3,盗聴の正しい使い方
「さて……、これからどうしたもんかね」
不和多救は、自分に与えられた部屋に備え付けられていたベッドの上で、胡坐を掻いて腕を組んで、天井を見上げていた。別に天井に何かあるわけでもないが、部屋の壁を見るよりかは幾分か気が紛れる。
クラスメイト三十二名の内、先の崩落に巻き込まれて死んだのは十六名だった。その時にトイレに籠もっていた二人を覗いて考えるなら、その場にいた過半数が死んだことになる。
結果が十六名として処理されているのは、多救が『直感』で危険を回避したからだ。葉雪を連れて、外へと避難していたからだ。そうでなければ、死者が十八名になっていても不思議ではなかった。
それをあのお姫様が気に病むことなどなかっただろうけれど。
「……お姫様、ねえ」
結論から言って、あれは確かにお姫様だった。世界最高の軍師と呼ばれているお姫様だった。
全ての戦場は、彼女によって洗浄される――そう謳われるほどの策略家だとのことだ。今回の待ち伏せによる殲滅も、彼女が立案したものだという。賛否両論あったものの、結果から見れば大成功。
エトランゼル・デレ・ジャムクラウンは、敵軍の幹部を討ち取る大戦果を納めた。
まあ、それを成功として見ることができるのは、こちらの世界の人間だけだ。
多救を含めて生き残ったクラスメイト達は、頭を下げて謝罪した彼女を見ても、信用しようとは一切思えなかった。もはや、この国が自分たちにとって味方かどうかも分からないような状況だ。現実を受け止めきれず意識を失った者もいたし、泣き叫ぶ者もいた。阿鼻叫喚だった。
一応、多救と葉雪も現実に頭が追いついていないような振りはしたが、その様子を見る軍師の目は敵でも見るかのように鋭かった。
全員に向けていたのか、あるいは都合よくピンチの時に現場にいなかった多救を訝しんでいたのかは分からないが、警戒されていると、察することが出来る視線だった。
「スキル聞かれた時に別に尋問されなかったってことは、多少疑ってる、くらいなのかなんなのか……」
あの後、生き残った十六人――の内、意識を保っている十一人のスキルの聞き取りが行われた。一之瀬一が一番最初に入っていた部屋で、順番に。
一番最後に入った多救は、正直に言わないという選択をした。
自分のステータスの数字は正直に述べた。隠す価値も無いほど低いものだというのは自分で理解していたし、正直に言った方が得だという目論見もあった。だが、『直感』というスキルに関しては一言も言わなかった。
自分には残念なことにスキルというものは無かった。戦力として当てにされていた身としては、役に立てず非常に申し訳なく思う。
そんなような綺麗事をもう少し自然に口にした。その聞き取りの際にはお姫様はいなかったのでかなり気楽に話していたのだが、まあ、疑われるほど慇懃無礼ではなかったはずだ。
丁度いい礼儀悪さ。丁度いい不幸自慢。丁度いい皮肉屋だったはずだ。
「何か嫌な感じしたから葉雪にも嘘吐かせたけど……、ばれてないといいなあ」
他のクラスメイトのステータスを教えてもらえるほど仲の良い相手もいないし、お姫様が差した釘は未だ有効だしで、他の例を知らないが、馬鹿正直に三つのスキルを教えさせるのは多救としては不安の残る選択だった。
故に、葉雪には『鉄壁』だけを報告しろと指示した。
隠し事が増えるのはあまり良くない傾向だと理解してはいたが、それ以上に教えるという行為にデメリットが付きまとう気がしてならなかった。
それに、あのお姫様は最初に言ったはずだ。
可能な限り、口外は避けてくれ、と。
多救と葉雪はそれを忠実に守っているに過ぎない。誰よりも忠義に厚いとすら言えるのではなかろうか。
そんなふざけたことを考えながらベッドに寝転ぶ。さすがは金持ちの所有するベッドと言うべきか、身体が沈む沈む。少し離れたところにあるベッドは皺一つなく、この城に仕えている者たちの優秀さをアピールしているようだった。
もう一つのベッド。本来ならば一部屋につき、二人ずつ割り当てられる予定だった事の名残。クラスの人数が半分になったため、一人一部屋が使えるようになった。大体は二人ずつ泊まることになったが。
旧友の死を間近で見て、平然と一人で寝れるものは少ない。気絶している者はいても。
まだ昼の三時になったばかりだが、相当に暇である。外出も特に許されているわけではないし――と、目を閉じようとしたところで。
『多救これ聞こえる? 聞こえてたら返事してー』
「は? 葉雪? ……いつの間に忍び込んだんだよ」
『あっはっは。違うよ違う。例のスキルの使い心地を確かめてたの。そっち行っていい?』
「……暇だし別にいいけど、びっくりするわ」
『口に出さなくても聞こえるよ。だからこその「交信」なんだろうしねー。テレパシーってやつだね。今からそっち行くね』
多救の頭に、電話が切れるようなプツンと言った感じは無かった。繋がっていたという感覚も無かった。スキルというだけのことはあるというべきか。科学的に考えても無駄なのだろう。科学という概念がこの世界にあるかも怪しいところだ。科学者がこの世界に来たら発狂するのではなかろうか。
いつの間にか葉雪が隣に寝転んで話しかけてきたのかと思ったほどにその声は鮮明だった。なるほど、こんなふうに連絡が取れて、連携が取れたら戦争ではさぞかし有利だろう。使う者が使えば、だが。
そんな風に考える多救だが、結局全部は暇潰しだ。まだ現状が夢の可能性を捨てていなかったりする彼にとって、そこまで深刻になるというのはどうにもできなかった。
それこそ本当に、現実に頭が追いついていないのかもしれない。
三十秒ほど経って、ノックも無しに部屋の扉が開く。
「やっほーう! 葉雪ちゃんが遊びに来てあげたよーい! ほらほら! もてなして! 平民の家に突然貴族が訪問してきた時のようにめちゃめちゃ丁寧にもてなして!」
「お断りじゃぼけ。来て早々なんだその奇妙なハイテンションは」
「だってほら、スキルの使い方が分かったからさ、そりゃテンションも上がるでしょ……」
「なんで急に下がったんだよ。情緒不安定か」
「いや、反動が来た的なやつ……、別にそんなキャラ設定無いけど……」
「やっぱ情緒不安定じゃねえか」
迷惑そうに顔を顰めていても――いや、実際このテンションは迷惑ではあるのだが――スキルの使い方が分かったというのは、多救にとっても朗報だった。
葉雪が抱えている三つのスキルの中で最も扱いに困ることになるだろうと予想していたのが、この『交信』のスキルであったし、機械文明が余りにも発展していないこの世界観で、遠距離通信が可能であることなどバレたら過労死一直線である。
他のクラスメイトだっておそらくは正直に申告していないだろう。それほどまでに、この国に対しての信頼は地に落ちている。使い潰されるかもしれない、駒として捨てられるかもしれないという懸念は、先程の凄惨な光景を目にした後では空想では済ませられないリアリティを持っていた。
次に死ぬのは自分かも知れない。
それが冗談ではない状況なのだ。
「それで? 何が分かったんだ? 俺に貴族を相手にしたレベルの接客を求めたってことは、よっぽどのことが分かったんだろ?」
「そうそう! よっぽどのことが分かったんだよ! このスキルってやつ、思ってた以上に便利っぽくてさ、悪用しようかどうか今悩んでるところなの。どう思う?」
「具体的な説明が一切ねえじゃねえか。どう悪用すんだよ。どう悪用できるんだよ。説明が無さすぎて会話のテンポについていけてないの分かんない?」
「うーん、一方的に通話状態に出来る電話って言ったら伝わる? 相手からの応答とか一切関係なく、接続できるって――さっき使ったからなんとなく分かってるんでしょ、多救」
「説明はしろよ。こっちに委ねんな」
「まあ簡単に言えば、盗聴できる携帯電話って感じかな。ぶっちゃけこれくれたっていう女神様の神経をかなり疑うよね」
疑うと言いつつ、自分が手にした異常な能力に対しての笑みを抑えきれない葉雪。まるで自分がファンタジー小説の登場人物になったかのような現状に対して、彼女はかなり肯定的だ。
クラスメイトは半分死んだが、かけがえのない親友が死んだというわけでもない。というよりむしろ、クラス内では目立たない方の半数が死んだとのではなかろうか。まるで、狙ったかのように。
潰れた瞬間を見ていたわけでもないし、精神的負担がかなり軽く済んでいるのは事実だ。
それになにより、ここには多救がいる。
それ以上は望むまい。
本音を隠す必要なく、これからの行動を立場度外視で相談できる相手がいるというのは、生死が関わってくる状況に置いて精神的支柱になりうる。
傍から見て葉雪は冷血なように見えるかもしれないが、クラスメイトが死んだ程度でいちいち泣き喚いている者など通常であればほとんどいないはずなのだ。今に関しては、状況が少し特殊なだけだ。
未知の地での数少ない知人を失えば、拠り所に出来るものがなくなり精神的に不安定になる。この二人は、未知の地でも幼馴染という互いの理解者がいる故に、動揺が少なくて済んでいる。
「女神様ねえ。この後、代表巫女とかいうのがここに来るんだろ? そいつの性格が悪かったら、多分女神の性格も悪いんじゃないのか?」
「やだなあ、女が人前で素の性格なんか出すわけないじゃん。女神様にしろ巫女様にしろ、本性は隠す。人間関係で本性晒していいことなんて一つもないしね」
「実感籠ってんなあ。さっきからなんか言葉が重いんだよ。……で、その『交信』の効果範囲は?」
「え? 効果範囲?」
「だから、何メートルまでなら接続できるとかそういう話だよ。それさえわかれば、あの軍師姫様の会話も盗聴できるかもしれないだろ?」
「あー、そっか、なるほどね。うーん。私の部屋から多救に通じたから、多分二十メートルは確実。でも絶対もっと範囲広いよね。敵との戦いで使うための戦争用通信手段なわけだし、少なくとも一キロくらいは欲しいところだと思うんだけど……」
「戦争って言うなら一キロでも心許ないけどな。まあちょっと周辺探ってみろよ。お前から話しかけなきゃ盗聴に気付かれることは無いんだろ?」
「多分。じゃあちょっと盗聴しまーす」
することとテンションが伴っていない葉雪だが、表情自体は真剣だ。こめかみに指先を当て、どこか遠くを見つめている。傍から見れば壁を見ている危ない奴ではあるが、多救からすれば、こんなに集中にしている葉雪は久しぶりに見たと言ってもいいほどだった。
まあ集中してやっていることはプライベートな会話の盗聴なので、いまいち格好つかないのが悲しいところではあったが。
誰かに能力を接続しようとしている葉雪の脳内がどうなっているかは多救には想像もつかないが、そこまで負担がかかる作業ではないのだろうというのは表情から伝わる。葉雪は感情を隠さない。辛いならばもっと露骨に疲労を顔に浮かべているはずだ。
そこでふと、多救の脳裏に嫌な予感がよぎる。ここで余計な情報を仕入れると、その先の自分の選択肢の自由度が限りなく減るような、決定的な選択を余儀なくされるような、そんな予感が――そんな直感が。
「……葉雪、ちょっと待――」
「――お姫様見つけた」