僕の夢
睡眠には2つの異なる種類の眠りが存在する。
脳が活動状態である浅い眠りのレム睡眠と脳が活動を休止している深い眠りのノンレム睡眠。
所詮僕は、前者・夢を見やすい眠りなのだろう。
小さな頃から夢をよく見た。
楽しい夢、嬉しい夢、願望の夢。
しかしそんな夢ばかりではない。
当然ながら、怖い夢というのも見てきた。
僕の中で「怖い夢は?」と聞かれて答えられるのは一つしかない。
「一つしか“怖い夢”というものがない、それならマシでしょ? わたしなんかもっと沢山怖い夢見てるよ!」
そんな人もいるかもしれない。
でも、怖い夢の内容は、いつだってそれしか見てこなかったんだ。
沢山怖い夢の種類があるのも十分怖いだろう。
でも、ずっと見てきた怖い夢が全て同じというのも怖いと思わないかい?
その話をしようと思う。
その夢について、決まって変わらないのは三つ。
一つ目は、その場所。
ワイン色のカーペットに沢山の部屋。まるでどこかのお屋敷のような造り。電気は付いているはずなのにいつも薄暗い。
二つ目は、出口がないということ。
動き回れるし、拘束もされていない。
しかし窓はあれど開かない。探し回っても、普通ならあるはずの玄関というものさえなかった。
三つ目は、必ずなにかから逃げているということ。
姿も形もない。でも、なにかに追われている。そんな思いからお屋敷紛いの通路を走り回っている。
疲れては休んで、歩いて、走り回る。その小さなループを繰り返すばかり。
部屋の中だったり、長い通路だったり、その時に現実の僕が眠った時間によって夢の始まりの場面は変わっていたがお屋敷の中だという点は変わりなかった。
ある日、またその夢を見た僕は通路に立っていた。
――――――ああ、またこの夢か。
慣れたくない“慣れ”ではあるが、長く見てきたので少しのことでは驚かなくなった。
びくびくすることもなく長い通路を歩く。
ふとその時だ。
通路に面した木で出来た古い扉。他の赤を主体とした部屋の扉とは似ても似つかない作り。
その木で出来た扉の部屋が気になりノブを回し開ける。
古びた音をして開く扉。
そして、その扉の向こうには下へと続く階段があった。
現実の僕なら、こんな危険性のあるところには近付かない。なのに、夢だからだろうか。
下へ下へと続いていく暗い階段を下りていった。
扉だけではない、階段も壁も古い。手すりがないので壁に手を付けて一段一段をゆっくり進む。
他の場所より一層暗く、点々とある照明が唯一の光だ。
これがなければ階段を踏み外して下まで落っこちてしまうだろう。
暫く下りるともう階段は続いてなく、目の前に扉があった。
扉に付いてる網格子からはその部屋の中から出てる薄い紫色の光が見えた。
扉を軽く押すと、簡単に開いた。
そのまま中に入ってみたが、ここもとても暗い。
人が入れるほどの大きく長い硝子造りの試験管がいくつも並んでおり、更にその中には液体が入っている。これに光が通っているようで試験管の近くだけは明るい。
紫色や黄緑色の液体が入っている試験管が一番目を引いたけれど、他の試験管にもパステルカラーの液体が入っている。その色からして気持ち悪さがある。
そしてその液体の中には、沢山のチューブに繋がれた人間のようなもの。
一種のクローンと呼ばれるものだろうか。
なにせ、本能的に人間ではないと断定できた。
ふとその時だ。
今、僕がいる場所の更に奥。そこにはまた別の黒い扉があり、そこからカツカツとヒールを鳴らす音が聞こえる。
地下だからか、その音はよく響く。
だんだんと近くなるその音に恐怖を感じ、衝動のままその場から逃げ出した。
逃げても逃げ場なんてない。
先ほど下りた階段を一気に駆け上がり、扉を閉めて一息をつく。
そう思っていたら夢から覚めた。
夢から覚めた僕は目覚めることのできた安心感と、夢で見た恐怖からくる疲れがどっと出た。
逃げ場がなく出口もないお屋敷。
何度も繰り返し見てしまう無限ループ。
僕はまた、次も見てしまうのだろうか。
この悪夢を。
***
……え?
なんでこんな話をしたのかって?
だって、不思議だと思わないかい?
同じ内容の怖い夢しか見ないんだ。
そう。まるで…………。
取り憑かれてるみたいだと思わないかい?
勘づいてる人もいるかもですが実話です。
僕が実際に見てきた怖い夢です。
何故これを題に小説を書こうと思ったかと言うと、もうその夢は見ないからです。
言い切れます。もう見ません。
それは、あのお屋敷の夢。
その夢を見た最後の日に遡ります。
いつものように逃げ、走り疲れた僕は上へも下へも逃げられるよう階段近くで暫く休憩しました。
ふと耳を澄ますと、上から階段をかけ下りる音がしたのです。
逃げなきゃ、そう思いましたが足腰が立たず座り込んだままその音が近付いてくる恐怖にじっと耐えるしかありませんでした。
しかしその足音の主は僕ではなく、そのまま壁に突進し壁に大きな穴を開けました。
唖然としました。
煉瓦作りのお屋敷です。もちろん、現実では人の突進くらいで煉瓦のお屋敷なんて壊れませんけどね。
壁に開いた穴から見える外は太陽の光が差していて、目が眩みました。
その人は僕に手を差し伸べてくれ、その時初めてその人の顔を見ました。
濃い髭が特徴な、髪の短い吊目の男性。
差し伸べられた手はとても温かく、身長の低い僕から見れば、結構な高身長に思えました。
そのくらいしかもう覚えていません。
その人が、僕をこの夢から救ってくれました。
十年くらい変わらず見てきた怖い夢が、これを最後にもう見ていないのです。
本当、不思議ですよね。
なにかから逃げ回るという怖い夢をその人が助けてくれた。
正直にそう思います。
それとは別に、なにかに追われていると感じた正体はその人で、お屋敷から出られない僕を救おうと僕を探してくれていたのかもしれない……とも捉えられました。
もう見ない以上、真実は分かりませんね。
お礼の一つでも言いたかった。
少女漫画のような展開で終わりました。
見なくなってから二年ほど。
思い出すだけでここまで書けるとなると、余程強く印象に残っているのでしょうね。