魔物使いと冒険者②
がたんごとん、木製の車輪が荒地を走るたび、荷車が音を出し揺れている。
舗装されてない山道だ。無理もない。
中に乗るのは冒険者が殆ど、残りは村へ行く道具売りだ。
「いやしかし、これはひどいものです」
「全くだ! こんな乗り心地悪い馬車は初めてだぞ!」
「一番安いのを使っているのでしょう。仕方がありません。何せ馬車が魔物に襲われ壊されでもしたら、大損です」
「……」
皆が乗り心地の悪さに不平を漏らす中、リョウマはぐっすりと眠っていた。
どこでもいつでも寝れるのがリョウマの特技の一つである。
「お、おい! 魔物だぞ!」
馬引きの声で冒険者は皆、外へ飛び出す。
道中の魔物を倒す契約で冒険者は格安で乗せて貰っているのだ。
「あそこだ」
最初に見つけたのはリョウマだ。
馬の魔物、他にもいるようである。
全員が武器を構える中、魔物の群れはまっすぐ近づいて来る――――
「おやおやあなた方、どうしたのですか? そんな怖い顔をして」
魔物の群れから聞こえてきたのはリョウマの知った声。
先日、街で見た魔物使いだ。
魔物の群れに見えたのは彼が従える魔物たち。
エビルホースに馬車を引かせ、脇をハイオークやゴブリンウォリアーに守らせている。
敵ではないと見てほっとしたのか、御者は彼らに頭を下げた。
「魔物使いの方でしたか。これは失礼」
「ほっほっ、いいのですよ。このような輩を連れているのです。奇異の目で見られるのは慣れていますから」
「そう言っていただけるとありがたい」
「では私、急いでおりますゆえ」
魔物使いは馬車に乗り込むと、山道を進んでいく。
クッションの敷き詰められた豪華な馬車で、荒地も苦ではなさそうだった。
尤も、魔物を見世物にして稼いだ金で得たものかと思えば、リョウマには羨むよりも違う気持ちの方が湧いてくるが。
「さて皆さん、我々も行きましょうか」
こんな所で立往生していても仕方ない。
御者はリョウマらを乗せ、山道を登って行く。
道中、冒険者や物売りが次々に降りていく。
「そいじゃありがとな。達者で」
「はい」
最後のパーティが馬車から降りると、残ったのはリョウマ一人だった。
さて、到着までもう一寝入り……目を瞑るリョウマであるが、馬車が動かない事に気づく。
「どうした? 御者さんよ」
「いやぁ、どうしたものかと思いましてね」
「?」
御者はどこか怯えているように見えた。
疑問符を浮かべるリョウマに、御者は続ける。
「これ以上進むのはね、どうしたものかと」
「はぁ? ルルカ村まで行くって約束だろうがよ」
「しかしあの村へ行こうとするとゴーレムが襲ってくるともっぱらの噂でね。それに皆さん降りられて、客はあなたしか残っていない。これ以上進むのは危険だと思いませんか」
「……そういう事かい」
要するにこの御者、びびってしまったのだ。
無理もない。
日は落ち始め、馬車には異国の民がたった一人。
せめてもう少し冒険者がいれば、怖気付く事もないだろうが。
リョウマはやれやれとばかりに首を振り、馬車から降りる。
「わぁったよ。ここからは歩いて行くさ」
「いいのですか」
あっさり引き下がるリョウマに、御者は驚いていた。
臆病風に吹かれた自分をもっと責めてもいいはずなのに、こうまであっさり引き下がるとは。
「すみませんねぇ。腰抜けで。金は返させて貰いますから」
「そうかい? じゃあ遠慮なく」
御者から金を受け取るリョウマ。
御者には御者の、自分には自分の生き方がある。
関係のない他人に自分の都合を押し付けるなど出来ようはずもない。
慌てて山を下る御者を、リョウマはしばし見送っていた。
日が沈み落ち空には雲が立ち込めている。
星明かりすら見えず、ゴツゴツした地面はリョウマの足取りを鈍らせていた。
(だが地図上ではもう少しのはず……何も起こらねば一、二刻もすれば辿り着くだろう)
そう考えたリョウマはともかく足を動かす。
がつ、がつと石を踏む音が響く中、一つ他の音が混じっているのにリョウマは気づく。
足を止め耳を澄ませば間違いなく聞こえる音。
リョウマより明らかに重い何ものかが近づいてくる音だ。
頭によぎるのは村を襲うゴーレムの魔物。
来るか。リョウマは気配を研ぎ澄ませ、刀に手をやる。
石を踏む音は大きくなっていく。陰が揺らめく。
がつん、と石を踏み潰しながら、大きな影が闇の中から姿を現した。
「…………」
無言のまま、ぎょろりと一つ目を向けてきたのはまさしくゴーレム。
ごつごつした岩肌を持つゴーレムである。
身長も十尺はあるだろうか。
ゆっくりとした動作で、リョウマに近づいて来る。
「出やがったな」
リョウマが刀を握る手に力を籠める。
その気に呼応するかのように、ゴーレムは高速で突っ込んできた。
巨体に似合わぬ疾さ。
振りかぶる拳に合せるように、リョウマが放つはつむじ風。
風の刃がゴーレムの腕目がけ、飛んでいく。
――――がぎん! とゴーレムの腕に当たった風の刃は音を立て弾けた。
頑強な岩肌には切り込み一つ入っていない。
とんでもない硬さである。
戸惑いながらもリョウマは後ろに跳び、ゴーレムの攻撃を躱した。
打ち据えた衝撃で拳は岩盤を割り、地面深くまで埋まる。
「こいつは確かに強ぇな」
そう言って不敵に笑うリョウマ。
やりがいのある相手は久方ぶりだ。
振るった刃を構え直し、再度つむじ風を放つ。
右手首を狙い放たれた刃は、しかし硬い皮膚に阻まれかき消される。
それでもリョウマはつむじ風を放ち続ける。
「…………ッ!」
風の刃がうっとおしいのか、ゴーレムはうめき声を上げリョウマに石を投げつけてきた。
だがリョウマには当たらない。
躱しながらも的確に放たれるつむじ風は、ゴーレムの身体をじわじわと削っていく。
「…………!」
このままではまずいと思ったのか、ゴーレムは地面を思い切り蹴った。
広範囲にまき散らされる石弾。リョウマも躱しきれず外套にてガードする。
リョウマに降り注ぐ石弾も外套を貫くには至らない。
だがその向こう、動きを止め、視界を封じられたリョウマにゴーレムが迫っていた。
巨大な掌がリョウマに掴みかかる。
縞外套にて視界が塞がれていたリョウマの反応が、鈍った。
リョウマの身体はゴーレムに掴まれてしまったのだ。
「く……!」
うめき声を上げるリョウマを見て、満足げに笑うゴーレム。
力を籠めようとしたその時、違和感に気付く。
力が入らない――――否、ゴーレムの右手はリョウマの身体と共にずり落ちていた。
先刻、掴まれる瞬間にリョウマはゴーレムの右手へと凩を叩き込んでいた。
何度も何度も、つむじ風にて狙い撃ったところをである。
それはついにゴーレムの右手首に大きな亀裂を生み、直接の斬撃で破壊されたのである。
「一度で切れぬなら二度、三度……ってなもんよ」
狙いの難しいつむじ風を同じ場所に何度も当てるのは、並大抵の技量では不可能だ。
以前の技量では不可能……だが器用さの実を食べた結果である。
溜め時間も短くなり、精度も大きく上がっている。
今なら舞い散る葉を全て切り裂く事すら出来そうだ。
とはいえこいつを倒しきるには少し手間取るか。リョウマがそう思った時である。
「…………ッ!」
リョウマに踵を返し、ゴーレムは茂みの中に消えていく。
逃げたのだ。リョウマはどこかほっとした顔で構えを解いた。
暗闇に目は慣れてきたとはいえ、もたもたしていたら他の魔物が来るかもしれない。
それに奴は魔法を使うと聞く。ここは深追いはやめておくべきだろう。
「ちっ、刃も欠けているな……ジュエ郎、頼む」
「ぴぎ!」
ジュエ郎がまとわりつくと、凩の欠けた刃がみるみるうちに直っていく。
あれからずいぶん強化した凩を欠けさせるとは、何と硬い皮膚だろうか。
(ゴーレムか、思ったより厄介な相手やもしれぬ)
リョウマは刀を納めると、村へと急ぐのだった。