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1-3

 災厄の塔から現れる魔物に対して、人間たちが魔物を支配・融合して戦うこと――幻想狩人という対抗手段を見つけたのは、僅か二十年前のことだ。


 精霊獣の存在を知り、魔物を押さえ付ける役割を担うことができると判明したのは、十年前。

 それまでに、多くの幻想狩人が自らの体に取り込んだ魔物に喰われ、かつて仲間だった相手を討伐する――という悲劇が、数多く起きたと聞いている。


 梗が所属していた時代は、まだ、一人に一匹が義務化されていた。制度の変更が梗が抜けた後からだとすれば――


「僅か六年で……義務化解除か。はッ……」


 理由と、きっかけとなった事件も、梗には容易に想像が付いた。かつてその渦中にいたからこそ。


(人の命を使い捨てる、世界再生機構らしいやり口だッ)


 ただでさえ危険な手段に、発見されたセーフティを付けられることもなく、それでも、幻想狩人は戦場に立つ。自分たちが、どれほど世界に追い詰められているかを知っているから。


 理屈は、分かる。

 人員が足りていないのも、よく分かっている。

 しかし、納得ができない。自分の心が、命を軽視する場所で命を懸けることに、うなずけない。


「お前は、それでいいのか」

「はい?」

「お前の命なんか何とも思ってない、肉の盾になって死んでこいって言われて、それでいいのか!」

「構いません」

「っ」


 迷いのないアデリナの返答に、梗は息を飲む。


「私は私のために、戦場に立つことを望みましたから。誰の思惑があっても、私の目的が達せられるならば、構いません」


 アデリナの青の瞳に宿る、狂気のような、追い詰められた凄惨な覚悟に、梗は顔を歪めた。


「……そんな覚悟で戦ってたら、お前、死ぬぞ」

「死にません」

「笑うぞ。それとも、殴って正気に戻した方がいいか?」


 死ぬ気で戦場に立つ者は、そういない。皆、生き残ることを望んで戦う。

 それでも死者が出るのが、戦場だ。


「絶対に、死ねないんです。私にはやらなきゃならないことがあるから」

「決意一つで生き残れるなら、世話ねえよ」


 絶対に死ねない、死にたくないという思いを、明音が、他の戦友たちが持っていなかったとでも言うのか。


 そんな訳がない。

 ただ、絶対的な暴力の前では、無意味なだけだ。


「その口振りとさっきの話からして、その死ねない理由とやらは、仇討ちか。理由にもならないな」

「なっ」

「仇なんざ、討った所で何も変わりゃしない」

「そっ、そんなこと、貴方に言われなくたって――」

「そんな目標捨てろ。殺すのを目的にするな。自分が攻勢に出てる間は、どうしたって隙が生まれる。だから、守れ。仇を討つ時がきたら、結果論にしろ」

「……空、郷さ……」

「まず、生きろよ。お前と、お前を生かしてくれた奴のために。お前が生きてることを、今、喜んでくれる奴のために」

「――……」

「お前には、その方が合ってる」


 人のために、考える前に動ける人間なのだから。





 埼玉県、浦和町。


 かつて県庁所在地であったこの区画が、梗の目的地である闇ギルドの所在地だ。

 無人となり、廃墟となった県庁を勝手に改装し、その周囲に外壁を私財で建設し、『浦和町』を再生させたのは、違法な闇ギルドの手によるもの。


 闇ギルドの支部ぐらいしかない町ではあるが、外壁があって、寝る場所があって、食事もできれば十分に『町』だ。

 一つでも多くの町があった方が移動には便利なのだが、闇ギルドが建設した町なので、国が発表する地図にはこの町は存在しない。


 実は、その手の町は意外に多く点在しているのだが。


「なんか、複雑です……」

「国は主要な都市部を守りつつ、ジワジワ周辺から居住区を拡大して行こうって政策だからな。ま、まったく上手くいってないのは国民全員が知ってるが。だからこそ、外の人間はもう国にあんまり期待しない。当然、こうなる」


 むしろ、『町』の規模を拡大させることすら、考えていないのではと梗は思っている。かき集められた資材は、東京を始めとした大都市、しかも、主に中心部のみに使われているような気がしてならない。


(でなけりゃ、焼け出されて、最後の望みに縋って都市の外壁に住み着いた避難民を放置しておくとか、しないだろ……)


 外から東京に入れば、どうしたって避難民が外壁の外に住み着いてる様子が見える。その光景が日本だけとは梗は思わないが、おそらく知らないだろうアデリナは、どう思うだろうか。


(知らないなら、知らない方が……)


 どこを通って送り届けようかと、梗がぼんやりと考えていると。


「いらっしゃいませ、本日は――、あら、空郷様。お帰りなさいませ」


 営業スマイルを浮かべた受付嬢に、声をかけられた。半ば無意識でも、通い慣れた道を間違えはしなかったようだ。

 一階正面のカウンターに座る受付嬢は、そこにいるのが梗だと気が付くと、少し驚いた顔をしてみせた。


「死んだことにでもなってたか?」

「もっと早くに戻っていらっしゃると思ってましたので。不測の事態が起こったのではと、心配しておりました」

「あぁ、起こったな。足を盗られた」

「あらまあ」


 まったく驚いていない様子でそう言ってから、受付嬢は『お気の毒に』と、営業用の沈んだ声音で続けた。


「それで、お仕事のほうはいかがでしたか?」

「そっちはこの通り」


 懐にしまっておいたカードを、カウンターの上に置く。


「はい、キメラ討伐確認いたしました。捕獲のカードをこちらで買い取りもできますが、どうしますか?」


 魔物を封じ込めたカードは、魔力の塊だ。魔物は、自分が持つのと違う魔力を食べるほどに強くなるので、幻想狩人の間では、魔物の捕獲カードは需要が高い。

 闇ギルドで仕事を受ける場合は、プラスアルファを期待してというよりも、証明が必要なので捕獲が必須になるというだけの話なのだが。


「プロス、どうする。喰うか?」

【いや。その識格は、俺はもう持ってるからいらねェ。そっちの姐ちゃんにやったらどうだィ】

【あら、ありがと。でも私もいらないわ。私、男しか食べないって決めてるの】


 スキュラの言葉に、梗は初めて、さきほどのキメラがメスだったのだと知った。どうでもいいが。


「偏食家だな。大変そうだ」

「少し……」


 堂々としたスキュラの主張に、主であるアデリナは、少し恥ずかしそうに目を伏せ、息をついた。


「じゃあ、売却で」

「はい、ありがとうございます。クラスB相当のキメラのカードと合わせて、報酬十五万円となります。ご確認ください」


 カルトンに乗せられ差し出された現金を、指で弾いて確認して、財布にしまう。闇ギルドでの取引は、現金が基本だ。


「キメラ一匹十五万って、高くないですか?」

「高いぞ。闇だからな。だが、狙われた方にすれば、大金払ってでも今すぐ片付けてもらいたいって考えるのは自然だろ。持ってる奴なら」

「世界再生機構に依頼を出せばいいじゃないですか」

「出してるだろうさ。けど、そこそこ強くて、そこそこ安いキメラの討伐なんか、誰もやりたがらないんだろ」


 条件の悪い依頼は、後に回されることが多い。緊急を要する、という場合は所属の幻想狩人に指名で命令が出たりもするが、それ以外は、個人が自己判断で任務を選ぶ。


「世界再生機構は、決められた一定金額以上は取らない。国の機関だからな。その代わり積むこともできないし、定められた一定金額が用意できなければ、依頼を出すことすらできない。闇ギルドは、一応リストに載ることは載る」


 言いながら梗は、カウンターから一番近い端末の前にアデリナを手招き、現在依頼されている、討伐対象難易度別のリストを開く。

 そのリストを見て、アデリナは目を瞬いた。


「魔神種の討伐金額が二千円ですよ!? あり得ません!」

「まあ、地方は当然、こうなる。これは多分、極東支部の方には出せていないはずだ。こいつが討伐されるのは、旧二十三区に近付いた時だろうな。その前に、もう少し規模の大きい町に近付いたらそれよりは早いかもしれないが」


 その時は、おそらくこの依頼を出した町は被害に遭っているだろう。


「金額低くても、結構やって下さる方はいるんですよ。ね、空郷さん」

「こいつを極東支部に送って戻ってきて、まだリストの中にあったらな」

「はい。よろしくお願いします」


 梗と受付嬢の会話に、アデリナは居心地の悪そうな顔をする。


「あの、空郷さん。私は別に大丈夫ですから」

「どうせ、そろそろ一日二日休もうと思ってたところだ。こっちもついでだから気にするな。そういう訳で、少し急ぎで足を用意してもらえるか」

「かしこまりました。明日の正午までにはご用意いたします」

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