第18話 ★勇者の苦境
マルツェルによる《伝説級》の詠唱が始まると同時に、敵の前線に突進していったロベルトによるシールドチャージが、魔獣の群れに盛大に炸裂する。
巻き込まれた魔獣たちは散り散りに吹っ飛び、大きく隊列が乱れた。
「っしゃあ! オレ様の次の獲物はどいつだぁっ!」
ロベルトは威勢良く吼えると、剣を鞘から引き抜き、勢いに任せて次々と魔獣に襲いかかる。
ロベルトが時間を稼いでいる間に、マルツェルはよどみなく詠唱を続ける。
準備をしているのは、使えるようになった二つの《伝説級》のうちのひとつ、一定時間回避不能な超高速の連撃が可能になる《神速攻撃》だ。
自身を強化する支援魔法扱いなので、長詠唱が必要なのが玉に瑕だが、効果は抜群。
魔剣《シュピルベルグ》との相性もいい。
シュピルベルグの持つ追加状態異常の『凍結』も多段攻撃のすべてに乗るので、倒しきれなくても相手を行動不能にできる可能性が非常に高いからだ。
一方的に攻撃し続けられるため、かなりの格上にも勝てる見込みが増える、今のマルツェルにとっての最大の攻撃手段だった。
「ったく! わかったじゃん!」
イレナも魔杖《セドレツ》を握りしめ、詠唱を始めた。
使うスキルは《不死鳥》。一定時間、術者から一定距離にいる仲間の致命傷に至る攻撃を、各々一度だけ回避できる支援魔法だ。
今までのマルツェルたちの基本戦術が、こうだ。
まず、魔盾《オドラス》を構えたロベルトによる時間稼ぎで、スキルの詠唱時間を確保する。
次に、イレナの《不死鳥》で死をも恐れぬ突撃を可能な状態にする。
最後に、マルツェルが相手の懐に飛び込み、魔剣《シュピルベルグ》を生かした《神速攻撃》による一方的な連撃によって相手を葬り去る。
これまで、この戦術でダンジョンの大物を仕留めてこられた。
今回も、この戦い方でやっかいな上位魔獣や低級魔族を一気に殲滅する。
まだ姿を見せない《風のヴァレンティン》が現れる前に、とにかく雑魚は一掃しておかなければならなかった。
だが、現実はマルツェルたちの思惑とは裏腹に進んでいった――。
「ちょ、なんで!? スキルが出ないよ!」
イレナの悲鳴が響き渡る。
「くそっ! オレもだめだっ!」
マルツェルは頭を振りながら、天に掲げていたシュピルベルグを下ろす。
「ちくしょう! なんで出ないっ!」
理由がわからず、マルツェルは大声で吼えた。
対古竜戦で《伝説級》が出せなかったのは、あくまで古竜のユニークスキルのせい。マルツェルたちはそう思っていた。
「古竜と戦う前までは、確かに《伝説級》を使えていたはずなんだ。なのに、いったいどうしてなんだよっ!」
シュピルベルグの切っ先を震わせながら、マルツェルは大声で怒鳴り散らした。
使えていたはずの《伝説級》が発動しない事態など、マルツェルもイレナもロベルトも、まったく想定していなかった。
「うぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
ロベルトの咆哮が響き渡る。
数の差に押され、前線で完全に魔獣に包囲されていた。
「オレだけじゃダメだぁ! た、助けてくれぇ!」
救援を求める怒声が、周囲の木々に反響する。
マルツェルの隣ではイレナがへたり込み、地面に突き刺した《セドレツ》に身体を預けながら、「どうしよう、どうしよう」とつぶやき震えていた。
「こんなところで……。こんなところで、終わりなのか? せっかくここまでレベルをあげて、必死になって勇者選抜トーナメントを勝ち抜いて、ようやく勇者になって甘い蜜が吸えると思ってたのに……」
マルツェルはシュピルベルグを地面に取り落とした。
魔剣はガランと音を立てて、地面に転がる。
イレナがハッとして顔を上げた。呆然と立ちすくむマルツェルを見上げて、不安げな表情を浮かべている。
ロベルトの悲鳴がとどろく。
警戒して距離をとっていた魔獣たちが、いつの間にかぎゅうぎゅうに密集してロベルトを飲み込み、ドス黒い塊を形成していた。
「あり得ない……」
マルツェルはブツブツとつぶやきながら腰を落とすと、震える手でシュピルベルグを拾い直す。
「こんなの……認められるわけが、ない……」
魔剣の柄をきつく握りしめながら、顔を上げて魔獣ひしめく前線へ視線をやった。
「ちくしょうっ!」
マルツェルは叫び、ロベルトに加勢すべく駆けだそうと一歩踏み出した。
今扱える伝説級は、どれも詠唱時間の長さがネックだ。
ここでロベルトを失えば、これまでの必勝パターンが崩れる。マルツェルの未来も、失われかねない。
ロベルト並に敵の猛攻を耐えられ、かつ、これほど馬の合う希有な人材はそうそう見つけられないと、マルツェルは理解をしていた。
デニスやエディタを己の感情だけで簡単に切り捨てたのとは、大きく事情が異なる。ロベルトは、マルツェルにとって真に使える人材だった。
すると突然、ロベルトを囲んでいた魔獣たちが一斉に散った。そのまま、おびえるように地に伏せ、震えだす。
魔獣の群れから解放されたロベルトは、全身傷だらけの状態でその場に倒れ込んだ。
同時に、辺りに白いもやがかかり始めた。
周囲の気温が一気に下がる。
「おやおや、何やら騒がしいからと来てみれば……。それは魔剣《シュピルベルグ》……、もしかして今代の人族勇者かな?」
やけに甲高い、しかし聞く者すべてを凍り付かせるのではないかと思うほどの、ひどく冷たい声が響き渡った。
マルツェルは上空を見上げた。
上空を漂うもやが一点に凝集していき、やがて一匹の魔族の姿をかたどった。
「き、貴様は!?」
「多分、君たちが探している相手だと思うよ。そう、私は魔王の忠実なる僕、四魔将《風のヴァレンティン》……」
身につけた外套を片手で大きく翻しながら、ヴァレンティンは薄ら笑いを浮かべてマルツェルたちを見下ろしていた。




