センセイ ─①─
蜘蛛の糸の下には随分と活気があった。
油で薄汚れた大人達が忙しそうに駆け回っていて、ここだけはまだ文明が残っているかのようだった。
バイクが止まり、カズヒロがヘルメットを外すとようやく彼は口を開く。
「まずは鉄くずを売ろう。君をあの人のところへ連れて行くのはその後かな」
「すごい活気だね。ここはいつもこんななの?」
「......いや今日は特別だよ、今日は【タイタン】のドッキングの日なんだ。だから皆物資の交換や、場合によっては自分も連れて行ってもらえないかと息巻いてるんだ。だから絶対はぐれちゃ駄目だよ」
そう言ってカズヒロはバイクを引いて歩き出した。そして、馴染みのジャンク屋の前まで行くとバイクから鉄くずを降ろし、交渉を始める。
「今回は結構質のいいのが多いだろ? いつもより少しだけ遠出して集めてきたから変わったパーツも紛れてるよ」
「おおそうさなぁ、アンタいつもいい仕事するよ。全部で18枚でどうだ?」
「なるほど18か......。ところでガンさん、実は僕たち家族が一人増えたんだ。アスタって言うこんな可愛い女の子なんだけど、僕たちの前途を祝福してくれる気はあったりしないかい?」
カズヒロはそう言って、アスタを呼びつけ両肩に手を置いて馴染みのジャンク屋に見せつける。ジャンク屋は呆れたような表情を見せ、縮れた髪をもしゃもしゃと弄る。
「アンタまたやったのか! その人助け病はとっくに治ったモノかと思っていたよ。こんなご時世に呆れたねぇ」
「たまにはね。で、どうかな?」
「分かった分かった、御祝い代わりに20出すよ。......あんま無茶すんなよ」
「有難う、悪いねガンさん」
そう言ってカズヒロはジャンク屋から20枚のメダルを受け取る。そのメダルは蜘蛛の糸において通貨として流通している代物だった。
元を辿ればそれは、かつて【タイタン】に存在し現在は閉店しているゲームセンターのメダルであったが、既に政府がなく円が流通していないこの場所において、それは【タイタン】への信用と勝手な鋳造が出来ないという両面において重要な価値を持っていた。
カズヒロ達は次に市場へと向かい、仲間達から聞いていた必要物資を買い漁る。
冬の間の食料として木の根や缶詰、それにあれば薬や清潔な包帯を買い求める。そしてハナから頼まれていた野菜の種。コウタから頼まれていたペンシルロケットの主翼の代わり。みんなのお使いを済ませていく。
その日は午後から【タイタン】とのドッキングの予定があった為に、市場は殆ど売りつくしセールの様相だった。
ドッキングを行う【タイタン】は世界に存在する蜘蛛の糸ごとに決まっていて、この蜘蛛の糸においては2〜3ヶ月に一度の頻度でドッキングは行われる。
それを逃せば当然、次のドッキングは【タイタン】が地球の自転を追い越して一周してくるまで待たねばならない。
つまり今ここにある物資はすべて2〜3ヶ月前の残り物だった。それだけに、品数は少ないながらもとてもお得に買い集めることが出来ていた。
買い物を終えると、カズヒロは蜘蛛の糸の真下まで向かい、責任者らしき恰幅のいい男に声を掛ける。
「来たよ監督。今日もよろしく」
「おお今日来たのか! 遠いのにわざわざご苦労さまだなぁ! 知ってるだろうが今日はドッキングがあるからな、俺達はちょっと忙しくなるぜ!」
「分かってる、午後からだよね? とりあえず挨拶に顔出しただけだから、後で時間になったらまた来るよ」
そう言ってカズヒロは男と別れ、そしてアスタを伴って別方向へ歩き出した。
そこは先程までとは一転して、全く人通りの無い場所だった。コンクリートジャングルと言うべき廃墟とガラクタの道を延々進む。
道中、カズヒロは静かに口を開いた。
「ハナから聞いたと思うけど、僕たちはこんな風に皆何らかの仕事をしているんだ。だから君にもいずれ何かをして欲しいんだけど、いきなりやれって無理があると思ってね」
「......」
アスタは黙って聞いていた。
そうして暫く歩くと、目の前に1軒の小さなボロ屋が見えてくる。
既に半分朽ちかけて、3割ほどは屋根も消失している。なんとか建物の体をなしている残りの七割も寂れてヒビが入っていた。
「着いたよ、ここだ」
そう言ってカズヒロは建物の中に入っていく。アスタもおっかなびっくり着いていく。
壊れてキィキィなる扉を押して中に入ると、そこには朽ちかけた机が何脚も並んでいて、その机一脚ごとに椅子が2つ置いてあった。
丁寧に、意図して並べられた机と椅子。そして一番奥の壁には黒い板がかかっており、その前には大きな机が置いてあった。
どうやらそこは、かつての学習塾だったらしい。今は机も朽ちかけて、崩れた天井からは日の光が差し込んでいた。
「君に会わせたい人が居るって言っただろ? それがこれなんだ。ちょっと待ってて、いま引っ張り出すから」
カズヒロはそう言うと、教壇の中から上半身だけの人型ロボットのを取り出して教壇の上に置く。
そして背中を開けてコードを弄ると、日の指している地面に置いたバイクから伸ばしたコードを繋いでいく。
そして「良しできた!」と呟くと、ロボットの電源をつける。
ノイズの混ざった起動音の後、ロボットの片目に光がついて、そして途切れ途切れに喋りだした。
『ヨウ──、コソ。星空学、習塾へ! 私ハ教師ヲ勤メル『■A■─■2■■XX』。ドウゾ"センセイ"トオ呼ビクダサイ』
「は、はじめまして」
突然喋りだしたそれにアスタが驚く。そうしてあたりをキョロキョロと見回した後、センセイの目の前の机について話を聞く姿勢を整えた。
そんなアスタにカズヒロが声を掛ける。
「彼女が今日から君に色んなことを教えてくれるセンセイだ。質問をすれば何でも答えてくれるから、彼女に師事して自分ができる事、知りたい事を探していって欲しいんだ。......こんな世の中だけど、知っておいた方がいいことは沢山ある。いや、こんな世の中だからこそ、たくさん勉強するべきだと思うんだ」
カズヒロはそう言うと、アスタを残して他のものから去っていく。「夕方になったら迎えに来るよ」とだけ告げて、今来た道を戻っていった。
一人残されたアスタは、もう一度センセイに向き合って自己紹介をする。
「......はじめまして、アスタです」
『初メ、マシ──テ。私ハ『■A■─■2■■XX』。ゴ質問ヲ、ド──、ゾ!』
その一言にアスタは悩み、そしておずおずと伺うように最初の質問をする。
「あの、あなたは人間ですか?」
『イイエ、私ハ『■A■─■2■■XX』。人ノ知──タイヲ、サポートスル、ヒューマノ、ド型インターフェース。──貴方ニハ私ガ人間ニ見、ルノデスネ』
その返事に、アスタは困惑しながら首を縦に振る。するとセンセイは変わらない音声で返事をする。
『キット、貴方ハ物差しヲ持タナイ、子、ナノデスネ。物心ツイタ時ニハ、既ニ世界ハ空ッポデ、ダカラ、私ガ分カラナ──ノデスネ。デモ、ソレハキット素晴ラシイ事。是非トモ大事ニシテ下サイ。
──人ニ間違ワレルノハ、初メテ、デシタ。有難ウ』
それは無機質な機械的な音声であったが、アスタには何故だかまるで嬉しそうに見えたのだった。