魔物使いと冒険者③
村へ辿り着いたリョウマは門番に話をし、中へと入れてもらう。
少々訝しがっていたが、事前にギルドから話がいっていたのだろう。
プレートを見るとすぐに村長の元へと連れて行かれた。
「おお! あなたが依頼を受けてくださった方ですね!」
「いかにも。こいつは紹介状だ」
「ふむ、ありがたく」
村長そう頷くと、紹介状を改め始めた。
ふむ、ふむと何度か頷いた後、納得がいったのか膝を叩く。
「悪口、書かれてるだろ? 受付嬢さんにゃあんまり好かれてなくってね」
「そんなことはありませんよ! 異国の民ではあるが、腕は確かで、今は銅でもすぐに銀まで登りつめるだろうと、そう書かれています」
村長の言葉にリョウマは驚いた。
受付嬢がそんなことを書いていたのか。
あの鉄面皮が……戸惑う反面、リョウマは少々気恥ずかしい気持ちになった。
「嘘だと思うなら見て見ますか?」
「いやぁいいさ。こっぱずかし言ったらねぇよ。……せいぜいご期待に沿えるようにするさ」
「よろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げる長老の手を握り返し、リョウマは決意を新たにする。
その日は長老の家で夜を明かした。
朝早く目を覚ましたリョウマは、布団を仕舞い外へ出る。
村にはまだ牛や馬がおり、全く食べ物がないという事もなさそうだ。
少し安心しつつも、リョウマは軒先に出て風呂敷を広げる。
取り出したのはおにぎり二つにキュウリの塩漬け。
おにぎりを頬張りながら、時折食べる塩漬けは美味と言う他ない。
「ん、最近塩が手に入ったので作ってみたのが、やはり塩漬けは美味いな。……ばっちゃのには敵わないが」
リョウマの祖母の漬物は絶妙な漬け具合で、真似ては見たが中々上手い具合にいかない。
おかげでアイテムボックス内は漬物で一杯である。
「……ん?」
いつの間にか、子供がリョウマの事をじっと見ていた。
この家の子供だろうか。
正確にはリョウマの手にあるおにぎりを、じっと見ている。
「なんでぇ、がきんちょ」
「にーちゃんそれ、なんだ? うめぇのか?」
「あん? おにぎりってんだよ。美味ぇぞ」
「へぇ、うめぇのかぁ。いいなぁ」
「……」
少年はリョウマを、じっと見てくる。
そういえばこの村ではあまり物資が届いていないのだったか。
この子も腹をすかしているのだろう。
少年の腹がぐるると鳴るのを見て、リョウマはため息を吐く。
「食えよ。おら」
「いいのけ!?」
「ん、遠慮すんな」
リョウマの言葉を最後まで聞く事なく、少年はおにぎりにかぶりついた。
一心不乱に食べるその様を見て、リョウマは微笑む。
「美味ぇか?」
「うめーーーーっ!!」
「そりゃよかった。こいつもどうでぇ」
渡されたキュウリの漬物を少年は口に含む。
先刻までの笑顔が変わるのを見て、リョウマは噴き出した。
「しおっぺぇ……」
「はっ、子供にゃ大人の味はわからんか」
「むー! ひでーぞにーちゃん!」
ぽかぽかと殴りかかってくる少年を見て、リョウマは故郷の妹を想った。
小さい頃はわんぱくだったが、最近は年相応の可愛らしさになっていた。
それでも兄さん兄さんとよくくっついてきた辺り、まだまだ子供ではあったが。
今頃どうしているだろうか。元気だといいが。
「おおリョウマさん、早いですな」
「おとっちゃん!」
「お前はあっちに行ってなさい。私はこの人と大事な話があるから」
「うんっ!」
少年は村長に言われ、遠くへと走っていった。
時折こちらを振り返ってはいたが、友人らを見つけるともうこちらを振り返ることはなく、すぐ夢中になって遊び始めた。
それを見て村長は目を細める。
「さっきはありがとうございます。食事をいただいたの、見ておりました」
「……やめてくれ、ただの気まぐれさね」
リョウマの言葉に村長はなお、目を細める。
照れくささを覚えつつも、嫌な気はしない。
「私らが若い頃は、この村はとてもまずしく、何度も滅びかけていた。ですが新しい道が出来て、ようやく人並の暮らしを送れるようになったのです。もう二度と、あの子らに昔の暮らしはさせたくない……ですからどうか、リョウマさん……!」
「……ま、精一杯やってみるさ」
「お願いします……お願いします……!」
リョウマを握りしめる両手は枯れ木の方に細かった。
村長宅を出て外へ、向かおうとするリョウマが目にしたのはあの魔物使いである。
「さーさー寄ってらっしゃい見てらっしゃい。魔物小屋だよー」
魔物使いの従えた小間使いの声だ。
またいるのか、そういえば山を登っていたがまさかここが目的地とは。
驚き呆れながらもリョウマが魔物使いの方を見ると、彼は何やら仰々しい口上を述べている。
「やぁやぁ極悪非道たる魔物どもめ、この我が倒してくれようぞ!」
「グギィ……」
魔物たちは互いに顔を見合わせながら、魔物使いに飛びかかっていく。
無論、ただの芝居である。
魔物たちは本気ではなく、魔物使いでもあっさり躱せる程度のものだ。
それを躱しつつ、飛びかかってきた魔物に遠慮なく攻撃を加える魔物使い。
「ギャウッ!?」
「ピギャー!」
悲痛な声を上げ、魔物は倒れてしまった。
魔物使いが持つのは本物の剣だ。
技量の伴わぬ剣とはいえ、全く遠慮のない攻撃。
魔物たちは倒れ伏し、血を流している。
「おおーッ! すげぇーっ!」
「悪い魔物をやっつけちまえー!」
本物の血が飛び散るような芝居など初めて見るのだろう。
観客たちはその迫力に湧いていた。
「ちっ、朝からくだらねぇもん見ちまったぜ」
不愉快さに顔を歪め、リョウマは足早に立ち去る。
それにしても魔物に困らされている村だから、受けが狙えると思ったのだろうか。
皆、楽しんではいるものの、やはり貧しいのだろう。おひねりは殆ど飛んでいない。
そのくらいわかりそうなものだが……不思議に思いながらも村を後にするリョウマの後ろから何かが走ってくる。
魔物使いだ。何の用かと振り返るリョウマの厳しい視線にも、魔物使いは動じる様子はない。
「もしや貴方はゴーレムを倒しに来た冒険者ですかな」
わざわざ声をかけてくるとはどういう心境であろうか。
訝しみながらも無視をするわけにはいかぬ。
リョウマは振り返ると、つまらなそうに答えた。
「まぁな」
「おぉ! ついにですか! いや全く、待ち望んでいたのですよ!」
満面の笑みを浮かべ、手を握ってくる魔物使い。
「実は私はここへよく興行に来ていてね。村人たちが魔物に苦しめられているのはずっと見ていたのですよ。だが私ではあのゴーレムをどうしようもない。魔物たちと芝居をし、村人たちの心を安らげるのが精一杯。やっと、倒してくれる人が来てくれた……!」
「ご期待に添えれるかはわからんがね」
「添えるさ! うむ……うむ! 頑張ってくれよ、リョウマさん!」
「……邪魔するぜ」
リョウマが去っていくのを、魔物使いは手を振って見送っていた。
見れば魔物使いの芝居を見ていた者たちも、同じように。
期待の大きさにリョウマは複雑な気分であった。
(それにしても意外だな。あの強欲そうな男がね)
ここまで来るのも楽ではないだろう。
殆ど金にもならない辺鄙な場所にわざわざ来ていたとは、驚きだった。
(人を見た目で判断するなとはばっちゃによく言われたがね……)
どちらにしろそんな事を気にしても仕方ない。
この男が何を考えていようと、自分は依頼を達するのみだ。
リョウマはともあれ、ゴーレムを倒すべく山道を下るのだった。