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2,魔法は灰しか生み出さない

 一応自己弁護させてもらうと、俺は別に目の前でクラスメイトが死んでもなんとも思わないサイコパスとかではない。ただ、クラスメイトとは言っても、入学して半年の間ほとんど関わりが無かったので、感覚的には他人に近いのだ。

 ニュースで流れる死亡事故にいちいち泣く奴はいないって話だ。いや、ひょっとしたら世界のどこかにはいるのかもしれないけど、それは俺じゃない。

 俺の下で扉の隙間を覗いている葉雪も澄ましたものだ。……いや、鼻は摘まんでるから、この鉄臭い臭いに感じるところはあるらしい。確かに、嫌な臭いではあるけど。

 玉座から立ち上がっている王様の正面、瓦礫を挟んで相対している不気味な雰囲気の男は、……男?

 いや、女? 何とも言えない中性的な顔をしている。美形であることは間違いないのだが、イケメンと言うか美女と言うかと言われるといまいち判然としない容姿だ。


「なあ、あれ男女どっちだと思う?」

「……男じゃない? なんか少し性格悪そうだし、性悪な気がする」

「似た言葉を二回重ねんな。ていうか性格悪そうだから男ってどういう判断基準だよ」

「男なんて大体性格悪いでしょ? うちのクラスの男子の何割が私で下卑た妄想をしていることか……」

「いやそれは知らねえけど……、ていうかお前だって知らねえだろそんなの」

「視線で分かる」

「苦労してんな……」


 どう考えても窮地に陥っている他のクラスメイトを尻目にする会話ではなかった。実際、死体が一つも見えないゆえに実感が湧かないというのもある。本当は一人も死んでいないという可能性だって零ではないわけで――いや、そんなわけないんだけどね。

 天井をぶち抜いて城に斬新なリフォームをかましたのは間違いなくあの美形だろう。偶然ということは無いだろうと思う。こんな都合よく俺たちが集まってる部屋の天井崩落させて虐殺とか偶然なわけがない。

 もし大量の死体が視界に広がっていたら、目の前に転がっていたら俺だってもう少し動揺してたかもしれないけど、そこは運良く隠れてくれていたので、冷静なまま野次馬続行。


「異世界からの召喚を、黙って見過ごす我々だとでも? しかし、ここまで何の警戒も、防御もしていないとは恐れ入ったよ。今までこの国は侵入されたことが無かったからって、まさか安心していたわけでもないだろう?」

「……何故、今だと分かったのか、聞いたら答えて頂けますか?」

「簡単なことだ。城内に我々の仲間がいるというだけのことだよ。報告を受けて、こうして俺が飛んできたというわけだ。まさか、こんな簡単に城を崩せるとは思ってもみなかったがな」

「…………」


 煽るなー、あいつ。まあ、煽られても仕方ないような杜撰な防衛だったらしいというのは聞いててなんとなくわかるけど、なんで相も変わらず交渉をしてるのはお姫様なんだ? こういう時こそ王様が威厳を発揮するものなんじゃないのか?

 あるいは、あの王様には口を開けない理由がある、とかか。

 まあ、今気にすべきは現状飾りになっている王様じゃないな。あのお姫様の方だ。この圧倒的に追い詰められた状況で、まだどこか余裕を感じさせるあの態度は、どう考えても普通じゃない。

 普通じゃないということは、そうなるに値する理由がある。

 そこまで考えたところで、俺は自分の頭の下にある葉雪の頭を思いっきり突き飛ばした。その反動で俺はそれとは逆側に尻もちをつく。

 文句の一つでも言おうとしたのか、俺の方に顔を向けた葉雪の眼前を、何だかよくわからない光線が横切って直線状にある城の壁を焦がした。

 ジュッ、という音を聞いた葉雪は目と口を大きく開き、俺とその焦げ跡を交互に見る。俺は葉雪に対して声を出さずに僅かに首肯する。

 直感的に、顔をひっこめた方が良いと思ったから突き飛ばした。


「……何かがいた気がしたが、気のせいか? ……まあいい。災いの芽は早めに摘んでおくに限る。悪いとは思わんが一応言っておこう。悪いな。貴様らの命運はここで途切れる――」

「――させるとお思いで?」

「なにを言って――っ!? どういうことだ!?」


 再び覗き込むと、そこにはかなりの人数に囲まれた中性野郎がいた。現状に困惑してるのがすげえ伝わってくる。困惑してるって言うなら俺も葉雪も、生き残ったクラスメイト達も皆理解が追いつかなくて困惑してはいるけど。

 だって二十人以上はいるぞ。一体この部屋のどこにそんな人数が隠れていたというのか。

 気付けば中性野郎は半透明のドームの内部にいた。どういうものなのかは知らないけど、世界観的に考えれば魔法ってところか。

 どうやら出られないようだ。どころか声も聞こえない。何かを必死に叫んでいるが、もう、奴の声は聞こえない。あるいは、聞かせないための処置なのかもしれない。俺達にこれ以上あいつの言葉を聞かせないための対策と見るのは、流石に穿ち過ぎか。

 だけど、引っかかる。災いの芽という言葉が。


「――一斉射、お願いします!」


 お姫様のその言葉と共に中央の中性野郎に一斉に魔法が撃ち込まれる。それは、魔法というには余りにも直接的な攻撃だった。直接的な殺しだった。言葉から感じるメルヘンさなど一欠片もなく、ただ敵を殺すために用いられる凶器でしかなかった。

 回避不可能な距離まで魔法が接近した瞬間、ドームは消滅した。解除された。それはつまり、全ての魔法がそのままの勢い、そのままの威力で直撃するということで――。


「――――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!」


 断末魔の叫びというのは、きっと多分、こういう叫びだ。

 文字として表現することが出来ない。しても多分、薄っぺらくなる。そういうレベルの絶叫。

 苦しみ、よりも、辛さ、よりも、憎しみの籠ったその叫び。


「――忘れん、忘れんぞ。お前らが我々にしたことを、我々は死んでも忘れない――」


 そんな言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだったかもしれない。その間も叫び声は間断なく聞こえていたし、魔法が放つ残酷な効果音は、中性野郎の肉体を隙間なく破壊していた。

 見てると気分が悪くなるような、拷問にも近い殺戮だった。

 あれが正義と言われれば、俺はこれから正義を疑わなくてはならなくなってしまう。

 そう思わせるほどにそれは容赦がなく、加減がなく、慈悲がなかった。

 ひょっとして俺達はとんでもない悪魔に召喚されたのではないかと疑うけど、万が一そうだとしてどうやって抗うというのか。

 僅かばかりの灰が残っただけの広間は沈黙に包まれている。クラスメイトが死んだことを嘆くことも出来ないのは、それ以上にショッキングなものを間近で見たがゆえか。


「クラスのみんなに言った方が良いと思う? 私達、囮にされたんじゃないかって」

「言わなくても気付く奴は気付くと思うし別にいいんじゃないか? 迂闊なこと言って、あのお姫様に反抗的とか言われて処刑されるのも嫌だし」

「処刑までは流石にされないと思うけど、口封じくらいはされそうだなあ……。うん、黙ってよーっと」

「そうしとけ。命が無きゃ何もできない」


 待ち伏せは、あらかじめここに敵が来ることを知っていないと出来ない。どういうルート、どういう経緯かは知らないけど、敵が俺達が召喚されれば間を置くことなく来ることをあのお姫様は理解していたのだ。

 そしてここに乗り込んできたところを袋叩きにする――という作戦だったのだろう。

 別にその作戦自体に不可解な所は無い。そりゃあ早めに始末したいというのは自然な心情だし。

 味方も、敵も、お互いに。

 問題は、あのお姫様は俺達がどんな窮地に陥っても助けなかっただろうということ。

 一人でも姿を見せれば待ち伏せは失敗に終わる。それを理解していたからこそだとは思う。元々、俺たちの半分くらいは捨て駒として扱う予定だったのだろう。死んでも構わない、囮として。

 冷血でも冷徹でもない。冷静で冷酷な合理的判断。

 つまりそれは、あのお姫様が信用するには値しない人物であるということだ。

 いつ切り捨てられるか分かったもんじゃないし。

 そもそもあれ、本当にお姫様なのか? どっかの国の指揮官とかじゃなくて?


「……入るタイミング、逃したよね?」

「素知らぬ顔してここに入っていく勇気は俺にはねえなあ……」

「しばらくしりとりでもしてよっか。五文字縛りの三十秒ルールで」

「流石にそこまで悠長にしてるのもどうかと思うけどな?」


 忘れない、か。あの中性野郎は、果たして人間に何をされたのか。それに関して俺達は何も教えてもらえないだろう。ここに来た段階でもう俺達の生殺与奪の権利は握られてしまっている。

 逆らうべきか、それとも、このまま従属すべきか。

 そこに関しての結論は先送りにしたいところだが、このまま従属することは無いだろうなというのは感じる。捨て駒扱いする指揮官など信じられるわけがない。


「あ、見て見て。今の人たちみんなお姫様に敬礼してる。やっぱり偉いのかな?」

「そういう感じの敬礼ならいいけどな。どことなく恐怖政治を感じるよ俺は。呆然としてるあいつら放って今後の指示みたいの出してるし」

「戦争の殺伐とした感じ出てるね。基本的人権の保障されてない感じが出てて、凄い帰りたい……、ゲームやりたい……」

「この感じじゃ、帰る方法があるのかも怪しいもんだけどな」


 一方的な異世界転生とか、質の悪い誘拐みたいなもんだよなというのは、常々考えることだ。呼んで助けを請う癖に、それに対する見返りがあまりにも保障されていない。暴利を吹っ掛ける闇金業者じゃねえんだから。

 呼ぶ前に事前確認とかしろや。

 とりあえず、この城の中の奴は誰一人として信じるべきじゃない。

 よく分からない俺の『直感』が、そう叫んでいる気がした。

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