始まり1
たぶん、そう、この時だ。
私は偶然ではない何らかの巡りあわせによってそれと出会い、そしてそれがすべての始まりだったのだと思う。
晶陽歴533年。
この日は朝からずっと雨だった。
私、エノテイア聖堂国騎士庁所属、特異任務隊長エリオス・キャトラは、エノテイアの建国者である堂主ヒイラギ様直々の命でバリアント地方の、ある村へと向かっていた。
私は普段、騎士として大聖堂に仕えながら、貴族として議会の段取りやとりまとめ、騎士らの性質の見極めに指導などを行う特殊な職務に就いている。
と言うのも、母方の生家であるキャトラ家がエノテイアの貴族でそれなりの地位にいることと、私のある特殊な出自から一般的な騎士としては扱うにはいささか問題があるために貴族であり騎士でもある状態が最善であると騎士庁に判断されたためだ。
それ故、貴族として各都市の視察のために遠出をすることはあっても、今回のように騎士として隊を率いて遠征に出たのは初めてのことだ。
この特異任務は、目的物の特殊性や任務の難しさから魔晶庁や騎士庁の最高位である将位が務めるのが通例なのだが、その将位が三人とも友好国への重要式典の出席や別の地方任務などで出払っており、何故か次の適任が私しかいないと言うことで任された。
あまりにも荷が重い任務だ。ぼやいても仕方ないこととは理解しつつも…。
「ふぅ…」
私は小さくため息をついた。白い息が雨粒の空に消える。
正直、私はこの特異任務の目的物である”オリクト”の回収が好きではなかった。
オリクトとは、高密度な魔力の晶石であり、それが施された人智を超えた装飾具の総称である。
オリクトは世界の構成と同時に原初の存在から生まれ出で最初の物質とされており、私たちが魔晶を扱う際には晶石を介さなければならないが、世界中にある晶石はすべてこのオリクトから別れ出でた欠片の一部でしかないとも言われている。
故にオリクトの持つ力は強大で、使い方や使う者によっては国をも簡単に滅ぼすことが出来、オリクトを巡る国や人同士での争いは遥か昔から絶えることがない。
実際、他国のオリクトを巡る争いの最中、所有者の暴走により町が一瞬にして焦土と化したと言う話も聞いたことがある。
原初の魔力など、人の手には過ぎた代物だと私は思う。
オリクトを巡る終わることのない争いを憂い、知識と力ある国が管理し保管するべきである、と提唱したのがヒイラギ様であり、エノテイアと言う国だ。
しかし、そのためならば他国に工作員を派遣し、必要とあらば軍を動かし、反抗する者、それを奪おうとする者を容赦なく排除するエノテイアの政策には思う所はある。
私は騎士だ。主命には従う義務があり、国のために与えられた使命を全うすることが何よりも誇りである。
で、あるが…。この任務は本当に気が進まない。
急遽あつらえた隊の皆も、任務の内容を聞いてから口数が少ない。オリクト一つに村人を拘束、或いは根絶やしにすることもあるこの任務は隊に入りたての若者にはあまりにも酷だ。
「キャトラ隊長、そろそろ着きます」
先頭の兵に声をかけられはっと顔を上げる。
ひどい雨の向こうに灯の明かりが僅かに見えた。
「ここからは徒歩で向かう」
後方に構えたキャンプを夜更けに出発して、今は午前を迎えて二時間弱。
村人が寝静まった頃、密かに盗み出すのが私の作戦だ。
必要なのはオリクトであり、村人と接触し無益な争いになるのは避けたい。
「表に人気はないな…」
軒先に今にも消え入りそうなランプの光が微かに揺らめいている。
みな寝静まっているようだ。
この雨だ。気配や足音で気付かれることはないが念のため慎重に距離を詰めた。
前日の調べでオリクトは村の集会所のような小屋に祀られていることが判明している。
私は数人の兵とまずはそこへ向かうことにした。
その小屋は集会所と言うには狭い建物だったが、作りはしっかりしており雨漏りもない。
私は外の気配を警戒しながら外套に隠していたランプを取りだし室内を見渡す。
「ないな…」
お粗末な祭壇のようなものには、あるはずのオリクトが置かれていなかった。
念のために祭壇を調べてみたが細工が出来るように作りではない。
「仕方ない。気付かれぬように家屋を捜索するか…」
私はため息をつきたくなったが部下の前なのでぐっとこらえた。
もし村人に気付かれれば私は剣を抜くしかない。
エノテイアの騎士が他国で活動した証拠は消さなければならないのだ。
建物を出て、私たちはそこではっと立ち止まった。
「!」
村の中央付近に人影があった。
私は剣に右手を添え、副隊長に目配せをする。
影を囲むように、ゆっくりと人影に近づく。家の明かりがぼんやりと影を照らし、それが子供であることが分かった。
顔までははっきり分からないが、私の息子とそう変わらない年頃のように思う。
一瞬、寝ぼけて出てきてしまったのかとも思ったが、これだけの雨に打たれているのだ。寝ぼけたままなどと言うことはあり得ない。
私が迷っていると、少年が先に口を開いた。
「…ごめん、なさ…い…」
そう呟くと少年はふらふらと体を揺らし、倒れてきた。
「…っおい!」
私は慌てて駆け寄り少年を抱きかかえる。すでに気を失っていた。
少年の様子は暗闇でほとんど分からなかったが、私は少年から香る微かな匂いを感じ取った。
「…おまえたち、家の様子を見てきてくれ!」
状況が飲み込めず呆然と立ちすくむ兵士たちが我に返り走り出す。
私は少年に外套をかぶせ待機中の兵に任せると各家を回った。
「隊長、生存者はゼロです…」
やはり。
私は頭を抱えた。
開け放たれた扉から澱んだ血の匂いが溢れてくる。
「先客がいたのか、あるいは…」
調べに向かわせた前日までは何事もなかった。
それ以降から、到着する数時間前の間にこの村で何かがあったのは間違いない。
家へ入り村人の様子を確認すると、みな寝ているところを惨殺されたようだった。
多少の抵抗はあるものの、ほぼ即死…。
家の中は荒れており、一見すると私たち同様オリクトを奪いに来た者による犯行のようにも思える。
「夜盗ですかね。オリクトはそいつらに持っていかれてしまったのでしょうか」
兵が家の中を捜索しながら呟く。
私は遺体の傷を凝視しながら思案を巡らせていた。
これは恐らく夜盗の仕業などではない。
傷は獣の噛み痕やひっかき傷、何かで抉られたようなものと色々あるが、致命傷になっているのは首元の一太刀だ。他の傷とは明らかに系統が違う。鋭利な刃物による鮮やかな斬り口が彼らをあまり苦しませずに死に至らしめた。
傷口の渇き具合からしてもこの斬傷は同日のものだが、他の傷とは目的が違うように思う。
もしオリクト目的の夜盗であれば他の傷の説明がつかないし、逆に獣や魔物の仕業であればもっと分かりやすいほど家が破壊されているなどの痕跡が残る。
つまりこの襲撃犯はそのどちらでもない。
少なくとも先に襲撃したのは惨い傷を負わせた方で、致命を与えた方は死を待つだけの人間に対して…そう、まるで介錯を行ったかのような…?
「…さきほどの少年は、一人だけ無傷で何を…?」
私はふと、少年のことを思い出し外へ出る。
丁度、少年を抱えた兵がこちらへ向かってきていた。
「隊長!子供の様子を確認していたら、これが…!」
兵は驚愕に目を見開いて少年の右手を私に見せる。
少年の右腕には、白金製の腕輪。その中央で、身の毛がよだつほど美しい薄紫色の晶石が瞬いていた。
私は生唾を飲み込んで呟く。
「…オリクト…」
雨はいつの間にか上がっていた。
・・・
バリアントから首都メトラへ帰国して一週間が経った。
オリクトの献上と言う最も名誉な成果を挙げたが、私の気分はあの時の雨模様のまま未だに晴れない。
惨殺された村人に、たった一人無傷で生き残る少年、そしてその少年が身に着けたオリクト…。
あのオリクトが村の惨状に関係しているのは間違いない。
何故かそのことで、ずっと胸騒ぎに悩まされている。
私は三歳になる息子のルイスを連れ、首都メトラにある大聖堂を訪れていた。
大聖堂はヒイラギ様のお住まいでもあり、政庁、騎士庁、魔晶庁の三部庁が揃うエノテイアの中枢だ。
政治的な決議も軍部の作戦も回収したオリクトや希少な晶石の管理保管も、すべてこの大聖堂で行われている。
例の少年は現在、バリアントから持ち帰ったオリクトの調査のため魔晶庁の監視下に置かれていた。
一般的に晶石は晶技師にしか装飾具への着け外しが出来ないのだが、オリクトはただの晶石とは異なり扱いも特殊なことから人の手で故意に着けたり外したりすることは不可能と言われている。無理に外そうとした晶技師は建物ごと蒸発しと言う事例があるため、晶技師の間で禁忌扱いになっているせいもあるだろう。
そのため少年のオリクトについてはヒイラギ様の後継者と名高い晶技師でもあるアイネル卿に一任されることになった。
アトラ・アイネル卿は魔晶庁の将位にして三庁を束ねる筆頭将位だ。ヒイラギ様の血縁と噂されるだけあって、少年のような見た目からは想像もできない底知れない力と知識を備えている。ヒイラギ様の代理を務めていることからも非常に多忙で、私も挨拶や事務的な会話しか交わしたことのない謎めいた人物だ。
そのアイネル卿が任務を終えて帰還したと連絡があり、私はオリクトの状態と少年の身柄を含めての話しに応じるべく魔晶庁に赴いたところだった。
「やあ、エリオス、久しぶり」
ふいに背後から声をかけられ、私は一呼吸おいて振り返る。
そこには少年の姿のアイネル卿が立っていた。
「…アイネル卿、ご無沙汰しております。無事のご帰還何よりでございます」
私は敬意を込めて一礼する。
国宝である『環』のオリクトの影響を受けていると言う彼の見た目は十五年以上一切変わっておらず、気配もなく突然現れる点からも人間味がなく少々苦手としている。
「初任務は大手柄だそうじゃん、やるねぇ。次も君に任せようかなー?」
アイネル卿は愛嬌のある笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ですが私にはあまりにも身に余る任務、このたびはたまたま運が良かっただけですので…」
「ふうん、あんま好きじゃないって顔だね。ま、いいけど。今から例のオリクトを見に行くとこさ。君も一緒に来るんだよね?」
「はい。少年についていくつかご相談したいことも御座いますので、ご同席させて頂きたく思います」
「いーよ」
「ありがとうございます。…ルイス、おまえはそこの広間で待っていなさい。一人給仕の者を付けるからね」
「うん」
私は息子のルイスに持っていた絵本を手渡す。
「その子も一緒に連れておいでよ」
給仕を一人世話役に手配しようとしていると、背後でアイネル卿が呟いた。
「えっ?」
「それぐらいの歳なら魔晶の才能が開花してもおかしくない。オリクトは一生に一度拝めるかも分からないもんだ。キャトラの名を継ぐなら見ておくべきだよ」
「…で…ですが…」
私は躊躇った。
ルイスが生まれ、私がキャトラを継いだ時から私はルイスに家を継がせようとは思っていなかったからだ。
広い視野を養うために国外へ出てもいいし、好きな職に就いて、もし出来る事なら国にも名にも生まれにも縛られない自由な生き方をして欲しいと思っている。
それをヒイラギ様が許して下さるかは分からないが、生まれながらに将来が決められていると言うのはあまりにも不憫ではないか。
「ほら、ルイスも行きたいってさ」
私が答えかねていると、アイネル卿はさっさとルイスの手を引いて行ってしまった。
ルイスは遊んでもらえると思ったのか楽しそうに一緒に駆けていってしまった。
「……」
私は複雑な心境のまま二人の後を追った。
魔晶庁の研究棟。
ここままで入るのは初めてかもしれない。
魔晶の力を乱反射すると言う晶石で造られている研究棟は、廊下ですら非常に息苦しさを感じる。
私とルイスは隔離された部屋をガラス越しで隔てた監視室からアイネル卿と少年の様子を見学することになった。
アイネル卿はゆっくりと少年の寝台へと近寄っていく。
オリクトが暴走しないように少年はあの夜からずっと薬で眠らされたままで、まだ名前も聞けていない。
「うーん。こいつは違うな。…じゃあ、何でここまで何事もなく?経由か…?いや、キャトラに反応はしてない」
アイネル卿は何か独り言を呟きながら少年の手のオリクトをじっと見つめている。
何を言っているのかこちらには聞こえない。
「ちちうえ、あの子はねているの?おなかいたい?」
私に抱きかかえられたルイスが不思議そうに少年を見つめて瞬きをする。
「ああ、病気のようなものだよ」
「かわいそうー。なおるといいね。いっしょにあそびたい」
ルイスは紫水晶のような大きな瞳をキラキラと輝かせて微笑んだ。
「そうだね、元気になったら…」
つられて私も笑顔に…。
「?!」
ふいに何かがぱっと光った。
驚いて隔離室を見ると、アイネル卿が何かに納得したように腕を組んで眉をひそめていた。
「間違いない、経由だ。なら必ずどこかへ繋がってるはず…だから来た…?無理に取るのは危険だよ、このままにした方が…」
アイネル卿が眉をひそめたまま管理室へ入ってくる。
「い、今の光は…?何か問題でもありましたか?」
「いや、問題ない。オリクトはあの子供を所有者にしたわけではないね。だけど外すのは難しいし様子見かな。たぶん、何もなくここへ来たってことが最大の理由だろうとは思うけど…」
「ここへ来たことが?理由ですか…?」
アイネル卿はまた独り言を言いながら何かしら考え込んでいる。
その言葉の真意は私には分からない。
「うーん、ここで何も反応ないってことは大聖堂に置いても意味ないか…」
「あの子供の身柄はいか様にされるおつもりですか?恐らく他意によって手にしたオリクト、そのために年端もいかない子供をこのまま寝かし続けるにはあまりにも不憫でございます」
「そうか、そうだね、そうしよう!あの子供をかわいそうに思うなら君の所で世話してくれない?僕、忙しいし」
「は?!我が家ですか?!」
「ルイスの遊び相手にもなる。丁度いいじゃん」
「しかし、私にはオリクトの管理などとても…」
「管理の必要はない、今は機能してないから。理由が判明するまでそこにある、ただの装飾品さ」
「その理由とやらはどうのように判明するのでしょうか?」
「あの手から外れた時がその時さ。外れるまで僕にも分かんない。ただその時が来ても『環』の庇護がある首都にいる限り暴走したりすることはないから安心してよ」
「……」
「気が乗らなそうだねぇ。じゃあ交換条件ってのはどうかな。一昨日までぼくが祝宴に出席してたのは知ってるよね?ガーランドの家臣の中には相変わらず君の王位の復権を願う者がいたよ。まあ、絶対にあり得ないけど、子供がいるのがバレてるっぽかったから、子の継承権は別にある!って誰かが言い出すのは時間の問題かもしれないよねぇ」
「それは、脅しですか…」
私は不快感を露わにアイネル卿をきつく睨んだ。
「やだなぁ、怖い顔しないでよ。君がお願いするならヒイラギ様の名前でこちらから働きかけてもいいよって話じゃないか」
アイネル卿はにやりと含み笑いを浮かべた。
「……」
私は大きなため息をついた。
どこが交換条件なものか、ただの脅しだ。拒む余地などどこにもない。
今の私にはルイスの身に降りかかるかもしれない火の粉を払うことしか出来ないのだから。
「分かりました、謹んでお受けいたします。ですがこの先もルイスはエノテイア国民でありヒイラギ様の名の元に庇護にあることをお約束願います」
「いいよ、任せといて。君の身柄はもちろんルイスに関する一切の権限はエノテイア管理下にありヒイラギ様の許可なく覆ることはないって書面を造らせよう。まあ、あそこの王にも君の子供についての噂を聞かれて頼まれてたからどうせやるつもりだったけどね」
「!」
アイネル卿はけらけらと笑いながら監視室を出て行ってしまった。
・・・
アイネル卿に脅される形で引き取ることになった少年は、魔晶士たちの処置後すぐに我が家へと連れてこられた。
ずっと眠らされていたせいで体力的には弱っていたものの、健康にはまったく問題ないと言うことだ。
オリクトを手にした影響から記憶にいくつか欠落があるが、年相応の一般知識は損なわれていないようで知りうる限り質問にはなんでも答えてくれた。
名はヴィルヘルム。歳は五歳。最近字の勉強をしていたらしい、たどたどしい自分の名前を書いて見せてくれた。
「ヴィルヘルム、紹介しよう、ルイスだよ。君の弟と思って遊んでもらえると嬉しいな」
「ルイスー?」
ヴィルヘルムは覗き込むように首を傾げた。
「ルイス、挨拶をして。新しい家族のヴィルヘルムだよ」
私は足元に隠れているルイスの背を軽く押してやる。
「こんにちは、うぃるへるむ」
ルイスは恥ずかしそうにしながらヴィルヘルムに歩み寄った。
「すごいー!かみ、きらきらしてきれいだね!おじさんとおんなじだ」
ヴィルヘルムはまるで宝物を見つけたかのように瞳をきらきらと瞬かせた。
「うん、ちちうえといっしょ」
ルイスも嬉しそうに微笑む。
最近、私と同じところを褒められるのが好きらしい。
「ルイス、あそぼ!かけっこはできる?」
「できる!」
弟が欲しかったんだ、とヴィルヘルムが無邪気に笑う。二人はすぐに打ち解けたようだ。
私はルイスが人見知りをせず懐いてくれたのでほっと胸を撫で下ろした。
ルイスは私の仕事柄あまり敷地外へ出たことがない。
この家にも大人以外の人間はおらず、ルイスにとっては子供の友達は初めてになるだろう。
オリクトのことと次第ではどれだけヴィルヘルムと共に過ごせるかは分からないが、お互いに刺激し合い豊かな感情を育むことが出来れば幸いだ。
庭の椅子に腰かけ、私は魔晶庁から渡された調書を眺めた。
ヴィルヘルムはあの日の出来事は全く覚えていないようで、医者や魔晶士が順に取調べを行ったがこれと言った情報は出てこなかった。
村にはその後調査隊も派遣されたがヴィルヘルムの両親であろう男女二人、その他の村人も全員が同じ死因だったと記載されている。ヴィルヘルムにも真実を告げたが、年齢も年齢だ、家族と二度と会えないことに泣くこともあったが、死をうまく理解出来ないようでそれ以上に取り乱すことはなかった。
私はヴィルヘルムの両親の顔を見ていない。無邪気にルイスと遊ぶヴィルヘルムを見ていると、何とも言えない罪悪感に駆られた。
もし前日に詳しく調査していれば、もし、もっと早く村へ潜入をしていれば、そもそも、村人を説得する手段を選んでいれば或いは…。
いや、後悔したところで今さら遅い。ならば、今私に出来ることをしよう。幼くも確かに傷ついているヴィルヘルムの心を少しでも癒してあげよう。
いつかヴィルヘルムが理解できるようになったらあの村を訪れてみても良い。
そこには何もなくとも幼い頃の思い出を巡らせることはきっと必要だと思うから。
調書を数枚読んで、ヴィルヘルムのオリクトをちらりと一瞥する。
「?」
光の反射のせいだろうか、一瞬輝いているように見えたが…。気のせいか。
私は訝しげに思いながらも、ぼんやりと二人の様子を眺めていた。




