原因を調べましょう②
「ひどいよ、琉唯君。チョットふざけただけなのに」
琥珀色の瞳を眇め、ふてくされたように呟きながら、陽仁さんがグダリと目の前のソファーで伸びていた。
どうやら、少々手厳しい説教を受けた模様だ。
私より10は年上のはずなのだが、童顔のせいか世俗離れした雰囲気のせいか、そうしていると精々大学生くらいにしか見えない。
まあ、研究の成果を自分で試したりするので、色々おかしなことになってたりもするんだよね。
琥珀色の瞳しかり、淡い金色の髪しかり。
「………まだ言いますか」
私の右手側にある1人掛けのソファーで、優雅にカップを傾けていた琉唯君がポツリとつぶやいた。
ヤバイです。
また、何やらひんやりとしたものが漏れ出してます!
「さて。改めて詳しい話を聞こうかな〜〜」
素早く察知した陽仁さんが、さっきまでのだらけた様子が嘘のようにシャキッと座り直す。
「詳しくって言っても、いつも通り寝て、朝起きたらこうなってたからよく分からないんですよね〜〜」
水を向けられたって、ない袖は振れない。
私に分かることなんて、本当にそれくらいなんだよね。
と、ふと思いついてポンっと手を叩いた。
「なに?何か思い出した?」
私の様子にみんなの視線が集まる。
「実は陽仁さんが若返りの薬を開発してて私にこっそり飲ませてみたとか「ないから!」
話の途中で遮られた。むぅ。
「そんな不満そうな顔しても、やってないし!悠理君も琉唯君もそんな疑いの目むけないで!?」
「だって……」
「なぁ………」
「………父さん?」
三方向から投げられる視線に陽仁さんが悲鳴をあげる。
「そんなの出来てたら、まず自分に使うよ!だいたい、了承なく不明薬剤なんて投与したら犯罪じゃないか!そんなことしたら、京花さんに嫌われる!」
立ち上がって力説する姿から、そっと視線を外す。
言ってることがめちゃくちゃ過ぎる。
しかも、最大タブーの基準が奥さんに嫌われるかどうか、とか………。
「ま、それもそうか」
「父さんにそんな地雷を踏む度胸は無いですよね」
そして、その発言で納得する2人もどうかと思うなぁ?!
いや、私も納得したけどね!
疑いが晴れた事に気付いた陽仁さんが、取り繕うようにコホンと1つ咳払いをしながら、改めて席に着いた。
と、いつのまにか現れた助手らしき人が、そっとローテーブルの上のカップを避けてノートパソコンを設置していった。
気配感じなかったんですが?隠密ですか?
そんな事には頓着せずに、陽仁さんが早速カチャカチャとパソコンをいじり始める。
多分、さっき撮った画像を診てるんだろうなぁ。
なんとなく無言で見つめる事、数分。
顔を上げた陽仁さんがマジマジと私を見つめた。
その瞳には先ほどまでのふざけた様子はなく、何かを見極めようとする1人の研究者の瞳をしていた。
その瞳に呑まれたように、伸ばされる手から逃げることが出来ない。
そっと、何かを確かめるかのように頬に触れた指先が
スルリと耳の方に滑り、耳の裏をたどって首筋を落ちた。
少しヒヤリとするなめらかな感触に、ゾクリとした何かが背筋を駆け下りた気がして、息を飲んだ。
そんな私の様子など気にした様子もなく、今度は至近距離からマジマジと瞳を覗き込まれる。
チョット下まぶたを引っ張られ、それから唇に親指がかかる。
「開けて?」
囁きに抗うことなく素直に従えば、スッと口の中にまで指先が差し込まれ、歯列がなぞられた。
所で、いつのまにか立ち上がっていた琉唯君が、スパン!と陽仁さんの頭を叩いた。
それ、スリッパは履いてたやつですか?
「診察は器具を使ってしようか、父さん?」
「「あ、そっか」」
ハモった声は2つ。
1つは陽仁さんで、もう1つは私だった。
「葵さん?!」
「母さん?!」
同時に2つの声が飛んでくるけど、だって、ねぇ。
なんか空気に飲まれて動けなかったんだよね。
て、いうか、何されてるのか理解してなかったというか。
言われて、ようやく気付いたというか。
「まぁ、まぁ。葵ちゃんがボンヤリさんなのは今更じゃない。そんなカリカリしないで」
「「あなたが言わないでください!!」」
のんびり陽仁さんの言葉にハモる息子達。
仲良いね。
「とりあえず、詳しい諸々を話しても葵ちゃんにはわけわかんないだろうから端的にいうけど」
「なんか酷い言い方されたけどまぁいいや。どうぞ」
思わず漏れた言葉に、悠理と琉唯君が微妙な顔してるけど、面倒になって来たんで、もうそっちには突っ込まないもんね!
「ざっくり調べたデーターからすると、ただ縮んだっていうより、本当に体が子供の頃まで戻ってるみたいだね。聞き取りの傷の有無もだし、乳歯がまだ残ってたり、骨の形成や諸々も、全部子供のものなんだよ。
多分、データー的には9歳から10歳、かな」
ニコニコ楽しそうな笑顔、が、どこか薄ら寒いのはなんでかな?
「どうしたらそうなったのかなぁ。まるで、体だだけ、タイムスリップしたみたいだよね。でも、記憶はしっかりと残ってるし。不思議だね〜〜。ふしぎだなぁ〜〜」
陽仁さん?
瞬きしましょ?
なんか瞳孔が開いてるみたいに見えるんだけど。
そして、すうっと伸びてくる手が真剣に怖いんですけど〜〜!?
「つまり、今の所分かったのは体が子供のものに戻ってるってところだけで、原因とか元に戻る方法とかは不明なんですね?」
と、その指先がパシリと掴まれて、グッと横に引かれた。方向転換させられた先には笑顔の琉唯君。
そうして、私はさり気なく悠理の背後へと収納された。
出来る子供達を持ってママは幸せだよ。
「無茶ゆうねぇ〜。流石の僕でも、こんな短期間からじゃ、表面的なものしか分からないし。血液や細胞の詳しい検査は時間がかかるんだよ?」
琉唯君の真剣な瞳に、陽仁さんが少し困ったように肩をすくめた。
まぁ、仰ることは最もです。が、だからって実験材料にはなりたくありません。
「では、とりあえず暫くは今日採ったデーターと血液諸々を解析するって事で良いですね?葵さんはいりませんよね?」
ニッコリ笑顔の琉唯君。
頼もしいです。
笑顔で見つめ合う親子の背後に龍やら虎やらが透けて見えるのはきっと気のせいだと思いたいです!
しばらくの沈黙の後。
フゥッと陽仁さんが大きくため息をついた。
「しょうがないなぁ。ココは琉唯君と奥さんの顔を立てて引いてあげるよ。でも、そのうちまた来てね?」
「はい!喜んで!」
思わずピシリと手を上げて、どこぞの居酒屋のような返事をしたのはご愛嬌。
「じゃ、父さんも忙しいだろうし、これで帰るね。後はよろしく」
そんな私の挙げられた手を掴むと、琉唯君が速やかに席を立って、あっとゆう間に連れ出される。
「はいはい。今夜はお呼ばれしてるから帰ってくるんだよ〜〜」
追いかけてくる陽仁さんの声を背に、私たちはスタコラサッサとその場を後にしたのでした。
結論。
頑張って侵入した魔窟では、予測が確定に変わっただけでした。
とりあえず、対外的には10歳って事にしとこうかな〜〜。
とほほ。
読んでくださり、ありがとうございました。
そして、ぼうっとしてたら8月が終わろうとしてました!?
夏なエピソード入れたかったのに!
海も花火も行ってない!
って、わけで頑張ります。