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叡山御退治の事其伍
木下藤吉郎馨は織田家の中でも急速にその地位を高めている明智十兵衛光秀を警戒していました。
(如何な十兵衛光秀と言えど、美味しい話をすれば、黙るだろう)
馨は光秀に問い質された事がありました。
「叡山の件、殿に誤りなく伝わっておらぬようだが」
光秀は自分の家臣が比叡山の惨たらしい一件を見ていたのを聞き出したのです。
「何の事か見当がつきませぬな」
最初はとぼけてかわそうとした馨でしたが、光秀程の知恵者を欺き切れないと悟り、懐柔策に出ました。
「十兵衛には志賀郡を与える」
左京が直々に光秀に告げました。
「恐悦至極に存じます」
光秀は畏まって頭を下げました。
(藤吉郎め、小癪な真似を)
馨の仕業だとわかった光秀でしたが、何も言いませんでした。
そして左京は恐る恐る岐阜に帰陣しました。
「お帰りなさいませ、殿」
いつもと同じように笑顔全開で樹里は迎えてくれました。
(より怖い気がしてしまう)
生きた心地がしない臆病者の左京です。




