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1,幼馴染と共にトイレへ

「『閲覧』」


 そう呟くと同時に、視界の端にいくつかの数字が羅列される。どうやら簡単なステータスらしい。他の奴の数字がどうなってるのかは分からないが、おそらくお世辞にも俺のステータスは高い数値ではないだろう。

 力持ちになった気がするとか、体が硬くなった気がするとか、速く走れそうな気がするとか、周りの奴等はよくわからない感覚に浮かれているが、俺に関して言えば、少し前と体の感覚が違う感じはない、全くの平常だ。

 おそらく俺は、戦力としてカウントされることは無いだろう。身につけた鎧の重さで動けなくなる自信がある。まあ、そうでなくても戦う気なんてさらさらないけど。

 ただ、少し気になる文字が。


「皆さんのステータスをここで聞くことはしません。ステータスというのは何物にも変えられない重要な情報だからです。可能な限り、口外は避けてください。身近な人にも、です」

「友達にも言わない方が良いんですか? クラスの皆がそれを言い触らすとは思えませんが」

「……知っている、というだけですでに危ないのです。頭の中を覗かれれば全てが漏洩しますから……」

「頭を、覗く……?」


 信頼してんだか、ただ単に反発したかっただけなのかは知らないが、クラスの中心人物とも言える一之瀬一(いちのせはじめ)は、結構偉い立場にいるのであろうお姫様にかなりの大声で問いかけた。

 あるいは、ただ単純に言いたかっただけなのかもしれない。ステータスがかなりいい感じの数字だったから周りに言い触らして自慢したかっただけとか。

 目立ちたいから大声を上げたって可能性も無いでは無いけど、別にどうでもいい。

 この時点で、俺はある程度のこれからの行動を決めていたから。

 決めていたと言うか、なんとなく、こうした方が良いんじゃないか、みたいな。


「皆さんはこちらに来た際、女神様からの加護の影響で特別なスキルが身に付いているはずです。それさえあれば、魔族との戦いを有利に進めることが出来るでしょう。まずは我々がそれを把握し、適切な鍛錬をお教えします」


 なぜ王様ではなくお姫様がこの場を仕切っているのか微妙に疑問だが、まあそこまで気にする程の事でもないか。偉ければ賢いというわけでも、偉ければ正しいというわけでもない。

 賢い奴が賢いことをすればいいし、正しい奴は正しいことをすればいい。

 その役割分担がきちんとできている国だと思うようにしよう。

 他の世界に助けを求めなくちゃいけない時点で、有無を言わさず強制的に連れてくるような国に未来があるとは思えないが、今はまだ大丈夫なのだから。


「それでは、一人ずつこちらの小部屋に入ってください。五重に魔法で防御を掛けた部屋です。絶対に外部の者が会話を聞くことは出来ません」

「……だったら、俺が最初に入るよ。それで、何事もなく無事に出て来ればいいんだろ?」

「……ええ、お願いします」


 小部屋に向かう一之瀬を心配するような声があがるが、まあ、警戒心マックスっていう状況でもない。そもそもここにいる馬鹿達はすでに勇者として働く契約がなされている。俺含めた数人を除いて。

 だからそもそもこいつらに拒否権なんてもはや存在しないはずなのだが、一体なんの不服を申し出ようというのか。

 ……今がチャンスかね。俺はたまにこちらをチラチラ見てくる奴に視線を送ってから、少し下がって兵士の一人に声をかける。


「……すいません、少しいいですか?」

「……何でしょうか?」

「いえ、じつはもよおしてしまいまして。トイレをお借りできないかと」

「あ、なるほど。少々お待ちください、確認を取ってきますので」

「あのー、すいません、私もなんですけど……」

「あ、はい、かしこまりました」


 俺の隣まで来たこの女子は行末葉雪(ゆくすえはゆき)。簡単に言えば幼馴染だ。視線を送れば意図を察してくれるくらいの仲ではある。クラスの奴は誰も知らないけど。

 お姫様のところまで駆けていく兵士を見ると悪いことをしたと思わなくも無いけど、後のことを考えれば言いだすタイミングはここしかなかった。

 幼馴染にえらい恥知らずみたいな真似をさせたのは非常に申し訳ないと思ってはいる。思うだけだ。

 クラスの雰囲気がざわざわとしているからか、俺と葉雪が隣同士で立っているという不可解な状況に目を向ける奴はいない。そして俺達も口を利かない。それはここでも不自然すぎるものとして映ることは想像に難くないからだ。

 葉雪もそれは分かっているのか、視線をこちらに向けてくることもしない。察し良すぎだから。

 一分ほどで戻ってきた兵士に連れられ俺と葉雪は周りに見られないようにこそこそと王の間から出る。この兵士がそういう気が利く人でよかった。そういう人を助けられてよかったという思いもある。

 ……助ける?


『で、何?』

『もうちょっと待てよ』


 親指と小指だけを立てて電話のような形にして耳元に寄せる葉雪に、両手を左右に開閉して自制を促す。学校内で話しけるなと言った俺に対して葉雪がとってきた手段が、このやたら多彩なボディランゲージだった。

 葉雪の立場を気にしての話しかけるなだったわけだが、まさかの対抗策を出された俺は押し切られる形で納得。以来、校内でのコミュニケーションはボディランゲージで行っているわけだけど。

 多分、もう必要なくなるだろうな。

 少し歩いてトイレと思しき場所に着くと、兵士は終わったら呼んでくれと言って離れていった。俺と葉雪が会話をすることをなんとなく察してくれたのかもしれない。

 当然、用を足すこともなく。

 男子トイレと女子トイレの間にあるスペースで話し始める。


「で、珍しく多救(たすく)の方から呼んでくれたわけだけど、どうしたの? ただならぬ事態? それともえっちな命令か何か?」

「したことあったか? 俺がお前にそういう命令したことあったか?」

「昨日あたり教室でパンツよこせってジェスチャーしなかった?」

「なにそのジェスチャー!? 俺そんなの知らねえけど!? バリエーションの幅が広すぎんだよ! 絶対それいらねえからな!」

「そもそも多救五個くらいしか覚えてないじゃん。そういうことは全部覚えてから言ってよね」

「……なんで俺がおかしい感じになってんだ?」


 普段学校で会話をしない反動なのか、たまに会話をするとすぐこれだ。女子である葉雪に下ネタを振られると正直どうしていいか分からないのでもう言われるがままである。

 嫌なら教室で私とちゃんと会話をしろと言われたことも一度や二度ではないが、俺は毎回それを突っぱねている。そもそもこれは俺と葉雪にとってウィンウィンのはずなのだ。

 俺は教室の隅で本を読む生活を続けたいだけだし、葉雪はこのままモテモテな日の当たる生活を謳歌できる。一体葉雪は現状のどこに不満を感じているのか。デメリットの方が多いのは誰が見たって明らかだろうに。


「真面目な話だよ。お前、例のスキルってやつ、なんかあった?」

「えっと、『閲覧』。……『応援団長』と『鉄壁』と『交信』ってあるけど」

「名前まで教えろとは言ってねえんだけどな。さっき口外するなってお姫様言ってたよな? なんで早々に破るんだよ」

「だって結局は情報を管理するのは自分たちだけでいいって考える上流階級の人間の言うことだよ? どこまで信用できるかも怪しいものだよ。多救だってそう思ってたでしょ?」

「……そりゃそうだけど明け透けすぎるわ。監視カメラとかあったらどうするつもりなんだよ」

「監視カメラあったらテレビとかもあるだろうなあ……」

「思いを馳せるな……」


 テレビに限らず、文明の利器を愛していると言ってもいい葉雪にとって、この中世のような世界はさぞや合わないだろう。

 ゲーム、漫画、アニメ、ラノベ。そういったものも無いであろうこの世界から帰りたいとクラスで一番思っているのは、おそらくと言うか絶対に葉雪だ。

 葉雪のなにが凄いって、そういうのを誰にも隠してないのに誰からも差別されてない所だ。

 俺には分からないけど、他の奴らからしてみればこいつは他と比較にならないくらい人がいいんだろう。

 ……もうちょっとそれを俺にも向けてくれ。

 気安いにも限度があるぞ。


「多救は? そう言うからには多救にもなんかあったんでしょ?」

「あったっちゃあった。でも、無かったっちゃあ無かった」

「どういうスキル?」

「『直感』」

「…………だけ?」

「だけ。別にステータスが高いわけでもなさそうだったし、まあ外れ枠だろうな。女神様とやらの授けてくれるものにそんなんがあるかは知らないけど」

「……もしかしてその直感があそこから離れろって言ってたとか?」

「……まあ。すげえなんとなくそんな感じがしたってだけだから、信じるべきか悩んだけど、信じなくて死んだら嫌だし」


 とりあえず離れてみて、なんも無ければ無いでいい。そういう考えだった。石橋を叩いて渡るってやつだな。叩いたせいで脆くなって、渡ってる最中に砕けたら嫌だなって昔から思う言葉だけど。

 そんな当てになるのかならないのかわからない『直感』を信じてトイレまで離れたわけだけど、現状を見れば分かる通り、俺はそういう警告を一切あの場の誰にもしていない。

 クラスメイトが何人死のうが知ったことかという考えが根本にあるわけで、正直、葉雪が無事なら他が全員死のうがどうでもいい。

 そんなこと言ったら一之瀬にぶん殴られそうだけど、幸いなことに察しのいいあの男は丁度良くあの場にいなかった。葉雪がどこかに行くということに一之瀬が気付いていたら、余計な誰かもついてきていたかもしれない。

 それはよくない。ただ単純にめんどくさい。


「でも、それ具体的に何が起こるんだろうね? あそこにいたら厄介なことが起こるって多救が思ったってことは、多分それなりに厄介なことだと思うんだけど」

「さあなあ。とりあえずひと騒ぎ起こるまではここにいたいところだけど――」


 と、そんなことを言った直後、城が揺れた。ドガアアアアアアア!! という感じの馬鹿みたいな爆音。何かが崩れるような音が振動を通じて伝わってきて、何かしらが起こったことを察した俺たちは自然と目を合わせ、とりあえずもうちょっとここにいようという結論を出した。

 何かが起こった時に馬鹿正直に安全地帯から出る奴がどこにいるのかという話だ。

 一分ほど無言状態が続いたところで、そろそろ一番の面倒どころは終わっただろうと判断した俺は少しだけ廊下に顔を出す。

 さっき俺達を案内してくれた兵士の姿は見当たらない。まあ、王様の所に行ったんだろう。正しい判断だと思う。誰もいない方がこっちとしてもやり易いし。


「どうする。様子見に行くか?」

「うーん、気になると言えば気になるんだよね。多救的には?」

「同感。野次馬くらいしときたいところだな。話についていけなくなったりするのは困るし」

「じゃあ静かに戻ろっか。で、静かに覗いて、何事かが終わった後に入ろう」

「そうするか。まさか責められやしないだろうしな」


 来た時と同じくらいの時間をかけて王様の間の前に戻ると、中から何やら話し声が聞こえた。扉が分厚いせいか単語すら聞き取れないけど、まあ、穏和な空気じゃないな。

 さっき出てきた小さい扉の方に回り、少しだけ開けると、随分と日当たりのよくなった王の間が見えた。

 目線を上に向ければ、予想通りと言うか、高い天井に穴が――穴か? もう丸ごと壊れてるから何とも言えない。

 その瓦礫は床に積み重なり、赤い液体が部屋中に飛び散っている。並大抵の量じゃなく、本気で王の間の床を塗りつぶしかねないほどに。

 尻もちをついて倒れているクラスメイトを数えるが、どうも半分くらい潰れたっぽいな。

 ……トイレ行っててよかった。


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中の人が調子に乗って筆が走ります。

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