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嘘つきの奇跡  作者: くーが
第一章・感染された闇への復讐
16/19

その勝利に値する正義と道理

 世界最強の男が目の前にいる。

 唯一、超能力者と呼んでも過言ではない。

 恐らく、現代の科学兵器をどんなに駆使したとしても彼の事は止められないだろう。武装も何もなく、単騎で世界と戦える人間兵器。

 確か、MSL第一位はどこの国にも属してなく、世界中を放浪しているらしい。なので、世界中の国々がMSL第一位の勧誘をしているのだが、下手すれば一国家が壊滅する程の能力の持ち主だ。迂闊に手出し出来ない。

 彼の背後には、女子中高生と警備員が横たわっている。恐らく、救援信号を放ったのは倒れている警備員だろう。

「……ライセンス名はなんだ?」

「そんなもの……とうに忘れた」

 嘘か本当か、呆れた様な眼差しで見られる。だが、その右手の甲には『Eris01』と刻まれていた。

 ――――エリス。

 ギリシャ神話の不和と争いの女神。

 奇術師が最も嫌う仕事は、マジック披露の勤務でも殺し屋の依頼でもない。ライセンス名を名乗る事だ。

 それは決断の一つであり、最も憎む一つである。

「俺は、MSL第一〇位・嘘つきの奇跡、だ」

 右手のオープンフィンガーグローブを外して甲を見せつけた。

「何故、お前もMSL第九位と同じく、女子中高生を狙う?」

 二週間前の堕天使覚醒事件の首謀者と言っても過言ではない、復讐者である“残光ブラック漆黒キラー”。彼女はその堕天使覚醒事件を起こす前に女子中高生を狙った通り魔事件を数多く起こしていた。

「それは、こっちの台詞なんだよ。日本政府のクソ共は何を考えてる? 今度は何を犠牲にするつもりなんだ? 聖獣を造り出してどうすんだ? 答えろよ最弱」

 日本政府、犠牲、聖獣、造り出す。

 数多なキーワードが螺旋に渦を巻く。

 その中でも初めて聞いた言葉。

 “聖獣”

 奇術師の世界の“神獣”に近い呼び名だが、確実に別の生き物。いや、生き物と特定していいのかすら分からない異物だ。

 つまり、日本政府は“聖獣”という異物を造り出している、という訳らしい。

「悪いが、俺は日本政府の行動に無頓着だ。聖獣だか何だか知らないが、今はお前のその行動の意味を聞いているんだよッ!」

「三回目だ。危険因子の排除だと言ったはずだぞ」

 話が一向に繋がらない。

「だから、何故女子中高生を狙うんだ……」

「本当に何も知らないんだな。この島で起ころうとしている事を」

「は?」

「ブラックキラー、マジックプリズムの二つの勢力は何を狙っていたのか。それは、堕天使ではない」

 神流月の言葉を聞くにつれて、次第に思考が麻痺していくが、耳を離す事が出来ない。本当の真実を知りたかったのだ。

「あくまでも、堕天使は『支配者』を呼び寄せるための陽動でしかなかった。人から生まれ変わった『支配者』はもはや日本最強だからな」

 亜輝の耳では初めて聞く、『支配者』の三文字。腑抜けだった堕天使覚醒事件の全貌が見え始めていた。簡単に島を消し飛ばす堕天使さえも凌駕すると思われる、『支配者』はそれ程の力だというのか。

「『支配者』とはなんだ? 人から生まれ変わったとはなんだ?」

「それには答え兼ねる」

 気だるそうな眼差しが突き刺さる。

 彼も何かを失い、何かを切り捨てた人間なのだ。

「……MSLという事は、お前も二一四事件の場にいたのか?」

「……二一四事件か、……お前の事件の呼び名はそれなのか。まあ、そんなもんだな」

 お前の事件の呼び名はそれなのか。の言葉は意味ありげで亜輝はすぐに理解出来た。

 つまり、二一四事件の裏で複数の事件が起きていたのだ。彼も一つの事件に関わった中の一人。

「オレは日本政府へ殴り込みに行く。彼女はあいつらに殺された……」

 最強は、拳を握り締めて、呟く。

「あいつらの思い通りには、させない」

 何かしらの闇。それだけは理解出来た。だが、ブラックキラーは正しかったのか。そんな疑問が浮かび上がる。復讐に囚われた愚者であるブラックキラーは復讐のために堕天使を使い、『支配者』とやらすらを蘇らせようとしていた。それはどれだけの行為なのか。

 正義には程遠い。

 正義と悪は表裏一体だ。

 ――――『力なき正義は無力であり、正義なき力は圧制である』

 ある陰陽師に言われた言葉。

 だが、明らかにブラックキラーも神流月も後者だ。正義と道理が決定的にズレている。

「お前は、それでいいのかよ。たとえ、人の道を踏み外しそうとも、お前はいいのかよ!」

 地を踏みつけ、一歩踏み出す。

「オレは戦う意味を失った者だ。故に、壊す意味しか、この力にはない」

 戦う意味。彼も大切な人を失ったのだ。

「何が失っただよ、何が殺されただよ……」

 無意識に拳を握っていた。

「――――お前に、何があったか知らねぇが、情けねぇ面してんじゃねぇッ! それでも最強かよ。意味とか復讐とか、それを語る前に自分自身にケジメつけろ! 自分のせいで失った人がいるんだろ。そんなモノなのかよ、最強の称号はッ!!」

 その最強は、幸福を奪われ、絶望に浸った。

 その最弱は、絶望を退け、幸福に手を伸ばした。

 最強と最弱が激突する。

「……道を開けろ。オレは、復讐してやる!」

「……自ら、幸福の切符を棄てる気かよ!」

 真実さえも変えかねない二人が混じり合う。

 最強と名乗れる称号の最強と最弱。

 硬い、ひたすら硬い拳が交差する。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 水無月結菜は美海学園の帰り道の土手にいた。

 斜面に寝転がり、風に靡く空を見上げている。こうして、一人、いや、二人でいるのが心地好い気分がたまにある。その他にも愚痴を溢したい時や気分が優れない時にも訪れる。今日訪れた理由は明確。業平亜輝の事

「けどさ、キスはないよね。キスは」

 当たり前の事に人はいない。外には。

『しょーがないだろ? あの甲斐性なしの男が他人の乙女心を考えるか?』

 やけに男勝りの声が結菜の脳内に轟いた。

 二重人格の二つ目、螺奈。毎日、ボディシェアをしているのだが、時より一人になるとすぐ螺奈に話し掛けてしまう。

「……酷い言い草だね」

『当たり前だろ。だってよ、女の子にあんな相談するかよ。しかも、二週間も放置した末に一番親しい女友達にだぜ』

 無論、結菜も螺奈も亜輝の事が好きだ。だが、亜輝はそれに気がつく素振りすらなく、千夜を好きになってしまった。それは、二人の失態であり、三年間の恥じらいだ。いくら幼なじみだろうと、彼女には三年間のブランクがある。 それなのに、易々と取られてしまったのだ。恐らく、千夜が堕天使だから、とか同情とかではなく、亜輝は純粋に惹かれる要素があったから惹かれていったのだ。

「けど、今の現状は付き合っていないみたいだよ。だから、まだ見込みはあるよ」

『そうだな。今はどう振り返らせるかだ』

「ん~、ナリちゃんの好きなもので攻める?」

『例えば?』

「例えば、〇〇フェチとかあるじゃない。あれだよ。あれ」

『ああ、夜這いか……』

 螺奈が平然と間違った事を口にした。

「ちっっが~う!! そんな事女の子が軽々しく口にしない。しかも、意味違うから」

『怒んなよ。皺が寄るぞ』

「イィィヤァァァァッッ!!」

 螺奈の適切な言葉に思わず、身を丸めてうずくまる。デリカシーがないのは、螺奈の方だ。

『まあ、冗談はさておき、ナリヒラのフェチは……。てか、あれだ、あれ。ナース服じゃないか?』

「……冗談止めてよ、螺奈。ただでさえ、縦ロールと伊達眼鏡っていう特定の男子が振り向きそうな物をぶら下げてるんだから。ていうか、破廉恥な事から離れて」

 螺奈の意識の時は、結菜と螺奈を見極めるために伊達眼鏡を身につけている。だが、それだけのためではない。それは、形見なのだ。ある人、二一四事件でのあの人が掛けていた眼鏡。それを螺奈はいつも掛けている。今の結菜でさえ、あの眼鏡を掛ける事を躊躇うのだが、螺奈は悠々と掛けているのだ。

『それより、さすがにナリヒラの奴、帰ったんじゃないのか? 結菜、ケータイ忘れてきたろ』

「そうだね。帰ろっか」

 風が冷たくなってきた。もう、夏の残暑もなくすっかり秋の気候になってきている。夕陽も落ちる時間が短くなっており、夏の風景の匙鞍島が段々秋の風景に浸食されていく。

 ――――もうすぐ、ナリちゃんの誕生日だ。

 結菜はふとした秋風に意識を取られ、友人の誕生日が頭に浮かんだ。名前は亜輝。秋に生まれたからだそうだ。

 プレゼントは何にしようかな、と口元を綻ばせて鼻唄でリズムを刻む。

「ねぇねぇ、あのお姉ちゃんさっきから一人で喋ってるよ~」

 不意に後ろから幼い子供の声が聞こえてきた。

 まさか……。

「しっ! そんな事言っちゃいけません。さあ、早く帰りましょう」

 と、お母さんらしき人間が子供の手を引っ張って早足で駆けて行く。その態度はあからさまに子供が不審者や変態や変人などを見つけてしまった保護者そのものだった。

「…………」

『ドンマイ』

 他人事ではないでしょうが、と叫びたかったが、そんな事したところで状況が緩和される訳ではない。押さえる気持ちを胸に結菜は静かに立ち上がる。

「……まあ、まあいいもんね。早く帰ろう」

 土手を登り、夕焼けに輝く空蝉市を見渡す。

 美しい海に紅く染まる空。そして、地上にはビルディングとその間を縫う様に見える壁――――ハザードエンド。

 二一四事件では、匙鞍島一面が焼け野原になったのだが、ハザードエンドの中だけが封鎖されている。一般人はおろか、奇術師にすら知らされていない機密だ。亜輝曰く、コキュートスが破滅降臨した場所ではないか、と言っていた。

「帰ろ……」

 髪を払い、歩みを進み始めた。だが、それは一瞬で止まる事になった。

 刹那、大気を揺るがし、時空を歪める程の振動と爆風が匙鞍島全域に行き渡ったのだ。


 結菜には感知出来ないが、その方角――――ハザードエンドには膨大な魔力が二つと輝く闇、そして、輝く光が漂っていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「にゃぉ~っ」

 葉桜家のリビングには、波矯家のペットであるシュレディンガー、略してシュレがいた。それを礼歩が撫でくり回して戯れている。「このやろう、可愛いじゃねぇか」

 腹をわしゃわしゃとこちょこちょしてやると面白がって転がる。そんな姿が病みつきになってしまう。

「ねぇ、仙道君」

 テレビを眺めていた凪咲が話しかけてきた。

「なんだい?」

「業平君帰って来ないね」

「まあな。あいつは気分屋だから仕方ない」

 そう、亜輝は結構な気分屋なのだ。平気で授業はサボるは、約束は放棄だは、とにかく気分の移り変わりが激しい。

「……仙道君って業平君とどれくらいの仲なの?」

「えっ、ヤナみんさんってそっち系に興味があったのかよ」

 思わず、サングラス越しに眼を見開いてしまう。

「……そっち系ってなに。そんなディープな事言われても分からないわよ。一応、違うと言っておこうかしら。で、業平君とは何年間知り合いなの、って意味よ」

 うっすら意味が把握出来たのか、ようやく凪咲が振り返ってじと眼で見られた。

「あー、そういう意味か。……あいつとは、テロ事件から一月ひとつきたった時ぐらいに福島の避難施設で知り合ったんだ」

 あの頃の亜輝は絶望の眼をしていた。トイレ以外ではその場を動かず、ただうずくまるだけ。何かに怯えて、寝たところをほとんど見ていない。見たとしても悪夢にうなされているらしく、長くても一時間しか寝られない様子だった。

 とにかく、あの時の悪友は怯えていた。

 ――――まあ、あの残虐を見たら、仕方ないか。

「へぇ、じゃあ三年ぐらい経つんだ」

 そこで扉が開く音がした。

 足音からして亜輝ではない事が分かる。

「ただいま。あーくん帰って来てない?」

 千夜だった。

「いや、連絡すらないよ。ゆーちゃんもまだ来ないままだし」

 歩く度、ペタペタとポニーテールが揺れる。くりくりと丸い瞳が特徴的で人懐っこい明るい性格が彼女の魅力を引き立たせる。どこか、彼女を見惚れてしまう。そんなところに亜輝は惚れてしまったのではないか。

「にゃ~」

 構ってくれなくなったシュレが礼歩の制服の裾を引っ張ってくる。いや、何かを知らせようと。

 礼歩はため息を一つつき、ようやくか、と小さく呟いた。

「あー、ちょっと外で友達ダチとテルしてくるわ」

 そう言って立ち上がると、二人は相槌を打った。

 玄関に向かう。それと同時にシュレが足元を着いて来て、共に外へと出た。

 礼歩は門の前の段差へと腰掛け、その隣にシュレが尻尾を振って座る。

「どういう事か、説明してくれないか?」

 予想打にしないイレギュラーな事実に、苛立ちの口調で貧乏揺すりをする。

「お前の役目はなんだ? 傍観者か、……いや、もしかして観測者とでも言うのか?」

 シュレは答えない。

「お前は何を考えている。何をしたいんだ。ナリヒラ・アキのそばにいて何を望んでいるんだ?」

「まあまあ、落ち着け貴君。情報交換とでも行こうではないか」

 古風な喋り方をする猫。礼歩が考える以上にビンゴな結果だ。

「何が情報交換だ。白々しい。神獣がいっちょ前に交渉かよ」

「いやなら、別を当たってもらっても構わぬがな」

「分かった分かった。悪かったよ。モデル・マンティコアの神獣さん」

 そう、このシュレディンガーこそが奇術師の世界で言われる、“神獣”だ。

 その身に神話の生物の能力を宿した生き物。例えば、その神獣の元となる生物に擬態して現実世界をやり過ごす。人間優りの人格を持ち、喋りもするし、能力を解放すれば姿も変わる。それの存在はテロと同じく扱われる。何故なら、その実力はMSLさえもてこずらせる程なのだから。だが、神獣が能力を解放する事はほとんどない。なので、国々の政府は神獣に手は打っていない。能力を解放すれば街一つは消せるのだが。

 未だ分からないのだが、奇術師に関連する存在とは分かっている。

 世界を探せば、他にも神獣は沢山いる。だが、未だ一般世界ではその正体は隠蔽されているのだ。

「やはり、気づいておったか」

「……気づかない方がおかしいだろ。あの業平バカは神獣知ってるくせにお前を疑いもしないだろ」

 神獣は、奇術師の世界でも都市伝説とされている。

「左様。あの無警戒さにはいささか呆れる」

「……で、お前はなんだ?」

「貴君の思う通り、観測者じゃよ」

「ウラには、誰がいる?」

 サングラスをずらしてシュレを睨み付ける。

「それは答えられぬ。それは貴君も同じじゃろ? ジョーカー」

「猫のくせに口が達者だな」

 シュレは段差から飛び降り、礼歩の目の前へと座り、猫とは思えない程早く口を動かした。

「それより、また貴君らはまた何かやらかし始めているようだが……」

「まあな。その内嫌でも分かる」

 意味ありげな言葉に首を傾げるシュレ。だが、次の瞬間、島全体を地鳴りが駆け抜け、吹き抜ける突風が木々おも大きく揺らがす。

 まるで二つの巨大な原子が亜光速でぶつかり合った様な衝撃だ。

「……ほらな」

 シュレは怪訝な眼をしている。

「一暴れしてもらうぜ、悪友」

 ジョーカーの異名を持つ者が静かに言った。

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