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好きな食べもの②


 翌日、実家から帰る電車の中で『今日は何食べたい?』と尋ねた返事は、やっぱり『康介が好きなもので』だった。チャットアプリに表示された予想通りの言葉に少し苦笑がもれる。

 部屋に帰ると、さっそく康介はキッチンに立った。フライパンからは、サワラの塩焼きの香ばしい匂いがふわりと漂っている。味見をすると、柔らかいながらも締まった身とさっぱりとした塩味が美味しい。康介はうん、と頷いた。

 ちらりと視線を向けたドアの向こうでは、涼が付けっぱなしのテレビを見ている。初めの頃は落ち着かなさそうにしていた涼も少しずつ慣れてきたようだ。康介自身も、自室に涼がいるという状況に慣れつつある。

 だからこそ、今日は少しだけ冒険してみることにしたのだ。いつもとは違う、和食ばかりの献立を見下ろしながら康介はぐっと唇を引き結ぶ。

 魚を皿に盛り付けて、茶碗やお椀と一緒にワンルームへと運ぶ。

「ずっと洋食続きだったから、今日は和食にしてみたんだけど」

 コト、と魚が載った皿をテーブルに並べる。ほかには、ほかほかと湯気を立ちのぼらせるツヤツヤの白いご飯と、ほんの少しだけ磯の香りが漂うあさりの味噌汁。それと、おばさんがお裾分けとしてお土産に持たせてくれたタケノコを使った筑前煮。

 カレーやハンバーグといった今までの「みんな大好き王道洋食メニュー」から外してみたが、喜んでもらえるだろうか。康介は内心恐々としながらちらりと涼を窺った。

「……すげぇ」

 じっと目の前の料理たちを見つめながら涼がぽつりとこぼす。今までのオムライスやハンバーグのときも褒めてくれたが、それとはどこか雰囲気が違って見えた。

「康介、なんでも作れるんだな」

 涼がこちらを見ながら笑う。

 けれどその瞳に、どこかピリッと張りつめたような色が滲んでいるような気がした。かすかに、けれどたしかに緊張しているように感じるのは、気のせいだろうか。康介は内心で首を傾げる。

 もしかして、和食は苦手なのだろうか。食に興味が薄いようだから、食べ物に関する好き嫌いなんて無いのかと思っていたけれど、それは間違いだったのかもしれない。それに現代っ子は魚をあまり食べないと聞くし。大学生である自分の若さを棚に上げながら、康介は手のひらに汗をにじませた。

「どうぞ召し上がれ」

「いただきます」

 いつもと同じように手を合わせたものの、その後涼はうろうろと箸をさまよわせている。しばらく迷った末に、箸は白ご飯へと着地した。そのままおかず無しで二、三口ちびちびと食べている。なかなか箸がほかの料理に伸びないのを見て、康介はやっぱりと確信した。

「もしかして、和食嫌いだった?」

 できるだけさりげなく、気負わせることがないように尋ねてみる。

 涼はハッとしたように顔を上げた。

「いや、違っ……」

「いいよいいよ、苦手なものくらい誰にでもあるんだし」

「違う、本当に、そうじゃなくて」

 涼が声を大きくする。

 さまようように揺れた涼の視線が目の前で湯気を立て続ける料理たちの上に落ちる。箸を持つ手にぎゅ、と力がこもったのが見て取れた。言い淀むように小さく開閉を繰り返した唇が、一度きゅっと引き結ばれた後、おずおずと開かれる。

「……嫌いなんじゃなくて、ちょっと戸惑ったっていうか。和食、慣れてないから」

 そう言って、涼は小さな笑みを見せた。それは無理やり頬を持ち上げたような、取り繕うみたいな笑みだった。

 一瞬ふと動きを止めた康介は、すぐににっこりと安心したように笑ってみせた。

「そっか。若い子ってあんまり和食は食べないみたいだもんな」

「……若い子って、同い年だろ」

 おどけたように言えば、ふっと涼が軽い息をこぼした。ようやく綻んだその表情に、そっと胸を撫で下ろす。

「でも確かに魚って骨が多いし食べにくいよな」

 言いながら、康介は魚の載った皿に箸を伸ばし、二つある切り身のうちの一つを小さく分けていく。「骨取るの難しいな」とおどけたように笑いながら小骨を取り除き、そうして身をほぐしたものが涼の方にいくように皿を回した。

「まだ骨残ってるかもだから一応気をつけてね。あっ、まだ箸には口付けてねーから」

 康介はさらりと告げる。目を丸くする涼をよそに、今度は自分の魚をほぐしにかかった。

「……さんきゅ」

 少しだけ俯いた涼がふわりと笑ったのが視界の端に映る。どうやら見立ては合っていたようだ。

 たしかに、普段食べ慣れていないものを食べるときは、口に合うかどうか分からないから戸惑ってしまうものだ。けれど、それだけの理由なら、あんなに言い淀むとは思えない。ならばほかに何か理由があるのだろう。食べ慣れていないからこその、なかなか箸をつけられない理由が。

 そう考えたとき、思い浮かんだのは「食べ方が分からない」「上手に食べられる自信がない」という理由だった。

 例えば、もし康介がフレンチレストランでコース料理を食べるとなれば、いくつも並んだスプーンやフォークを前にきっとおろおろしてしまうだろう。慣れていないせいで、作法が分からないからだ。

 それと同じことが、今の涼に起こったのだ。何てことない、ごく普通の家庭料理で。

 ゆっくりと魚のかけらを口に運んだ涼は、安心したように「美味しい」と呟いた。その後またしてもゆっくりと筑前煮を食べて、同じように眉間の力を緩める。口に合わないわけではなさそうだ。

「なんか、給食を思い出すな」

 涼がぽつりとこぼす。康介は小さく目を伏せた。

 食への興味が希薄で、食べたいものを聞かれても答えられない涼。和食を食べ慣れていなくて、家庭料理よりも給食を想起する涼。

 彼の育った環境と食生活が、少しだけ垣間見えた。

「なぁ、前にテレビで言ってたんだけど、あさりの貝柱を簡単に取る裏ワザって知ってる? こうやって、身を摘んでくるくるしたら、ほら」

 箸の先で摘んだあさりの身を見せると、涼も同じように箸をくるくると回し始めた。つるんと貝柱ごと取れた身に、驚いたように目を丸くしている。

「すげぇ、ほんとだ」

 理科の実験をしているみたいに、涼がはしゃいだ笑顔を見せた。きゅっと胸が詰まる。

 もっといろいろなものを、たくさん食べてもらいたい。そうして、今まで食べてこなかった多くの料理と出会っていくなかで、一番好きだと言える料理を見つけてほしい。そしてその一番好きな料理が、自分の作ったものであればいい。

 恐るおそる貝を口に運ぶ彼を見つめながら、康介は改めて思った。



*****



 翌週の水曜日は、鮭ときのこのガーリック炒めとオニオンスープ、それからポテトサラダを振る舞った。魚を使ってはいるけれど洋風の味付けであり、骨も皮も取り除かれている料理ならばきっと涼も食べやすいだろうと考えたのだ。

 実際、涼は美味しいと言って平らげてくれた。淀みなく箸を動かす様子に、安堵と歓喜で胸がじんわりとあたたかくなった。

 恒例となった二人での片付けも終えて人心地ついたとき、康介は「そうだ」と山積みになった本の一番上からある物を取り出した。

「来週食べたいもの、ここから選んでくれる? 何でも作るからさ」

 取り出した物──レシピ本を手渡す。それは先週の水曜日の一件をきっかけに買ったものだった。

 本を参考にすることで、あまり家庭料理の種類に詳しくない様子の涼でも簡単に自分の食べてみたい料理、興味のある料理を見つけられるのではと思ったのだ。表紙に大きく「時短で簡単!」と書かれているものを選んだのは、涼に遠慮を感じさせないようにするためである。

 レシピ本を受け取った涼がパラパラとページをめくる。

「……わざわざ買ってくれたんだろ、これ」

 ページに目を落としたまま涼が呟く。図星を突かれた康介はビクッとかすかに肩を跳ねさせた。

「いや、えーと……」

 答えに窮していると、ふいに涼が顔を上げた。

「じゃあさ、次はこれ食べてみたい」

 開かれていたのは、ブリの照り焼きのページだった。

「この前作ってくれた和食、すげぇ美味しかったから」

 そう言った涼は、はにかむようにふわりと笑っていた。


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