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山城道三討死の事其壱
斎藤道三には由里の前の奥方との間に長男の新九郎真澄、次男の孫四郎、三男の喜平次がおりました。
父子四人は全員稲葉山城に住んでいました。
大抵の場合、惣領という者は、ほとんどの場合、心穏やかで性格が温厚な者が多いものです。
道三は、知恵の鏡も曇ったのか、新九郎真澄は愚者だと思い込んでいました。
そして、弟二人を理髪店勤務だと思っておりました。
「違う!」
思わぬボケをかましてきた地の文に切れる道三です。
弟二人を利発だと大切に扱いました。
喜平次を一色右兵衛大輔にするなど、官位を昇進させました。
そのような差をつけた仕打ちをしたため、弟二人は兄を蔑ろにし、図に乗っていました。
真澄は、世間体も悪いので、無念に思い、天文二十四年十月十三日から仮病を使って奥に引き籠り、寝ている事にしました。
「新九郎殿がお可哀想です」
新九郎が愚か者ではないと知っている樹里は左京に告げました。
「義父上をお諌めします」
左京は言いました。




