4,予定通りいかないのは予定通り
生き残ったクラスメイト十六名は、城の二階部分にある全二十部屋の客間に収められている。城自体は八階建ての建築物であり、面積的にも広大だ。故に、現在二階の部屋にいる葉雪から、軍師姫様こと、エトランゼル・デレ・ジャムクラウンまでは直線距離でもかなり離れているはずなのだ。
王の間があった七階部分にまだ彼女がいたとしたら、葉雪の『交信』はその中間にある障害物の有無は特に関係無く、接続して会話をすることが可能ということになる。
やはりこの能力を隠しておいて良かったとしか思えない多救だ。葉雪が戦場に駆り出され、通信機代わりに酷使されるなど想像しただけでもぞっとする。まあ、葉雪自身がそんな状況を良しとはしないだろうが。
「多救も繋ぐからちょっと待って。多分大丈夫だと思うけど、一応声出さないように気を付けてね」
「……繋ぐって、複数人同時に接続させられるのか? 下手したら携帯より便利なんじゃないのか?」
「下手しなくても手ぶらの時点で携帯より便利だと思うけどね。ま、ゲームも出来ないんじゃあ、スマホの代わりとしては三流以下の欠陥品だけど」
「お前はゲームに比重を傾け過ぎなんだよ。電波もいらないんだから通信手段としては優れてるんだよ」
「スマホは電話のための道具じゃなくてゲームのための道具だよ? 多救ったら何言ってんの?」
「お前が何言ってんだよ」
本当におかしなものでも見るような眼で多救を見る葉雪だが、まあそもそも葉雪の言うことも間違ってはいないのだ。基本的に葉雪はスマホを使って誰かと連絡を取ることがほとんどない。
クラスメイトの女子と長電話などする気もないし、クラスのグループで発言することも非常に稀だ。SNSはゲームの情報を集めるためのツールでしかない。電話もメールも、家族か多救ぐらいとしかしない。
にも関わらず、クラスの中心にいつでもいたのだから、それだけの求心力があるのだろう。
またこめかみをつつき出した葉雪だが、それとほぼ同時に、多救の耳に先程聞いたばかりの声が響いた。
頭の中に直接響くとかならまだこういう感じなんだと受け入れようもあったのだが、まるで本当に近くにいるように、鼓膜を震わせるように声が聞こえるから質が悪い。一瞬、この部屋にいつの間にか軍師姫が来たのかと錯覚してしまった。
『――牢に入れていた者はどうしましたか? 魔族を一人処理した段階で、もう利用価値も無いので、どうでもいいと言えばいいのですが』
『先程、最後の通信を行わせた後に自害させました。死体は現在、解剖中です。寄生生物の類が出てこない限りは、洗脳による遠隔操作という可能性が濃厚かと』
『分かりました。何か発見があり次第報告してください。王の間に残った灰の回収は済みましたか?』
『可能な限り全ての灰を回収済みです。第一研究室にて保管してあります。今までの魔族との特筆すべき相違点は今のところ発見されていません』
『分かり次第報告を。お父様に掛けた洗脳の効果時間の延長は?』
『現在は睡眠魔法で眠って頂いています。明日の朝、目覚めた際に洗脳を使用します。今の魔力貯蔵量ならば一週間程度は持続可能のはずです』
『決して失敗しないように。二時間後、巫女様が城に来ます。残っている十六名がどれだけ長持ちするかは分かりませんが、利用価値があるかどうかは後の巫女様の言葉で判断できるでしょう』
『本日の自己申告に対する信用性はどれほどのものだとお考えですか?』
『信用性などありませんよ。私たちは目の前で半数の人間を見殺しにしたのですから、信用しろと言う方が無理があります。最初の一人だけに、多少の信頼性があるくらいでしょう』
会話の一つ一つがやたらと不穏な言葉で構成されていることに、この国の闇を感じる二人だ。王様は実の娘に洗脳されているし、敵の捕虜は不透明な方法で自殺させられているし、魔族の灰は保管されているし。
いや、目的を戦争という一つだけに据えるのであれば、有能な人間が全ての指揮を執るというのはそこまで間違った選択ではないのも事実だ。王様よりもお姫様の方が有能だったのならば、仕方ない成り行きが何かしらあったのかもしれない。
問題はその後だ。長持ちとか利用価値とか好き勝手言ってくれているが、巫女様の言葉で判断できるというのは多救的に結構重要な情報だった。もし仮に、巫女様が見たもののスキルを知ることが出来るような理不尽なスキルを持っていた場合、それに抗うことは出来ない。
巫女様と会う時だけこっそり抜け出すというのも成功するわけがないし――だが、『直感』的にその可能性は低いだろうとも思った。最初にあれだけ姫様が口外するなと念を押したのだ。頭を覗かれるという方法以外に他者のスキルを知る方法は無いはずだ。
それにそもそも、他人のスキルを覗き見るなんて言うスキルは、巫女らしくない。
ある意味、否定するにはそれだけで十分かもしれない。地味だし。宗教的な何かしらの象徴としての役割を担っているのなら、派手であるはずだと多救は考える。勝手な想像の域を出はしないけれど。
『一之瀬一、ですか。……お嬢様の目から見て、明確に嘘を吐いていると感じた者はいましたか?』
『嘘を吐いているかではなく、本当のことを言っていないという観点から言うのであれば、ほとんど全員ですね。いくつかのスキルを隠している可能性は高いと思います。私たちにとって有益であるスキルを持っていれば、戦闘において使役されるのを理解しているということでしょう』
『育てればそれなりになりそうなステータスの者が大半でしたが、数名ほどそうではない者もいました。特にこの、不和多救という少年は、ステータス、スキル、どちらを取っても使い物にならないと言ってしまって相違ないでしょう。どうするおつもりで?』
『……彼は、恐らく何かを隠しています。そもそも、女神様の加護を受けた段階でスキルが一つも無いというのはあり得ない話のはずなのです。つまり、正直に言えば酷使されかねないような有益なスキルを隠している可能性があると、私は判断しています』
『なるほど……、見張りを強化しておいた方がよろしいですか?』
『……いえ、あの年齢の子供が、知人友人を失った後に何かしらの具体的な行動を起こす可能性は低いでしょう。見張りは今のままで構いません。巫女様のお出迎えに残りの兵を注いでください』
まさか自分の名前が出てくるとは思っていなかった多救は顔を不愉快に歪める。なるべく印象に残りたくなかったが、あそこまで低いステータスは他にいなかったのだろう。下の方に突出した結果の悪目立ちというわけだ。三重に嬉しくない。
目立つのも嬉しくないし、ステータスが低いのも嬉しくないし、『直感』の存在を少し見抜かれているのも嬉しくない。着々と多救にとって不利な状況が出来上がってきている。
世界最高の軍師に正面切って隠し事をしようとすること自体が間違いと言えばそうなのだが、まだばれていないこともある。
多救と葉雪が、実際はクラスメイトの死にそこまで衝撃を受けていないということだ。
であるならば、意表を突くとしたら今しかないのかもしれない。
『巫女様の来訪に当たってですが、彼らは部屋から出てくるでしょうか? 気を失っている者や、錯乱状態になっている者もいます。その状況で十六名を集合させられるほど、我々は信頼を得ていません』
『……幸いにして、巫女様は心が広いお方です。もし半分以上が部屋から出ることを拒絶したならば、巫女様の方から部屋を訪ねていただきましょう』
『……失礼ですが、本気ですか? 巫女様は了承してくださるかもしれませんが、周りが何と言うかを、想像していないわけではないでしょう?』
『当然です。ですが、魔族の襲来による近しい者の喪失。そういった者達を救済するのが彼らの本懐の筈です。少なくとも、そう銘打ってはいる。それを拒否することは、社自体の存在意義の否定に繋がります。本心でいくら嫌がっていても、これは断るわけにはいかない要求です』
どうも巫女様の所属する社とやらも、別に一枚岩ではないらしい。魔族との戦争中であるならば内部分裂など起こしている場合ではないと思うのだが、外の敵と戦っているときほど、内の敵も活発になるのも自然な流れではある。
結局、誰だって漁夫の利が欲しいのだ。
最終的な勝者と戦争の勝者はイコールではない。だからこそ軍師姫だって社のことを信用はしていない。大層なお題目を掲げてはいるが、実際それだって他の目的を達成するための隠れ蓑に過ぎないと理解している。
お互いに理解されていることも理解している。利用しあうことを現状では許容している。それを把握していないのは、中心にいるはずの巫女様だけか、あるいは把握自体はしているのか。
このままならば、巫女様とやらが一部屋ずつ回るのはほとんど確定事項のようなものだ。
『なるほど……、では、その辺りの交渉は私が担当してもよろしいですか? 社内部で話が通じそうなものを何名か知っていますので、お任せいただきたいのですが』
『そう言うならば否定する理由もありません。可能な限り円滑に進めてください。恐らくは体裁を取り繕うため、友好的な顔を見せるでしょうが、何かしら妙な条件を負わせようとしてくるかもしれません。それだけは何があっても避けるように』
『はい、決して不利益をもたらすことは致しません』
『お願いします。それでは解散としますが、各々、為すべきことを為してください』
どうやら会議が終わったらしい。会議を盗聴できたのはタイミングが良かったと言わざるを得ない。多救達が客間に半軟禁状態になってから一時間程度は経過している。なのにまだ会議の途中だったというのは運が良かった。
運が良かったという言葉に、何か引っかかりを覚える多救。運が良かったで済ませていいのかと頭の中のどこかが訴えかけている。
葉雪が能力を理解したと多救の部屋に来て、盗み聞きが出来ると報告してきた。だから多救はなんとなく軍師姫の会話も盗聴できるんじゃないかと口に出した。
なんとなく――『直感』的に、葉雪に助言をした――というのは流石に強引だろうかと多救は思う。いくら能力の全貌がよく見えなくて不確かであいまいで不透明であやふやでも、何でもかんでもスキルの恩恵だと考えるのは暴論ではないかと思わないわけではない。
だが、もしあのタイミングで多救が効果範囲の話を切り出さなかったら、今得た情報は得られなかった。そうでも全くおかしくなかった。
この『直感』がどこまで作用するのかは要検証だなと内心で決めるのと同時に、焦った声が聞こえた。
『――ほ、報告します! 社の巫女様――シャン・ジューン・フロストメイデン様が到着いたしました! 異世界の者達に合うのが楽しみで早く来てしまった、とのことです! ……ど、どうしたら宜しいでしょうか?』
どうしたら宜しいはこっちの台詞だよと、多救と葉雪は同時に思った。