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御徒町樹里の信長公記(四百文字小説)  作者: 神村 律子
首巻 是は左京御入洛なき以前の双紙なり
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山城道三討死の事其肆

 道三は長良川を越え、山県郡の山中に退きました。


 弘治二年四月二十八日、道三は鶴山に登り、美濃の国中を見渡せる場所に陣を構えました。


 左京は道三の娘婿ですから、この動きに応じて、木曽・飛騨川を船で渡り、大浦(現在の岐阜県羽島市)の戸島東蔵坊の砦に布陣しました。


 関係ない話ですが、砦を築く工事をした時に、銭の詰まった瓶がたくさん出てきて、どこもかしこも銭を敷いたようになったそうです。


 四月二十日の辰の刻(午前八時前後)、戌亥(北西)に向かって新九郎真澄が軍勢を動かしました。


 それに応じて、道三も鶴山を下り、長良川の川端まで出陣しました。

 

 一番槍を務めたのは、真澄の軍勢の竹腰重直の一隊六百程で、陣形を丸くして中の渡しを越え、道三の旗本衆へ斬りかかりました。


 両軍は入り乱れて戦い、遂にこの合戦で重直は切り負けました。


 道三は重直を討ち取って床几に腰掛け、母衣(鎧の背につける幅広の布)を揺すって満足そうにしました。

 

 

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