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木枯らしリョウマはぐれ旅  作者: 謙虚なサークル
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人形使いと冒険者③

「ねぇ、あのニンゲン追ってこないよ?」

「ほんとだ。諦めたのかな」


 リョウマが追ってこないのに気づいた小人たちの動きが止まる。

 彼らは警戒しながらも集まり、相談を始めた。


「怖かったねー」

「ねー」

「ゴーレム、倒されちゃったねー」

「エルザ、大丈夫?」

「……」


 エリザは唇を噛み締め、両肩を抱き震えていた。

 その目には涙を浮かべている。


「エリザ、かわいそー」

「つらいよね、かなしいよね」


 小人たちがエリザを囲み、口々に慰める。

 その中から進み出た長老も同じく、エリザの頭を撫でた。


「じゃが、エリザのおかげでワシらの命は守られた。礼を言うぞ」

「……ぐすっ」


 鼻をすすり、涙を拭き、エリザは長老にされるがままに俯く。

 気づけば周りの小人たちも、泣いていた。


「さぁ帰ろう。ワシらの村へ」

 

 長老を先頭に、小人たちは元来た道を戻る。

 村へ。着の身着のまま飛び出して来たので、家事や他の仕事もやりかけだ。

 皆が作業に戻る中、エリザは壊れたゴーレムがそのままである事を思い出す。


「私、ゴーレム取りに行かなきゃ」

「む、そうじゃったの。行っておいで」

「はい」


 長老に別れを告げ、駆け出すエリザ。

 ゴーレムが壊れたのはすごく、すごく残念だけれど、

 それでもみんなが守れたのなら良かったと、エリザは思う。


「あった……!」


 リョウマとの戦闘の跡、壊れたゴーレムの人形が落ちていた。

 エリザは愛おしげにそれを抱き上げ、頬を擦り寄せる。


「がんばったね。ゴーレム。皆を守ってくれて、ありがとう」


 先刻の戦いで疲れが出たのだろうか。エリザは目がくらみ腰を下ろしてしまった。

 立ち上がろうとするが、どうにも無理だ。


「もう少しだけ、こうしてててもいい……かな?」


 村の外は危険だ。

 外に出る場合は厳重な注意を。そして迅速なる帰還を、と長老には厳しく言われている。


 でも今日くらいは構わないだろう。

 だってゴーレムはこんなになるまで頑張ったのだ。

 少しくらいゆっくりして行っても許されるはずだ。


「ね」


 物言わぬゴーレムにそう言って、エリザは木の下に身体を横たえる。

 先刻の戦闘で魔力を出し尽くした身だ。

 消耗した小さな身体は休息を欲し、すぐにその意識を遠のかせていく。

 エリザはゴーレムの人形を胸に抱き、くぅくぅと寝息を立て始めた。




「おや、何か近づいてくるよ」

「エリザが帰って来たんだよ」

「お迎えに行ってあげようよ」


 小人族の村に近づいてくる気配に最初に気づいたのは、外で遊んでいた子供たちだった。

 ゴーレム人形を回収に行ったエリザだろう。

 子供たちはエリザを迎えるべく、何の警戒もせぬまま気配に近づいていく。


「ほう、やはりいましたね」


 子供たちが目にしたのはエリザではなく、ニンゲンの男。

 男は魔物を連れ、鞭を手にした――――魔物使いである。

 浮かべた笑みの裏の残虐さに、子供たちは即座に気づく。


「ニンゲンだーっ!」

「逃げろーっ!」


 大人に教わった通り、声を上げ蜘蛛の巣を散らすように逃げる子供たち。

 だが魔物使いに追う様子はなく、それを見て舌舐めずりをするのみだ。

 子供たちの向かう方向へ、小人族の村があると知っているからである。

 追われているのにも気づかず、子供たちは村へとまっすぐ逃げ帰る。


「大変、大変! ニンゲンが来ちゃう!」

「逃げなきゃ! 逃げなきゃ!」


 子供たちが村中に触れ回り、大人たちにも動揺が走る。

 皆、状況を確認する為に家から出て来た。

 村中に不穏な空気が立ち込め始める。


「い、一体なんだってんだ?」


 家から出てきた小人がそう呟いた瞬間である。

 その胸に一本の矢が突き立った。


「え……?」


 そう声を漏らし、倒れる男の胸から噴き出る鮮血に全員の注目が集まる。


「おっと、やってしまいましたねぇ。いけませんよ殺しては」

「ブルル……」


 茂みから姿を現したのは、魔物使いだ。

 茂みの奥には弓の使い手である魔物、ケンタウロスが待機していた。

 弓を構え、一斉に引き絞る。 

 一瞬の静寂は、彼が地に倒れ臥すと同時に終わりを告げた。


「きゃあああああああああッ!!」


 悲鳴が上がる。

 矢が降り注ぐ中、逃げ惑う小人たち。


「殺してはいけませんよ。あくまで威嚇のみです。彼らは貴重な売り物なのですから」


 魔物使いがそう告げると、ケンタウロスは狙いを小人たちから家へと変えた。

 火矢が刺さると火が燃え上がり、辺りは一面炎に包まれる。


「いやっ! 助けてっ!」

「こわいよー! いたいよー!」


 一変、小人たちは騒乱に目を回していた。

 小人族は好奇心旺盛で臆病、そして精神的に未熟な者が多く、パニックになるとそれは大きく伝播する。

 しかも普段であれば自分たちを守るゴーレムがいるが、いまは壊された直後だ。

 まともな神経をしている者は誰ひとりとして、いなかった。

 ただ一人、長老を除いては。


「落ち着くのじゃ! 皆の者!」


 しっかりと響く声に、全員がハッと我に返る。

 静まる皆に長老は続ける。


「こういう時こそ焦りは禁物じゃ。落ち着いて、皆で逃げよう」


 ゆっくりと、あやすような長老の口調。

 全員の目を順々にまっすぐ見つめ、そう説いていく。

 流石は年の功と言ったところか。皆に安堵の表情が宿り始める。


「さぁ、まだ間に合う」

「し、しかしまだ、エリザが!」


 ひとりの言葉に長老は顔を歪めた。

 確かにゴーレム人形を取りに行ったエリザは、未だ戻らずだ。

 しかし、待っている余裕などはない。

 既に敵はすぐそこまで迫っているのだ。


「……残念じゃが放っておくしかない。我々もすぐに逃げねばひとり残らず殺されてしまうじゃろう」

「しかし!」

「ならぬ!」


 長老の強い口調に、これ以上逆らう者はいなかった。

 誰も彼も、本心では長老が正しいと思っていたからだ。


「さぁ、行こう」

「……」


 重い足取りで村の外へと歩き始める小人たち。

 せっかく見つけた安住の地を追い出され、悔し涙を流す者、怒り狂う者、未だ状況がよくわかっていない者……

 全員を引き連れ、長老は先頭に立ち、導いていく。


「そうは行きませんよ」

 

 村の出口、すぐそばまで来た彼らの前に立ち塞がったのは、一人の人間と一体の大きな魔物。

 一人は言わずもがな、魔物使いである。

 そして一体はミノタウロス――――牡牛の頭に人の身体を持った魔物である。

 村人をかばうように、長老はミノタウロスの前に立つ。


「貴様……さっきの男の仲間か!」

「さっきの……? あぁ彼は全くの無関係ですよ。ただ貴方たちのゴーレムは非常に厄介なもので、他の冒険者に戦ってもらっただけです。倒せれば結構、倒せずとも大ダメージを与えればまた結構……愛しい息子たちを無為に傷つけたくはありませんからねぇ」

「ブルルルルル……!」


 魔物使いが背を撫でると、ミノタウロスは興奮したように戦慄いた。

 その目は凶暴なまでに赤く燃えている。

 身体中から漲る気は、小人たちを怯えさせるに十分なものだ。

 こいつをなんとかせぬ限り逃げられぬ、と長老は悟った。


「皆! ここはワシが食い止める! 散り散りに逃げよ!」

「長老……皆で戦えば……」

「いいからはよう行け!」


 長老にはこの化け物が、全員で戦おうとも勝てぬ相手だと悟った。

 そして自分が皆の逃げる時間を稼ぐしかないことも。


 老骨に鞭を打ち、全身の魔力を込めて念じるは枝槍(ブランチランス)

 大木の如き槍がミノタウロスの顔面目がけ、放たれる。

 ――――取った! 長老の確信は、すぐに絶望へと変わる。

 

「ブルル……」


 ミノタウロスの顔面を貫くはずだった枝槍は、やすやすと掴み取られ、握り潰されてしまう。

 パラパラと落ちる木片に目を奪われ、皆の動きが止まった。


「何をしておる! はよういけ!」

「……ッ! わ、わかりました!」


 声を荒げる長老に、今度こそ全員が逃げ始めた。

 それでいい。ワシの分まで強く生きろよと、茂みに飛び込む村人たちを見送る長老。


「さて、ワシはワシの果たすべき仕事をこなすとするかの……!」

「ブルルォォォォォ!!」


 雄たけびを上げるミノタウロスと相対する長老。

 自分はもう十分に生きた。もうここで終わってもいい。

 覚悟を胸に、長老はミノタウロスに向かっていく。


 …………

 …………………

 ………………………


(まぁ、よくやった方じゃろ)


 ミノタウロスに負け、倒れ伏す長老だったが後悔はなかった。

 老いさらばえて死を待つこの身と、村人全員の命が引き換えだったのだ。

 満足げに笑みを浮かべる長老を、魔物使いは不思議そうに見ていた。


「何が面白いんでしょうかねぇ。この爺は」

「ふっ、貴様にはわからんじゃろうな」

「そうですねぇ。わかりません」


 欲にまみれた人間に、我らの気持ちなどわかろうはずもない。

 清々しい笑みを浮かべる長老を見て、魔物使いはなおも不思議そうな顔をしている。


「だってあなたは身を挺して仲間を逃がそうとしたのでしょう? それが失敗に終わったというのに、一体何が面白いのでしょう」

「何……!?」


 魔物使いの視線の先で、縛られた小人が森の中より連れてこられる。

 一人、また一人と、逃げたはずの仲間たちが次々と。

 そのたびに長老の顔が絶望に染まっていく。


「そ、んな……?」

「折角手をかけて手に入れた小人族の村……一匹たりとも逃すわけないでしょう? 私の配下には村を囲うよう命じておいたのですよ」


 愕然とした表情を浮かべる長老を見て、魔物使いは嗤う。

 全員が捕まるまでさほど時間はかからなかった。


「長老! 助けて!」

「ここからだせーっ! ばかやろー!」


 檻に閉じ込めた小人たちは、懸命に声を上げ暴れる。

 鋼の檻はそう簡単に壊れるようなものではないが、少々耳に触る。


「……少々うるさいですよ。お前たち」


 そう言って魔物使いは鞭を振り下ろす。

 振り下ろしたその先は、長老の親指の爪、であった。

 爪片がはじけ飛び、小人の手のひらに収まる。


「うぎぁぁぁぁぁぁぁああッ!?」

「長老! 長老ッ!」

「だから、うるさいですって」


 再度、振り下ろされる鞭の一撃で長老の人差し指の爪がはじけ飛んだ。


「あぐ……ゥぅぅぁああああッ!?」

「音を立てるたびにこの爺に傷をつけていきます。騒ぎたければどうぞ、ご自由に」

「…………!」


 口に手を当て、押し黙る小人たち。

 長老だけを敢えて檻に入れなかったのは、見せしめにして彼らを大人しくするためだ。

 まさに狙い通り、精神的に屈服した小人たちは魔物使い相手に何も言えなくなっていた。


「怯えるな!」


 ぴしゃりと響く長老の声に、小人たちは我に返る。

 長老は息を荒げながらも、小人たちを真っ直ぐに見据えた。


「ワシのことなど気にするな……お前たちは生きろ。生きてさえいれば、きっと助けは来る……! 希望を信じて待つのじゃ!」

「ち、長老……」


 そのつぶやきと同時に、長老の中指の爪がはじけ飛んだ。


「はい♪ また爪が消えてしまいましたねぇ」


 邪悪な笑みを浮かべ魔物使いは、手にした鞭をしならせる。

 彼らの配下たる魔物でさえもその光景を見て震えあがっていた。

 魔物を屈服させ、従わせる魔物使い――――その真骨頂がここにあった。 


(エリザ……お前だけは、どうか捕まらんでくれ……)


 長老の祈りがむなしく響く。

 この日、小人族最後の村が消えたのである。

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