確信的恋心
「お前等さ、それで付き合ってねぇとか嘘だろ」
突然の俺の言葉に、一組の男女が目を丸くした。
黒縁の眼鏡に目元まで隠れそうな黒い髪の男子生徒、太刀川信二が何を言っているのやらと肩を竦める。
その瞳は少し困ったように細められており、口元には笑みすら浮かんでいた。普段学校で良く見る表情だ。
「そういうのなんて言うか知ってる?」
答えたのはもう片方。紺色のブレザー少女の方だ。
信二の隣に寄り添うように寛ぎながら、成瀬霧華は言葉を続ける。
「下種の勘繰り」
「俺はゲスか」
「下種ね」
「そりゃ下種だね」
霧華だけでなく信二にも下種だと断じられる。フルボッコだ。
俺、浅野昴には二人の幼馴染が居る。目の前でいちゃつくように隣に並んで同じ漫画を読んでいる太刀川信二と成瀬霧華だ。
冒頭にも述べたがこの二人、これだけくっついているのに男女の仲になっていない。普段俺を含めて三人でずっと行動しており、よく『あの三人』で纏められている。
信二の性格は一言で言えばお人好し。大体の頼み事はやってくれるし、断る事は滅多にない。
見た目こそオタクのような風貌でよく勘違いされるが、決して引き籠ってゲームばかりやっている軟弱野郎ではない。
「昴、日本の半分の人を敵に回すような事考えなかった?」
「や、考えてねぇから」
と、このように中々勘が鋭かったりする。いや、俺は何も失礼な事なんて考えていないけどな?
「分からないよ。昴の考える普通って普通じゃないからね」
「え、なに? 俺が悪いの?」
解せぬ。
「そうね。こういう場合に置いて真っ先に疑うべきは昴の思考回路ね」
「辛辣だなオイ」
霧華が追撃する。
クツクツと笑いながら、霧華の方をジッと見る。
パッチリとした瞳に長い睫毛。鼻先は日本人にしてはピンと高く、その顔立ちは美人と言われるそれであることは疑いようが無い。緩くウェーブを描く明るめの茶髪は肩を過ぎたあたりでクルリと内側を向いている。
「何よ、見惚れてるなら金取るわよ」
「目が腐りそうだ」
「なんですって?」
某大佐のように目を覆うと、霧華が絶対零度の視線を放ってきた。
「もはや目が腐ってしまった俺に治療代を払ってほしいくらいだな」
そうやって手を差し出す俺を信二がジッと見て、ポイッと言葉を置く。
「いや、今の昴は霧華でエロイ事を」
「考えてねぇからな!? おぞましい事言うんじゃねぇ!」
「一度くらいおかずにした事は」
「ねぇっつってんだろ!?」
たまに信二と友情を結んでいていいのか不安になるが、まぁいつもの事だとお互いに笑いだした。
「信二も昴も、そういう話を女子の前でするのはどうかと思うよ」
「何言ってるの霧華。僕は他の女子の前でこんな事言わないよ」
「そうだな。ここにゃ女子なんて居ないからな」
「出来れば私の前でも止めてほしいのだけれど。昴はあとで校長室に来なさい」
「何故校長室」
解せぬ。
このように俺達三人はじゃれあうように毎日を過ごしている。
大体放課後は俺か信二の家に行ってこうやって三人で夜まで飽きもせず言い合っているのだ。
「で、何の話だっけ?」
「昴が霧華の事好きだって」
「言ってねぇよ!?」
頼むから話を捏造しないでほしい。
「あら、ごめんなさい」
「一瞬くらいは迷えよ!」
霧華は霧華で間髪入れずに否定をする。気持ちは分かるし、結果も分かりきってるのだが、少しくらいは考える部分があってもいいんじゃないか。思春期男子としては複雑だ。
「迷う部分が見つからないわね」
「いやまぁ、そうしたらどうするって話だよね」
……要は例え話である。いくら例えだとしても俺を例に挙げなくてもいいのではないか。
結果として俺に被害が来てしまったが、そういった話題を出したのは俺なので、自業自得だろう。
そもそもの切っ掛けは今日、高校のとある場所で告白現場を見掛けてしまった事に由来する。
女子生徒が勇気を出して男子生徒を告白していたのだ。男だったら付き合いそうなものだが、なんとその男は好きな人が居ると断ってしまったのだ。
えぇ、ばっちり最後まで野次馬させていただきました。
で、その男というのは俺の中学時代のクラスメイトで、俺はそいつの好きな奴を知っているのだ。
「そしたらどうするって……別に、どうもしないわ」
それが目の前でポテチを口に運ぶ成瀬霧華その人である。
まぁ正直言って霧華は美人だ。十人居れば八人は美人だと振り返る様な美人である。その二人は俺と信二なわけだが、それは幼馴染補正が掛かっているからとしか言いようが無い。
人当たりがよく、中学時代では生徒会に所属していたせいか、妙なカリスマすら持っている。
事実学校内で秘密裏に行われている――が、その実全く秘密にされていない――男女別学校内ランキングというもので、霧華は一位にこそなれないものの、十位以内に入っている。なお、俺と信二は言わずもがな圏外です。解せる。
そんな美人が同年代に居るからか、霧華を好きな男子はかなり多い。
もっとも、その霧華は普段俺達とつるんでいるので、霧華は俺か信二のどちらかと付き合っていると勘違いしている奴も居る。が、俺ではないのは見ていれば直ぐに分かるだろう。
では信二と付き合っているのかと問われれば、何度も言うようだがそれも否。
付き合ってはいないのだが、明らかに付き合っているように見える。
それを見て諦める奴も居れば、まだ付き合っていないのならと望みを掛ける奴も居るだろう。そういう相手を見るのは正直辛いものだ。
だって見れば分かるだろう。
「だって私、昴より信二の方が好きだもの」
霧華が信二の事を好きなんて事は。
家でこそこうやってベッタリしているが、学校ではもう少しだけ、ほんの僅かに、不自然で無い程度には離れている。
それが余計に付けいる隙を与えているのだろう。それもこれも信二がハッキリと霧華を好きだと明言しないのが悪い。いや、学校では霧華も信二が好きだと言っていないからお互い様なのだろうが、信二は家でもそういった事を言わないのだ。
で、話は冒頭に繋がるわけだ。こんな状況を見て二人が付き合って無いとか、それは嘘だろうと。
正直いつ付き合ってもおかしくない状況であるのだが、そんな状況がもう何年も続いている。
「っていうかさ、そもそも人と付き合うってなんなの?」
「え、なんなのと言われてもだな」
信二が『付き合う』という事に対し疑問の声を上げる。
「付き合って何するの?」
それを彼女居ない歴=年齢の俺に聞かれても分からない。分かるはずない。でも一応考えてみよう。
「そうだな。一緒に出かけるとか」
「今と変わらないよね」
せやな。確かにいつも休日に遊びに行ってるわ。
「手を繋いだりとか?」
「昴って強面の癖に、変な所で初心よね」
「うっせ」
今顔は関係ないだろ顔は。思わずムスッとしてしまったじゃないか。
「じゃあもしもさ、昴が霧華と付き合ったとして、何がしたいのさ」
「いや俺別にコイツと付き合いたくなんかねぇし」
「だから例えばって話さ」
例えば、俺と霧華が付き合った場合、何をしたいか。
想像する分には霧華じゃなくてもいいだろう。だから単純に彼女が出来たら何がしたいのかを考える。
だが答えは出ない。
考えてみれば当然な事で、何かをしたいからその人と恋人になるのではなく、その人と何かをしたいから恋人になるのだ。その相手によって何をしたいのかは変わるに決まっている。
だからこそ信二は霧華を相手と仮定した時の事を聞いたのかもしれない。
霧華が彼女。何をしたいか。そりゃあ色々あるだろう。例えば…………あー…………
「…………よく分からねぇ」
「あーあー、駄目ね。これだから恋愛EXPゼロの男は」
ぐうの音も出ないとはこの事か。だが霧華には言われたくない言葉である。
「つーかこの場に恋愛経験値が有る奴はいねぇだろ」
「失礼な事言うわね」
「あん? なら霧華は誰かと付き合った事あるのかよ」
「無いけど……」
ほら見た事か!
霧華が彼氏居ない歴=年齢なのはよく分かっている。小学生よりも前からの付き合いだが、こいつは出会った時からずっと信二の事しか見ていない。
その信二が想いをはぐらかし、且つ信二が一人身であれば、霧華が誰かと付き合う事は無いのだ。
「全く、悲しいねぇ。何が悲しくて非モテ談義しなくちゃいけないのさ」
だからこそ信二がこういう事を言うと多少イラッとするのだが。
信二は信二で霧華の事を何とも思ってないわけではない。信二が学校に居る時のパーソナルスペースの広さはかなりのものだ。ただそれを表に出す事はしない。
それ故に学校での信二の表情は大体決まっているのである。
しかし家で霧華がエリア内に入ってきても、いつもの笑みが出てこない。極自然に笑っている。霧華が特別な存在であることを如実に表していた。
「でもよ、もしかしたら明日にでも告白される奴がいるかもしれないぞ」
「それは少なくとも昴じゃないから安心しなさい」
「わーってるよ! 例え話だっつってんだろ! あとお前は少し言葉をオブラートに包む事を覚えろ」
例え話だからと言って、必ずしも例えで終わらない事は良く知っているが、今それを追及しても無駄だろう。
「私って素直だから、思った事をすぐ口に出しちゃうのよね」
「霧華、それ違う。素直って言わない」
「霧華が考えなしってことは間違いねぇな」
素直と言う言葉の意味を履き違えないでほしい。……いや、素直にはありのままという意味も含まれているのであながち間違いとは言えないのだが、なんだろう。素直に素直とは言い難い。素直のゲシュタルト崩壊が始まりそうだ。
「あのね、私がこんな風に言うのは相手が決まってるって知ってるでしょ」
「そりゃ知ってるぞ。寧ろ霧華さんよ。お前俺等以外に学校で友達居るのか?」
「居るし! めちゃめちゃ居るし! 馬鹿にしてんの!?」
「え、霧華に友達?」
「ガーン! 信二にも信じられてない!」
憤慨だとばかりに信二の背中を叩く。擬音を当てるとしたら『バシバシ』という強い音ではなく、『ポカポカ』というじゃれあうような音。
「まぁ霧華がアホだってことは置いといてだ」
「置いとくな! なんか全く違う内容にすり替わってるわよ!」
話を戻そう。俺だけが攻められるような形になっていたが、決して二人も他人事とは言えないはずなのだ。
「仮にだ、信二が誰かから告られたらどうするよ?」
「え……」
「いや霧華よ、その発想は無かったみたいな顔するなよ」
「まぁ事実、僕は告白されるような上等な人間じゃないしねぇ」
信二は再び困ったように笑った。
「例えば、だよ」
「まぁ、相手にもよるかな」
こらこら、霧華さん。青ざめてる場合じゃないですよ。
「ほう、それは誰ならOKってことだ?」
「うーん……別に誰ならとか居ないかな」
こらこら、霧華さん。あからさまにガッツポーズしてるんじゃありません。
これよく聞けば霧華でも無しって言ってるようなものだからな。
「じゃあ昴は誰から告白されればOKするの?」
先程とは違った切り口ではあるが、再び俺に矛が向けられる。
だがこの問いに関しては答えが決まっている。
「そりゃ誰であろうとウェルカムだろ。その人の事知らなくても、それから知って行けばいいんだから、なんで最初から突き放さなきゃいけねぇんだよ」
「あー、昴はそういう考えなわけね」
「そりゃな」
最初からゼロか百かなんて事は無い。その時点で何も思って無くても、その人を知るうちに好きになるかもしれない。
嫌いならともかく、好きじゃないから付き合わないという選択肢は些か狭量ではなかろうか。
「つまり昴はおばあさんから好きと言われても付き合う熟女好きだと」
「信二くぅん? 誰も言ってない事をあたかも真実のように言わないでくれるかな?」
「あら、じゃあ明日黒板に大きく書いておくわ。浅野昴は熟女専門だって」
「俺の築いてきた信頼が無に還る!!」
同時に俺の高校生活が灰色に染まる。それだけは止めていただきたい。
「え? 昴に誰か信頼寄せてるって、冗談でしょ?」
「辛辣! お前等二人になると容赦ねぇな!」
「なら昴、その人の名前を言って?」
「……高屋だけどよ」
「よし、その高屋君に明日言っておくわ。貴方、騙されてるわよと」
「何その俺虐め格好悪い!」
こいつらは俺に何か恨みでもあるのだろうか。恨みなんか買った覚えは……いくらでもあるが、これはいくらなんでもあんまりだと思う。
「話を戻そうか、霧華」
「そうね、信二」
「急に俺が居ないかのように話し始めないでくれますかねぇ!?」
「そう言えば霧華」
「なぁに信二」
「こうなりゃ自棄だ! ヒューヒュー、お熱いねぇ!」
「ヒューヒューだって、今時そんな擬音使う人居たんだね」
「仕方ないよ。だって前時代から続く置き物だもの。私達最新の人間に合わせるにはスペックが足りてないの」
「俺はセンサー式のロボットか何かか!?」
「っていうかヒューヒューってなんなんだろうね。北風小僧かな?」
「かぁんたろぉぉぉぉ!」
「服を脱がしにかかってるのかしら」
「北風と太陽!?」
「もしかしたら呼吸不全に陥ってるのかもね、ヒュウ、ヒュウって」
「助けてさしあげろ!」
「熱いココアでも飲んでるのかもしれないわ」
「冷ますと言う意味では合ってるけど対象が違う!」
「ん、寒いと思ったら隙間風が」
「確かにヒュウヒュウ音するけど!」
「思い切り早く走って残像を出せばしそうな音よね」
「ヒュッ! ヒュッ!」
「あ、昴がヒューヒュー言ってるね」
「ゼェゼェ言ってるんだよ!」
「これは呼吸不全ね。放置しましょう」
「ばっちり健康だけど本当にヒュウヒュウ言ってたら助けろよ!?」
「昴が必死すぎて気持ち悪い件。ジャジャーン」
「クラスの皆に聞いてみた」
「止めて下さいお願いします」
「だが断る」
「霧華に同じ」
「お前等実は俺の事嫌いだろ」
「…………」
「…………」
「「いや、そんなことないよ」」
「間! 間が全てを物語ってるから!!」
俺はこいつらと友人関係でいいのだろうか。そんな疑問を思いながらも、これも毎度毎度同じ事思ってるなと苦笑した。
こんなじゃれあうような関係性はとても心地良く、きっといつまでも続くものだと思っていた。
今日も俺達は俺達なりの日常を紡ぎ、明日も平和だろうと信じ込む。
もしかしたら明日は嵐かもしれないが、この二人とならなんだかんだ笑いながら過ごせそうだと思いながら。
それから二ヶ月が経った。
その日は普段閑散としている空き教室に、五月蠅い程の人だかりが出来ていた。
件の『非公式秘密裏ランキング』の開示が行われる日である。
この非公式秘密裏ランキングは、最初はゴシップ好きの図書委員がお遊びで始めた企画だったらしい。
最初はお似合いカップルランキングなるものだったが、予想外に人気が出てしまい、それをその人が卒業するまで暫くの間続けた。そうすると今度はそれを面白がって協力していた下級生が引き継ぐようにランキングを作成し、そしてそのままの流れで今に至る。
元が学生のお遊びであり、あまり大々的にやる事でもないので非公式で秘密裏なのだ。もっとも、この盛況ぶりを見れば秘密になっていないのはどんな阿呆でも分かるというもの。
ちなみにこのランキング、その時々によってランキング内容が異なっている。
最初は前述の通り、学校内お似合いカップルランキング――なお、別れた後もバックナンバーで残ってしまったのが不評であったことから、このランキングは二回程で終了した――である。
それから男女別人気ランキング、男女別恋人にしたいランキング等が王道だ。時には『男性が選ぶ彼氏にしたい男子生徒ランキング』や『女性が選ぶ彼女にしたい女子生徒ランキング』なんていうものもあった。
そんなものどこに需要があるのかと思うだろうが、これが案外侮れない。
通常の恋人にしたいランキングとは異なり、あまり知られていない生徒の名前が挙がる事が多々あるのだ。そこからどんな生徒なのか気になって話したのが切っ掛けで恋仲になったと言う例もある。男から見ても恋人にしてもいいと思えるくらい良い奴が選ばれるのだから、恋人が出来るのはある意味自然なことなのかも知れない。
閑話休題、今回のランキングは一体どんなランキングなのかと、必死に首を伸ばして教室内を覗き見る。
チラリと見えた文字は、王道の『異性が選ぶ恋人にしたい生徒ランキング』だった。
彼氏部門の一位から五位は、多少順位に変動はあってもいつもと同じメンバーだった。要はイケメン揃いのランキングだ。結局顔かとげんなりする。
同様に彼女部門の一位から五位も似たような常連の集まりであった。……が、何と霧華が五位にランクインしていたのである。
俺としては投票した奴等は正気か? と問いかけたいが、学校内での霧華は確かに男受けが良い。……というより、やはり此方もどうせ顔なのだろう。どうせ付き合うなら顔が良い人、というのは男女共に共通認識らしい。
美人は三日で飽きると言うが、それを思い知るには、俺等は恋愛経験が絶対的に不足しているのだ。
なお、『浅野昴』と『太刀川信二』の名は当然無い。
信二はともかく、俺は『恋人にしたくないランキング』があるならきっと上位に入るであろうと思う。……いや、そもそも誰かに表を入れられるほど認知度が無いかもしれない。
このランキングにより上位の生徒は自信を持つことになるだろう。
霧華はどうでもいいと言っているが、以前ランキングに名があったときは幾分か嬉しそうにしながら信二と話していた。
あれはきっと『良かったね』と言ってもらいたかったのだろう。信二はまるで犬のような霧華を見て、どうにも困ったと笑みを作っていた。
――そんなランキングが貼り出された日の放課後のこと。
「成瀬さん、ちょっといいかな」
俺と信二、それから霧華が帰ろうと準備をしていると、一人の男子生徒が霧華に声を掛けてきた。
俺は「またか」と思わず溜め息を吐く。
あのランキングが貼り出されて暫くの間は、こうやって霧華の元に人が集まる。今回の相手も恐らく同じ目的であろうことは想像に容易い。
つまり、告白だ。
駄目でもともと。運が良ければといった具合に、霧華の人となりも知らずに告白をする。それでよく上手くいくと思えるなと呆れてしまう程で、霧華の事をまるでオプションのようにしているその行為に俺は嫌気がさしていた。
「なんでしょうか?」
霧華もいつものように素気無く答えるかと思いきや、意外にも敬語で相手に問う。
「あっ……」
そこで俺は初めて相手の顔を見た。
「少し二人で話をしたいのだけれど……」
この人は決して霧華の事をオプションだなんて見ていない。霧華をそこに居る一人の女の子として見ている事を俺は知っていた。
少しだけ不安気に、しかしそれ以上の自信を持って霧華を真っ直ぐに見つめている。
高い身長。整えられた眉に長い睫毛。パッチリと開いた瞳には知性と情熱が宿っている。すっとメリハリが利いた高い鼻頭。低くもよく通る声。男から見ても素直に格好良いと思える程整った顔付き。
そこには彼氏にしたい男子生徒ランキング三位の男が立っていた。
藤和秋吉。
一学年上の生徒会副会長様。
俺は何度か生徒会行事で話した事がある程度だが、霧華とはもっと親密だ。
彼は俺達と同じ中学出身で、中学では生徒会会長を務めていた。
顔、人柄、交友関係に至るまでその全てが優良物件。
前述した男ですら恋人にしたいランキングでも上位に食い込むような男の姿がそこにあった。
「……ごめん、信二。先に帰ってて。昴も」
霧華は僅かに逡巡しながら目を伏せた。
「うん、分かった」
「お、おぉ、分かったけどよ」
「ごめんね」
藤和先輩が片手を上げて謝ってくる。
こういう下級生に対しても素直に謝れるところが男女問わず人気を博している理由なのだろう。
霧華が俺達に先に帰れというのであれば、とりあえずはそれに従おう。
俺は少し不安になりながらも、信二と共にその場を後にするのだった。
その帰り道。学校の敷地を出たあたりで、たまらず信二に声を掛けた。
「おい信二。あれどうするんだよ」
「どうって?」
何を言っているの? という純粋な疑問の眼差しで信二が振り返る。
「いや、ありゃどう考えても告白するだろうよ」
恐らくランキングで自分が上位に居るのを確認した上で告白をしようとしている。断られるかもしれないという気持ちは勿論あるだろうが、それ以上に自信を持っていた。
勿論藤和先輩の性格から『大丈夫に決まってる』なんて思っているはずがない。それでも多少の自信を見せるくらいには、霧華と親密に接してきたのだろう。
仲は決して浅くなく、互いに性格を知っている。女性からの人気が高く、男性からの人気も申し分ない。お互いランキングに入っている者同士。
……告白を承諾してもおかしくない相手だ。少なくとも並みの女子で有れば確実に首を縦に振るだろう。藤和先輩の事を知れば知る程、その魅力は増していくので、霧華ももしかしたら承諾してしまうかもしれない。
「ふ~ん」
それなのに信二はまるで興味無さそうに話を流す。
「ふ~んってお前なぁ……いいのかよ。他の男にとられてもいいのかよ。霧華の事好きなんだろ?」
「そうだね。僕は霧華がとても好きだよ」
信二も霧華の事を認める。信二は霧華の前では決して好きだとは言わないが、俺の前では普通に霧華の事を好きだと言うのだ。……それは俺が最初に指摘したからかもしれないが。
「だったら」
でもそれならば余計に、どう転ぶのか気になるものではないのだろうか?
そう思いながら信二に並んで、その横顔を見る。
「でもさ、だからといって特に慌てる必要なんてないよ」
その横顔に迷いなんて欠片も見えなかった。
それどころか、霧華を好きなんだろう? という話を振るといつも浮かべていた、困ったような笑み。それすら浮かべずただ淡々と。
「なんでそうなるんだよ」
もしも俺が信二の立場であるならば、気が気で無いと断言出来る。自分の好きな女に彼氏が出来るかもしれないのだ。不安になるのが当たり前ではないのか。
「この前話したでしょ。昴が霧華の事好きだって言ったらどうするって」
信二はいつぞやの話を持ち出した。何度も何度も他愛のない会話をしているので、一つ一つの会話なんてさして覚えてはいないが、確かにその話をした事は覚えている。
俺が「したな」と頷くと、信二も一つ頷いて先を続ける。
「あの質問、霧華はキチンと意味を分かって答えてる。言ってたでしょ。別にどうもしないって」
言っていたが、それが何だというのか。その例えはあくまで俺であって、藤和先輩では無いのだ。自分で言うと悲しくなるが、俺と藤和先輩とでは比べる対象として間違っている。
「誰が霧華に告白しようと、霧華は別にどうもしない。動じない。変わらない」
ただ事実を確認するかのように淡々と、俺の幼馴染は断言する。
「でも、もしもと言う事があるだろうよ。そんなに呑気にしてると、いつか本当に誰かに取られちまうぞ」
「大丈夫だよ」
俺のその言葉にも、顔色一つ変えずに問題無いと紡ぎ出す。
「お前のその余裕はどっから来るんだか」
「? 変な事聞くね」
思わず呆れてしまった俺を、信二はキョトンと目を丸くして黒縁眼鏡のレンズに映した。
「あ? 別に変な事じゃねぇだろ」
お互いがお互いに「何言ってるのお前」と疑問を出し合う。
「変だよ。だって」
信二はそう言うと、いつもの困ったような笑みとは違った笑みを二コリと浮かべた。
「霧華には、僕しか居ないんだから」
その笑みは確信に溢れていて。思わずゾッとする様な気配すら感じられ、事実背中がブルリと震えた。
それは十全たる事実なのだと、否応なく信じさせられる。俺が入る隙間なんて、最初から無かったのだろう。
「……ほんと、それでなんでお前等付き合ってねぇんだよ」
信二と霧華はどう見ても両思い。なのにいつまでも付き合わない。
信二はその問いに答えない。
俺も答えを期待したわけではない。
なんとなく、その答えは分かっているから。
結局のところ、俺達はまだ暫く三人で居たいのだ。
ネタ元は『一途な素直系女子と穏やかメガネの常に困り笑顔系男子でほのぼの恋愛話plz。』という一言でした。
プリーズというのならば。その方が書けないと嘆くのであれば。書きましょうとも!!
そう意気込んで書き始めたはいいものの、なんだか微妙に望まれていた作品とは違った作品に仕上がった感じがしてきました。
あれ、SSで素直系女子とか難しい。素直ってなんだっけ。