コンビニエルフの森山さん
「いらっしゃーせー」
やる気のなさそうな、透き通った声。
日本人離れしたロングの金髪と、白すぎる肌。
とがった耳にはピアスがついていて、首にはチョーカーが巻いてある。
僕の先輩だ。バイト先の。エルフの森山さんだ。
「うーさぶっ」
自動ドアが運んできた外気から身を守ろうと、ヒーターの前を陣取り続けている。
両手をこすって暖をとる森山さんに、僕は正直あきれていた。
エルフって一体どんな防寒性能をしているんだ。やっぱり耳が長いからか?
耳当てでもすればいいのでは。
「森山さん、仕事してくださいよ」
ホットスナックの廃棄処理をしながら、文句を言った。『マンドラゴラ揚げ』が干からびている。これ、揚げすぎると悲鳴みたいな音が出ていやなんだよなあ。
せっせと作業を続ける僕に、返事は帰ってこなかった。
森山さんの方に目を向けると、スマホでガチャを引いているところだった。
「ちょっと。森山さん」
「え? 何? 廃棄出たの?」
「そうですけど、そうじゃなくて」
「じゃあチンしてよ。もらうから」
このいいようだ。僕が反論する間もないまま、ぺしっと『マンドラゴラ揚げ』を取り上げると、そのままレンジにかけてしまった。
一体彼女は何なのだろうか? エルフっていうのはもっとこう……高貴で……清楚で……。しかし、目の前で寒さに身を縮める彼女は……。
「あーーーさむい……。だるい……。明日出たくない……」
「冬ですからねえ」
「人間はいいよね、寒さに強くて」
「そういうもんですか?」
「そういうもんだよ。……あ、客きた。ねえ、掃除とかもやっといてよ、雪とか泥とか」
彼女はさっとレンジの中身を取り出すと、レジの裏に隠れてしまった。どうやら客に隠れてつまみ食いをするつもりらしい。どういう神経してるんだ。
「はい、『ヒールポーションV1000』が一点……。お会計はこちらになります」
お客さんが帰ると、森山さんがレジから顔を出した。口をもしゃもしゃとさせながら。
「いかにも冒険者って感じだねえ。よくこんな時間まで頑張るね」
「……ダンジョン前ですからね、ここ」
「私としては、掃除の手間が増えるから最悪。あいつら店汚してくじゃん」
じゃあなんでこの店でバイトしてるんだよ。その言葉はさすがに飲み込んだ。
「でも実際、冒険者ってのも儲かるみたいですね。最近ネットでも見ましたよ」
「あー。当たればでかいってのは間違いないんじゃない」
「僕もやってみれば意外といけたりしませんかねぇ」
「やめときなー。さっきのポーション、常飲するんだよ?」
ホットスナックの包み紙をくしゃっと投げて、森山さんはヒーターの前に戻っていった。
確かに、あのポーション……前に(森山さんが)割ったときに強烈なにおいがしていた。それを思い出すと、胃が自然とむかむかしてきて、僕の甘い妄想は苦い現実味に負けてしまいそうになる。
ついでにポーションの後始末をさせられたことを思い出して、森山さんにもむかむかしてきた。
はあ、こんな低時給のバイトするくらいなら、一発逆転にかけたっていいんじゃないか?
森山さんはああいうけど、僕だって、もしかしたら……。
その時、ぬっと大きな影がコンビニの前を横切って行った。
ごう、と冷たい風が雪と共に吹き込んでくる。
「……今の、モンスターですかね?」
「うっわ、あいつのせいで自動ドアひらいたじゃん! さむいさむい……」
「ちょっと、森山さん。いいかげん働いてくださいよ。店長にいいつけますよ」
「よし決めた、明日絶対に休む。寒すぎて無理」
「困りますって。僕一人になるじゃないですか。ワンオペは嫌ですよ」
とは言ってみたものの。よく考えると、森山さんがいてもそんなに変わらない気がする。
廃棄おにぎりを物色し始めた彼女をみると、そんな気がしてならない。……あ、包装がはがせなくてイライラしてる。あれとりづらいんだよな……。
ため息をついて、お弁当コーナーの廃棄作業にもどると、ぬっと手が伸びてきた。
森山さんは素知らぬ顔で弁当を持ち去ると、電子レンジに放り込んだ。
「ちょっとちょっと! それまだ廃棄にしてないですよ」
「廃棄になるんだよ。遅かれ早かれでしょ」
「そんなめちゃくちゃな……!」
エルフの時間感覚ってみんなこうなのか?
チーンという音が鳴って、ホカホカの『コカトリス弁当』が出てくる。から揚げの表面で油がじゅうじゅうと音を立てている。
僕はごくりと唾をのんだ。そういえば、出勤以来何も食べてない。
時計は午前三時。さすがに、小腹の一つでもすく時間だ。
「食べる?」
僕の視線を目ざとく追っていたらしい。森山さんがにやっと笑っていった。
「おなかすいてんでしょ。あげるから、ゴミ出しかわりに行っといてよ」
……やられた。こうやって僕に仕事を押し付けるのが、彼女のいつもの手だった。
当然、突っぱねればいいのだが。結局のところ、最終的にゴミ出しは僕の仕事になるのだろう。
森山さんの中では決定事項だからだ。
「……わかりましたよ」
ぴ、と機械をかざして。僕はその弁当を廃棄処理にした。
ゴミ袋を抱えて裏口を出ると、鼻が取れるんじゃないかってくらいの寒気に襲われた。
「うう、さぶいさぶい……」
森山さんではないが、人間だってそこまで寒さに強いわけじゃない。
この日ばっかりは、ゴミ捨て場までのちょっとした距離が恨めしくってたまらなかった。
ズボンのすそが湿り気を帯びていくたび、明日の出勤が嫌になっていった。
ようやくの思いでゴミ捨て場に袋を置き、さっさと戻ろうと思った矢先。
「……なんだこの匂い」
妙なにおいがした。
獣っぽいというか、生臭いというか。
そうやって気にしてみると変な音もする。
『グルルルル……』
音というよりも、うなり声だ。
恐る恐る目を向けてみると、電灯の下に大きな影があった。
四足歩行で、人間より何まわりも大きい。
グリズリーだ。
その赤い目に射抜かれた僕は、身動きが取れなかった。
なぜ、ダンジョンの外に? ――たまにあることらしい。運が悪かっただけだ。
なぜ、こんな高位の魔物が? ――いやいや、グリズリーはせいぜい中位だろう。
僕は生き延びられるのか? ――死ぬね、多分。
体が震える。寒さじゃない。グリズリーが、僕を見据えてにじり寄ってくるからだ。
目線を外さないまま、僕も後ずさる。
周囲に人影はない。どこかに逃げなくては、と思うものの、真っ先に思いつくのはコンビニだった。もしかすると、ギリギリで逃げこめるかもしれない。
そう願いながら後ずさりを続ける。よしいいぞ、裏口までもうちょっとだ。
『グルァッ!』
しびれを切らしたのだろう。グリズリーがこちらにとびかかってきた。
その鋭い爪は、どう見ても僕の首めがけて飛び込んできている。
あ、死んだなと思った。脳裏を走馬灯がよぎる。
グリズリーの爪が僕の眼前まで迫ったとき――、
視界の端で、金色の髪が揺れた。
「ちょっと、ドア開けっぱなしにしないでよ。寒いじゃん」
気の抜けたような声。
直後、不可視の衝撃が大気を切り裂いた。
ドンッ!! という破裂音が響き渡り、強烈な風圧が雪を巻き上げる。
頭が消し飛んだグリズリーは、その動きを止め、僕の目の前に倒れこんだ。
「あー、折れちゃったか。最悪」
そうぼやく森山さんの手に握られていたのは、揚げ物用のトングだった。……すでに半ばから曲がってしまっていて、使い物になるのか疑問だったが。
彼女は「んっ、しょ」とトングを無理やりまっすぐに直すと、何事もなかったかのように言葉をつづけた。
「いつまで突っ立ってんの、早く入って。寒いから」
「……え? ああ、はい、すいません……」
「とっとと弁当食いな~」
そういって彼女は戻っていった。きっといつもの指定席に戻るのだろう。寒さから逃げるようにちょっと早足だった。
呆然とした僕だったが、裏口のカギを入念にチェックしてそのあとを追った。
バックヤードに戻ると、弁当の前に割りばしがちょこん、と置いてあった。
蓋を開けると湯気と一緒ににおいが上ってくる。
生臭い獣の臭いではなく、馴染みのあるコンビニ弁当の匂いだ。
「……いただきます」
割りばしを割って、から揚げを口に放り込んだ。
かみしめると、熱い肉汁が口の中に広がっていく。
うまい。あたたかい。
腹をすべり落ちてく熱に、恐怖で凍り付いた心が少しずつ溶かされていくのがわかった。
ふと店内の方をみると。森山さんの方も僕の方をちらちらとみていた。
かと思うとすぐスマホを見つめる作業に戻ってしまった。しばらく見つめていても業務を始める様子はない。
空になった容器をゴミ箱に捨て、店内に戻る。
「ふわぁ~。ねっむ……」
森山さんはいつも通り、あくびをかみ殺しつつ画面をタップしていた。
聞きたいことはいろいろあった。
グリズリーを一撃で。しかもトングで……。
彼女はいったい何者なんだろう。
訊きたいことは山ほどあった。
けれど、彼女の背中があまりにも自然すぎて言葉が出てこない。
ただ、この日常が彼女によって守られたということだけが、すとんと腑に落ちた。
「森山さん」
「ん?」
ちら、と青い目が僕をとらえる。
「……ごちそうさまでした」
「ん」
ひらひらと手をこっちに振った。気にするなという雰囲気で、でも仕事を手伝ってくれる様子も微塵もなかった。
……休憩分は働け、ということらしい。
僕はため息が漏れそうになるのを必死にこらえながら、バイトの作業に戻っていった。
自動ドアの向こうに見える空は、白み始めていた。
長かった夜があける。
朝七時、次のシフトの店長がやってきて、僕らは解放された。
制服から私服に着替えて、店の外に出る。
雪はやんでいたが、朝の空気はキーンと冷たくて、吐く息は白い。
「うーさむっ。さむっ! 早く帰って寝よ……」
そういう森山さんのシルエットは丸かった。
ボリュームたっぷりのダウンジャケットに、顔が半分埋まるほどの厚手のマフラー。
さらにニット帽を目深にかぶっていて、エルフの特徴である長い耳も完全に隠されている。
すらりとした手足は見る影もなく、二足歩行の毛玉のようだった。
「いやもう無理、耐えられない。寒すぎっ」
「さっき店でたばっかりじゃないですか……」
「それでも! あー、あったかいの飲みたい……」
森山さんはそうぼやきながら、駐輪場前の自販機で立ち止まった。
ポケットから小銭を出して、ちゃりんちゃりんと投入していく。
その横顔をみながら、僕はさっきの光景を思い出していた。
あの一撃。圧倒的な実力。
触れずにはいられなかった。
「あの、森山さん」
「ん? 何。今悩んでるんだけど」
「すごかったですね、その、トングであんな……」
「あ~……。いいじゃんそういうの。忘れて」
「忘れてって、そういうわけにも行きませんよ」
「いくでしょ」
「お礼の一つくらいさせてくださいよ! ……コーヒーでもおごりましょうか?」
「いらない。自分で買う。コーヒー嫌いだし」
そういって彼女は、不機嫌そうに自販機のボタンを叩いた。
ピッっと音がして、ガコンと缶が落ちてくる。
取り出し口にあったのは、暖かい「ブラックコーヒー」だった。
「なっ……!?」
森山さんが目を見開く。どうやら、話に引っ張られてボタンを間違えてしまったらしい。
わなわなと肩を震わす彼女の姿に、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……いや、すいません……」
「なに笑ってんの」
怒られるが、その姿すらどこか愛嬌があるように見える。
それがどこかツボに入ってしまって、笑いが収まらなかった。
「いやっでも……ぷぷ……森山さん今っ……」
「うるさいな! 間違えただけ。お前がコーヒーの話するからだし」
あーもう、といって乱暴に小銭を突っ込む。今度こそ、と彼女はミルクティーのボタンを押し込んだ。ちょうど、ボタンはコーヒーと隣合わせにあった。
ガタン。取り出し口に並んだ二本目の缶を取り出す。
彼女はコーヒーの缶をジトーっと見つめると。
「いる?」
「いいんすか?」
「いらないし」
「じゃあもらいます」
言うやいなや。ポーンっと放物線を描いて缶コーヒーが飛んできた。
「うわっ」
慌てて受け取ろうとして、雪の中におっことしてしまった。
かがみこんで拾っている様子を、森山さんはけらけらと笑っていた。
「にぶいな〜」
「ひどいすよ。いきなり」
「ひどくない。これくらい反応できなきゃ、冒険者向いてないよ」
僕が雪に手を突っ込む姿を見て、満足したのだろう。
森山さんは自転車に跨って、ペダルを漕ぎ出した。
ギシ、ギシと雪を踏みながら自転車が動きだす。
「また明日」
ちらっとそう言い残して、彼女の背中が遠ざかっていく。
冬の乾燥した風に、自転車を揺らしながらゆっくりと。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しいような気がした。
僕はため息をつくと、缶コーヒーを開けた。ぷしゅ、と空気の抜ける音がする。
ぬるくなった苦味が冷えた体を温めてくれる。
はあ、と一息ついた。
「あしたは休むんじゃなかったんですか……」
ひとりごとが冬の空気を白く染め、宙に溶けていった。




