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――途中まででも、案内してもらえるのはありがたい。確実に魔物の襲撃を受けるだろう徒歩での道行に、幻想狩人が加わってくれるのも、もちろん歓迎だ。しかし、闇ギルドの存在は認められない――
「……というか、そもそもお前、なんでこんな所にいるんだ? 西側から極東支部に向かうんなら、埼玉になんて用ないだろ。空港は羽田使って来たんだろ?」
大分オーバーして北に来ている。
「うっ……。はい、そうです」
「何でここにいるんだ?」
極東支部があるのは、順調にいけば羽田から車で三十分ほどの場所にある、東京都千代田区。皇居を中心とした霞ヶ関近辺は、最優先で物資が集められるので、まだきちんと『都市』と呼んでいい機能を維持している。
「……」
アデリナは答えない。
つぅっ、と気まずそうに梗から視線をそらして。
「……カーナビが、壊れてたんです」
「迷ったのか。器用だな」
「こっ、壊れてたんですっ!」
拳を握って、力説する。
「まあ、いまさら確かめようがないことは置いといて、だ」
「……本当に、壊れてたんです。別に方向音痴だとか、地図が読めないとか、看板を見落としたとか、そういうことじゃありません」
「いや、看板は間違いなく見落としてるだろ。他の二つはそうかと言ってやってもいいけど」
恨めしげに梗を見上げ、なおも主張するアデリナに、投げやりに突っ込みを入れつつ。
「で、だ。そろそろ移動しないと、陽が暮れる前に町に着けなくなるから俺はもう行くが、どうするんだ」
今の時代、例え幻想狩人であっても、外壁の外で野宿など正気の沙汰ではない。
「いっ、行きますっ」
「それが賢明だと思うぞ」
何しろ、彼女は最先端のカーナビがあっても迷う人間だ。
地図もなくさまよっていたら、極東支部に辿り着くのに何ヶ月かかるか分かったものではない。
「そうですねっ。貴方とは、いっぱい、色々、話し合いたいことがありますからっ」
「……」
すぐに考えを切り替えて意気込むアデリナに、梗は誘ったのを、ほんの少しだけ後悔した。
「――どうして、幻想狩人なのに、世界再生機構に所属しないんですか? 闇ギルドで同じことをするよりも、よっぽど効率的ですし、私たちの身も安全ですよ。危険な相手と戦う時は、チームで動けたりしますし」
「そうだな」
集団で行動する利点を、梗も否定はしない。
じゃりじゃりと足の裏に砂とコンクリート片の、アスファルトの残骸を感じながら、梗とアデリナは並んで国道を南下していた。
適当すぎる梗の相槌に、アデリナはむぅ、と頬を膨らませ――少し考える間を置いてから、再び口を開いた。
「私の家族は、とある魔物に殺されました」
その告白には、梗もさすがに軽い返事はできなかった。反射で身体が動きそうになるのを、なんとか堪える。
「後から知ったんですが、そいつは要警戒リストに載っている、世界中を飛び回って積極的に町を襲う、上位魔神種だったそうです」
魔物の中でも、特に知恵や力を付けた強力な相手を、世界再生機構は魔神種と呼び分け区別している。
中には塔の主と呼ばれる上位魔神種もいて、倒すと塔が消失することからそう呼ばれる。
災厄の塔の規模が大きいほど、その塔の主である魔神種も強力だ、ということが近年分かってきた。
出会った時の大雑把な見分け方は、人語を操るかどうか。そしてそれで大体、間違いはない。
「……そうか」
アデリナの身の上は、特に珍しいものではなかった。梗自身、親の顔も知らないうちから孤児院にいた。拾われたとき名前を書いた紙を持っていたそうなので、名前は親が付けたようだったが、梗と実の両親との繋がりはそれだけだ。
だから、梗が思い出す『家族』の風景は、孤児院がすべてだ。
物心ついた時には、すでに孤児院にいた梗にとって、一緒に暮らしていた皆は家族のようなものだったが、特に、同じ日に院に来たという少女とは、仲が良かった。
当時、全く泣きやまなかったその少女に、困り果てた院長が『あなたのお兄ちゃんよ』と梗を紹介したところ、不思議に少女は泣きやんだ。それから、梗は少女の兄になった。
――本当に兄妹だったのかどうかは、もう分からない。当時も今も、もう、知る方法はない。
(違う気はする。俺と明音は、あまり似てなかったから)
もっとも、似ていない兄妹なんか世の中五万といるし、正直、梗にとって血の繋がりなどどうでも良かった。
純粋に自分を慕って、頼ってくる明音が可愛かった。守ってやらないと、と思っていた。守ってやるんだ、とも。
(――けど)
明音ももう、どこにもいない。
守れなかったのに、自分はこうして生きている。
【キュ】
「っ」
ふいに小さな鳴き声がして、袖口にしまってあるカードから、許可もなくぽんっ、とアカネが飛び出してきた。強固に抑え付けている訳ではないので、プロスも度々姿を見せるが。
【キュキュ】
身体よりも大きい翼を動かして、アカネは梗の肩に乗ると、ぽんっ、ぽんっ、とその上で跳ねた。
「お前に慰められてもなー……」
【キュー】
苦笑いをしつつ、それでも少し心が和んで、アカネの頭を撫でる。満足気に目を細め、アカネは梗に頬ずりをした。柔らかい毛の感触がくすぐったい。
「……か。か、可愛いです……っ」
「は?」
「すごくっ。すっごく! 可愛いです! さ、触っていいですか!! いえ! ぜひっ! お願いします!」
「あ、あぁ」
瞳をきらきらさせ、ずずいっ、と迫って来たアデリナに、梗は半ば何を要求されているか、理解していない状態でうなずいた。
「かーわーいいーっ!」
【キュッ!?】
アデリナの腕によって梗から引き離され、胸に抱き込まれたアカネは驚いた声を上げる。しばらく硬直していたが、ややあって光の球体となり、カードの中へと帰ってしまった。
「あぁ……っ」
未練たっぷりの、残念そうな声がアデリナの口から上がる。
「動物、好きなのか?」
世界が災厄の塔によって荒廃の一途を辿るなかで、愛玩動物は激減した。ペットに食べ物を回す余裕など、今の人類には存在しない。
だから、見た目が愛らしいアカネにアデリナが興奮する理由は、梗も分からなくはないのだが。
――若干、引いた。
「毛皮がふかふかしてる子は、大体好きです」
引き気味の梗の様子にはまったく気付かず、きっぱりとアデリナはうなずいた。
「というか、その子どうしたんですか? 世界再生機構の中だって、精霊獣待ちの士官候補生が沢山いるのに」
「……たまたま会ったんだよ」
「そうなんですか。運がいいんですね、空郷さんは」
特に疑うこともなく、アデリナはあっさりと納得した。
(……たまたま、な)
嘘はついていない。
ただ、皮肉な『たまたま』ではあったが。
「空郷さん。やっぱり、世界再生機構に所属しましょう」
「断る」
「その子を待ってる候補生だって、いっぱいいるんです。彼等が幻想狩人になれば、もっと沢山の人が救われるんですよっ!」
「? どういう意味だ?」
「? 何か分からなかったですか?」
梗がどこに引っかかったのか、アデリナは分からなかったようだった。そのことに、まずぞっとした。それは答えだったからだ。
「精霊獣は、幻想狩人一人につき、一匹必要だ。俺が使ってる以上、アカネは誰の役にも立たないぞ」
「それって、かなり前の話ですよね?」
「かなり前……?」
「はい。五年ぐらい前の制度は、そうだったみたいですね。今は、精霊獣に補助してもらうのなんて、始めだけですよ」
「何……っ!?」
当然の常識を語るアデリナの口調に、梗は愕然とした。同時に、戦慄が走った。
「魔物が融合中に宿主を喰い潰そうとしたらどうする!?」
「抑え込むためのコツを学びます」
「そんなの、気休め以上の意味はない! 魔物と相対して勝てるのなんざ、平常時だけだ! 人間の心は揺れるんだ、弱ってる隙を突かれれば、抗えない!」