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プロローグ

よろしくお願いします。

炎天下の中、少女が小さな身体に不釣り合いな程の大きな荷物を、えっちらおっちら運んでいた。


シミひとつないなめらかな肌は、今は暑さでうす紅色に上気し、滑らかな額からは汗が滴り落ちる。


「うぅ………。特売につられて買いすぎた………」

ついには力尽きた様子で、道端に座り込んでしまった少女が、弱々しい声でボヤく。

スーパーから自宅までまだ半分ほどしか来ていない今、道のりは果てしなく遠く感じた。


最後の力を振り絞り、荷物をずりずりと引きずるように道の端によると細やかな木陰へと逃げ込み、ほぅ、と大きく息をついた。


背中に背負ったリュックから水筒を取り出し一気に煽る。

勢いのつきすぎた水が口の端から溢れて細い顎から喉に伝って流れて行く様が妙に艶めかしく見えたのは、夏の暑さの幻影だろうか。


「子供の体って非力すぎる……。おばちゃんボディに切実に戻りたい………」

パタパタと手で顔を仰ぎながら虚ろな目で呟くその顔は、子供の表情ではなく人生に疲れた中年のようだった。


幼げな少女の容貌とあまりにもアンバランスなその表情が、少女に絵もいわれぬ不思議な魅力のようなものを付加させていることに、幸か不幸か本人だけが気づいていなかった。


「お嬢ちゃん、おつかいかい?ずいぶん重そうだけど、おじさんが手伝ってあげようか?」

そんな言葉とともに、少女の前に人影が立った。


俯きがちに座り込んでいた少女が、その親切そうな声に顔を上げ、正面に立つ人影を仰ぎ見た。

逆光になって顔はハッキリと見えないけれど、妙に底光りして見える瞳が、男の言葉が親切心だけから来ているものではないことを物語っていた。


見た目通りの幼い少女ならば、気づかないであろう「大人」のドロドロとした何か、を、残念ながら見た目通りの幼い少女ではない彼女(・・)はハッキリと読み取ってしまう。


(はい、アウト〜〜!)

そうして、心の中で親指を立てて叫ぶ。

余計な波風を立てたくないので、あくまで心の中のみだが。


「大丈夫です。お家、もう、すぐそこなので」

当たり障りのない言葉で断りを入れながら、少女はいそいそと立ち上がった。

そうして、ぺこりと小さく頭を下げて立ち去ろうとする。


「子供が遠慮するもんじゃないよ。おじさん、すぐそこに車停めてるし送ってあげるよ?涼しいよ?」

しかし、男は少女の言葉を無視するように、スーパーの袋に手をかける。


(はい、ツーアウッ!車連れ込んでどこ行く気よ!)

少女が取り上げられまいと慌てて袋をつかんだ。

「車なんて乗るような距離じゃないし、本当に大丈夫です!」

少し強めの言葉で断れば、男の顔がムッとしたように歪む。


その表情に、少女の心に僅かに焦りが浮かぶ。

(こんな細やかな否定に敏感に反応するとか、心せまっ!)

しかし、男の心のどこかを少女の反応が傷つけたのは事実である。


「いいから、コッチにこいよ!」

グッと少女の細い手首が力任せに掴まれ、引っ張られた。

突然の豹変に、少女の瞳に恐怖の色が浮かび、反射的に身がすくむ。


倍近い体格差の男に凄まれてしまえば、恐怖を感じるのは当然。

だけど、ギュッと唇を噛んでその恐怖を押さえ込んだ後、助けを叫ぶ為に大きく息を吸い込んだ、その時。


「おい、おっさん。何してんの?」

この真夏に冷気すら感じそうなほど、冷たい声がその場に響いた。


少女を力任せに引きずろうとしていた男が、その声に反射的に振り返り、そこに立っていた人物を見て顔をしかめた。


そこには、白い半袖のシャツにグレイのスラックス、学生鞄を持った中学生らしき少年が立っていたのだ。

「うるさい。取り込み中だ。子供は引っ込んでろ」

相手が未成年であると気づいた男が、一瞬怯んだ表情から一転、強気な態度で叫んだ。


「私はこの子の父親の友人で、この子を連れてきてくれと頼まれてるんだ」

堂々たるその主張に、少女の口がポカンと開いた。

その様子にも気づかずに、男はドヤ顔で胸を張る。


しばしの沈黙の後、少年が深々とため息をついた。

「はい、ダウト。あんたなんか知らないし」

「は?」

冷静な少年の様子に、男が毒気を抜かれたように瞬きをする。

ポカンとした顔は、次に続けられた少年の言葉に、驚愕に歪んだ。


「だから、鈍いな、おっさん。その子の身内なの、おれ。てか、家族ね。で、あんたなんか知らないしもっと言うなら、父親も死んでいないし」


驚愕に歪んだ男の顔が、みるみる蒼ざめていく。

暴かれた嘘に、頭が真っ白になっているのだろう。

「で?何か言うことは?犯罪者のオッさん?」


「うわぁぁぁ!!!」

「きゃぁっ!」

少年のトドメとも言う言葉に、男は意味不明の叫び声をあげると、掴んでいた少女の腕を振り回して、その華奢な体を少年の方へと突き飛ばした。

あわや地面と激突、と言うところで駆け寄った少年が掬い上げて抱きしめた。


「………逃がすわけないじゃん」

そうして、反対側に走り去ろうとする背中を冷たく睨みつける。


と、角から飛び出してきた人影が男の前に立ちふさがった。

通せんぼするように両手を広げたのは、少年と同じ年頃の男の子で、強いて挙げれば若干少年より体格が良いだろうか?

それでも、自分よりは小柄な少年に勝機を見たのか、男が走る勢いのまま掴みかかった。


「はい、しゅーりょー」

「あっ、ルイ君」

冷静な少年の声と少し嬉しそうな少女の声。

その声が上がるのと、全てが終わるのはほぼ同時だった。


自分に向けて伸ばされた両手を掴んだ少年が軽く半身を捻ったと思った瞬間、男の体がフワリと宙に浮き、地面に叩きつけられたのだ。


それは、まさしく瞬きの間の出来事であり、少女には何度見てもどうやったのか皆目見当もつかない。

その間にも、少年は何処からか出した縄で、着々と男を後ろ手に拘束していた。


痛みに呻く男を華麗に拘束して動けなくした後、少年が立ち上がりフワリと微笑むと、その様子を伺う2人に向かって軽く手を挙げた。


「ルイ君、ありがとう!相変わらず、華麗だね〜〜」

それに、手を振り返して少女が駆け寄っていく。

その後ろ姿を見送った後、残された少年は、軽く肩をすくめるとすっかり忘れられてしまった少女の荷物を持ち上げる。


「なぁ、多分、警察行って時間取られることになるんだけど、これの中身大丈夫?母さん・・・)


かけられた声に、少女が振り返った。


「うん、大丈夫〜〜。中身基本乾き物と水ものばっかりだから〜〜」









読んでくださり、ありがとうございます。


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