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明日のタイタン!  作者: 片道切符
壊れたレコード
3/5

アスタ ─②─

お風呂から二人が上がる。


「いや〜、いいお湯だったねぇ!」


ハナがさっぱりしたって感じで裸のまま伸びをして、アスタはバンザイしたままスミに身体を拭かれている。

そしてスミはアスタの頭にタオルを巻くと、ニコニコしながら手元の衣服を見せつけてきた。


「じゃーん! どう? これ私のお古なんだけど、これアスタちゃんに似合うんじゃないかと思って引っ張り出してきたの。ねぇ着てみてくれる?」

「おおスミー! またスミらしいお上品な服だねぇ! 相変わらず物持ち良いんだから!」

「こんな時代だから、衣服も大事な資源でしょ? お気に入りだから雑巾にしないで取っておいたけど、まさかこんな形で役立つなんて思わなかったかな」


そう言ってニンマリと笑うスミ。ハナはシャツとパンツを履いて横からそれを覗いている。


「さ、アスタちゃん! バンザイしてバンザイ!」


そう言って、アスタに服を着せていくスミ。お着替えが完了すると、スミとハナは顔を擦り合わせて目を輝かせ「おぉ〜」と感嘆の声を上げた。






屋上では四人の男達が向かい合って椅子に座り、主賓の到着を待っていた。歓迎会の準備はとうに終わり、机の上に並べられた秘蔵の缶詰や芋を前にお預けを食らっている。

そんな中、一人の少年が不満げにガタガタと椅子を揺らし、そして苛立ちを口にする。


「なんでこんな寒い日に、俺ら外で待たなきゃなんねーんだよ!」


そんな彼を、その傍らに座っていた男が嗜める。


「そういうなよシンヤ、せっかくの仲間じゃないか。こんな時代で他人と出会える事がまず奇跡みたいなものなんだ。歓迎しようよ」

「うるせぇなコータ! こんな時代だからこそ、食い扶持は少しでも少ねー方が良いに決まっているだろーがよ!」


シンヤとコータ、そう呼ばれた二人の男が言い合っている。やんちゃそうな釣り目で坊ちゃん刈りの少年と、天然パーマをオールバックで固めた眼鏡の少年。

その二人の諍いを、カズとビリーが眺めていた。ビリーは不機嫌そうな顔でイライラと貧乏ゆすりを繰り返す。


「おいシンヤ。テメーずいぶん偉そうじゃあねぇかヨ? テメーも、カズに食わせてもらっている分際の癖にヨ! 鉄クズ拾いしか能がねェ無能が一丁前に口挟むんじゃねェゾ!」

「う、うるせぇよビリー......アンタだって、あんま変わらねぇじゃんかよ.....」

「だから文句は言ってねェ、カズの決定に口出しするんじゃねぇっつってんダ!」


ビリーに諌められ次第に声が小さくなっていくシンヤ。遂には完全に押し黙り、しかし納得のいっていない様子で、イラツキを隠そうともせず悪態ついてそっぽを向いた。

その様子をカズヒロが申し訳なさそうな顔で眺めている。頬をポリポリとかいて、小さく口を開く。


「悪いことしちゃったかな、皆に相談もせず勝手に決めて」

「良いんだよカズ! シンヤはいつもこうさ、気にすることは無いよ。僕はむしろ、珍しく君が連れてきた子に興味を惹かれているくらいだよ」


そんな話を続けているうち、階段を登る音が扉の奥から響いてくる。その音にビリーが反応し、椅子に深く腰を掛け首だけを扉に向けて言い放つ。


「オッ、主賓が到着したみたいだゼ。今日から俺らの家族に加わる女の子ダ。しっかり歓迎してやろうじゃねぇカ!」


ゆっくりと開いていく扉に、その場の全員が期待を胸に注目していた。






「じゃーん! この子が新しく家族に加わるアスタちゃんでーす!!」

「はーい、皆さん拍手ー!」


ハナとスミが、白いフリフリの衣服に身を包んだアスタをバーンと紹介し、テンション高めで盛り上がっている。

街灯もない寂れた街。灯りといえば月明りのみのこの薄暗い屋上で、アスタの姿はその衣服も相まってより一層浮かび上がって見えるようだった。

カズヒロはその姿に息を呑む。彼は確かにアスタの何かに惹きつけられていた。それはこの世界には似合わない、アスタの讃える純真さなのか、あるいは"ツキコ"に似るという彼女のその佇まいなのか、彼には未だ結論を出すことが出来なかった。

しかし、アスタはまるでこの世のものでは無いような、そんな浮き上がった印象だけは彼の中に一貫していた。

しばらく唖然として彼女を見つめていたカズヒロは隣に座るビリーに促され、焦りながらも歓迎の一言を告げる。


「我が家へようこそアスタ、今日は君の歓迎会だ。この日を境に僕達は家族になる。この滅んだ世界で生きていく為の共同体だ。だから今日は君のこと、俺たちに沢山教えて欲しいな」


辺りに拍手が起こる。アスタがハナとスミに背中を押され、照れながらも席につく。

そしてみんなの前に運ばれてきた酸っぱい匂いのワイン(?)を片手に乾杯の合図が響く。そして次々に並べられた缶詰のフタが開け放たれ、採りたての野菜が机に並ぶ。

星空の下でアスタの歓迎会が始まったのだった。






「初めましてアスタちゃん。僕は伊藤コウタって言うんだ。宜しくね」

最初にアスタに話しかけたのはコータだった。皆が食べ物に手を伸ばす中、彼だけが新しい何かに興味しんしんの様子で彼女に話しかけ、そして質問攻めを始めた。


「アスタちゃんは宇宙は好きかい? 僕は宇宙が好きでねぇ、趣味があったら嬉しいなぁ! ところで君はこれまで何処に居てどうやって生きてきたんだい? 今の時代、一人で生きていくのは難しいだろう。両親は? 寝床は? 日々のご飯は一体どうしていたんだい?」


最初は世間話という風情だったのに、その内割れた眼鏡をキラリと光らせて鼻息を荒くするコータ。その勢いに圧されて困り果てるアスタ。

その時、「おりゃー!」の一言と共にハナがコータの後頭部を引っ叩き、そしてコータの隣にどかっと座った。


「いたいよハナ......」

「うるさいな質問しゅーりょー! アスタちゃん困ってるでしょ!」


そう言ってハナはコータのこめかみに手を当ててグリグリと痛めつける。コータは「あああああ」と嗚咽を混じえて両手をプルプルと震わせた。

その光景を見ていたシンヤがみんなに聞こえるような音で「チッ!」と大きく舌打ちをする。


「まーたお前クッソ甘えこと言いやがってよォ。な〜にが"困ってるでしょー"だよ。俺らの生活が既にギリギリだって事、本当にお前わかってんのか? 俺らの暮らしは助け合いだ、役立たず抱える余裕なんてねーんだぜ」


その一言にハナはむっとした視線を向けるハナ。そしてそれ以上にシンヤの後ろで怒りをむらむらと爆発させていた人物が、「シ〜ン〜ヤ〜っ!」と、まるで地獄から響いたと勘違いするような重い音調で彼を怒鳴りつけた。


「ちょっと! 今の発言どういうこと!? あなたは昔から自分の事ばっかり、少しは人の事も考えたらどうなの? こんな小さい子が寒空の下に一人、可哀相だとは思わないの??」

「う、いや別に、俺だって少しは......」


スミの勢いに圧倒されるシンヤ。しどろもどろになりながら弁明しようとするも、スミのお説教はまだまだ続く。


「大体偉そうなこと言う割に、貴方はどれだけ皆の役に立っているの? 毎日川から水を汲んでくるだけで、それを飲用に濾過してるのはコータだし、みんなのご飯を用意するのはハナとカズじゃない! それに貴方、悪態つくよりも前に何かする事あるんじゃないの? 自己紹介ちゃんとした!?」

「何だよ、俺だってちゃんと、お前の事とか考えて......」

「自己紹介!」


ブツブツと呟くシンヤにスミが一喝する。先程までの大人しそうな佇まいとは打って変わって、シンヤ相手には強気に叱りつけるその姿はまるで保護者かのように映った。

不満げな態度は崩さず、シンヤはそっぽを向きながら小さく自己紹介する。


「佐々木シンヤ、よろしく」

「もう、貴方って子は......」


スミが頭を抱えながら、その態度に呆れを示す。

アスタはそんな二人の掛け合いを、意外そうな顔で眺めていた。


「驚いたかい? この二人はいつもこうなんだよ」


カズヒロが横からアスタに声をかける。アスタは顔を上げて彼を見つめた。そんなアスタにカズヒロが続けて説明をする。


「スミとシンヤは施設の先輩後輩なんだ。あぁ施設っていうのは、両親が地球を脱出してしまい地球に取り残された子供達を保護する施設の事で......まぁもう存在しないんだけど」


遺棄孤児の保護施設、それはかつて遺棄孤児が社会問題となった時には結構な数があったという。【タイタン】への移住費は決して高額では無かったが、当時の社会ではそれを満足に払えない人も一定数存在していた。

そうして生まれた孤児達を保護する目的で作られたその施設も、当初は完全な慈善事業であったが地球の大半の人類が脱出した今となっては、慈善で維持する事など不可能だった。

スミとシンヤの居た施設は、この地域では最後の、比較的善良な院長によって管理されていた施設だったらしい。ご飯も3日で5回は出たし、仕事も6日に1度は休みがあった。

しかし、そうして子供達が少しづつ稼いだお金を使い院長が地球を脱出したが為に、施設は空中分解する事となった。

彼女たちがそれぞれ8歳と6歳の頃の話だった。


「ちなみにハナとコウタも幼馴染で、昔っからの仲良しだ。この二人の関係は俺とビリーの関係に近いかな」

「ヨッ!」


今しがた名前の上がった男、ビリーがカズヒロの隙間から顔を出しアスタに軽く挨拶し、そして自己紹介を始める。


「俺は大川 ビリケン、大阪生まれの18歳ダ! ビリーって読んでくれて構わない。宜しくナ!」

「わたしアスタ。よろしく」


浅黒い肌に流した黒髪。サングラスの奥に鋭い瞳が光る筋骨隆々の男と握手を交わすアスタ。ビリーはその手をブンブン降って親愛を表明する。


「カズの連れてきた奴だから俺は歓迎するゼ! だがシンヤの言った事も悪いが別に間違いじゃねェ。こんな世界だから寄り合い所帯も助け合い、オレらはみんな役割決めて分担作業で生きていル。今すぐとは言わねェが、いずれアンタにも何か仕事をして貰うゼ」


そのビリーの台詞にカズヒロが同調する。


「そうだね。だけどまずはパーティだ! 君の得意はこの先じっくり見つけてもらおうと思っているよ」


そう言うとカズヒロは立ち上がり、屋上の端に備えられた道具箱から一枚の年代物の金属板を取り出してまざまざと見せつけた。

それを見た子供達がおおー! と歓声を上げ、やんややんやと騒ぎ出す。


「おおカズー! それだしちゃうー?」

「久し振りだなぁ、上手くできたらいいけど」


ハナとコータがニコニコ笑う。


「あらま、今日はどんな曲になるかしら?」

「どうせ変わりゃしねーだろ!」


スミが顎に手を当てて悩み、シンヤが呆れたようなニヒルな笑顔でそれに答える。


「ようアスタちゃん、アレが何か分かるかイ?」

「ううんわかんない。何をするものなの?」

「アレはな、"レコード"と言って音楽を閉じ込めておける円盤なのサ。おっと音楽は分かるよな? 鉄くず拾いをしているとたまにあーいうのが出てくるんダ。中身もレコード毎に全然違うって話だゼ」

「へぇー!」


ワクワクしたような様子でアスタにそう説明するビリー。アスタもまた期待に胸を躍らせているようだった。どんな音楽が流れるのだろう、楽しい曲かな? 静かな曲かな? そんな風に夢想する。

彼等の期待を受けて、カズヒロは錆びて歪んだターンテーブルにレコードをセットする。そして針を落とすと彼は静かに目を閉じた。


音楽は流れなかった。その場にしーんとした空気が広がる。

しかしその内誰からともなくリズムを取り出し、辺りに音が少しずつ広がる。

シンヤが足をタップしてノリのいい音を奏でる。コウタがそれとは違うリズムで体を揺らす。スミは目を閉じたままうっとり何かに身を任せて、カズヒロもまた目を瞑ったまま身体を揺すって何かに身を任せている。ビリーがパイプで金属のテーブルをしこたま叩き、ハナは立ち上がって陽気なリズムで踊りだした。

アスタは困惑して、隣にいるハナのズボンをくいくいと引っ張り質問する。


「ねぇハナ。このレコード、音がしないよ?」


その台詞を聞き、ハナは一瞬キョトンとしたあとニンマリと笑ってアスタの頭をなで始める。そして彼女にこう告げた。


「そこは君、心の声で聞くんだよ。ほら目を閉じて楽しいことだけ考えたなら、自然と身体が踊りだしてくるでしょう?」


そうしてまたダンスに戻る。さっきのダンスとはまた違う別のダンス。

そして踊りながらハナは続けてアスタに告げた。


「このレコード、機械の方が壊れてるからダメなんだよ。どんな曲なのか分からないんだ。だから皆、好き勝手な曲を想像して楽しんでるの。楽しみだよね、本当はどんな曲が入ってるのか! いつかそれを聞いてみるのが私の夢の一つだなぁ!」


アスタは驚いた表情でハナを見つめ、そして他の皆を見つめた。

思い思いの方法で曲(?)を楽しみ、リズムを取っている子供達。各々が勝手に出した音は当然全く噛み合わず、滅茶苦茶ではあったけど、そこには確かに音楽があった。

アスタもまた目を閉じて、自分が想像する音楽に身を委ねる。それはきっと、とても楽しげな曲だったのだろう。彼女もまた立ち上がり、ひょうきんな踊りを踊りだした。


それを見て皆が笑った。ハナもスミもシンヤもコータもビリーもカズヒロも、誰もが楽しそうに笑っていた。

そこに居た誰もが生きる喜びに満ちていてるようで、辺りには陽気な声が一晩中響いていた。


この日、アスタはこうして子供達の新たな家族になったのだった。

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