腐女と野獣《特殊性癖女子編》
婦女と野獣の続きです
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かつては私は《沈黙の暴君》と呼ばれた男。
貴族のように高価な物を購入する時は税を。
その他にも税と名乗らない実質税金を取りまくってウハウハに生きてきた。
週三でやっていた社交界では毎晩のようにグラスを積み上げて作ったタワーに高価な酒を流し注いで生きていた。
しかし今は……鏡を見れば野獣の姿しか映らない。
こんな私を愛する者など……
私が鏡を睨みつけていると三毛猫の侍女、ミーケが部屋に入ってきた。
「セイン殿下、アキール殿がまた娘を連れてこられていますよ」
「なに! 今度は一人か!?」
「ええ、メガネをかけた可愛らしい娘さん一人でしたよ」
私はホッとしていた。
前回はバツイチ子持ち元旦那ウンザリの長女ジングルを連れてこられた。
アキールの娘だ。婚姻歴はあるかもしれんが、この際独り身であれば贅沢は言えまい。
「よし、通せ」
◇
客間には小さな女性が座っていた。
以前は父親のアキールも最初は同席していたが今回はいない。
その瞬間疑念しか浮かばないのだが、確かに女性の見た目は大人しそうで長女のジングルとはまるで正反対の雰囲気を醸し出している。
「アキールの娘、エルピーです。宜しくお願い致します」
エルピーは目を伏せ、まっすぐに立っていた。
奥ゆかしさすら感じるその所作に私の疑念は煙のように消えていた。
「どうぞ、掛けてくれ」と促すと、ソファへ腰をかけ少し居心地が悪そうな様子だった。
「ミーケ、まずは茶を差し上げてくれ」
ミーケが手を叩くと熊と化した執事と狼と化した使用人がアップルティと茶菓子を机へ並べていった。
エルピーが、その様子をキラキラとした目で眺めている。
一通り並べ終わるとエルピーは茶を一口飲んだ。
「父君から聞いてはいるだろうが、この城は呪われている。実際に見て驚かれたであろう」
「いえっ!最高ではないですか。先程の執事様と使用人様、御召し物をお見受けする限り元々は男性であると思ったのですが……」
「ああ、そうだが」
「なるほど……そしてそれを統治されているセイン・パイン王子……まさにっ!」
……コイツは何処に食らいついているのだ。
普段は大人しそうだが我々を見るなり時折目を輝かせる。特に私などライオンとも言えない牙を持った野獣。
恐れられることはあっても興味を持たれることはなかったからエルピーの反応が分からないのだ。
「ところで、趣味などはあるのか」
「ええ、読書が趣味ですね。あとは絵画を少々、嗜む程度ですが」
まさか。あの時の美女の生まれ変わりか!?
二十年前に動物アレルギーによるじん麻疹がでることが理由で別れたあの時の美女も読書家だった。
しかも絵画も趣味とは趣きがある。
「ち、因みに……動物アレルギーとかは……?動物に触ると体中が痒くなるとか……」
「動物アレルギー?全然ありませんよ。休日は森の動物が百四十匹くらい集まっている中で読書したりして過ごしていますから」
百四十匹だと!?
もうスープの中のジャガイモみたいに動物へ溶け込んでいるではないか。
アキールよ。なぜこの子を先に連れてこない。
バカなのか。アイツはバカなのか?
踊り狂う私の心がエルピーを書庫へ案内していた。
国中の本が並ぶその部屋を見せるとエルピーは、手を合わせ目を輝かせながら見渡していた。
「これ、全部セイン殿下の物なのですか!?」
「まあ、私の城で管理している物だけどね」
「野獣セイン・パイン王子、熊さんの執事、使用人の狼さん!それだけでも素敵なのに国中の本がここにあるなんて」
「しばらく……ここでゆっくりしていると良い……用があれば執事のアーベルに言えば、なんでも聞いてくれる」
エルピーは嬉しそうに頷くと、子どものように読みたい本を選んでいる。私は書庫を出ると自室に向かって走っていった。
◇
「こんなこと本当にあるのか!? あの子はあの時の美女の生まれ変わりだ!」
「殿下落ち着いて下さい。御召し物はこれで良いですか?」
ミーケは二着の大きなタキシードを手に持ち、呆れた顔をして前に差し出した。私は左側のタキシードを指さして鏡に映る自分を見ている。少しでも品のある容姿でいたいのだ。
野獣と化してしばらくすると、服も着ずにウロウロしているから、まわりの使用人たちも大慌てである。
ジャケットを着せてもらっている時にミーケがため息をついている。
「セイン殿下、くれぐれも人を比べるような事はしないでくださいよ。あの子はあの子。あの時の美女とは違うのですから」
「なにを言っているミーケ。あの時以上だよ。読書家であり絵も描くんだぞ!?こんな高貴な趣味を持っているエルピー!最高じゃないか!」
二十年間、重さしか感じなかった足が急に軽くなったような気がした。
早速エルピーの父親へ《GJ》と書いた手紙を送るように使用人へ手配した。
◇
こうしてエルピーと共に過ごす時間が始まる。
雨が降っていなければ朝食は庭園でエルピーの住む町の変わり者の男の話や、おじいさんが好きすぎてストーカーしているおばあさんの話などを聞いて一緒にとった。
朝食が済むとエルピーはだいたい読書にふける。
私はその横で書類仕事を片付けていた。
午後になると最近は私をモデルにして絵を描いていた。特にポーズを取るわけではないのだが、模写してから自室で清書していくらしい。
夜になると私が人間であった時の話や、読んだ本の感想などを語り合っていた。
ある夜、エルピーが読み終えた本を閉じた。
「この主人公、最後まで自分が正しいと思ってましたね」
「いや、あれは国を守るために必要な判断だっただろう」
「でも、そのせいで困る人もいたじゃないですか」
「王というものは全員を喜ばせることなど出来んのだよ」
「じゃあ殿下も、昔そういうこといっぱいしたんですか?」
「……まあ、それなりにな」
税を取りまくっていた頃の話まではしなかった。 ただ、エルピーは私の返事を笑うでも責めるでもなく、もう一度本を開いた。
「でも殿下って、本の中の王様より話しやすいですね」 「比較対象が本の登場人物なのか?」
「だって、殿下は聞けばちゃんと答えてくれますから」
そんなことを言われたのは初めてだった。
その夜は予定していた時間を過ぎても、二人で本の話を続けていた。
そんな日々を過ごしていたが、ある時エルピーが見当たらず探していると書庫の机で眠っていた。
その机には本が重ねられ、一枚の絵の横でエルピーは机に突っ伏していた。
起こしてはならないと、そっと近づいてみると横にあった絵には着ぐるみを着たライオンと狼が男同士でキスしている描写が描かれている。
よくよく見てみると私と使用人にそっくりだった。
夢の中のようなキラキラと輝く美しいタッチで描かれてはいるが男同士だ。私はゆっくりと後退りして書庫を出た。
部屋を出ると私は自室へ逃げるように向かっていった。途中ミーケを見かけたような気がするがそんなこと今はどうでもいい。
初めて力強く動くカブト虫を採ったが、虫かごの中で儚く死んでゆく様を見て絶望した時と同じような気持ちになっていた。
◇
私は公務が忙しいという理由でエルピーとは一週間、顔を合わせることはなかった。
自室に籠り、最低限の書類仕事だけ片付けて後はベッドで横になっている。
コンコンッとノックの音が聞こえると、そこに立っていたのはミーケだった。
「殿下、そろそろ普通にしてもらわないと。完全に引きこもりじゃないですか」
「うるさい!私は本気だったんだ……なのに……」
ミーケはベッドの横に数枚の書類を置いた。
とてもじゃないけど見る気にはならなかった。
「アニマル・プリンス……城下町では流行っている男性グループで、そこにはライオン、狼、熊の他、着ぐるみを着て歌って踊れる人気吟遊詩人がいるそうです」
「……アニマル・プリンス?吟遊詩人?なんだそれは」
「ええ、なんでも容姿端麗なその吟遊詩人たちは年齢を問わず女性に人気だそうで《推し》と言われる文化があるようですよ」
「それと私の関係性はないではないか!野獣って共通項だけだぞ」
「……私もこのお城に五十年いますから、詳しいことは分からないですよ。ただ、そういった趣味がお有りの一面もある……」
「彼女は女性だぞ!? 男同士が戯れる様を見てなにが楽しいのだ」
「私には、読書好きな殿下は、なにが楽しいのか分かりません、まともに本を読んだ事もありませんから」
「……どういうことだ?男色好きな女と読書好きと噛み合っていないではないか」
「さあ、どういうことでしょうね」
そう言い残してミーケは部屋を出ていった。
翌日、廊下でエルピーと鉢合わせた。
「殿下、最近ずっと避けていますよね」
「いや、公務がだな……」
「もしかして、書庫の絵見ました?」
私は答えなかった。
「あれ、アニマル・プリンスの獅子役と狼役ですよ」
「……私と使用人ではないのか?」
「似てますけど違いますよ。殿下たちを勝手に描いたわけじゃありません」
そこは少し安心した。
しかし問題はそこだけではない。
「だとしても、なぜ男同士がキスしている絵を描くのだ」
「好きだからです」
「なんでだ!」
「なんでって言われても、好きなものは好きですよ」
あまりにも普通に返され、私はそれ以上言葉が続かなかった。
「殿下、本が好きなのに、物語の中くらい好きに恋愛させてあげないんですか?」
そう言い残し、エルピーは本を抱えて去っていった。
◇
「あの子……昔からちょーーーっと、変わったところあるからねえ」
エルピーの姉、ジングルとその娘のモチコは熱々の紅茶を一気に飲み干した。
コイツらの口の中は、熱を感じる神経がバグっているようだ。
「そもそも君たちはいつ帰るのだ。次の花嫁候補が来ているのにずっと城に住み憑いているではないか」
「いいじゃん!私ら姉妹なんだし、結婚したわけじゃないだろ?」
なぜ見合いをしたら住み憑いてよいシステムなのかは皆目理解ができないのだが、そこは流した。
「ただねえ、あの子の趣味は変だと思うけど、花嫁になることとは別なんだよ」
「どういう意味だ」
「別に迷惑かかってなかったってこと!ウチの父アキールは商売失敗したけど、エルピーは借金背負って吟遊詩人の追っかけしているわけじゃなかったしさ」
「変わりすぎだろ!?」
「私は元旦那で地獄見たから分かるよ。王子はお金の心配はないだろうけど、いつも追われるような生活すると、過去の愛も手放さなくちゃいけなくなるのが生活だったから」
モチコがボロボロこぼしながら茶菓子を食べていると、ジングルは床に落ちた菓子を拾って片付けていた。
「要するに趣味は趣味だということか?」
「いや相当変わった趣味だよね。姉の私が言うのもいかがなものかとは、思っているよ」
ジングルは縁談は終わったのにいるが、たまに良いこと言うな……
そんなことを漠然と想いながら空を見上げた。
「あー! セイン殿下久しぶりですね」
本を片手にエルピーがこちらへやってきた。
「エルピー。この前の件だが……私はまだ、男同士の恋愛を見て楽しむ気持ちは分からん」
「別に分かってもらわなくてもいいですよ」
「ただ、それだけで君まで変な人間だと決めつけたのは悪かった」
エルピーは手にしていた本を私へ差し出した。
「じゃあ殿下も一冊読んでみます?」
「男同士のやつか?」
「はい」
「断る!」
「じゃあ普通の恋愛小説にしておきます」
「最初からそうしろ!」
エルピーは本を引っ込めると、今度は別のページを開いた。
「あっ、それよりこの本に書いてあったけど、相続税って仕組み殿下が考えたんですか? 死んだ人の財産を奪うなんて最悪じゃないですかー」
「あーね」
エルピーは無邪気な顔で本を開いて見せた。




