音は、きっと俺に一緒に来てもらいたいはず。
これは、うぬぼれなんかじゃない。
実際に、俺は一度エディタの命を救っているんだから。
俺は……。
俺の、決断は――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
深夜、俺たちは村をこっそりと抜け出し、国境へと向かっていた。
俺の下した結論は……。
もちろん、エディタと一緒に国外へ脱出する、だ。
俺は決めた。
エディタを王族としてではなく、一人の仲間として――護るべき大切な少女として見ようと。
一歩引いていては、ダメだ。
俺に何も返せないのが心苦しいとエディタは言っていたが、そんなの関係ない。
だって、仲間は助け合うものだと思うから……。
両親の前で、俺はガラにもなく宣言をした。エディタは、俺が護ってみせると。
有言実行。
口に出すことで、俺は決意を新たにした。
街道を離れた闇の中、三人で並んで歩きながら、ふと横目でエディタを見る。
……もう、「仕方なく一緒にいる相手」なんかじゃないよな。気づけば、隣にエディタがいるのが普通になってきている。
護りたいと思うこと自体は、間違っていない――はずだ。
ただ、これから厳しい旅が待ち受けているのは間違いない。
大幅なマイナスからの出発だ。
うまく隣国へ脱せたとしても、そこはコーシェ王国との関係が悪いアリストリア王国だ。エディタがコーシェの王族だった事実は、絶対に隠し通さなければいけない。
はたして俺たちの前に、何が待ち受けているのだろうか。
当面の目標は、エディタの素性がばれないように護りつつ、アリストリア王国内での確固たる立ち位置を確保することだろう。
異国の地で、さっそく俺の力が試されるってわけだ。
俺たちは着実に国境へと近づいていた。
急がないと。
王家の追跡に捕捉されるわけにはいかない。
王家の人間に捕まった上での国外追放は、絶対にエディタを不幸にする。なんとしても、先んじてコーシェ王国から出なければ!
国境が見えた。
俺たちは闇に紛れて、警備兵たちの状況を窺った。
「あれ?」
思わず声が漏れた。
慌てて自分の口を手で塞ぐ。
でも、驚くのも無理はないじゃないか。
なぜなら、国境検問所に、警備兵の姿がまったくなかったからだ。
「これは、どういうことですの? 話が違いますわ」
エディタが不安げな表情を浮かべながら、俺に尋ねる。
「俺だって訳がわからないよ。……何かあったのか?」
「まぁまぁ、好機なんだしさっさと国境を越えちゃおうよ、お兄ちゃん」
ティーエがお気楽なことを言う。
だが、それが正解かもしれない。
手がかりもないままここで事情を探ったところで、時間の無駄だろう。
俺たちは意を決し、国境へ向けて一気に駆けだした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
無事に国境を抜けると、視界が一気に広がった。
コーシェ王国側がうっそうとした森林地帯だったのに対して、アリストリア王国側はだだっ広い草原だ。
俺たちは足を止めず、とにかく走った。
どうやら、後ろから追ってくる警備兵もいない。
しばらく走ったところで、俺たちはようやく立ち止まった。
「無事、突破できましたわね」
「あぁ……」
大過なく国境を通過できたのは、まさに僥倖だ。
でも、あれだけ警備が薄くなっていたのは、正直言って不気味だった。
息を整えるエディタの横顔は、さっきまでよりいくぶん柔らかい。
迷いや不安はまだ残っているが、それでも隣に並んで立っているというだけで、俺の胸の奥も少し落ち着いた。
「不仲のアリストリアとの国境警備隊をわざわざ引き上げなければならないほど、何か重大な問題がコーシェ王国内で起こったのでしょうか……」
「わからない。ちょっと不安だな」
「えぇ……」
それに、アリストリア王国側にも警備兵がいなかった。
気になるな……。
コーシェの警備兵が突然いなくなったことと、何か関係しているのだろうか。
ただ、今は判断材料もないし、調査する時間もない。気には留めつつも、先に進むしかないだろう。
走ってだいぶ距離をとったために、国境のゲートはすっかり小さくなっている。
しばらくの間、俺たちは感傷に浸りつつ国境を眺めていた。
刹那、どこかから視線を感じた。
「誰だ!」
叫び、慌てて周囲を窺った。
だが、人の気配は感じない。魔獣だろうか。
「どうかしましたか、デニス」
「いや、視線を感じたような気がしたんだが……」
「気のせいじゃないの、お兄ちゃん。気を張り詰めすぎだよ」
「うーん……」
俺は唸りながら、もう一度周囲を見回した。
いつの間にか、視線は消えていた。
……気のせい、か?
国境越えで神経が擦り減ってるだけかもしれない。エディタもティーエも何も言っていないし、今は深入りはしないでおこう。
「もしかして、王家の寄越した追手でしょうか……」
「ま、気にしても仕方がないんじゃないかな。相手から近づいてくるようなら、警戒はしたほうがいいかもしれないけれどね。とにかく、朝になるまでにもっと距離を稼いでおこうよ」
ティーエは俺の腕をとると、ぐいぐいと引っ張った。
確かにティーエの言うとおりだ。
人目を避けられる夜のうちに、国境からもっと離れておくべきだろう。
俺たちはアリストリア側の国境の町に向けて、慎重に歩を進めた――。




