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1-5

「空郷さんって、もしかして、世界再生機構に所属してました?」


 幻想狩人になるのには、何も、特別な資格が必要な訳ではない。教育を受けてなる道が一番安全で確実だが、中には、魔物に襲われた窮地でなる者もいる。


 闇ギルドのメンバーは、こちらが多い。支部までの路銀を稼ごうとギルドに出入りしているうちに、定着してしまうのだ。

 その後支部に辿り着いても、規則の厳しさに辟易して脱走してしまう者もいる。もちろん、そのまま正規に所属する者が大多数だが。


「昔な。けど、士官学生のうちに辞めたよ」

「どうしてですか? 理由が分かりません。空郷さんは逃げ出すような人ではないと思います。実際、こうして魔物討伐を続けている。それも、難度の高い相手まで」

「組織とそりが合わなかったんだよ」

「そりって……何ですか、それ。子供じゃあるまいし。あり得ません」


 梗の答えを、はぐらかしたものだと解釈し、アデリナはむっとして眉を吊り上げた。


「そりゃあ、理不尽を感じる時はあります。でもそれは、組織なんだから仕方ないじゃないですか。それでも、助かる人がいるんです! 闇ギルドで個人で動くより、ずっと効率的に、人々を守れます!」

「……効率的、か」

「そうです! 私の家族は、町の多くの人と一緒に、魔物に殺されました。けど、誰かが通報して、即座に幻想狩人が動いてくれたから、半数の人間は助かりました! その迅速な対応は、組織だからできることです!」

「……そうだな」


 アデリナの言うことは、間違っていない、と梗も思う。

 同時に、納得もした。


(こいつは、助けられた側なんだな)


 『効率』のために奪われた梗とは逆に、その『効率』で助けられたのだ。だから、全体的に世界再生機構のやり方を受け入れている。

 理不尽にも、耐えられる。


「だから――」

「だから、やりたい奴だけやってりゃいい。別に止めないさ。お前の言う通り、それは『正しい』ことだ。けど、俺は御免だ。正しさのために死ぬのも、仲間を殺して生き延びるのも、もう御免だ! 平気な奴だけ英雄にでも何でもなってりゃいいッ!!」

「……え?」

「っ……」


 きょと、と目を瞬いたアデリナに、一瞬で梗も冷静に返った。


(っ、馬鹿か、俺は)


 後悔する。ただ懸命に守ろうとしているだけの少女に、何を言った――と。


「どういう、意味ですか?」

「何でもない。忘れろ、悪かった」

「仲間を殺して――って」

「忘れろッ!」

「っ」


 強い口調で怒鳴られ、びくりと身を竦め、アデリナは戸惑った瞳で梗を見上げる。


「分かってる。正しかったんだ。あれは、正しい判断だった」

「空郷、さん……?」

「世界再生機構が間違ってる訳じゃねェ。ただ……俺は、駄目だ。二度と、やりたくない」


 ふ、と息を吐き出し、アデリナを安心させるように、意識して顔に微笑を作った。


「ゆっくり休め。明日には極東支部に送り届けてやるから」

「あっ。待、待って下さいっ!」


 言って、部屋を出ようとした梗の服の裾を掴み、アデリナは慌てて引き止めた。


「?」

「わ、私は、一緒でも大丈夫ですっ」

「は?」

「空郷さんを、信用します。だから、一緒にちゃんとベッドで休みましょう!」

「……一緒に、って……」


 梗の視線が、一つだけ置いてあるベッドに向かう。さして上等なものではない、シングルベッド。ダブルやセミダブルならまだしも、逃げ場は一切ない。


「……止めとけ」

「だっ、大丈夫です。私、寝相の良さには自信がありますっ」

「俺はないから止めとけ。あと、そんなに簡単に信用するな」


 庇護欲をそそる幼げで可憐な顔立ちに、申し分のないボディライン。梗は特に巨乳好きという訳ではないが、男の手の平に余るほどのバストを前に、何も思わないかというと、そんなことはない。


「寝相、悪いんですか?」

「そうだな」

「何か、意外です」

「そうか」


 ささやかな弱点を見つけた感じで、楽しげに瞳をきらきらさせるアデリナに、もう呆れて何も言えない。

 自然、相槌が投げやりなものになるが、アデリナはそれにも気付いてくれなかった。


「大丈夫です。少しぐらい空郷さんが寝像悪くても、気にしませんから」

「……そうか」


 馬鹿なのか天然なのか人が良いのか、それとも捻って実は誘ってるのかどれだろうと、梗は虚ろに宙を眺めながら考えた。





(……本当に寝やがった……)


 慣れない移動と戦闘と移動で疲れたらしく、アデリナは梗に挨拶をして、そうそうにベッドに入ってしまった。

 本人が自信たっぷりに言っていた通り、ベッドの端に横向きで大人しく眠っている。寝返りを打っても、半分を超えることもなかった。


 見事だ。梗の体がシングルベッド半分で足りるかどうかの『そもそも』の部分はとにかく。


(いや、いいけどな。襲わないけどな、別に)


 可能性がもう一つあった。本当に人を見る目がある、だ。


「ん……っ……」


 気を遣って明かりを落とす必要もなく、まだこうこうと明るく照らされた室内で、アデリナは熟睡して、あえかな寝息を零す。


(……出て行こう)


 何もする気はない。疲れて寝入った少女相手に何かするほど、鬼畜外道ではない。しかし、無駄に理性の我慢大会を強いられるのは御免だった。


「……な、さい」

「っ」


 立ち上がった瞬間に、ぽつりと零れたアデリナの声に、ぎくりとする。しかし、その後に続く言葉はない。


(寝言。寝言か。そりゃそうだ)


 ふぅ、となんとはなしに冷や汗をかいて、息をつく。――と。


「……ごめん、なさい」

「――……」


 謝罪、だった。


 苦しげに呟かれたアデリナの謝罪に、梗の表情が曇る。アデリナの年齢で、うなされるほどの罪悪感を抱え込むことが、あまりに可哀想だと思って。


(そりゃ、軍属して戦場に立ってりゃ、謝罪したい奴なんて山ほど出てくるだろ)


 自分を庇って命を落とした戦友にか、それとも救えなかった命へか。

 しかし、アデリナの謝罪は、梗が考えたうちのどちらでもなかった。


「ごめん、なさい。父さん、母さん」

(……家族に、か)

「――兄さん……」


 それは、生き残ったことへの謝罪なのか。


(馬鹿)


 そっと足音を殺して近付くと、繊細で長いまつ毛に彩られ、固く閉じられた瞼が震え、つ、とアデリナの目尻から涙が伝う。


(大切な家族が、生き残って喜ばない奴なんかいねえよ)


 息絶える直前の、明音の表情を思い出す。

 自分を抱き上げた梗の姿を見て、瀕死の重傷で、明音は笑ったのだ。『良かった』と、心の底から、嬉しそうに。


「……ごめん、なさ……」


 泣いて謝るアデリナの気持ちは、痛いほど、よく分かった。


(残される側だって、痛いよな)


 そう、と、寝汗で額に張り付いた前髪を梳き、耳元に囁いた。明音を呼ぶ時と、同じように意識して。


「アデリナ」

「……」


 ぴくん、とアデリナの指先が、僅かに震える。

 それから、ふにゃ、と固く引き結ばれていた唇を緩め。


「兄さん……」


 幸せそうに、呟いた。


(ゆっくり休め)


 戦うことを選んだアデリナだからこそ、夢の中でぐらい、幸せに、家族と共に。

 静かに明かりを落とし、梗は部屋を後にした。約束とも言えない一方的なものだったが、雪と飲む酒は梗も嫌いではなかった。


(そういや、アルコールは二十歳からだったか。一応)


 合法的に飲むには、あと一歳足りない。もっとも、誰も見咎めたりはしないし、国も個人の飲酒を犯罪にしている余裕などなく、形ばかりとなっている。


 梗が向かったのは、二階ではなく、二つ上の五階だ。そちらは特別な客のための客室が揃う階であり、雪がいる間は、彼女一人だけのプライベートルームになる。

 迷わず最奥の部屋へと向かって、扉の前で声をかける。


「雪、いいか」

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