2-6
(大分格上だな!)
【始めからそう言ってんだろうよ!】
(そうだったな!)
だからといって、やるべきことが変わる訳でもない。
今でこそほとんど絶対防御となっている幻影転身だが、プロスを手にした直後は、大した威力を持たない防御術だった。弱い魔物を従え、自身で制御しながら育てていくのが普通だからだ。
制御できる自信がなければ、魔物をあえて育てないように使うのも幻想狩人の生存手段だ。自信がないまま育て、強力にした挙句に心を喰われ体を奪われ、討伐された幻想狩人も数多くいる。
プロスは強くはなった。しかし、それより相手が強いというだけのこと。格は違うが、状況は当時と同じだ。
【氷槍陣】
構築され終えた氷槍陣が放たれ、地面から冷気が広がる。足下を隠す程の靄が発生し、予告も脈絡もなく、凍りついた地面から氷の柱が天へ向かって突き上がる。
「ちっ!」
足下からせり上がって来る円錐の氷の柱を、とにかく避ける。
【ふふふふふ。私はこの術が好きだ。まるで踊り狂っているように見える。さすがに、お前は優秀な舞い手のようだが】
「っの!」
演舞曲の指揮をするように、〇二一八は優雅に腕を振るっている。始めに作り出した五つを皮切りに、次から次へと、途切れることなく魔法陣を生み出し続けられるのは、それだけ強靭な意志力と処理能力を持っている証だ。
【しかし、そろそろ終曲だ】
二十数個目の魔法陣を発動させたところで、〇二一八は一段大きく手を振った。頭上から足元にまで、十数個の魔法陣が並ぶ。
(何だ!?)
生まれた魔法陣の半分ほどが、理解できない。プロスにも現れた魔法陣が何を意味するのか、現象を読み解けないのだ。
形からして、氷系統魔術、似たものだろうと当たりを付ける。
だが理解できないという事実は消えない。発動した直後、自分の目で現象を確認して、動くしかない。
それで間に合うかどうかは――難しいだろう、と言わねばならない。
【駄目だこりゃ。勘しかねえな】
(勘じゃ無理だろ!)
諦めたプロスの言い様を否定する。向こうは、すべてを理解してこちらの動きを見ながら発動させられるのだ。確実に誘導される。
あえてプロスが理解できる魔法陣を残したのは、分かってていても動かざるを得ないようにするためだろう。
(プロス、全然理解できないか)
【実際のとこは、半々かね。さっき喰った分にちょいと混ざってたみてェだな。だが旦那の頭に送ったら、あんたの脳が壊れるぐらいの理解度だ】
(半分理解できてるなら上等だ。お前に賭ける。来そうだと思ったら勘でいい、お前が反呪を選んで発動しろ!)
【旦那は俺を信用し過ぎだねィ。ま、喰わねえけどな、まだ。分かった、それで行こう】
(信用してねえ。アカネがいること忘れてるのか?)
【そうだった】
どちらともとれる言いように、梗はちっ、と舌打ちする。自分が精霊獣に抑えられていることを忘れるほど間抜けな魔物なら、本当に心配いらないのだが。
(後はなるべく、こっちで誘導してみるか!)
【ぜひ頼むぜ、旦那】
からかうような口調にイラっとしたが、今は飲み込む。
【さあ、踊りたまえ!】
〇二一八の声に応えて、魔法陣が輝く。
発動する時の、一際強く輝く様子を見逃さないよう、梗は魔法陣にこそ注意を払う。一つ目。二つ目。三つ目。
だいぶ見慣れてきた氷柱が、立て続けに突き上がるのを、さきほどと同じように避ける。
そして、その最中に理解のできない四つ目と五つ目が、続けて輝いた。
途端、自分の意思に逆らって体が動く。プロスだ。逆らわずに、梗はプロスが自分の体を使うのに任せた。
構築された魔法陣が鎌の上に乗る。何を使うかを理解して、すぐに自分の体を自分の意思で動かす。プロスに任せるよりも、運動能力と反射は梗の方が普通に高い。理解しているので、プロスも梗にそのまま魔法陣を任せた。
「影蝕斬!」
身を低くして、一回転。梗を中心に鎌が薙いだ円形に、そこだけぽっかりと削り取られた穴が空く。アスファルトを覆っていた氷は勿論、その下の地面までも。
〇二一八が発動させた魔法陣も消えていた。梗には確認できなかったが、何かを斬った感触はあった。形を見る前に消失させてしまったらしい。
【……っ……】
少し苛立ったように、〇二一八は立て続けに残りの魔法陣を発動させた。残りの理解できない魔法陣が、少し形を変えるのも見えた。
(作り上げてから干渉したのか。器用な奴だな)
【旦那、今度のは駄目だ。さっぱりだ。俺の苦手を見抜いてきやがったな。同属なんだから当たり前だが】
(分かってる)
一撃目をプロスが半分でも理解したことこそが、幸運なのだ。プロスが貪欲に相手を喰らう習性を持っていなければ、読み切れなかっただろう。
再度襲いかかってくる氷柱を、今度は足を止めずに走って避ける。ついさっきまでいた場所が、氷柱に貫かれる気配がした。目の前に立ち塞がった氷柱を切り裂き、今度はその場に留まり身を屈める。頭上をクロスした氷柱が通り過ぎる。
(後一つ――)
〇二一八の様子をうかがう。今度は、手拍子で受けてはくれなさそうだった。冷静に返った〇二一八の指先が、梗を指し示す。
魔法陣も、やや大きく複雑だ。中級クラスの威力だろう。
(どこに来る!?)
「――前、にっ」
喉に何かが絡まったような声で出されたアデリナの指示に、ためらわず従った。駆けた梗の足下に、熱気が走る。しかし、熱を感じたのは、ほんの一瞬。
直後、足下から迫り出した氷柱は、熱とせめぎ合って溶け、水蒸気だけを立ち上らせる。
残りの三方は氷柱が突き立ったが、問題はない。動かなかった時の保険と止めのつもりだったのか、すでに梗のいない氷柱の中心に、氷塊が落ちて砕ける音がした。
【……っ!】
集中し過ぎて頭の切り替えが追いつかなかったか、〇二一八は自分に肉薄する梗を前に、とっさの魔法陣を作れずにいた。過ぎ去り様に振るった梗の大鎌の先端が、〇二一八の首に掛かる。
(1?)
インパクトの瞬間に、違和感を覚えた。
(今、位置ずらされたか?)
〇二一八が僅かに首を傾けた感じがしたのだ。だが、それは些細なずれだった。一体何の意味があったのか、梗には分からない程度の。
何にせよ、間違いなく鎌は〇二一八の首を捕えていた。
「落ちろッ!!」
思いきり、殺意を込めて、刃を振り抜く。
肉を削る感触が手に伝わる。同時に、上位魔神種らしい耐久性も感じた。硬い繊維に邪魔されたような手ごたえがあったが、それを越えて鎌が肉を切り裂いたのも、間違いない。
だが横目で確認した時には、切り裂かれた端から〇二一八の首は何事もなかったかのように結合していっている。
手ごたえはあるが、効果はない。
分かっていたが、そのまま〇二一八の脇を走り抜けた。足掻きに振るわれた腕は見もせずに柄で弾く。
「アデリナ!」
ようやく、〇二一八の壁を越え、アデリナの元に辿り着く。
「空郷、さん」
アデリナの負傷は全身に及んでいたが、特に酷いものは足に集中していた。両手にあるはずの爪もない。まず真っ先に、脅威に感じたらしい機動力を奪われた形だ。
【……また、喰ったな】
「っ!」
ふつふつと滾る怒りを込めて、〇二一八が低く呟く。
【あァ、喰ったよ】
逆にプロスは、愉悦を滲ませてそれに応じる。
【私は私でなければならない! 私が唯一であるために、私でなくてはならない! 私を侵すことは、何人たりとも許さん! 私を、返せ!】
オン!
大気が震え、空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。描かれた線に、見る見る魔力が満ちて行く。
「痛ッ……」
その魔法陣を見た途端、梗の頭に痛みが走った。だが、何となく分かる。
【さっき喰ったので九割程度の理解だが、どうする。止めとくかい】
「構うな、使え!」
【了解】
心の内側で、プロスは笑う。それは奪い、己の物とした新たな力に対する歓喜だった。
得たばかりの半端な知識で、魔法陣を構築する。半端だが、届く。それが分かる。
〇二一八の魔法陣に、魔力が満ちた。
【災厄の栽雷轟閃!】
「災厄の神槍閃!」
天上から降りそそぐ紫雷が地上の人間たちを焼き払う前に、梗の作り出した魔法陣から生まれた白光が、空に浮かんだ〇二一八の魔法陣を貫き、四散させた。
【!?】
動揺に〇二一八は目を見開き、硬直した。〇二一八を見据えたアデリナは、一瞬で赤く輝く魔法陣を構築し、発動させる。
「不死噴炎!」
【痛っ!】
浴びせられた灼熱の炎に、〇二一八はぎょっとして大きく飛びのく。飛びのいた先で振るわれた梗の鎌を、慌てて弾き、それ以上の捕食を極端に忌避して、二人から距離を取った。
そこに、さらに複数人の足音が近づいてくるのが、どちらの耳にも届く。
【ちっ……!】
小さく息を吐き、〇二一八は空へと飛び上がった。そこで、先程と同じ魔法陣を、重ねて二つ展開する。下に描かれた方は、完全に上の魔法陣を補助する形をしていた。
「――っ!!」
それを不完全ながらも理解できたのは、梗だけだ。理解できてしまったから、威力と結果の両方とも、想像がついた。
(レベル二にされたら、無理だ……!)
「お待たせしました、応援に――」
「今すぐ結界の中に逃げろ! アデリナッ!!」
「あっ」
アデリナの腕を掴み、引き上げ、抱きかかえて梗は自ら、結界の内側へと退避する。魔法陣を作成しながら。
(間に合え!)
頭が痛い。連続した負担で、魔法陣の構築が遅くなる。
理解しきれない公式を押しつけられ、処理ができないと脳が悲鳴を上げる。だが、構っている暇はない。結界が保つ訳がないことを、梗はよく知っている。
全員が東京の結界の中に逃げ込んだのは、〇二一八が描いた魔法陣が完成する直前だった。
頭上で大きく世界が軋みを上げ、歪んだ雷撃が降り注ぐ。
威力を増幅された雷撃は、簡単に人の結界を貫いた。地面が焼け、家々から悲鳴と、火の手が上がる。
(く――ッ!!)
目の前がちかちかと明滅を繰り返す。吐き気がする。しかし、完成までもう少し。
「災厄の神槍閃!!」
梗の放った白光は、一つ目の魔法陣を綺麗に打ち砕いた。その上に展開されていた、本体の方の魔法陣も、僅かに欠ける。
コントロールを失った魔術は、大きな放電の音を立てて東京に襲いかかったが、こちらは破られても再生を続けていた防衛班の努力が実り、結界が防いだ。
「……っ、はっ……」
空を、見上げる。
〇二一八の姿はそこにはなかった。
それを確認して――梗の体から力が抜けた。
「空郷さん!」
力を失った腕の中から放り出されたアデリナが、慌てて手を伸ばし、梗の体を支え、ゆっくりと地面に横たえた。
「空郷って……梗!? 梗じゃないか!?」
「戻ってたのか!?」
おののいたような、興奮したような声を上げる幻想狩人は半分ほど。残りの半分は、理解できずに自分の同僚を窺っている。
「死神の行軍の帰還か!」
誰かが叫んだその二つ名は、戸惑っていただけの幻想狩人にも、衝撃と興奮を与えた。しかし、そんな周囲のざわめきは、必死に梗に呼びかけるアデリナの耳には入らなかった。




