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SF短編集

Lost in my avatar

作者: もくはずし

 ―― あなたは誰?

 

 ―― 私は、与える者だ。何を問う為にここまで来たんだい?


 際限なく広がる草原のイメージ。今にも落ちてきそうな満天の星空の下。しかし真昼間のような明るさの中に、彼はいる。

 ふわふわ、ふらふらと地に足がついていないようで、どちらが上で、どちらが下なのか。彼の姿勢に天地がついてきているような錯覚。それとも動いておらず、ただ感覚だけが暴走しているのか。意識から重力が消えた世界で、ぼんやりと立っている彼の目の前に、それはいる。

 姿形を意識しようとしても輪郭すらとらえることができないが、確かに彼の問いに答えてくれる存在。

 

 ―― 今日聞きたいこと、それは


 声が詰まる。

 ここには他に誰もいないはずなのに、羞恥心が言葉を詰まらせる。

 彼の言葉は。


 ―― クラスに好きな女の子がいるんだ。あの子と付き合うにはどうすればいいんだ?

 

 ―― 彼女はクラスの中でとても人気だ。中学を卒業するまであと1年と半分あるんだ、可能性を上げる為にゆっくりと歩む必要があるんじゃないか。

 まず君は外見に気を遣うことだ。寝ぐせくらいは整えてから学校に行きなさい。あとは、彼女に少しでも近づくことだ。君が彼女にとって身近な存在になること、友人関係からスタートしてはどうだ?


 ―― 難しいこと言うなあ。大体、どうやって話しかければいいのさ。友達どころか、今までだってあんまり喋ったことないんだよ?


 ―― ちょうど清掃当番で一緒だろう。君はクラス内で彼女の雑談を幾度となく耳にしているのだから、彼女の気が引けそうな話題、例えばドラマの話でも振ってみればいい。


 ―― それでも、いきなり話かけるというのも、気が引けるなあ。


 ―― それは、君の勇気次第だ。信ずれば自ずと道は開く。大丈夫だ、君なら欲しい世界が手に入る。




 彼は、目を醒ます。

 そこには草原も迫りくる星空もない。壁にかかった時計、パソコンとマンガと父親に貰ったインド土産の神像が鎮座している勉強机、中身の整理されていないプラスチック製の洋服棚。床には教科書やノートが散乱している。

 チャネリング、という言葉をご存じだろうか。様々な流派があるが、要は高次存在と接触することである。

 以前、テレビでのオカルト特集を見てからすっかり染まってしまった彼は、インターネットで聞きかじった、瞑想から入るタイプのチャネリングにのめり込んでいる。寝っ転がるだけで他に用意は要らないのだから、お金のない中学生にはぴったりであった。

 昨晩も彼は宇宙人に会いに行き、その最中で眠りに落ちていった。

 ベッドの中で名残惜しくスマートフォン片手にゴロゴロしており、目覚ましアラームも全く時計を見ずに切ってしまう。結局、彼が掛け布団とお別れしたのは母親の朝御飯コールが鳴り響いた後だった。

 いつもなら友達との談笑の為に朝の身支度に5分と掛けず飛び出して行ってしまう彼が、今日は遅刻ギリギリの時間まで鏡と格闘していた。

 時間に余裕のないはずの彼の足取りは、心なしか自身に満ち溢れている。




 ―― あなたは誰?


 ―― 私は、与える者だ。何を問う為にここまで来たんだい?


 ―― 今日はまずお礼をしに来たんだ。昨日のアドバイス、とても役に立ったんだ。


 ―― それはおめでとう。でも気を緩ませないで。彼女の気を引くには、まだまだ時間と努力が必要なのだ。


 ―― わかってるよ。で、結構好印象だったから、あんまり時間かからないかもね。今すぐにでも告白したいぐらいだよ。


 ―― それもまた、良いかもしれない。必要なのは君の勇気だよ。


 ―― わかってるよ。あなたと一緒なら、世界は欲しいままだ。







 僕、清水翔太は失恋した。

 綿密に立てた計画も、現実の人間に対して効くかどうかなんて、運次第だ。

 彼女に接近して三か月。いよいよ勝負所だと思った矢先、他のクラスメイトに先を越されてしまった。

 相手がサッカー部のエースであれ、外見や親密度で引けはとっていなかったように思う。現に、彼女にお近づきになろうと計画した日から、僕の外見や態度は一変し、今まで経験したことのないほどに女子からのアプローチは増え、ラブレターの一つや二つを貰うほどにまでなった。

 悔やむべくはタイミングだった。あと数日の決断ができていれば、結果は逆転していたように思える。体育祭の放課後を狙った日程は、何も考えていない突発的な対戦相手の気まぐれに敗れ去ったのだ。

 すべては過去のことだが、まるまる1年経ち今だ熱の衰えない彼らの交際状態を見ていると、思わず思い返してしまう。自分の愚かさを。

 宇宙人なんかに判断を委ねるのは間違っていたのだ。そう、体育祭の直後を狙えというのも彼の意見だった。僕はまんまとそれに従ったせいで、何もかもを失ってしまったのだ。

 あれからチャネリングも行ってないし、外見や話しぶりも徐々に昔の彼に戻って行ってしまった。いや、昔よりも酷くといったほうがいいかもしれない。

 このままでは高校生活にまで支障をきたしてしまう、という危機感は沸くもののどうにも朝起きれなくなってしまったし、人と会話するときも謎の緊張が襲うようになってしまった。もっと心地の良い会話ができるのに、言葉に詰まる。まるで、誰か他人に口を塞がれているかのような錯覚を覚えるほど、口が回らなくなってしまう。

 



 



 彼はもう一度眠った。今度は宇宙人に会いに行く等という年不相応な、非現実的な目的のためではない。一種の催眠療法だ。自律訓練法という、自己催眠のようなものである。

 結局、彼の高校デビューは失敗した。寝ぼけ眼でも外見に気を使う程度には起きる時間が早くなったものの、彼の心は言葉を解放せずにいた。未だにうまく人前で喋れない。

 完全に話すことができないわけでもなく、生活自体に支障が出ているわけではない。彼自身の元の性格からあまり他人から問題視されなかったことで、特に病気として見られることもなかった。

 しかし彼は年齢を重ねるにつれて、このことについて重く見るようになっていった。過去の失恋は彼にとって未だ逃した鯛ではあったが、それでも傷はほとんど癒えていると判断していた。

 未だに人と接することが苦手なのは何か病気に違いないと思ってはいるものの、受診には踏み切れない結果、精神科系の情報を漁っていたのだ。

 結果、彼は自律訓練法というワードを見つけた。それは、彼がその昔行っていたチャネリングと似ていた。彼は徐々に体の力、緊張をほぐす手段を手に入れることで、段々と生活の質を上げていった。

 大学では学業もそこそこに、親しい友人もできたし恋人も作ることができた。バイト先では彼の評価は一変し、厨房から出ないようにと言う店長の言いつけは、ある日を境に解禁された。

 彼の不都合な症状が完解して尚、彼は自己催眠の習慣を辞めなかった。慣れていくうちに、聞き覚えのある声と会話できるようになっていったのだ。


 ―― 私は、与える者だ。何を問う為にここまで来たんだい?






 

 ―― 聞いてくれ、また休みがなくなったんだよ。帰りもいつも深夜だし、残業代も出やしない。何のために生きてるか判んなくなってきた。


 ―― 仕事を辞めたらどうだ? 君の貯蓄なら、半年くらいは遊んでいられるだろう。


 ―― このご時世に、転職なんて無理だよ。


 ―― そんなことはない。なんなら、こっちの世界に来ると良い。


 ―― そんなことできるもんか。お前の住んでる世界とはなんなんだ。大体、お前の正体なんてお見通しだ。俺の無意識って奴だろう。お前に何ができるっていうんだ。


 ―― 君がそう思うなら、そうだろう。しかし、私の世界は、ある。君が望めば、望む世界が。

 

 ―― 望む世界、か。じゃああれだ、中学の時の初恋の彼女。あの子に合わせてくれよ。


 言い終わるや否や、想像に浮かんだあの子が、目の前にいる。

 気づけばここは中学校の校舎だ。数々の机と椅子が黒板に向かって整列している。

 夕日の心地よい暖色に包まれる教室で、二人きりだ。


 ―― 望むなら、ここで暮らせばいい。


 彼女が僕の顔に指を這わせる。否定の言葉が出かかった戦慄く唇をなぞると、抵抗する思考が止まる。ニヤリと笑う口元に、含みは感じ取れなかった。


 ―― 一緒にいよう。永遠に。


 完全に魅了された。

 ”もう一人の自分” に魅了されるなんてバカげたことだと、過去の自分を恥じていた自分はどこへやら。

 望んだ風景がそこには広がっていた。夢に向かって歩む第一歩、その勇気が沸いた気がした。

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