表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

8,悪巧みはお互い様

「――正直言って、俺達はあの軍師姫を信用していません。信用できる部分が無い。運良く魔族の襲来とやらは回避できましたが、それでも、同じ世界からきた同胞の友人が十六人死んだ。十六人は確かに大きな目線で見れば小さな犠牲かも知れない。でも、俺達にとってはそうじゃない。数字で済ませていい犠牲じゃない」

「感情的にならないでよ、多救。部屋の前には人がいるんだから、聞こえたら厄介でしょ?」

「……ちっ」

「舌打ちもやめなさい。……多救が言った通り、私たちはお姫様に本当のことを隠しています。今、巫女様に教えたスキルが私たちの本当のスキルなんです。スキルについて聴取された時、本当のことを言えば私たちは前線に出されると思いました。でしょう?」

「そう、ですね。『鉄壁』と『応援団長』は戦うのにかなり適しています。素直に申告していれば、補助役や壁役として使われていたかもしれないという可能性は否定できません」

「その可能性を回避するため、私の為に多救が嘘を吐いてくれました。自分はスキルが無いという、疑われやすい嘘を。そして私は多救のスキルを申告した。女の私が『鉄壁』を持っていても、戦いにやたらめったらに送り出されることはないだろうって」

「嘘がどこかのタイミングでばれても、まあ責められるのは俺だけで済みます。……できることなら、俺だって戦場には出たくなかったとはいえ、ちょっと嘘が極端だったかもって後悔はしてますけど」

「そうですね……、本来であれば、スキルを持っていないというのはあり得ない事ですから。女神様は確かに全員に加護を付与しています。虚偽の申告をするという点では、そこは失敗だったかもしれません」


 当然のことながら、多救が十六名の死に憤っているというのは演技だ。下手すれば自分と葉雪が死んでいたかもしれないという点では、確かに軍師姫にむかついてはいる。その感情が多救の演技にある程度のリアリティを持たせたのは間違いない。

 口裏を合わせてもいない、その場凌ぎに等しいスキルに関しての言い訳だが、これはある程度の打算があっての博打だ。かなり勝率が高いと判断した賭け。

 巫女様は騙されやすい。というか、そこまで人の言葉を疑う気がない。彼女の生い立ちゆえか、あるいは生来の性格なのかは、つい十数分前に会ったばかりの二人には分からないが、これは使えると判断した。

 つまり、嘘の共犯者として。

 秘密を共有するという甘言に乗せた。

 多救が『鉄壁』が自分のスキルだと言ったのは、葉雪がある程度の理論展開が出来るような状況を作り出すためだ。辻褄を合わせた嘘を吐くのは葉雪にとっては得意分野だ。

 同情や共感を誘えて、本音を見せているという特別感を相手に与えるような心地の良い嘘。


「ええ、失敗だった。でも、致命的ではない。巫女様、貴女のこれからの行動次第では」

「多救。やめて。それがどういうことか分かって言ってる?」

「分かってる。だけどこれは別に巫女様にとっても悪い話じゃないはずだ。素直に本当のことを言ってれば戦場に出て、いずれどこかで死んでたかもしれないはずの二人を、ここでの選択如何では救えるんだから」

「……なるほど、私に嘘の共犯になれということですか。不和多救さんのスキル未所持に、おかしいところはないと、私の口からの言葉ならエトランゼル様も疑わない。そういうことですね?」

「そういうことです。勿論、葉雪が持っているのが『鉄壁』だということも」

「……その嘘が、どういう事態を招きかねないかというのは理解しているんですよね?」

「『鎮魂の社』と軍師姫の間の信頼関係の崩壊、でしょう。戦いに対して向き合い方がここまで違うと、俺達のことが無くてもそう遠くない話のようにも思いますけど」

「多救! いい加減にして! 私たちにそこまで状況を引っ掻き回す権利はない!」

「権利? 勝手にこんな所に連れて来られて、半数が殺されてる。俺達はむしろどんなわがまま言ったって許されるはずの立場なはずなんだけどなぁ? お前だってそうは思ってるだろ?」

「限度があるでしょう! 個人の話し合いで決めていいことじゃない! 確かにここは私達の世界じゃないけど、だからって好き勝手振る舞っていい理由にはならない!」


 とても冷めることを言うが全部演技である。

 多救と葉雪は日常的に喧嘩をしないこともないが、深刻な事態が切っ掛けの喧嘩は基本的にしない。そんなことをするくらいなら冷静に話し合いをした方が、余程堅実的だと知っているからだ。

 焦る時こそ冷静にならなければいけない。

 実際、二人が喧嘩をする理由の大半は、ゲームのアイテムの使いどころとか、冷蔵庫の中のコーラを勝手に飲んだとか、テレビのチャンネルを勝手に変えたとか、そういうくだらないものがほとんどだ。

 誤解を避けるために一応言っておくが、二人は一緒に住んでいない。

 家が――というより、住んでいるマンションの階が一緒なだけだ。

 この喧嘩は別に二人の対立を強調するためのものではない。二人の意見は実際のところ一致しているが、葉雪はあくまでも道徳が最優先になっているせいで多救の言い分を認めることが出来ないという状況を、回りくどく巫女様に伝えているのだ。

 正直、多救のこの提案を巫女様は断らないだろうというのは二人はほぼほぼ確信している。問題は、今後の関係性だ。二人がかりで詰め寄って要求を通せば、巫女様から好印象を持たれることはない。おそらくその後にどれほどの善行を積んでもないだろう。

 だが、相性の良い二人組であるという印象さえ植え付けることが出来れば、平和に穏便に、巫女様と友好な関係を保ったまま交渉を進めることが出来るかもしれない。


「――お二人とも、止めてください。睦まじいはずの二人が言い争っているのを見るのは、辛いです。不和多救さんの仰っていることはごもっともです。皆さんに許可を取ることもなく、勝手に呼び出したのはこっちなのですから」

「……まあ、何人かの奴が返事してたからそのせいと言えなくも無いけど……」

「世界の危機とか、最初は何の冗談かと思ったもんね……」

「……何人かが返事? そちらに呼びかけた際に応答したのは全員ではなかったんですか?」

「え? ああ、まあ。面白がって返事した奴が十人くらいだったはずですけど?」

「私たちの半分以上は、何が何だか分からないうちにいつの間にかここにいたって感じです」

「それは……、まさか……」

「……っ? ……そういえば、どことなくあの声って靄がかってた気がするんだよな。そのせいで校内放送かって一瞬思って、反応できなかったんだよ」

「……靄? 聞こえにくかったということですか? あるいは――二重に聞こえたということですか?」

「二重……、ああ、そう言われればそんな感じだったような気もしますね」


 多救の脳内で『直感』が弾けた。突然、頭の中でそう言わなければならないと思わされた。

 別に靄がかかっていたとか、二重に聞こえたとか、あの時、教室で聞いた声にそんな印象は持っていなかった。そもそも教室はあの時騒がしかったのだ。授業中にも関わらず。声質がどうのこうのなどそこまで耳がいいわけでもない多救に判断できるわけがない。

 このよく分からない嘘の補足説明が今後の進退にどう関わってくるのかなど予測もつかないが、『直感』は危機を察知し、それを回避するためのスキルだ。であるならば、無闇に逆らうのは得策ではない。

 それに巫女様に再確認されたということは、今の多救の言葉のどこかに、引っかかる何かがあったのだ。

 まあ、引っかかっているのは二人にしたって同じだ。全員があの時の声に反応しなかったからなんだと言うのか。まさか、本来ならば全員からの了承が必要だったということもないだろう。

 だが、だとしたら、どこかで不備が起きたのだ。

 誰も想定していない、イレギュラーな事態が。


「……私は、嘘が苦手です。吐くのも、吐かれるのも。お二人はまだ私に何かを隠しているし、色々と嘘を吐いているのでしょう。私のことだって信用できていないのでしょうから。だからこそ――私はお二人の共犯者になりましょう」

「えっ? ……こっちからこう言うのもあれですけど、普通逆じゃありませんか?」

「私は善人ではありません。ですから再確認します。私たちは、共犯者になるのですよね?」

「……なるほど、そういうことですか。ええ、そうです。私達は共犯者です。まさしく一蓮托生の運命共同体。お互いに、ということで宜しいですか?」

「はい。宜しくお願いしますね、葉雪さん、多救さん」


 あくまでも、一方的な利用ではなく、双方向からの共犯関係。フルネームではなく、名前呼びなのはその関係性の近さ、危うさを表している。だが逆に、安定性を表してもいる。

 巫女様の側から共犯という関係を強調してきたのは、向こうからも二人に何かしらの利用価値を見出したゆえだ。

 助けてやるから助けろよ、というのが会話の裏にあるのならば、お互いに簡単には裏切れないし、見切れない。諸刃の剣ではあるが、だからこそ信頼できる。

 葉雪としてはどこまで信じていいか判断しかねるところだったが、多救からの視線で大丈夫だと判断した。『直感』が反応しないということは、今の交渉に危険性は無いということだ。

 交渉には、だが。


「それじゃあ、『鉄壁』と『応援団長』、それに多救のスキル未所持に関しては、巫女様の中だけで留めておいてくれるということで大丈夫ですか?」

「はい。絶対に誰にも口外しないとここに誓いましょう。エトランゼル様に隠し事をするのは背信行為に等しいのかもしれませんが、女神様のスキルを戦いに利用されるくらいならばそちらの方が幾分かマシです」

「それで、巫女様の方から私達に何の要求があるんですか? 要求と言うか、代価、ですか」

「戦いに巻き込まれたくないというお二人の願いとある程度合致することです。お二人には、元の世界へと戻る方法を探してもらいたいのです。残念なことにエトランゼル様には、その用意は無いようなので」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ