〈Prologue〉
花びらのような、微かで柔らかい感触が、私の唇を掠めたような気がして、目が覚めた。
真っ白な天井に、同じく丸みを帯びた大きな柱も白。
私が寝かされている寝台も柔らかな白いリネンの上だった。
「目が覚めた?」
ほっとしたような声がして、顔を向けると神官長がいた。
ということは、ここはシャルハマ神殿かもしれない。
「羊狩りに遭って、昏倒していたんだよ」
きょとんとしていた私に、神官長が説明してくれた。
長い指で私の額に掛かった髪の毛を除けて、冷たい布をのせてくれる。
ひんやりとして、気持ちがいい。
「…羊狩り?」
なんだそれ。聞き覚えのない言葉だ。
「憶えていない?」
怪訝そうな私の声に、神官長は驚いたように、美しい空色の目を見開いた。
「狩りの副作用だね。可哀想に。少し、記憶が混濁しているんだろう」
気の毒そうに言った神官長の銀色の絹のような髪の毛を風がさらさらと揺らす。
綺麗な人だ。
「みんな知っていることだよ。最近になって人の秘密が盗まれることが多発しているんだ」
「…秘密」
「そう。秘密を盗まれた人を羊と呼ぶ。だから羊狩り」
ということは、私は秘密を盗まれたことになる。
前後の記憶がはっきりしなかった。
盗まれるような大それた秘密を持っていたのだろうか…。
寝台から起き上がると微かに眩暈がした。
ぐらりと揺れた私を、神官長が抱き留めてくれる。
彼からは白檀のような香りがした。
その匂いに何となく、既視感を感じる。
そもそも何故、私は神殿なんかにいるのだろう。
二十日に一度の、女神に祈りを捧げる日だったのだろうか。
「喉、乾いていない?」
そういえば、とても水分が欲しい気がする。
こっくり頷いた私に、神官長がグラスを差し出した。
冷たいそれを口に含むと爽やかな清涼感が広がって、とても美味しかった。
「美味しい」
神官長は微笑むと、空になったグラスにおかわりを注いでくれ、私の黒髪を労わるように撫でると、言った。
「きみはどんな秘密を盗まれたの…?」




