タイタン ─①─
『星を見てるの。ほら、一番星』
『ちがうよ、アレは"タイタン"だ』
──アスタとカズの会話より──
季節は秋。寒さに身体もこわばる夜道。
その手に動かなくなった電動バイクを引き摺って、街頭一つ灯いていない暗い夜道を男がひとり歩いている。
寒さからか口元からは白い吐息が立ち昇っている。
そこは小さな住宅地の一角。しかしその道に彼以外の住人の姿は見られなかった。
倒れたコンクリートブロック。崩れた倉庫。錆びついて腐り落ちたガードレール。
もはや誰も住んでいないだろうその街を、息を切らして男は歩く。
時は西暦21☓☓年。
彼の目の前には永遠とも思える廃墟が続いている。植物は息絶え、ただ瓦礫のみが延々と積み上げられている。
もはやそこには、文明と言えるようなものは残っていなかった。──少なくともこの地球においては。
別に、何か特別なことが起こったわけじゃない。ただすら緩やかに、いつも通りの文明を変化なく享受しすぎた結果、長い時をかけて人類は当たり前のように衰退していった。
それだけの事だった。
権力者達は既にこの星に見切りをつけ、宇宙へと脱した。
空に浮かぶ人工衛星【タイタン】。それは地球の周回軌道上に打ち上げられた数多の星のイミテーション。
回転によって生み出される疑似重力。
化学によって生み出される人工食料。
天板に映し出されている映像の青空。
酸素供給は地球から持ち込んだ植物達が担っており、その森と呼ばれる植物室にはパイプを繋いで無理矢理生命を維持させられている木々が、まるで奴隷のように働かされていると言う。
偽物。全部が偽物。
地球を、星を模してそんなものを作るくらいなら、人類はこの星で滅びるまで生きるべきだった。
男はそんな事を考えながら、暗い荒んだ道を真っ直ぐに歩いている。
そんな中、ふと男の目の前にいつもと違うものが写った。
それは暗い夜道の中、何故だかぼんやりと浮かび上がっているかのように彼の目には映った。
電動バイクを引き摺って、彼はそれの前まで歩を進める。
「何をしているの?」
「星を見ているの。ほら、一番星」
そこに居たのは齢10にも満たない小さな女の子。
男は何故かその子が気になった。本来、彼の性格ならきっと見ないふりして通り過ぎた筈だったのに。
女の子が指差す先に視線を向ける男。そこにはチカチカと瞬く光がユラユラと揺らめいていた。
「ちがうよ、アレは【タイタン】だ。ただの人工の光だよ」
「そうなんだ......。人の光ってあんなにキレイなんだね」
女の子は伸ばした手を広げ、指の隙間から眩しそうに星を見る。
その子の一挙一動に男は目を奪われた。理由は分からないが、彼はその子に不思議な縁を感じているようだった。
「君の名前は?」
思わず女の子に名前を尋ねる。
女の子は星を仰ぎ見るのを止めて、彼にまっすぐ視線を向けた。
「アスタ」
「そうかアスタ。僕は朝倉カズヒロ、カズでいい」
カズヒロは彼女に手を伸ばす。
そして、出来る限りの優しい声音で声をかける。
「もしも行く所がないなら、一緒に来ないか?」
アスタは一瞬固まって、カズヒロの瞳をじっと見つめた。そしてゆっくりと手を伸ばしカズヒロの手をきゅっと握る。
冷え切った身体。しかし、繋いだその手が温かい。
「ようこそ。これで君は今日から俺達の7人目の家族だ。歓迎するよアスタ」
「......」
アスタは喋らなかった。無言でカズヒロをじっと見つめていた。
その目はまるで透き通るようで、その瞳に反射したカズヒロの姿さえ神秘的に映し出した。
この滅んだ地球で、取り残された子供達が生きている。
精一杯の生きる知恵を振り絞って、お互いに寄り集まり温めあって生きていた。
これはそんな、小さな命の物語。