氷結の魔人と俺の英断
一行は薄暗い洞窟の奥へと進んでいった。深くへ入っていくにつれ、息苦しさが増していった。
「うぅん...」
エミコのマント一枚だけを羽織っていたハルミは、苦しそうに声をもらした。
「ほら、これでも飲んで元気出すんだ」
俺は暖かい言葉をかけ、ハルミに牛に近い魔界生物の革で作られている皮袋のような入れ物を手渡してやった。
「えっ...でも、これ...魔力と体力との両方を同時に超回復できる、とっても貴重な"神聖酒<ホーリーワイン>でしょ?」
「あぁ。俺もまだ飲んでいない。でも、ハルミが少しでも元気になれるならそれでいいさ」
「そんな...晃輝ぃ...」
ハルミは目をウルウルさせながら、本当に飲んでもいいのか心配そうな表情をしていた。
「いいから飲めって」
「うんっ...ありがとう」
ハルミは牛に近い魔界生物の革で作られている皮袋のような入れ物のコルクに似た魔界樹の皮でつくったコルク栓に似た栓を抜き、ゆっくりと牛に近い魔界生物の革で作られている皮袋のような入れ物を傾けて、"神聖酒<ホーリーワイン>"を口に含んだ。ハルミの小さな唇は、しっとりと濡れて、鮮やかなピンク色を取り戻した。これでハルミと俺の間接キスが成立した。
「どうだ、少しは楽になったか?」
「うん、とっても元気出たよ!ありがとう!」
「それはよかった」
「......ねぇ晃輝、大好き」
ハルミはうつむきながら、囁くような声で俺に向かってこう言った。
「ん?なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないの。へへっ、さ、ガンガン前に進んでこー!」
一行はスマートフォンの明かりだけを頼りに、更に奥へ奥へと進んだ。
「へ、へ、ふぇっくし!」
ハルミは鼻水を垂らしてくしゃみを出した。
「やれやれ、やっぱりまだ体の調子戻ってないんじゃねえのか?」
「そんなことないもん!もうとっても元気なんだ...か...は...ふぁ...ふぁっくしゅ!」
「でもマスター、わたしもちょっと寒い気がします...」
「わたしも!さっきから腕がずっと冷えて仕方ないのー!うあーん、こうきこうきー!」
ミサは俺の腕にしがみついて、体をすりすりと擦り付けた。
「あっ、ずるい!ハルミも!」
「あわわ、エミコもエミコもです!」
「あー!お前らはもう!これじゃあ満足に歩けもしねぇ!」
右腕にはミサが抱きつき胸をくっつけ、左腕にはほぼ裸のハルミが抱きつき体温が直に伝わり、脇の下からはエミコが手を回し抱きつき、全員ぎゅっとして離さない。やれやれ、だれかが俺に近づくと、全員すぐこうなるから困ったものだ。
しかし、そんなやりとりも束の間、更に奥へと進むと、今度は俺を含む全員が、はっきりと今までとは違う冷気を感じはじめた。
「ちょっと様子が変わってきたな...もしこの調子で同じように温度が下がっていけば...10分も歩かないうちに冷凍庫じゃ済まないような場所に行き着いちまうぞ」
「冷凍庫...?」
ミサはもの不思議そうに聞いてきた。
「こっちの世界でいうところの魔導冷凍庫みたいなもんだ」
「えー!魔導冷凍庫ほどの寒さの場所に行っちゃうんですか!」
エミコはもう嫌だと言わんばかりの声をあげた。
「つったってしょうがないだろ!早く終わりたきゃ早く攻略するしかないんだ。で、ミサ、お前ってなんか体あっためる様な魔法とか持ってないのか?」
「うーん、そんな便利なのは覚えてないんだけど、私が知ってる幾つかの魔法を組み合わせれば、もしかして...」
「モノは試しだ、やってみてくれ」
「わかった、やってみるね」
そういうとミサは、目を瞑って集中力を高めた。そして、右手には"焔の印<ファイアエンブレム>"を、左手には"結界の印<バリアエンブレム>"を結んだ。次第に両手から発する光が強さを増し、真っ赤な光と青白い光とが洞窟の中を煌々と照らした。そして、次の瞬間、両手を合わせた。
「どう?みんな」
全員の体の周りには、薄い膜が張られて、体には温もりが戻ってきた。
「おぉ、これいいんじゃないか?」
「わあ!これチョー暖かい!これならマントもいーらないっと」
「それはダメですハルミちゃん!」
「へへっ、上手くいったね!」
「よし、じゃあこれで進んでいくか」
「「「おぉーっ!」」」
一行は、暖かさと共に元気を取り戻して前へと進んで行った。
ミサに魔法をかけられてから数十分も歩くと、洞窟の様子は完全に違っていた。ところどころに大きな氷柱があり、牛に近い魔界生物の革で作られている皮袋のような入れ物の中の"神聖酒<ホーリーワイン>"も、もはや一滴も残さずに氷切っていた。
「こりゃあいよいよとんでもないとこまで来ちまったな...今魔法が解けちまおうもんなら、1分でオダブツだ」
「ミ、ミミ、ミサ、がんばってです!絶対解いちゃダメですからね!!」
「あれれ、エミコの結界を維持する魔力はそろそろないかも...」
「いやだぁぁぁ!ミサお願いです!死んじゃいますぅぅ!」
「何やってんだ...」
やれやれ、こいつらはこんなとこまで来て、本当に緊張感に欠く...。まぁしかし、少しは賑やかなほうが、過酷な冒険の救いになるかもしれない。
「さて、そろそろ次の敵がお出ましだぜ...」
俺はおもむろに剣を抜いて構えた。
「え、敵なんてどこにいるの?」
ハルミはきょとんとしている。
「気配で感じろっ!!来るっ!下だっ!!」
次の瞬間、氷の塊が一点に集まり、奇妙な蠢きをみせ、氷の怪物に姿を変えた。
「冷凍庫の動力源が出て来たようだな...」
「冷凍庫って?」
ハルミは不思議そうに聞いて来た。
「こっちでいう魔導冷凍庫みたいなもんだ」
俺はハルミを適当にあしらって、敵に向かった。
「おいミサっ!せーので"煉獄炎<インフェルノ・グランド・ファイア>"だっ!!」
「分かったわ!」
敵は氷の怪物。魔力の限りを尽くして焔を浴びせる"煉獄炎<インフェルノ・グランド・ファイア>"なら、一瞬で決着が着くだろう。
「行くぞっ!せーのっ!」
俺とミサは、同時に両手を前に重ねて、魔法を使った。そして、ミサの掌からは、とてつもない威力の火炎が、俺の掌からはごく少量の火の粉が出た。こんなところで魔力を無駄遣いはできない。俺が唱えたのは、初級の火呪文だった。しかし、周りから見れば、2人同時に打った焔が合わさり、巨大なものになったに見えたことだろう。
「ォォォォオオオオオ」
氷の怪物は、想像以上に粘り強かったが、ちょうど焔のほうが溶かしきる程度に勝り、氷の怪物は声にならない声を出しながら消えた。
「ふぅっ...これでなん...!?」
ようやく落ち着いたと思ったその時、いままで感じたことのない感覚が皮膚を襲った。刺す様な、張り付く様な痛み。いや、違う。これは...冷気だ。
「あぁっ...こうき...」
ミサは力無く座り込んでいた。
そうだ、ミサは"煉獄炎<インフェルノ・グランド・ファイア>"で、結界を維持する魔力を使い果たしてしまったのだ。
そして、間も無く頭に冷気が襲ってくる。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
さすがに魔物が創り出した冷気だ。天然のものとは比べ物にならない。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
なんとかしなければ、このままではのたれ死んでしまう。そうだ、"神聖酒<ホーリーワイン>"をミサに飲ませれば...
「ミサ...こっちにこい...」
俺もミサもすでに地面に転がっていた。しかし、幸いなことにすぐ横にはミサがいた。
ミサは、ほとんど残っていない力を振り絞って俺の腰にしがみついた。
「ベルトに挟んである...こいつを飲め...」
ミサは、股間のあたりにある牛に近い魔界生物の革で作られている皮袋のような入れ物の飲み口を掴み、なんとかコルクに似た魔界樹の皮でつくったコルク栓に似た栓を牛に近い魔界生物の革で作られている皮袋のような入れ物から引き抜いた。しかし、牛に近い魔界生物の革で作られている皮袋のような入れ物はほとんどカチンコチンだった。
「諦めるな...吸えば多少は...」
ミサにはもう喋る余裕もなかった。しかし、必死に飲み口を掴んで擦りながら、少しでも"神聖酒<ホーリーワイン>"を溶かそうとして、飲み口を吸い続けた。
そして、手を動かすこともままならなくなり、顔だけを上下させ、飲み口を搾り取る様に吸った。
そして、ジュルリと音がして、ミサは"神聖酒<ホーリーワイン>"を飲み込んだ。
「ぁ...あ...ああ、力が湧いてきたわ」
そう言うとミサは、すかさず結界を作ってくれた。
「うっ...ふぅ...なんとか助かったな...」
4人は、よろよろと立ち上がった。
「まったく...おれの"神聖酒<ホーリーワイン>"が無かったら今頃どうなってたことか...」
やれやれ、こんなことを繰り返していたらいつ命を落としてもおかしくない。
「えへへ。ほんとだよね...。ごめんなさい、こうき」
ミサは、シュンとして反省の言葉を述べた。
「あぁ、いいんだ。お互い助け合いだろう」
「晃輝...」
ミサは、頰を赤らめ、涙を溜めながらこちらを見た。
「さっ、それじゃあ息をついてる時間も勿体ない。先に行くとするか」
そう言うと、俺は"神聖酒<ホーリーワイン>"を二口、三口と男らしく豪快に飲み、腕で拭った。