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幻想の晶  作者: 詩乃なかば
一章
8/30

出会い 2

 

 ソルト街道 ー ソルト村~分岐路の宿地 



 二人は宿を出ると、グランシュへ向かう木材の荷馬車と交渉し、荷揚げを手伝うことで王城方面とジュラ方面に別れる分岐路まで相乗りをさせてもらえることが出来た。

 街道はエノテイアからの商人はもちろんのこと、ガーランド軍も使用する国が整備したもので、分岐路には有事の際に利用される軍施設に宿地も備えられている。

 人通りも多く軍の巡回もあることから街道沿いは治安も良く、魔物の類も定期的に処理されているのか遭遇することはほとんどない。

 おかげでジュラへの道のりはだいぶ短縮できた。徒歩ならこの宿地まで丸一日かかっていただろう。陽が明るいうちに宿も確保でき、情報収集も兼ねることが出来る。

 宿地の宿は全部で三軒。それだけでこの宿地が中継地としていかに栄えているかが分かる。

 順に宿をまわったが、あいにくどこも満室でいよいよ野宿かと考えていた所、ありがたいことに最初の宿の主人が応接間にある長椅子で良ければ貸し出せると声をかけてくれた。屋根のある場所を確保できて、二人は安堵した。

 空には、今にも雨が降り出しそうな暗雲が立ち込めていた。



 ・・・


 雨は陽が暮れる前に振り始めた。雨のせいで思ったより情報を得ることが出来ず、二人は別の棟にある料理屋へ繰り出すことにする。

 ここは夜には酒場にもなるらしく、宿の部屋数を遥かに超えた賑わいを見せていた。

すでに出来上がった男たちの喧噪がすさまじい。


「うわぁすごい人だな。空いてる席はー」

 ユーリがきょろきょろと辺りを見回していると、ルイスが小さな体でするすると人込みをかき分け、席を立とうとしている人に声をかけてカウンター席を確保した。

 ここ空きましたよ、と手振りでユーリを呼ぶ。


「おぉ、意外と大胆ですね」

 ユーリは肩をすくめてカウンターへ向かった。

 すぐに厨房の奥から中年の男性が現れて、先ほどまでいた客のグラスを片付けながら注文を聞いてきた。ルイスがきょとんとしているので慌ててユーリが答える。


「今日は何がありますか?」


「演習でとれたイノシシの煮込みがお勧めだよ」


「演習?」


「ガーランドの軍隊様さ。賑わってるだろ?演習がおとといから始まったのさ」


「へえ、ガーランド軍ですか…」

 ユーリとルイスは店内を見渡した。

 言われてみれば確かに。商人や旅人ではない、体躯のいい青年や浅黒く焼けた中年男性の人数が圧倒的に多い。


「演習が始まると師団長を兼任される王太子と高官たちの付近の安全確保と言う名の狩猟が行われて、こうして材料を提供してもらえんのさ。で、煮込みで良いのかい?パンが付くよ」


「あ、はい、一つお願いします。あとはガーランド酒造のワインがあればそれを頂けますか」


「はいよ」

 店員の男は一度厨房へ入り、グラスを片手に戻ってきた。


「演習は特別に行われるものなのですか?」

 ルイスがワインを注ぐ店員に問いかける。


「そうさねぇ、普段は半年に一回なんだけどな、有事があるとしばらく駐屯することがあるのよ」


「有事ですって?何かあったんですか?」

 ユーリは眉をひそめた。


「何だ、あんたら知らんのかい?そういやこの辺じゃ見ねえ格好だな」


「ええ、アランドールからの旅路でして」


「アランドールねぇ。そりゃあ災難だったな。このままだとジュラと戦争になるだろうよ。国境が封鎖されねえうちにさっさと国に帰ることだ」


「戦争?ガーランドとジュラは昔より幾度も国境圏の争いを続けて来ましたが、十年ほど前に停戦協定が結ばれて五十年の不可侵で落ち着いたはずです、条約が破棄されるようなことが?」


「うーん…。いや、実はな…」

 店員は一瞬考えたのち、ちらりと周りを確認して体をかがめた。

 酒場の店員と言うのは噂好きが多い。彼も例に漏れず話が好きらしい。

 内政に関するおおっぴらに出来ないような話は、国外の旅人相手でなければ話せないために余計に口が緩むのだろう。

「少し前に王太后様が外遊中に馬車で事故を起こされてな。ここだけの話、どうもその事故がジュラの密偵の仕業かもしれないって噂なのさ。だから演習が急遽決まったってわけよ」


「!」

 ルイスは"王太后"と言う言葉を聞いてテーブルに置いた手をびくりと震わせる。

 王太后とは現国王オルガノの母で、かつてエリオスの母であるルイスの祖母を死の淵に追い詰めた人物と言うことになる。憎しみと言う感情があるわけでは無いが、その存在を身近に感じるのは何とも複雑な心境だ。


「それは穏やかではないですね。でもすぐさま戦争突入と言うわけでもなさそうじゃない?のんきに演習してるぐらいですし」


「崩御されるのを待っているのでは?」


「ちょ、あんた、冗談でもそんなこと口に出すな!ここは兵隊さんがたも来てるんだから」


「あ、失礼しました」

 ルイスは慌てて口を噤んだ。

 周りに視線を送るが話を聞かれてはいなかったようだ。

 店員は二人に顔を近付けると更に小声で話し出した。


「だがなぁ、俺はあんたの言ったことであってると思う。みんな噂してるぜ、王太子はこの演習地でジュラに攻め込むための大義名分を待ってるんだってな。オルガノ王に事態を収める力はないし、大義を得れば軍事指揮権は王太子に持って行かれるだろう。そうなりゃ、まあ、そういうこった」

 そう言うと店員は厨房へと戻って行ってしまった。


「うーん、戦争かぁ、困りましたね」

 ユーリは空を仰いでうーん、と唸る。


「確か、王太子オレドは国王から指揮権を奪えるだけの強権な立場にあり、しかも国政では軍備強化の推進派…」


「らしいですね。それがどうしたんです?」


「密偵の仕業と言う話が少し引っ掛かります。ジュラ連合のほとんどは穏健派で停戦協定もジュラ側の譲歩によってどうにか漕ぎ着けたものと聞いています。仮に連合の中に反勢力がいたとしても、圧倒的に自国を不利に晒すような危険な手段を用いるとは思えません」


「まあ、噂通りであればガーランド推進派の都合が言い事態になりつつあると見えなくもないですね」


「……」

 ルイスは運ばれてきた料理に目もくれず、湧き上がった疑問を頭の中でパズルのように整理し始める。


 ユーリはふう、と息を吐いてワインを煽った。

「ルイス、気になるのは分かりますが我々は原因を勘ぐる状況にはありませんよ。国境が封鎖される前にジュラへ急がなければ」


「そうですね」

 ルイスは、はっと顔をあげると頷いて慌ててスプーンを口に運んだ。



 ・・・


 食事が終わる頃、急にバタバタと店内が騒がしくなりだした。

 食事に来ていた演習の兵士たちだろうか。いくつかのテーブルの男たちが慌ただしく席を立ち始める。


「何でしょ?門限にしては早いですね?」

 ユーリは三杯目のワインを煽りながら様子をうかがった。

 彼らは店主らしき男を呼びつけ、店主を連れて外へ出ていく。


「まさかとは思うけど…ルイス、すぐ走れる準備しておいて下さいね」

 ユーリは異様な空気感を察知してグラスを置くとルイスに目配せをした。

 ルイスは頷いて置いていた鞄を肩にかける。


 少しして店主とガーランド軍の隊服を着た男たちが数人店内へ戻ってきた。

 テーブルや窓際の椅子で食事や雑談を楽しむ行商や旅人たちに順に話しかけていく。


「旅人に声をかけています。もうエノテイアから報せが?」


「まさか、どんなに早い馬でも数日はかかる」


 二人は顔を正面に向けたまま隊服の男たちを横目に観察する。

 隊服の男らは最後にカウンターへやってきた。

「おい、貴様ら、どこの者だ」


 随分と偉そうな物言いにユーリは眉をひそめながらも微笑んで答えた。

「アランドールです。物々しいですね、何事ですか?」


「ふん、田舎の共和国か。ガーランドへは何の用で入国を?目的地は?」

 口髭を生やした偉そうな兵士はさらさらと何か書面をしたためながら、なおも質問を続ける。


「家業の商いと、見聞を深めるための遊学です。この後はジュラへ向かうつもりです」

 ルイスが答えた。


 ふと、ユーリは偉そうな兵士の後ろに立っている隊長らしき灰褐色の髪の男の視線が気になった。視線は、ユーリが帯刀する刀の長さを測るように上から下へ移動する。一見すると旅人の様相をただ観察しているだけのようにも見えるが、獲物の長さからユーリの間合いを計っていることが分かる。ただの平兵士ではない、直感で分かった。


「それを証明する物は?」


「ありません。何もない状態から学ぶことも経験の内と言われて育ちましたので。ガーランドでは入国に身分を証明する書が必要とは聞いていませんが、一体どのようなご用件でしょうか」

 ルイスは変わらずそのままで、と言われた通り特に何かを演じようとはせず普段通りにそれらしい台詞を並べ立てた。


 あまりにも堂に入った受け答えにユーリは思わず感心してしまった。

 嘘の設定とは言え、言葉一つだけで裕福な出を思わせる。

 高圧的な兵士に対して、まったく怯むこともなく表情を変えずに答えられる少年など、どう考えてもただの旅で通すには無理がある。あやふやな旅人のままにしていなくて本当に良かった、とユーリは胸を撫で下ろした。


「いや、本来は必要はない。だが今は少しばかり込み入った事情があるのでね、証明書を持たない者は少し話を聞かせてもらっている」

 後方でユーリを見つめていた明らかに一般兵とは異なる雰囲気の男が前へ歩み出て来た。言葉使いや身なりからするに、一般兵より上の隊長格か、更に上の身分の者かもしれない。

 面倒だけは避けたい…。


「込み入った事情とは?」

 ユーリは出来るだけ相手に情報を与えないように言葉を選んだ。


「ある重要参考人がグランシュから行方不明になったと報せを受けたためだ。素直に応じてもらえると我々としても手間が省けるのだが、どうかな」


 男の問いかけにルイスは一寸考えた。

 "グランシュで行方不明になった重要参考人"と言うことは、エノテイアから報せを受けた追手ではない。下手にごねたり逃げ出しでもすれば余計怪しまれる。ここはいったん素直に応じるのが最良と言えるだろう。

「分かりました」

 ルイスはユーリをちらりと一瞥して立ち上がった。

 ユーリは瞬きで返事を返す。考えは同じだ。


「疲れてるんで手短に頼みますよ」

 やれやれ、と大袈裟にうんざりした様子を見せてユーリも立ち上がる。


「悪いが一人ずつだ。そちらの連れはここで待たせるように」


「それは出来ません。彼も共に行きます」

 入口へ向かって歩き出す隊長風の男にルイスは強い口調で言い放った。


「貴様、逆らうのか?」

 口髭の兵士が振り返って眉をひそめる。


「彼は私の護衛です。どのような事態にも傍を離れず任務を全うする責務があります。あなたがたも国に仕えている身ならばその意味はよくお分かりでしょう。そもそも私たちはこの国で何らかの不貞を働いたわけではなく、あたながたの要請に任意で応じているのです。身分を疑うのは仕方がありませんがそちらの習いに従えと言うには少々失礼が過ぎるのではありませんか?」


「……」

 隊長風の男は振り返り、表情を変えることなくじっとルイスを見つめた。

 検分でもするかのような鋭い眼差しで視線を走らせる。

 ルイスは臆することなくじっと男を見返した。


「…確かに。そちらの身分を良く知りもせず不躾な扱いではあったな。分かった、護衛連れを許可しよう」


「なっ!クライド様、こんな子供の言うこと真に受けるんですか?!」


「子供だから何だ?年齢は関係はない。もし彼らが外交問題になり兼ねない身分であった場合、その責任をおまえがとると言うのならば好きにするが良い」

 隊長風のクライドと呼ばれた男は、口髭の兵士に冷たく言い放った。


「くっ」

 口髭の兵士はそれ以上何も言えずに押し黙る。

 苛立った様子で踵を返し、兵士は料理屋を後にした。



 クライドと呼ばれた男の後をついて、ルイスとユーリは宿屋の応接間にいつの間にか張られた天蓋の中へと通された。

 今夜ルイスたちが寝る予定の長椅子にクライド、向かいの椅子にルイスとユーリがそれぞれ腰かける。


「では、まず名前から教えてもらおうか」


「ルイスです。こちらはユーリ」


「ルイスだけ?姓は?家業の勉強と言うことは後を継ぐ予定では?ここまでの立ち振る舞いからそれなりに身分ある立場とお見受けするが」

 先ほどとは別の兵士が現れ、紙にさらさらと話の内容をしたため始める。


「…カトラです」

 ルイスは苦し紛れにキャトラをもじった姓を名乗った。


「ふむ、カトラ。そちらは?」


「ないですよ。ただの剣士なんで」

 ユーリは腕を組んで椅子に体をもたれかけさせた。


「アランドールの豪商ならば跡継ぎには身分のはっきりした者を傍に置くはず。今はガーランドのように実力主義へと梶を切り替えたのかな?」

 クライドは探るような眼差しでルイスとユーリを見比べた。


「それは、名家の出身でなければ傍に置くのに相応しくないと言う意味ですか?」


「いや、私もどちらかと言えば実力主義よりではある。生まれなどただの鎧のようなものでしかないと。だが…カトラと言ったか、どこのカトラだ?」


「どこ、とは?」


「私の祖母はアランドールからガーランドの貴賓へ卸しを行う豪商の生まれ。旅に護衛を付けるほどの裕福な家の名ならば私も熟知している。カトラ、どうにも聞き覚えがなくて、記憶違いであれば説明してもらえないかな?」

 クライドは身を乗り出して両手を組んだ。瞳の眼光の鋭さが増す。


「……」

 ルイスはごくりと唾を飲み込んだ。何も答えられない。

 この男は最初から二人がアランドール出身ではないことを見抜いていたのだ。


「…あー、しまったなぁ、身分が高いと逆に名前が知られてるのか。商家の設定はもう少しちゃんと練るべきでしたね」

 ユーリは諦めた様子でため息をついて言い放った。


「ユーリ!」

 ルイスは早々に白状してしまったユーリに声を上げた。


「いや、相手がアランドールの出でなければ有用な設定ではあると思うぞ。…では改めて聞く。おまえたちはどこから来た?そちらの少年の立ち振る舞いからすべて嘘ではないとは思うが、もし高い身分であるならば何故偽る必要が?」


「……」

 ルイスは困惑した表情でユーリに視線を送る。


「室内は二人、店の外に三人、この人は手ぶらだし、私はやろうと思えば全員相手にすることも出来るよ。状況を打開する方法はいくつかあると思うけど、どうするかは貴方が決めて」

 ユーリは安心させるように優しい口調で呟いた。


「ほう?気配だけで人数を判別するとは…。"諸刃の剣"と伝え聞く西国の太刀といい、口から出まかせではなさそうだ」

 クライドは興味深そうに不敵に笑って見せる。


「…クライドさん、あなたがたは"重要な人物"を追っていると言っていましたが、その者がジュラへ逃げ込んでしまえば手出しが出来なくなりますよね。多少の嘘が混ぜ込まれた旅人の身元を探ることに時間を割いている余裕はないのではありませんか?私たちはその人物と何ら関係がないとだけは言っておきます。これ以上は何も話す気はありませんので尋問を続けても時間の無駄です。はっきりさせたいと言うのであればお互いにとって良い結果にはならないでしょう。あなたがたはそのせいで本命を取り逃がしてしまうかもしれない。それでもこの問答を続けますか?」


「……」

 クライドは一気にそこまで話しきるルイスに圧倒されて目を瞬かせた。

 あまりにも毅然とした態度ではっきり話す様は、まるで目上の者から詰めの甘さを指摘されているかのような気分に陥る。

 生まれながらの身分の高さと言うのは、こういう時こそ本来の力を発揮するのだ。

 下手に触れるべき相手ではないのかもしれない…。


「ふふっ…、なかなかの交渉上手。確かに、このまま取り調べを続けても得策とは言えないな。それについては私も同意だ」


「では…」


「だがこちらにも立場と職務がある。そこで一つ打開案を提示したい」


「打開案?」


 クライドは横に控えていた兵士に目配せすると、その兵士は頷いて天蓋の周りにいた兵士を店の外へと出るように促した。

 兵士らが外へ出たのを確認して、クライドは口を開いた。

「ガーランドの要人事故についての噂はそれなりに聞いているかな?我々は調査隊として正規のルートで事故の重要参考人を追っている。しかし、それとは別に王太子直属の部下も数名独自の動きをしているらしい…。君たちはジュラへ行くと言っていたが、こちらが身を引く代わりにジュラでその者たちを見つけ出して欲しい」


「!」


「んん?どういうことです?」

 ユーリは首をかしげた。


「その人たちが、つまり"真実を知る者"だから、ですか?」

 ルイスはクライドの言葉から一つの確信に辿りついていた。

 やはり、王太后の事故はただの事故などではない。恐らく密偵の仕業ですら…。


「…そうだ。それ故に彼らは命を狙われる状況にある。我々は真相を暴くために彼らを生きて保護したいが、王太子がこの件に首を突っ込んで来た以上、我々の力だけでは彼らを生かすことは困難と言える」


「ああ、なるほど。つまりその事故は事故ではなく、そしてジュラの仕業でもないと貴方は推測してるんですね。で、その参考人が真相を知っている可能性があるけど、このままだと消されそうと言うことか」

 ユーリは二人の会話の内容を聞いて、ようやく合点が行った様子でふむふむ、と頷いた。


「彼らを何としても保護し、この一件を白日の下に曝さなければガーランドとジュラは全面戦争になるだろう。そうなればガーランドは友好国のエノテイアに軍の派遣を要請をする可能性もある。それは君たちにとって良いことではないはず。違うかな?」


「…!…」

 ルイスとユーリは驚いて視線を合わせた。


「本当は何か知ってる?」

 ユーリは刀に手を置く。


「いや、カマをかけただけのつもりだったが当たったか。金色の髪と言えばエノテイア出身がほとんど。まったく訛りのない言葉に高貴な雰囲気、そんな少年がいる国をエノテイア意外に知り得ないのでね。身分を明かせないと言うことは何か問題を抱えているのではないかと思っただけだ」

 クライドが二人の様相を冷静に分析した結果、導き出した推測だ。


「交換条件と言うことですか」


「そこまで強制するつもりはない。先ほど言われたように、我々は君たちが何者かよりもこの火種を何としても鎮火させることに尽力せねばならないのだ。ジュラでの用のついでで構わない。彼らを探し出し、そして可能ならば私か、国防を担う正規の部隊に引き渡して欲しい」


「……」

 ルイスは考え込んだ。


「ガーランドに詳しいわけじゃないですけど、貴方は随分変わった軍人さんですね。怪しい旅人なんかじゃなくてもっと信用できる人に頼めばいいじゃないですか」


「いれば当にやっている」


「おっと、お友達が少ないタイプでしたか。これは失礼」

 ユーリはガーランドの国事情を察してわざと茶化して笑って見せた。


「…分かりました、約束できませんが…。私も事故の真相については気になりますので、もし出会うことが出来れば可能な限り手を尽くしましょう。それで、その方たちの特徴は?」


「感謝する。彼らはガーランド辺境のロスター村出身の二人の兄妹(きょうだい)と言うことだ。悪いが名前までは情報が降りてきていない。妹の年齢は君とそう変わらないだろう。見た目については黒檀色の髪と言う以外は不明だ」


「はぁ?それだけでどう探せって言うんですか」


「君たちのような洞察眼があればある程度は絞れるだろう?」

 クライドはルイスとユーリをそれぞれ見て、にやりと微笑む。


「この人むちゃくちゃ言うな。もう行こう、ルイス」 

 ユーリは気だるげに息を吐いて立ち上がった。


「行こうと言いましてもユーリ、私たちの今日の寝床はここです」

 ルイスは苦笑いを浮かべてクライドの座る椅子を指差した。


「寝床?」

 冗談だろう?と訝しげな顔でクライドは長椅子に視線を落として立ち上がる。


「そうだった…。もう話は終わりで良いでしょ?さっさと撤収してください」

 クライドはコホンと咳払いをして隊服を正す。

 呼び戻した兵士がクライドに耳打ちをし、クライドは小さく頷いて兵士に何かをことづけた。

 兵士からの伝言にクライドの顔色が一瞬曇るのをルイスは見逃さなかった。

 王太子が動いたのか、或いは王太后の容体が急変でもしたのか…。


「ジュラの国境には君たちがすんなり通れるよう手配しておく。夜の内に事態が進むやもしれない。陽が昇る前にはここを出立すると良いだろう」


「分かりました」

 ルイスは聞きたい衝動をぐっとこらえて顔を背けると、長椅子を軽くはたいて借り物のシーツを被せた。そしてふと何かを思い立って、手を止める。


「クライドさん、姓をお伺いしても?」

「ああ。ウィンダム。クライド・ウィンダムだ。グランシュに立ち寄ることがあれば一杯奢ろう。君の本当の姓はその時にでも教えてくれ」

 クライドは戸口の手前で振り返りふっと微笑んで宿屋を後にした。




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