変装魔法
私は今日もセレスティアル国の王都、ミスティを歩き回っていた。ただの暇つぶしでしていた訳ではない。目的はあった。
「そろそろ飽きてきたなぁ」
アルマジロトカゲの姿で私の肩に乗っているラドンが呟く。
「ラドンは私の肩に乗ってるだけでしょ」
「だから飽きるんじゃないかぁ」
そう言うラドンの声音は心底気怠そうだ。そんな声を聞いていると、私まで怠くなってくる。
「一緒に歩いて捜してくれてもいいんだよ?」
「一応俺も『穴』捜してるじゃん」
「歩いたら少しは気が紛れるんじゃない?」
「嫌だ、面倒臭い」
「しょうがないでしょ」
ラドンは眠たそうにぽりぽりと頭を掻く。
「噴水の所で休憩しようぜ。もう結構歩いただろ」
確かに、もうかれこれ三時間は歩き回っている。言われてみると、足も少し疲れてきた気がした。
「そうね、それもいいかも」
「それがいい、それがいい」
私は進行方向を都の中心にある噴水広場に変えて歩き始める。やがて住宅街の煉瓦造りの建物群を抜け、市場街に出る。住宅街では人の姿が疎らだったが、市場街では進むために立ち止まらなければいけないほど、人が混雑している。
客寄せをする人、立ち止まって物色する人、通り過ぎるだけの人。様々な人間がごった返しながら、市場の人並みはノロノロと流れる。
私は市場でおやつに串団子を買うと、噴水の縁に座り込んだ。団子を一つ口に入れると、団子の甘味が口に染みた。ラドンの口にも一つ放り込んでやると美味いと喜んだ。
「都にもう一ヶ月はいるけど、まだ慣れないや」
「まあ、今までずっと自然暮らしだったしな」
「必要な物はフォートがお使いしてくれてたもんなぁ……」
行き交う人々を眺める。右から左に、左から右に皆それぞれの目的を持って移動していく。明るい顔の者、暗い顔の者――皆どんな気持ちでこの街で暮らしているのだろうか?
街は来週のパレードに向けてどこか浮き足立っているように思えた。よくよく思い出してみると、こちらに来た初日に比べかなり人が増えている気がする。
パレードはパレードの一ヶ月後に控えた、軍の遠征に向けたものだ。この遠征でセレスティアル国は本格的に『神秘の島』への侵攻に乗り出す。
何故、他の土地を侵略するためにパレードを行うのか、私には甚だ理解できない。
「――ん?」
ふと目の前を通り過ぎた男性が気になった。私の外見年齢と同じくらいの男性。麻をベースにしたごく一般的な平民の服、健康的な浅黒い肌、溌剌とした金髪、中肉中背の身体――これといって特徴がないはずなのに、何故か目が離せない。
何故かと考えて、彼が魔法を使っているからということに気が付いた。
「あの人、変装魔法してる」
ラドンが私の視線を追いかけ、やがて「そうだな」と頷いた。
「しかもかなり高等な部類に入るな。フォートは無理で、ケルム爺でやっと気が付くレベルだ」
「なんで――」
変装魔法しているんだろう、と言おうとした瞬間、彼がこちらを振り向いた。
――マジか!
そこまで離れてはいないが、人混みもある、この距離で私達の視線に気が付くなんて……。いや、わざわざ変装魔法なんて使っているのだ、視線を気にしているのは妥当なのかもしれない。
彼は真っ直ぐ私達に向かって歩いてきた。このまま視線を逸らして逃げても変に怪しまれるだけなので、私達は大人しく彼が来るのを待った。
「やあ」
彼は思いの外、爽やかな声で言った。近くに来ると案外良い匂いもする。甘い、砂糖菓子のような香り。香水をつけているのかもしれない。胸の鼓動が高鳴り始めたのは、きっと香水のせいだ。平凡な顔のはずなのに、彼の浮かべた笑みが眩しく感じた。
私もできるだけ爽やかに返す。
「こんにちわ」
「一人?」
「いいえ、この子も一緒」
私はそう言ってラドンを指差す。
「なるほど。良かったら隣に座ってもいいかな?」
「どうぞ」
私が勧めると、彼はその場所に座った。彼はなお笑みを崩さない。
「――これが運命の出逢いってやつ?」
私にしか聞こえないような小声でラドンが囁く。
――何を言っているんだコイツは。
ラドンの顎を指で軽く弾くと、ラドンが小さく身悶えした。
改めて彼に振り向くと、相変わらず彼はニコニコと人好きそうな笑みを浮かべている。
高等な変装魔法を使っている以上、ただ者ではない。関わるべきではないと分かってはいたが、何故か離れ難い。
どうすべきか迷っていると、彼は口を開いた。
「君、変装魔法使ってるでしょ?」
「?!」
心臓が大きく脈打つ。
「な……なんでわかったの?」
「うーん、なんとなく? そんな気がしただけ」
私の魔法は正確には変装魔法ではないのだが、私が姿を変えていることに気が付いたことに心底驚く。私の魔法はそんな『なんとなく』で見破れる代物ではないはずだ。それこそ、普通の人間――光の民には気がつける訳がない。しかし彼の気配は人間にしか思えない。
ふと、彼の耳に目が止まった。桜の若葉のピアスを着けている。
――どこで、それを……?
「君はなんで変装魔法なんてしているの? 犯罪者?」
今度は小さめに心臓が脈打つ。
――いや、犯罪じゃない。犯罪じゃない。
私が計画していることを思い出し、心の中で首を横に振る。
「そのままだと目立っちゃうから」
嘘は吐いていない。
「あなたはなんで変装魔法しているの?」
彼は一瞬驚いた顔をしたが、またすぐに元の笑みを取り戻した。
「僕も目立つからかな」
そう言って共犯者を見つけたかのように笑う。
「僕の名前はノエル。偽名だけどね」
私は再び面食らった。あからさまに偽名だと名乗る人なんていると思わなかったからだ。
ここは私も流れに乗って偽名を名乗るべきだろう。しかし、咄嗟に出てきた名前は母の名前だった。
「私はローズ。もちろん偽名よ」
そう言ってお互いに笑い合う。
「ローズか……精霊言語で『薔薇』という意味だね。でも、君はどちらかというと――」
彼は言いかけた口を閉じた。
「――何か香水をつけているの?」
「つけてないわ。香水をつけているのはノエルさんの方でしょう?」
「呼び捨てでいいよ。っていうか、僕、何か匂いする?」
私が頷くと彼は自分の服を匂い始めた。暫く嗅いでから首を捻る。
「僕もつけてないんだけどねぇ。誰かにつけられたのかなぁ?」
「自分の匂いって、案外分からないしねぇ」
ノエルは私の言葉に、鼻をすんすん言わせた。そして一人で勝手に頷く。
「そうだね」
「それにしても、偽名に国王の名前を使うなんて大胆ね」
「これくらい役に立ってもらわないとね」
「なかなか不敬なことを軽く言うのね」
「どうせ本人に伝わらないなら、別に大丈夫さ」
ローズは、と言いながらノエルは私の両手を掴む。いきなり呼び捨てにされたという衝撃よりも、いきなり彼の体温を感じたことの衝撃の方が強かった。彼の匂いが強くなる。私は反射的に硬直した。彼は私の瞳をじっと覗く。
「この街に住んでいるの?」
「住んではいないかな。一時的に来ているだけ」
ノエルは私の言葉にあからさまに残念そうな顔をした。思わず罪悪感が出てくる。私の手を握る彼の力が強くなる。
「いつまでいるの?」
「うーん、まだ決めてない」
「当分いる?」
瞬時にノエルの表情が明るくなった。私は彼を見て、なんとなく犬を連想する。
「短くて来週のパレードまで、長くて一ヶ月ぐらいかな」
「微妙……」
ノエルは明らかに顔をしかめる。何故そこまであったばかりの私の滞在期間を気にするのか? と純粋に気になったが、少し考えれば答えは明白だ。わざわざ姿を変える魔法を使っている私が明らかに怪しいからだ。
――いや、でも、それなら同じく変装魔法を使っているノエルも怪しい。
でも、ノエルは魔法を専門とする憲兵の可能性もある。
ノエルが私の手を解放したことで、私は我に返った。ノエルの温かみがなくなった肌はどこか寂しい。そう思っている自分に気がつき、会ったばかりの男に何を考えているんだ、と自らを叱責する。
「短い間だったけど、そろそろ行かなきゃ。何も言わずに出てきちゃったから」
「……そう」
「ローズは明日もここ街にいる?」
ノエルが心配そうに私の顔を覗く。
「……いえ、明日は――」
いない、と言おうとすると手で口を塞がれた。ノエルは意地悪っぽく笑む。
「明日も今日と同じ時間、ここで待ってるから」
そう言うだけ言ってしまうと、私の返事も聞かず走り去ってしまった。
「明日もここで待ってるって……」
彼の余韻が、口元に残る。甘いか香りが僅かに残っている。
ノエルともっと逢って話してみたいという気持ちと、会ってはいけないという気持ちが心の中でせめぎ会う。
私の気持ちを知ってか知らずか、ラドンは感慨深そうに呟く。
「いやぁ、これぞ運命ってやつかぁ」
「馬鹿、何言ってんの」
今度は強めに顎の下を弾いてやる。ラドンの上半身が持ち上がり、苦しみ始める。
「ひでぇ」
「私をおちょくるからよ」
「おちょくってねぇよ、本当に感心したんだ!」
意外と本気で言われたが、私は無視してまた街の調査に戻った。
翌日、私は悩んだ末、ノエルのもとに行かないことを決めた。
彼が憲兵だったときのことを考えるとリスクが高過ぎるからだ。それに、もし憲兵じゃなかったとしてと、変装魔法を使っているだけで十分に怪しい。
そういった人物には関わらないに限る。
街を淡々と調査して、一旦休憩するかと思ったときにはもう約束の時間を半刻程過ぎていた。
そしてその事に対して、何故かラドンがグズる。
「遅刻じゃん」
「いや、行かないし」
「なんで?」
「危ないじゃん」
「運命の出逢いじゃん?」
「いや、何ロマンチスト気取ってんの」
「まだ待っててくれてるかも」
思わず息が詰まる。もし、本当に何の他意もなく約束されていたら、それはとても申し訳ない話である。
ラドンはそんな私の心の機微を逃さなかった。
「とりあえずさ、会う会わないかは別にして、まだ待ってくれているか確認しに行った方がいいんじゃねぇの?」
「いや、待ってるのが憲兵だったらどうするの?」
ラドンは何故か鼻で笑う。
「それはないと思うぜ」
「なんでそう言いきれるの?」
「だって、あれは明らかにお前に惚れてるだろ」
「ほ、惚れ――」
瞬時に顔が熱くなる。頭から湯気が出ているといわれても、このときの私はそれを疑わなかっただろう。
「とりあえずさ、まだ待っているか見に行こうぜ」
私は恐らく顔を真っ赤にしたまま、ラドンに言われるがまま、噴水広場に向かった。
――ノエルが私に惚れてるなんて?
同じことを心の中で繰り返しながら、ふわふわした足取りで街を進む。不思議だ、何故、昨日会ったばかりの、しかもちょっとしか話していない相手がこんなにも気になるのだろう。
ラドンが運命だ、運命だなんてしつこく言うからからもしれない。
気が付くと噴水が遠巻きに見える所までたどり着いていた。瞳が勝手にノエルを探す。
――いた。
ノエルは昨日と寸分違わぬ位置に座っていた。
ニヤニヤと楽しそうにラドンが言う。
「待ってんじゃねぇか」
「――うるさい!」
周りを軽く確認した限りでは、憲兵等の怪しい人物はいない。どうしようかと迷っていると、視線を感じた。
「あ――」
思わず言葉が詰まる。ノエルと視線が逢った。私は蛇に睨まれた蛙のように身動きができなくなる。人波が私を鬱陶しそうに避けていく。
彼は淀みなく私の前に来ると、私の手を握った。そうしてから、満面の笑みを浮かべる。
「来てくれて嬉しいよ」
「え、あの――」
私は酷く困惑する。何故なら――
「なんで、私が分かったの? 昨日と違う姿なのに」
私は都に滞在している間、一日たりとも同じ姿をしたことがなかった。泊まっていた宿を出ると、必ず姿を換えていたのだ。なのに、何故……?
彼は悩んだ末、やはりこう結論付けた。
「なんとなく?」
やはり彼はただの魔法使いじゃないのかもしれない。そう思うと、彼は不思議な気配をしていることに気が付いた。しかし、何が原因なのかは分からない。
ノエルは私の腕を引く。
「一緒におやつを食べよう」
その日は喫茶室に入ると一緒にケーキを食べながらハーブティを飲んだ。帰り際、また翌日の約束をされ、また私の返事を聴く前に彼は逃げるように去っていった。
彼の去っていった方を惚けながら見ていると、ラドンが一言、
「いやぁ、運命だねぇ」
会いたいという気持ちはかなり強かったが、ラドンを見ていると否定したい気持ちが生まれた。
今日は絶対に噴水広場に行かないと心に決め、街を調査する。約束の時間をとうに過ぎても調査を続行していると、心地のよい甘い匂いがした。ノエルの匂いと似ていると思った瞬間、腕を掴まれる。
「え?」
振り向くと、ちょっと拗ねた顔のノエルがそこにいた。
「やっと見つけた」
「え、なんで? なんで?」
私は困惑する。もちろん昨日と姿を換えていたし、まさか向こうから探しにくるとは思ってもいなかった。腕を引かれるまま歩き、人混みから離れたところに連れていかれた。
「待っていたのに」
「私は行くって言ってないよ」
知ってるけど、と彼は下唇を尖らせる。
「よく見つけたね」
もはや一周回って感心していた。この広い都で、姿を換えた知り合いなど普通は見つけられないだろう。
「なんとなく、この辺に今日はいそうだなって。それに、君は分かりやすいし……」
――何が分かりやすいんだ?
言葉に出して問い掛けようとした瞬間、彼ははにかんだ。
「今日はどこに行こう?」
結局その日も彼の笑顔に押されるままに、二時間ほど彼と行動を共にした。
彼と一緒に過ごす時間は春の陽だまりのように幸せを感じたが、私にも期日がある大切な目的がある。毎日数時間削られるのはかなりの痛手で、もう会う余裕はあまりないだろう。
だから私は、その日の帰り際に先手を打った。
「もう噴水広場で待っていなくていいです。行きませんから」
「君がこの街にいる限り、僕は君を見つけ出せるから問題ないよ」
即答され呆気にとられている私を見て、彼は悪戯っぽく笑うと「その時はまた付き合ってね」と言って去っていた。
――なんですって?!
そう言われてしまったら、魔法を扱う者としては黙っていられない。
「私を舐めてもらっちゃ困るわ!」
「絶対に見つかるね」
ラドンが笑いながら言った。
ラドンの言ったことが言霊になったのかもしれない、翌日も私は呆気なくノエルに見つかってしまった。とても悔しく感じる半面、彼が見つけ出してくれるのは嬉しくもあった。
帰り際に「また明日も見つけるから」と耳元で囁かれ、ドキドキもしたが、逆に絶対に見つかってやるかという闘争心にもかられた。さらに魔法式を複雑にし、自分の外見年齢に合わせた変身方法も大きく変えることにした。
しかし彼は幼女の私も、老婆の私まで簡単に見つけてしまう。
――なんで?
何故ここまで簡単に見つかってしまうのか? 私は悔しくて堪らない。魔法式は今の私にはこれ以上改善の余地がない。ラドンにも姿は隠させている。だから見た目を応用するしか方法が思い付かなかった。悔しがる私を見てラドンが助言をしてくれた。
「男に化けりゃいいんじゃねぇの?」
「確かに!!」
「まあ、それでも見つかりそうだけどな」
最後に言った言葉は聞かなかったことにする。
そうして私は厳つい傭兵の男に姿に変身した。スキンヘッドで見るからに肉体派な四十程の男性だ。
――これなら見つからないだろう。
いつもの時間になっても、私は自信満々に街を調査し続けた。人混みは避け、人気の少ない王城の城壁付近を歩く。彼の気配がないか探りながら一応歩いていたのだけれど、
「――ん?」
正面から彼が悠然と歩いてきた。心の中では大きく動揺したが、ここで仕草まで出してしまうと、かえって目を付けられてしまう。
――今、私は男に姿をしているんだ。見つからない。大丈夫。
絶対に見つかりたくないという気持ちと、こんな姿でも見つけてみて欲しいという相反する気持ちがせめぎ会う。
ノエルとすれ違った。彼は前を見たまま、私の顔なんて見上げてこない。
――バレてない。
そう思った瞬間、腕を引かれた。
「?!」
「ローズ?」
「どなたですか?」
私はしらばっくれるが、彼は悪戯っぽく笑うと言った。
「いやいや、君はローズだ」
「ローズとは誰でしょう?」
「見た目を大きく変えてきたのはポイントが高いけれど、もっと喋り方を変えないと。傭兵っぽい男性なら言葉遣いは荒っぽいのが基本だよ」
何故か変な助言までされてしまう始末だ。私は大人しく降参する。
「――なんで、分かるの?!」
「君の隠しきれない魅力が、僕を引き寄せて止まないんだ」
すらりとキザな科白を吐きやがる。私は恥ずかしくなって思わず赤面した。――厳ついおっさんの顔で。
流れるように腕を掴まれ、川縁まで連行される。途中でサンドウィッチを購入され、手渡された。
太陽の光が反射して、彼の顔に映る。桜の若葉のピアスに視線が行く。葉の先がもう深緑色に変わりつつあった。
――早い。
彼は一体何の仕事をしているのだろう。普通よりかなり強めの魔力が込めてあるはずなのに。
「ローズは毎日街の色んな場所に行っているみたいだけれど、何をしているの?」
確信を突く質問に鼓動が大きくなる。何と答えようかと迷っていると、彼はさらに続けた。
「……ローズって、フェリアスの人だったりする?」
更に鼓動が大きく、そして速くなる。
――これは下手に何かを言ってしまうと答を言ってしまうパターンになる……。
私の顔を覗くノエルから必死に視線を逸らす。ノエルは面白そうに笑うと、続けた。
「魔法使いの村で有名なフェリアスの人は、確か今回の『神秘の島』への侵攻に反対していたよね。『血の穢れは島の神秘を損なう』って。君がもしもフェリアスの魔法使いなら、高等な魔法を使っていてもおかしくないし、今の時期に何か企んで変装魔法を使って街に乗り込んでもおかしくないね」
「……」
「もしかして、国王暗殺とか企ててたり?」
「いや、人殺しとかはするつもりないよ!」
思わず答えてしまってしまったと口を押さえる。しかし時既に遅し。私が振り向いた時の彼は、それはもう意地悪そうに笑んでいた。
「じゃあ、何をするつもりなの?」
「それは……言えません……」
再び彼から視線を逸らす。冷たい汗が頬を伝う。彼の吐息が私の肩にかかる程近い距離に彼がいる。甘い匂いが鼻腔を擽り、いっそ吐いてしまおうかと誘惑がかかる。視線を合わせるだけでも何か墓穴になるようなことを言ってしまいそうだ。
でも思い出してほしい、今の私の姿は四十代の厳つい人間の男性だ。怪しすぎる。というか、彼は彼で私の見た目を気にし無さ過ぎる。何となく周りの視線が気になり始めるが、「距離が近すぎます」と言えるタイミングでもない。
ノエルの拷問という名の羞恥プレイは続く。
「街のあちこちを調べていたということは、もしかして王城に入るための穴を探していたのかな?」
「――」
更に一筋汗が流れる。彼は何故かその汗を指で掬い取ると、こともあろうに舐めた――否、舐めやがった。見た目が『おっさん』である私の汗を、だ。
「――何してるんですかっ?!!」
「いや、美味しそうな汗だったから、つい……」
特に悪びれもせず彼は言った。私はこの機を逃すかと、一人分距離を空けたが、彼は軽々と膝同士が当たる距離まで座りなおしてくる。おまけに片手を握られる始末。もう距離を空けることすら叶わない。お願いだからもっと人目を気にして欲しい。いや、これが彼なりの拷問方法なのかもしれない。なんて恐ろしい都流の拷問方法なのだろうか。
あからさまに困惑する私に、ノエルは笑んだ。
「じゃあ、今の謝罪にこれを譲りましょう」
そう言って彼はポケットの中から封筒を一つ取り出した。大人しく受け取る。
「……王城のパーティ?」
とても彼から出てくるような代物ではない物に、私は困惑する。
「なんでこんなもの持ってるの?」
「実は僕、王城で色々とこきを使われる身分でね。王弟が主催するらしいんだけど、丁度一人分余って貰えたから」
「待って待って、私に王城で何かする容疑を掛けておきながら、王城に入れるパーティの招待状渡す?」
「え、だって面白そうだし……」
素で「面白そう」と言う彼の頭を私は叩き飛ばしたい衝動にかられる。
「いや、貰う側が言うのもあれだけど、渡すなよ! 渡しちゃダメでしょ! 幇助しちゃだめでしょ!」
「え~、いいじゃん。僕、王城に居るローズの姿も見てみたいな」
「~~っ!」
もういい! と思い私は無理矢理立ち上がった。
「ありがたく頂きますけど、何があっても知らないから」
「君はそんなヘマしないでしょ」
「……」
もう返す言葉が思いつかない。そのまま立ち去ろうとすると、彼が私の腕を掴んだ。
「パレードも、そのパーティもあるし、明日は来れないんだ。だから次は明後日になるんだけど、いい?」
何故そこに私の許可を求めるのかは甚だ疑問だ。
「――逆に、嫌だって言ったらどうするつもりなの?」
彼は少し悩んだ後、笑顔で答えた。
「君が望むのなら、頑張って予定を調節する」