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2-2

 そうこうしているうちに、二人は東京都内へと入って行った。荒れ気味だった道路が少しずつ滑らかになり、ぽつぽつと人家が現れ、店舗の姿も見えてくる。


「? 何か、町っぽいですね?」

「そうだな」

「ここ、まだ外壁ありませんよね?」

「ああ。外壁が守ってんのは、中心地である千代田区、つい三年前に、後付けで増設された隣の新宿区だけだ。それ以外は、まだ追いついてない」

「外壁のない所に暮らしてるんですか!?」


 梗が予想した通り、やはりアデリナは驚いた。


「一応弁解しとくが、この状況はどこの国の首都圏でも同じだと思うぞ」


 人口は激減したが、外壁と幻想狩人という対抗手段を得て、こうした都市部ではやや人口が増加傾向にある。

 しかし、生活は安定しても町の大きさには限界がある。

 外壁の内側から追い出された人、新たに田舎などから逃げてきた人々が、こうして外に町を作るのだ。


「そんな……。大丈夫なんですか?」

「近くに幻想狩人がいる分、データ更新のされない田舎の外壁に頼るよりはマシだってことらしい」

「……」


 アデリナは眉をひそめて、町の風景を眺める。


「どうして、早急に外壁を作らないんでしょう」

「金が掛かるからな」

「それはそうですけど、そんなことを言ってる場合ですか!? ここにいる皆さんは、現実に、今命を脅かされているのに!」

「ある奴の所には金も資材もあるんだがな。国会議事堂の内壁なんか、毎月データ更新して、新技術が確立される度、建て直してる」

「一回建て直しを見送って、町の外壁を作ってもいいんじゃないですか? 元々、千代田区には強力な外壁があるんですし、極東支部だってすぐ隣にあるんですから。それより、優先されるべきなのは」

「常に、権力者の安全からだ」

「……」


 皮肉気に笑った梗に、アデリナは黙ってうつむいた。アデリナの母国ドイツでも、同じだったからだ。

 組織であるが故の、避けられない理不尽だ。


「……最低です。そんなの」


 悔しそうに、アデリナはそれだけ呟いた。


「組織を守るのは間違っちゃない。人間一人よりも、より多くを助けるための判断をするべきだし、そのために政府や世界再生機構は率先して守られるべきではある」

「はい」

「けど、自分のための保身に走ったら終わりだ。俺には今の政府も世界再生機構も、保身に走っているようにしか見えない」

「……」

「始めは多分違ったんだろうが。少しでも落ち着けばこれだ。――どう足掻いても終わるような気はするよな。災厄の塔が現れた時から。いっそ、足掻かない方が楽かもしれない」

「私は、負けたくありません」

「……」


 即座に切り返して来たアデリナに、梗は無言で一拍置いてから、うなずいた。


「そうだな」

「だって、悔しいです」

「そう思うよ」

「だから! 世界再生機構に所属しましょう、空郷さん! 外からじゃ何を言っても変わりません。いっそ、私たちの手で立て直すぐらいの気持ちで!」

「……」


 少しだけ、ぎくりとした。

 その動揺の理由を、もちろん梗は分かっている。しかし、認めたくはなかった。

 だから動揺は押し隠し、呆れたように息をついて。


「本当に変わったら、改めて所属してやるよ」

「本当ですか!?」

「は?」


 ぱ、と顔を輝かせたアデリナの反応は、梗の予想以上のものだった。心の底から嬉しそうに笑って、アデリナは続ける。


「そうしたら、ずっと一緒にいられますね!?」

「…………」

(どういう意味だ、それは)

「え。あ、あれ!?」


 梗の反応を見て、アデリナも自分が口走った言葉の内容に、大いに慌てた。


「あ、あのっ。今のは、私――っ」


 自分でも、何を思ってそんなことを言ったのか、アデリナは分からなかった。ただ、梗の意思で、側にいてもらう方法があるのかもしれない、と思った瞬間、堪らなくなって叫んでいた。


【うふふっ。恋ね! 愛ね! そして強い独・占・欲! 素敵よ、アデリナ。愛欲はいいわぁ。女を一番美しくする。アデリナ、貴女は可愛いんだから、素直に貴方が欲しいって、おねだりすればいいのよ。大抵の男はくれるわよ。ふふっ】

「違うからッ!!」


 現れたスキュラをぎっ、とにらみつけ、戻れ、と強く命じる。スキュラは少し抵抗するように顔をしかめ身を捩ったが、ややあって諦めて、カードの中に戻って行った。


「あの、本当に、違うんです。アストレイアの言っていたことは、気にしないで下さい」


 真っ赤になって、膝の上で握った自分の拳を見ながら、アデリナは必死にそう言った。


「別に気にしないが。魔物が極端なのは俺も知ってる」

「は、はい……」

「慣れない土地に一人で来たから、心細くなったんだろう。そんなに俺はお前の兄に似てるのか?」

「え、えっと……」


 ――正直に言えば、少ししか似ていない。


 しかし正直にそう言ってしまえば、ではさきほどの『一緒にいられる』ことに喜んだ理由は何なのか、という話になってしまう。


 分かっている、気がする。

 分かってしまった、気がする。


 しかしアデリナは、まだその気持ちを認めるのが恥ずかしかった。アストレイアはそれ見たことかとからかってくるだろう。何より自分でも少し信じられなかった。何しろ、梗と出会ったのはつい昨日だ。

 だから、つい、嘘をついた。


「はい。良く似ています」

「そうか」


 梗は素直に納得した。梗にとっても、一番納得のいく答えだったからだ。

 それから少し、表情を曇らせて。


「だが、悪いが俺はお前の兄にはなってやれない」

「分かってます。別に、大丈夫ですから」

「そうだな。お前は俺より、よっぽど強いらしいから」

「うっ……。空郷さん、性格悪いって言われません? もう忘れて下さい。すみませんでした!」


 少し梗を恨めしげに見やった後で、アデリナは頭を下げ、つんとそっぽを向く。その様子に、またくつくつと意地悪く笑われて、ますますアデリナはむっとする。


「悪かった。――さ、見えてきたぞ」

「わ……っ」


 暖かい手で頭を撫でられたのと、言われた言葉が気になって顔を上げ、アデリナは目の前の光景に、思わず感嘆の声を上げてしまった。


「日本の首都、東京だ」


 アデリナの上げた素直な驚きの声に、少し梗も得意になる。一向に改善しない現状や方針に不満は抱いていても、日本国民として、技術は素直に誇らしいと思う。何にせよ母国が誇れるのは、嬉しいことだ。


 現代で『東京』と言った場合、この外壁の内側の、千代田区だけを指す。


 町全体を囲う壁の高さはおよそ五メールで、建造物としてはそれほど高くない。繋ぎ目のないつるりとした白壁は、陽の当たる角度によって、微妙に色を変える。虹壁と呼ばれ、魔物に対して現在最強の防護能力を持つ。


「凄い、本当に虹です……っ。一体何パーセント災厄の塔の欠片を使ってるんですか?」

「八十二パーセントだって聞いたな」


 ほとんど正体不明なままの魔物や災厄の塔の詳細だが、近年では、さすがに少しずつ分かってきたこともある。


 まず、どうやら魔物は精神体に近い代物である、ということ。


 魔物が現れる前から、人間は己の肉体を意思によって支配できる、という説を唱える科学者はいた。

 全く熱を持たない物でも、熱いと思い込めば火傷を負ったり、冷たいと思い込めば凍傷になったりという実例もあった。

 研究が求めたのはその反対、思い込むことで熱に触れても火傷を防ぎ、極寒の地で水泳を可能とする、まさに、意思が肉体を支配するような、無限の可能性を夢見たアプローチだ。


 そして魔物とは、まさに、科学者が夢見たモノそのものだった。


 彼等は何もない場所に意志だけで火を生み、風を生み、水を生む。人間よりもはるかに、現実に己の意思を反映させることの上手い、意思そのものの具現だった。

 彼等は、彼等の意思がある間は、己の肉体を現実に現すことができる。干渉もできる。しかし、本質が精神体であるため、人間側からは干渉しにくい。


 魔物が出現した直後、なす術なく大きな被害を出した原因は、彼等の存在の仕方をまったく理解していなかったせいだ。


 傷付ける意思を持たない攻撃は、彼等にとって意味を持たない。近代兵器の数々は、殺傷能力は高くとも、意思を伝える媒体としては優れていなかった。


 始めに魔物に対して有効であると認められたのは、木材だった。最後の足掻きに振り回した木材が当たって、魔物が痛がった、という報告が普及したのが始まりだ。


 次は銀。魔除けの効果があると古くから言い伝えられていた金属は、事実であったことを現代において証明した。意志の伝導性の高い金属であるらしい。

 最後に、生身の体。この辺りで、殺意が伝わるほどに有効である可能性が唱えられた。


 ――そして今は、意思の化け物を自分の意思で従え、同じモノを使って戦っている。


「こんなに大きく、凄いです」

「日本中でも、この地区内だけだ」


 災厄の塔も、原理は魔物と同じだ。削り取り、本体から切り離した段階で、光となって消える。しかし、一部親和性の高い金属や植物には、具現化した力を移すことができるのだ。


 防壁に使われているのは、強度も求められるので金属のレアメタル。幻想狩人が魔物や精霊獣を封じるのに使っているのは、厳選された植物から作られたカード。


「あれの原料は、日本近海の海底から採れる『ハヤアキツ』だ。決して、産出量が少ない訳じゃないんだがな……」

「それでも、ここだけしかないんですね」


 悲しそうに、アデリナが呟く。

 近付く外壁の手前で、梗は車を止めた。検問だ。

 人間相手の取り締まりは、今でも警察の仕事だ。揃いの制服を着た二人一組で、訪れる人間をチェックしている。


「ここから先は、許可のある者しか通れない。許可証の提示を」


 治安を維持するため、他の町とは違い、東京にだけは入るだけで許可が必要になる。


「はい」


 当然、梗は内側に入れる許可を持っていないが、アデリナは正規の通行証――世界再生機構のバッチを示した。

 人類の文明の象徴ともいえる四角の中に、穏やかな地水火風の文様に囲まれて、都市の姿が彫られている。


「世界再生機構の方でしたか! 失礼しました!」


 どことなく威圧的だった警備員の態度が、一変した。慌てて直立の姿勢で敬礼し、頭を下げる。


「そちらの方は」

「いや、俺は送ってきただけで――」

「彼も幻想狩人です。新たに世界再生機構に所属するために、一緒に連れて来ました」

「おいッ!」


 咎めるような梗の声に振り向いて、アデリナはにっこりと晴れやかに笑って。


「もう言っちゃいました」

「……くそ。覚えてろ」


 幻想狩人は、全員、世界再生機構に所属する義務がある。

 警備員二人が、支給品の端末で魔力数値を探り、うなずいた。


「はい、確かに魔物の存在を確認いたしました」

「どうぞ、お通り下さい」


(ここでゴネても仕方ないな)


 後で抜け出そう、と思いつつ、梗は久し振りの日本の首都へと車体を乗り入れた。


(こうなればせっかくだ。明音の墓参りは絶対に行ってやる)


「もう逃げられませんよ、空郷さん」


 始めからそうするつもりだったのか、してやったりと笑みを浮かべたアデリナの額を、無言で指で弾いた。

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