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ブロッサム  作者: 小島もりたか
3/9

王城

 私はパーティが終わってからも王城に居座り続けた。


――本当に、ノエルにパーティ招待してもらって助かった。


 王城に入るためには結界を越えなければならない。越えるだけならば容易いのだけど、認知されずに入ることはとても難しい。一度怪しい気配が感じられたら、王城の守りも厳しくなる。つまりは国王の元へ行ける確率が大幅に下がる。

 だから私は今までその結界の穴を捜し続けていたのだけれど、幸運なことにノエルのお陰でそんな危ない橋を渡る手間も省けた。招き入れられてしまえば、何も怪しまれることはない。


 しかしながら、パーティが終わって数日経った今でも国王を見つけ出せずにいた。


「本当に国王はいるのかしら?」

「いや、いるだろ」


 私の疑問にラドンが即答する。


「……ノエルが邪魔をするのよ」

「本人は仕事をしているだけだろ」


 すっぱりとラドンは言い切る。それは確かにラドンの言うとおりなのだけれど、私が未だに国王に辿り着けていない原因のほとんどはノエルのせいにあると思う。


「別に合ってもいいじゃねぇか、本人も喜ぶだろ?」

「嫌よ、絶対嫌」


 私は顔を熱くさせながら、拒否をする。未だにあの日のノエルの諸行を思い出すと顔が熱くなる。


「また何されるか分かったもんじゃないわ」

「いいじゃん、されたら。嬉しいんだろ?」


 私は両腕を大きく羽ばたかせて、頭に止まるラドンを追っ払う。

 私は雀の姿に、ラドンは赤トンボの姿に変身している。人の姿すらしていないのだけど、今までの経験上、人外の姿でもノエルに勘づかれる可能性は十分に有り得る。


 私の注意力のほとんどはノエルの居場所に割かれていたと言っても過言ではないだろう。

 時折ノエルに追われている気がするのがまた恐怖である。どれたけ察知能力に優れているんだあの人は……。


――今日も結局ノエルを避け続けることで終わってしまった気がする……。


「――眠い」


 ラドンが大きく欠伸をする。


「そろそろ戻ろう」


 そうラドンに言って私は羽ばたいた。行き先は拠点としている天馬舎だ。流石王城というか、稀少であるはずの天馬がここには多数いる。私達はその中の一匹に特にお世話になっていた。


「ただいま」

《お疲れ様です》


 ズラリと並ぶ天馬の中でも特に美しい白い毛をした天馬が顔を上げ、ぶっきらぼうに言った。とても眠たいらしい。言った途端直ぐに顔を下げ、瞼を閉じる。小屋にいる全ての天馬は気持ち良さそうに瞼を閉じている。


《よく寝てくださいね》

「うん。ありがとう、ハクヒ」


 私とラドンはハクヒの空けてくれたスペースに降り立つと、瞳を閉じた。ラドンは五秒もしなうちに寝息をたて始める。


 現在時刻はおよそ午後十時。小屋は外の光が遮断され、そこだけ薄暗い空間が作り出されている。


 光の世界は太陽が沈むことがない。だから外は常に明るく、夜がない光の民は睡眠を必要としない。天馬やラドンや私のような他の世界の血筋が流れているものは、それが辛い。光の民が動き続けている間に、体調を崩さないために一日の一定の時間、わざわざ暗闇を作りだしそこで眠らなければならない。



 私が次に目覚めたのは、ノエルの気配を察知した時だった。深く眠っていたらしい、悔しいことにノエルの気配が私の目の前に来てやっと気がついた。


――げっ。


 目を開けると薄い暗闇の中でも明るく映る、銀髪の青年がハクヒの頭を撫でているのが見えた。私はハクヒの寝床の藁に紛れてそっと気配を殺そうとする。

 青年は私に気がついているのかいないのか、深い琥珀色の瞳を慈愛で満たしながらハクヒの頭を撫で続ける。ハクヒはうっとりとそれに従った。


――これが本当のノエルの姿?


 薄暗くてもはっきりと分かる色白の肌、その肌以上に白く輝く銀髪の髪、薄く光っているようにも見える琥珀の瞳――。耳には若葉のピアスがぶら下がっている。否、正確には若葉であったピアスだ。もう深緑色をしており、紅く染まり始めるのも時間の問題だ。他にも高価そうな装飾具を幾つも身に付けている。服装も上質な生地でできていそうだ。


――もしかしたら、結構高貴な貴族だったのかもしれない。


 ノエルを監察しつつ、これからどう逃げ延びようかと考えていると、ノエルと目があってしまった。暗闇で私の姿なんてまず捉えられないはずなのに……。ノエルは笑む。


「やぁ、僕の妖精さん。こんなところに隠れていたんだね」

「……」


 私は答えず視線を逸らす。今の私は雀なのだ。このままリアクションを返さなければ、もしかしたらやり過ごせるかもしれない。


 ノエルが柵を越えてハクヒの寝床に入ってくる。逃げようとしたが、一瞬遅かった。両手で鷲掴みされる。私が逃げられない程度の力で両手でくるまれ、手の隙間から顔だけ出させられた。強制的にノエルと目を会わさせられる。琥珀色の瞳が楽しそうに光っていた。


「とぼけても無駄だよ」

「チュン」


 いかにも野生の雀らしくノエルの手の中で暴れ、怪我をしない程度にノエルの手を啄んだ。


「噛むならもっと強く噛まなきゃ。野生感出ないよ」

「チュンチュン!」


――なんだとぅ?!


 さらに強く啄む。少しして、ノエルが震えていることに気がついた。必至に笑いを堪えている。


――しまった、のせられた。


 そうは思ったものの、私は往生際も悪くまだ雀の振りを続けた。しかし、とうとうノエルは吹き出した。すっごい笑う。これでもかってくらい笑う。


「ごめんローズ、もう勘弁して!!」

「……そんなに笑うことないじゃない」

「本当に君の純粋さは計り知れないね」

「どこが?!」


 彼はニィと笑うと、顔を私に近付けた。


「お城で悪さをする妖精さん。沢山の武器が壊れたり、行方不明になったりしているのは君のせいかな?」

「……」


 私は視線を逸らす。確かに少し位はやったかもしれない。しかし彼はそんな私にも飄々とした笑みを向け続ける。


「そうだ、罰としてこれから君の偽名を変更しよう」

「偽名を変更するって……」


 それはもう偽名として成り立っていないというか、先に『偽名』と言って名乗っているのでそもそも偽れていない。渾名と言った方が正確ではやいだろうか?

 そんな疑問と戦っていると、ノエルは悪戯っぽく笑んだ。


「これからの君の偽名はチェリー。チェリー・ブロッサムだ」

「なんで桜の花?」

「君が気が付くまで秘密」


 そう言ってノエルは妖艶に笑んだ。ハクヒがノエルの腕に鼻をあてる。


《主、まだ寝ているものも多い。あまり騒いでは迷惑ですよ》

「それは申し訳ないことをしたな。直ぐに出よう。おいでハクヒ」

《御意》


 ノエルはハクヒとハクヒの背中っにとまったラドンを伴って小屋を出た。もちろん、私は逃げられないように掴まれたままだ。

 外の明るさが眩しい。何度か瞬きをしてやっと目が慣れ始める。ノエルの姿は日の元だとよりいっそう浮いて見えた。光の民としてはあまりに白すぎる肌と、綺麗に色が抜けてしまったかのような髪は、確かに街だと目立ってしまって仕方がないだろう。


「ハクヒが僕以外に心を許すのって珍しい」

「言葉が通じるのなら、ある程度許してもらえるものでしょ?」


 天馬等の聖獣は大抵、魔力を使って意志疎通をすることができる。ただし魔法の知識がないと、それは聞き取ることができないため、必然的に聖獣達と意志疎通ができる者は限られてくる。


 ノエルは小難しそうに眉間に皺を寄せる。


「うーん、違う。それだけじゃない気もするんだけどなぁ……」

「そうなのハクヒ?」

《……》


 ハクヒは特に返事をしない。なんとなく、何か言いあぐねている気がしたが、ハクヒの世話になっている以上、言及すべきではないだろう。


「君も一緒にハクヒの散歩に行こう」

「私を掴んだままでハクヒに乗るつもり?」

「君が逃げないと約束してくれれば手を放すよ」


 正直、身体がノエルの匂いと体温で覆われて先程から頭がくらくらしている。なるべく早く手を放して欲しかった。


「わかった。逃げないから放して」

「はーい」


 そう言うとノエルは大人しく手を開いてくれた。涼やかな風が羽毛の間に流れ込む。しかしながら、ノエルの香りは身体につきっぱなしだった。握られていたので仕方ない。


 ノエルが軽々とハクヒの背に乗ると、私はハクヒの頭に、ラドンは私の頭にとまった。


「じゃあハクヒ、行こう」

《御意》


 僅かな加圧感と共にハクヒの身体が軽々と舞い上がる。あっという間に世界の境界である赤竜せきりゅう山脈の三合目の高さに達した。


 上昇が終わると私とラドンはハクヒの頭から飛び立ち、ハクヒと共に空を舞う。


「――凄い」


 鳥の姿になっても、ここまでの高さまで飛んだことがなかった。地上にいるときより遥かに山脈の息吹きを近くに感じる。あんなに大きく感じた都が醤油皿ぐらいの大きさになり、広く広大な海の端が直線を描いているのがはっきりと見てとれる。


 ノエルがふと指を指す。セレスティアル国の海岸に寄り添うように浮かぶ、小皿程の大きさの島。円い島の中心には目玉の黒目の様に薄桃色の円が小さくついている。


「あれが『神秘の島』だよね?」


 そう呟いたノエルに、私は心底驚いた。


「見えるの?!」


 今度はそう言った私に、ノエルが驚いたような顔をする。その顔を見て、ノエルの耳には桜の葉のピアスが着いていることを思い出した。


「君も見えるの?」

「見えるよ」

「城だと、僕とハクヒ達以外見えないのに」

「私は関係者だからね。ハクヒ達、天馬が見えるのは聖獣だから。ノエルが見えるのは葉っぱのピアスのお陰」

「葉っぱのピアス?」


 ノエルは呟いてから思い出したかのように、自身の耳の下で揺れるピアスに触れた。


「それは神秘の島の約束の証なの」

「約束の証?」


 疑問だらけのノエルの顔を見て、私はノエルがそれを何も知らないまま身に付けていたことを知る。


「そのピアスはフェリアスの住人にとってはとても大切なものなの。普通は村からは出ないものなのに、ノエルはそんなものどうやって手に入れたの?」


 ノエルは暫く思案するように押し黙ると、やがて神妙な顔で言った。


「実は知らないんだ。気がついたら持っていた」

「知らないって……酔っ払ってる間に持ってたとか?」

「違う。丸っと記憶がないんだ。昨年の四月ぐらいから一年ほど」

「記憶がない……」


 ちらりと胸の中を黒い影が過った。ラドンが私に目配せをした気がする。


――いや、きっとノエルは関係がないはずだ。


「思い出そうと思ってもこれっぽっちも思い出せない。でも不思議なことに、四月以前のことは良く思い出せる。どうやら長い間、どこかをハクヒとさ迷っていたようだけど、ハクヒは何も教えてくれない」


 不思議でしょ? とノエルは笑った。


「――そんなに綺麗に抜け落ちてるなら、魔法で消されたのかもしれない」

「それは城の魔法使いにも言われた。だけど、魔法なら高度過ぎてミスティの魔法使いには解けないらしい。フェリアスの魔法使いならってところだけど、今は断行状態だからなぁ……」

「なんで消されたのかしら?」

「それは僕が知りたいなぁ」


 そう言ってノエルは私に手を伸ばした。指にとまってほしいようだ。私は大人しくノエルの手に脚を乗せた。

 ノエルの表情は酷くもの寂しそうに見えた。大切な宝物を失ってしまったような顔。


「きっと僕はとても幸せな生活を送っていたんだと思う。だって覚えてもいないのに、こんなにも喪失感がある……」

「――」


 実は私も記憶がないのだ、と口に出して言うことができなかった。何故なら、私の記憶がない期間も昨年の四月頃から約一年間――ほぼノエルの期間と同じだったからだ。

 私は自分で記憶を消したことを知っている。ラドンから聞いたからだ。だけど自分で記憶を消すなんて何かただ事ではない理由があってのことだ、私は消した記憶のことについては探ろうとはしないと決めている。


――私がノエルの記憶を消した?


 そう思った瞬間、ラドンと視線が交わった。トンボの姿をしているラドンが苦笑いしている気がした。ノエルと会ってからラドンが良く口にしていた言葉を思い出す。


――運命。


「チェリー?」


 ノエルが押し黙ったまま口を開かない私の顔を心配そうに覗きこむ。名前の件は早速適用されているらしい。


「君は何か知ってる……?」


 私の思考を察したかのような発言に、私はヒヤリとした。


「ううん、何でもない。たぶん気のせい」

「君は秘め事が多い」


 ノエルはそう言って、私を私の嘴がノエルの唇に当たるぐらい近くに引き乗せた。あまりの近さに私は思わず顔を逸らす。


「それはお互い様でしょ?」

「ふふっ、そうだな」



 地上に舞い降りると、私はノエルを伴って城の影に行き変身を解いた。ノエルが呆気にとられたように目を見開いたのを見て私は笑む。


「そうか、君には本当にエルフの血が流れているのか……」


 薄桃色の髪、色白の肌、若葉色の瞳――それが私の外見の特徴だった。


「母が半分エルフだったからね」

「この姿は本格的に――」


 彼が何かを言いかけて口をつぐむ。何故か頬を薄く染めながら、彼は首を横に振った。私は疑問に思いつつも、本来の目的を実行する。

 片方の耳からピアスを取った。確認するとまだ十分に新芽のような若さを保っている。これなら問題ないだろう。


「これ、交換してあげる」


 私がピアスを差し出すと、ノエルは困惑したように私の顔とピアスを見比べた。私は言い直す。


「貴方が着けているのは、だいぶ痛んでるから。私の綺麗なのと交換してあげる」

「僕のが痛んでる?」


 ノエルは自分の着けていたピアスを外し、私の差し出したピアスと比較する。明らかにノエルの方の葉は濃い緑色をしている。真夏に見る桜の葉の色だ。


「全然色が違う……」


 彼が感心している間に、私は古いピアスの方を奪い取って自らの耳に着け直した。


「これは約束の証であると同時に御守りでもあるのよ。持ち主を悪いことから守るってくれるね」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ古いと効力が薄いってこと? 僕のと交換してくれてよかったの?」

「私はいつでも新しいのと交換できるから……。でもこんな短期間でここまで劣化したピアスは初めて見るわ。貴方どんなに人に怨まれてるの?」

「――さぁ?」


 ノエルはヘラヘラと笑う。目の奥が笑っていないのが少し怖い。


「もしかして、拷問士?」


 私の言葉に彼は吹き出した。


「違うよ! それはそれで興味深そうだけど」

「でもこんなに人に怨まれてるなんて異常よ」

「そうかな? 結構いると思うけどなぁ……」


 深く考える彼を余所に、私は再び雀に変身しようとした。が、彼に邪魔をされた。急に腕を掴まれたのだ。ノエルは上目遣いに言う、


「一回抱き締めさせて欲しいな」

「抱き締め――っ!!」


 ノエルは私が赤面している間に強行突破した。彼の首が私の首に当たる。柔らかい体温が布越しに伝わる。心地良い。そして何より彼の芳香が私の思考を停止させる。


「――っ」


 私は硬直したまま、彼の思うまま抱き締められた。実際は一分も経っていないはずなのに、十分程度抱き締められていた気がした。


「ありがとう」


 彼が悪戯っぽい笑みを残しながら私を解放する。抱き締められていた余韻がまだ残っている。それが余韻であることが少し寂しい。


「急に何をするんですか!?」

「え? ハグ??」

「そういうことを訊いている訳じゃありません!!」

「君の姿が愛くるしかったので、つい、な……」


 いけしゃあしゃあと彼は言った。


「私で遊ぶのも大概にしてください!」


 そう言って私は今度こそ雀の姿に変身した。素早くハクヒの頭の上に逃げる。


「ハクヒ、行こう!」

《あれはご主人が悪いですが、ご主人なりの愛情表現なのですよ》

「謎のフォローいらないから! もう知らない!」


 私はぷりぷりと怒りながらその場を飛び去る。ラドンが後ろからついてきた。


「このピアス、確実に私がノエルのために作った物だ……」


 ピアスにはかなり入念に魔力が練り込んである。恐らく彼がそういう立場であることを知っていたために、そんな風に作ってあるのだ。


「俺は何も教えてやらんからな。自業自得だ」


 ラドンが冷たく言い放つ。私はラドンの言い方に少しむっとしたが、怒りの向け先を間違えていることに気がつき、怒りを抑えた。


「私が自分の意思で記憶を消したんだから、後悔はしないはずなの」

「でも、何があったのかちょっと気になりだしただろ?」


 ラドンがいやらしく笑う。


「まあ、俺からは絶対に教えてやらねぇけどな」

「そこまで言わなくてもいいじゃない」

「俺は反対したんだ。だから自業自得なんだ」




 もうノエルに見つかってしまったので、開き直って捜索をすることにした。ノエルの気配を気にせず城の中を移動できるのはとても楽だった。


――これなら最初からノエルにバレていた方が良かったかも。


 執務室の窓からノエルの姿が見える。一人だけ銀髪なのでとても見つけやすい。よくよく比較して見ると、ノエルの服装はここから見える誰よりも豪華なようだ。ノエルは案外偉い立場の人間なのかもしれない――あんな性格だけど。


 ノエルが私に気がつき微笑む。もしも人化していたら、私の頬は薄紅く染まっていただろう。

 しかしながら、ノエルの場所からは、私は胡麻粒程度にしか見えないはずなのによく気がつくものだ。


――王様はどこにいるのだろう?


 午後のこの時間帯にあの執務室にいないとすると、他に思い当たる場所がなくなる。今日は出掛ける日なのだろうか?



 城の外を羽ばたきながら、思い当たる場所を回っていると、ふと怪しい影を見つけた。紺色のフードを目深に被った人物が城壁から軽々と降りてくる。不思議と捲れないフードの下には小麦色の肌が見えており、手にはその人物の身長と同程度の大きさの杖が握られている。杖の先には透き通るほど美しい水色の石がついている。


「フォート?」


 私が呟くと直ぐに念話が飛ばされてきた。


《いるんだろ? 迎えに来た、帰るぞ!!》


 不特定多数に送られる念話は、関係のない魔法使いにまで届いてしまう。


 カンカンカンカンカン


 直ぐに城の警鐘が鳴らされた。


《帰るぞ!!》

《分かったから、隠れて!》


 私が念話を返すと――彼だけに直接送った――フードの下の表情が露骨に安堵したものに変わった。彼――フォートも一度私の気配を察知したためか、私にだけに念話を飛ばしてくる。


《城に乗り込むなんて、なに馬鹿なこと考えてるんだ!》

《それが一番の解決策だと思ったの!》

《危険過ぎる!》

《あんたが来るまでは平和だったの!》


 フォートは透過魔法トランスペアレントを使った。フォートを探しに来た衛兵が、フォートの姿を見つけられずに困惑している。


《ブロッサム、早く来い! 出るぞ!!》


 私にはフォートを気配で追うことができたが、どうしようか迷っていた。ちょうどその時、


《チェリー!!》


 もう一つの声が頭に響いた。振り返る。執務室の窓から、今にも飛び出さんとするノエルの姿があった。


《――ごめん、もう行くね! 色々とありがとう!》


 ただそれだけをノエルに伝えると、私はフォートの気配に飛び込んだ。空を浮いていたらしいフォートは、雀の姿の私を掴まえると、一直線に城の結界から飛び出した。


「心配したんだからな」


 フォートがぶっきらぼうな声で言う。はだけたフードから、フォートの綺麗な空色の髪が現れて揺れた。


「ごめん……」


 急速に遠くなる城――ノエルの姿を見て、何故か胸が張り裂けそうなくらい痛かった。目を大きく見開いたノエルの、青白い顔が脳裏から離れなかった。

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