異世界からの侵略者 〜日本人なら食べるでしょ!〜
突如として、ソレは世界に現れた。
空間に空いた穴のようなもの。
後に異次元穴「ゲート」と呼ばれるようになるソレは、なんの前触れもなく世界各国に出現したのだ。
そして謎のまま調査班が派遣され、ゲートに近寄り始めたその時、穴の中から奴らが現れた。
明らかに、現在地球上に生息するものとは違う存在。
見た目は完全な植物、ただし3メートルはあろうかという大きさ。
そして何より、彼らは動いていた。
枝をしならせ、根を足のように使い、ドアをくぐり抜けるかのように、ゲートから出てきた。
人の歩行程度の速さなので、逃げるのは容易であったが、厄介なのは倒したあとだった。
彼らは攻撃を受けると、腐敗ガスを撒き散らして腐った。
しかも何故か人を好み、寄ってきては巻き付いて連れて行こうとする。
捕まえられた人間はゲートの向こうへ連れて行かれるが、数日後に衰弱した状態で、ゲート付近で見つかることが多かった。
ただし、ほとんどが記憶に混乱をきたして、ゲートを越えたあとのことを覚えていなかった。
やがて各国は連携して、この植物型モンスターに対抗する組織を立ち上げた。
プラントスイーパーと呼ばれる彼らは、防護服に身をつつみ、ゲートから現れるモンスターを駆除することとなった。
その日、日本のとある地方都市のゲートからモンスターが現れたため、周囲1キロの住人に避難命令が出されていた。
ゲートにほど近い商業施設の中に、逃げ遅れた一人の男がいた。
彼の名は、木下草一郎。
草一郎は絶望していた。
借金を残して逃げた父に代わり、働きずくめだった母は過労で倒れあっさり亡くなってしまった。
残された長男草一郎は、弟2人と妹の為に働いた。
施設に引き取られれば、兄弟は離れ離れになるため、草一郎が働いてまだ未成年の弟たちを養うことにした。
草一郎もまだ成人したてだったが、必死に、半ば意地になって働いた。
だが、無情にもバイト先の一つが閉店することとなり、草一郎は仕事を失った。
まかない付きだったので、食事はその1食で済ませ、他を兄弟に回すことができるありがたいバイトだったのに。
また仕事を探さなければ。
だけどチクショウ。
なんで。
こんなに頑張ってるのに。
世の中に対して絶望していた。
避難命令は聞こえていたが、もうどうでもよくなっていた。
力なく床に座り込む草一郎の側で、サワサワサワと葉の揺れる音がした。
ぼんやりと顔を上げると、巨大な草が立っていた。
モンスターは枝を伸ばし、草一郎に巻き付いてその体を持ち上げた。
死ぬのか…もうどうでもいいや
投げやりになって大人しく運ばれていく草一郎の目に、ふと赤い実が映った。
トマト?
モンスターの一部から、どう見てもトマトな赤い実が揺れていた。
腹いっぱい飯食ったのいつだっけな…ぼんやりとそんな事を考えながら、気がつけばトマトに手を伸ばしていた。
どうせ死ぬなら食ってやる。
草一郎はそのトマトらしきものにかぶりついた。
「あまっ!うまっ!!」
草一郎は叫んだ。
なんだこのトマト。
確かにトマトではあるが、甘くみずみずしく、旨味がたっぷりで、こんなに美味いトマトは生まれて初めてだった。
空腹だった腹に、そのトマトは染み渡った。
草一郎は夢中で食べた。
モンスターにはまだトマトがなっていた。
それにも手を伸ばして夢中で食べた。
気がつくと、モンスター(トマト)は止まっていた。
そしてもう一体、モンスターがそばに立ち、草一郎へ枝を伸ばしてきた。
その頃にはプラントスイーパー達も駆けつけ、しかし草一郎が捕まっているため攻撃できなかったのだが、彼らの目の前でそっと草一郎を離したモンスター(トマト)は、薄く光りながら塵のように消えた。
「そこの男性!逃げてください!」
プラントスイーパーが拡声器で呼びかけるも、草一郎は立ち尽くしていた。
その彼の目の前に、2体目のモンスターがそっと差し出すように己の実を揺らした。
「パプリカ?」
黄色くつやつやとしたそれを、草一郎はためらうことなくもいだ。
手のひらにずっしりとした重みを感じながら、そのままかぶりついた。
「あまっ!うまっ!!パプリカって生でこんな美味いの?!」
肉厚の実は苦味はほとんどなく、さっぱりとした甘みが口に広がる。
シャクシャクといい音をたてながら、草一郎は夢中でかじった。
プラントスイーパー達が呆然と見守る中、草一郎はパプリカを食べ続け、3個ほど完食した時、モンスター(パプリカ)は、嬉しそうに体を震わせ、そしてまた光って消えた。
美味かった。
だがまだ足りない。
ずっと空腹だった草一郎は、まだ飢えていた。
モンスターが消えて、プラントスイーパー達が草一郎に駆け寄った。
「無事か?!早くここから退避するんだ!」
掴まれた腕を振り払って、草一郎は叫んだ。
「嫌だ!まだ食べる!」
子供のようなその叫びを聞きつけたかのように、3体目のモンスターがこちらに寄ってきた。
しかも早い。
人間の歩行程度のはずが、それは小走り…とでもいうのか、根を素早く動かしてこちらに駆け寄ってくる。
しかも何か撃ちながら。
「撃ちながらこちらに向かってきます!」
「くっ!距離を取れ!」
プラントスイーパー達のリーダーらしき人物の指示で、拒否する草一郎の腕を離して走り去る。
プププププと弾を撃ち出しながら近寄るそれを、草一郎は食い入るように見つめた。
弾は撃ってるが、当たらないように配慮してる!
「タネマシンガン!」
草一郎の目の前に到着した時には弾を撃ち終え、それは静かに己の実を転がした。
と、それはパカっと勝手に割れた。
「スイカ!しかも種無しとか、至れり尽くせりかよ!」
どういう仕組みか知らないが、先ほどまで撃っていたのは種らしい。
種を打ち終えて種無しになり、食べやすくなったそれに、草一郎はもはや何のためらいもなくかぶりついた。
「あまっ!うまっ!!もう糖度バグってるだろこれ!!」
みずみずしいのは当然として、スイカってこんなに甘くなるものなのか、と感動で震えた。
しかも甘いのにそれはさっぱりしていて、いくらでも食べれる気がした。
プラントスイーパー達は呆然と、目の前の光景を見ているしかできなかった。
モンスターを美味い!と叫びながら貪る青年。
そして、まるで食べてもらいたいかのように、その実を差し出すモンスター。
モンスターは攻撃すると腐るため、その成分はまだ解析されておらず未知数だった。
「隊長!新たなモンスターの出現を確認!」
「くそっ!何体出てくるんだ!」
通常ならば一体出てきて終わりなのに、既に4体目が確認されている。
それもこれも、この眼の前の青年のせいなのか?
スイカをうまそうに貪る青年の隣に、4体目がそっと佇んでいた。
「メロン!すげー!メロンなんて何年食べてないだろう!」
高級品に草一郎のテンションも上がる。
そして脳裏に、弟たちの顔が浮かんだ。
「あいつらにも食べさせてやりたいなぁ…」
日々の食事の確保に精一杯で、フルーツなんて余裕があるはずもなく。
そのつぶやきを理解したのか、モンスター(メロン)は、ころん、ころん、と実を数個、草一郎の前に転がした。
「えっ…これ持って帰っていいのか?!」
その問いに応、と答えるかのようにモンスター(メロン)は輝きながら消えていった。
モンスター(スイカ)もそれに続く。
「すごい…一人一個食えるじゃん」
しかし無情にも、草一郎はそのお土産を持ち帰ることはできなかった。
プラントスイーパー達によって危険物として取り上げられ、彼自身は健康状態を調べるために強制的に病院に連れて行かれ、家に帰ることすらできなかった。
なんとか連絡だけはできたものの、経過観察のため数日間は入院だと告げられた。
同じ頃、現場にいたスイーパーたちから組織の上層部に報告が上がり、大混乱が起きた。
モンスターを食べ、しかもそれは腐敗ガスを出さずに消えた。
没収したメロンを分析しようとしたが、おおよそ48時間後にそれらはすべて通常通りに腐敗した。
まるで食べてもらうのが目的のような行動。また、その民間人の意思を汲み取ったのなら、意思の疎通が可能な知性があるということ。
そんな上の偉い人たちの思惑など、草一郎にはどうでもいいことだった。
彼は弟達に食わせてやれなかったメロンが悔しくて仕方なかった。
「お前たちに腹いっぱいメロン食わせてやりたかったのに」
病室で、面会に来た弟達に話して聞かせる。
「すげー!腹いっぱいメロンとか富豪じゃん!」
弟の実と茂が目を輝かせる。
その顔を見ているとなおさら、持ち帰れなかったのが悔しい。
食べ盛りの男子である弟たちに、腹いっぱい食わせてやりたい。
妹の花菜はダイエットだから少なくていいなんて言ってるが、あの子だって野菜やフルーツなら喜んで食べるだろう。
「モンスターだっていうけどさ、そんなに美味いなら食べてみたいな」
「もう出てこないのかな」
実と茂の言葉に、草一郎は考え込む。
「兄ちゃんが家に戻ったら、ゲートに行ってみようか」
男子3人はコソコソと、今後の事を計画し始めた。
ゲートの周辺は柵などで囲まれ、外部から人間が入れないようにしてある。
ほとんどは無人で、センサーと監視カメラが設置してあり、モンスターの出現を検知すると警報が鳴る。
モンスターには柵など通用しないが、人間側で度胸試しや動画撮影などで近寄る者が度々いるのだ。
そして運が悪いとモンスターに捕まり、そして数日後に発見される、という流れだ。
この地方都市に出現したゲートは、場所が商業地域にほど近い公園だったため、柵で囲まれてはいるが、比較的近くの人通りは絶えない。
草一郎に実と茂は、柵ギリギリまで近づいていた。
(花菜は女の子なので、安全のため家で待っていてもらう)
さすがに柵を超えてしまうと後々面倒なので、そこは守る。
しかし、ここでぼんやりモンスターを待つのも気が長過ぎる。
実はゲートに向かって呼びかけてみた。
「メロンが食ーべたーいなー!」
茂も続く。
「お腹いっぱい食べたーい!」
今日は包丁とスプーンも用意してきた。
食べる準備は万全だ。
近くを歩いていた人が、ギョッとして3人を見る。
そんな中、ゲートの輪郭が揺れ出した。
シュルシュルと出てきたツルの先が、探るように揺れる。
それから本体部分がにじり出てきて、全身が出るとセンサーが反応し警報が鳴った。
『モンスターが出現しました。避難してください』
大音量に耳が痛い。だが3人はモンスターを見つめ続ける。
『モンスターが出現しました。避難してください』
綺麗な丸い緑の実に、目は釘付けだ。
モンスターは素早くこちらに近寄り、柵の上にツルを伸ばすと、3人の前に実を落とした。
しっかりとキャッチしたそれは、立派な網目模様。
「兄ちゃん!これなんか高級なやつじゃね?!」
テンションは爆上がりだが手の動きは素早い。
包丁で、その一個を割ると、甘い濃厚な香りがあたりに広がった。
すかさずスプーンを構え、実と茂がその身を口に運ぶ。
「「あっま!!うま!!メロンすげー!」」
2人の声が揃う。
その圧倒的な美味しさの前に、語彙力は死んだ。
夢中で食べる弟たちを見守る草一郎の腕を、モンスター(メロン)のツルがツンツンとつついた。
そちらを見ると、もう一個メロンがぶら下がっていた。
「俺にもくれるのか?ありがとう!」
好意は素直に受け取るたちなので、メロンも素直にいただいた。
これも半分にカットして、持参したスプーンで口に運ぶ。
「あまっ!うまっ!!そりゃ高級だよなぁうまいもん!!」
甘みと旨みが意識を支配する。
濃厚な香りは辺りに広がり、逃げようとしていたはずの人たちまで足を止め、モンスターとその隣でガツガツとメロンを食べる異様な光景に目が離せなくなった。
「な、なぁ、そんなにうまいのかそれ…」
あまりに美味そうにむさぼり食う3人の姿に、好奇心と食欲を抑えきれなくなった見物人が声をかけてきた。
「すごいうまい!!アンタもどうだ?」
草一郎はのこった半分を櫛形にカットして、声をかけてきた人に差し出した。
差し出された方は、メロンとモンスターを交互に見比べつつ、モンスターが柵の向こうでじっとしているので、メロンを受け取って食べた。
「うまいー!なんだこれ?!」
彼もまた叫んだ。
美味しさの前で、警戒心は無力化した。
それを皮切りに、ほかの人達も集まってきた。
モンスター(メロン)はもう一個メロンを渡すと、喜びに震えながら輝いて消えた。
おかわりのモンスター(メロン)が、いつの間にか来ていた。
みんな美味すぎて叫んだ。
突如として始まったメロンパーティーは、プラントスイーパーと警官たちが現れるまで続いた。
それから、『モンスターは食べれる』と知ってしまった人たちが、ゲートの周辺でモンスターを待つようになった。
突如モンスターを食べ始めた日本人に、各国の政府から問い合わせが殺到した。
「おまえんとこの国民、どうなってんねん」と。
しかし日本政府も許可したわけではない。
だが駆除すれば腐敗ガスをまき散らし、食べれば綺麗に消えるのだから、食べたほうが害がないじゃないか!との声も大きくなり、対応に頭を悩ませていた。
既存の農業にダメージを与えるのではないかとの懸念もあったが、『48時間ルール』の発見により、その風向きも変わった。
彼らからの収穫物は、48時間たつと腐ってしまうのだ。
なので流通には乗せられず、現地で消費するしかない。
それが知られると、ゲートの周辺にモンスター産作物を使った屋台が出始めた。
日本人は、美味しいもののためには労力を厭わないのだ。
焼きとうもろこしはそのまま焼いてタレをつけただけでも、プリプリで美味しかった。
じゃがバターにフライドポテト。
焼き芋に大学いも、スイートポテト。
野菜やフルーツのジューススタンドも大変繁盛した。
その頃になると、観光地化して、海外からも客が訪れるようになっていた。
そうして、日本でモンスター産作物を美味しくいただいた人たちが国へ帰り、世界各国で食べられ始めた。
「初めて食べた人間」として、草一郎は有名になり、プラントスイーパーを運営する組織の研究科に就職した。
彼の性格なのか何か気質なのか、会話できるわけではないのだが、モンスター達と意思の疎通に近いことができたので、研究に欠かせない人物となったのだ。
報酬も良かったので、安心して弟たちを進学させてやることもできた。
時々講演に呼ばれて、ちょっと偉そうに語ったりもする。
プラントスイーパー自体は縮小されたが、作物を勝手に持ち帰って腐らせ、腐敗ガスを発生させる事件は後を絶たないため、その処理のために必要なのでなくなることはなかった。
やがてモンスターからの収穫物は、異世界産野菜・果物と呼ばれるようになった。
そして今日もどこかのゲートで、誰かがそのうまさに叫んでいる。
ごめんなさい、きゅうりだけは苦手なんです。




