謎の術者
翌日、菜々子には結界を張った朔耶宅で留守番してもらい、3人は颯天と懇意にしていた術者の元を訪れた。亡くなる前の颯天について、朔耶の知らない情報が得られるかもしれないと期待してのことだ。事の経緯は朔耶から事前に連絡してもらっていた。
氷室 ゆかりは、ふくよかで柔和な印象の50代の女性だった。朔耶によると見た目とは違い霊力も相当なものだが、かなりの情報通なのだとか。
「人脈が半端じゃないんですよ。普段は穏やかですが、怒らせてはいけないタイプの人ですね。」
「ふふ。一応、誉め言葉なのかしら。颯天さんから東雲先生のお話はよく伺ってました。本当に敬愛なさっているのが伝わってきて出来ればお会いしたいとずっと思っていたんです。それにこの業界では有名人ですしねぇ。」
光栄だわぁ。と目を細める。
「それにしても」
紫苑に視線を移した途端にゆかりの目がギラリと不穏な光を放った。
「紫苑ちゃん、お若いころの東雲先生によく似てるのねぇ。昔、写真を見せてもらった事があるんだけど、それはそれは美男子で。すごい人気だったのよぉ! 紫苑ちゃんもすごい美人!! 男役になったらトップスターも夢じゃなさそうねぇ。」
ゆかりは某歌劇団の大ファンのようで紫苑を見て興奮気味だ。確かに紫苑と哲生はよく似ている。瞳の灰色も哲生譲りだ。満更でもない哲生の横で紫苑が困惑していると、コホンと朔耶がワザとらしく咳払いをする。
「冗談はそれくらいにして、そろそろ本題に入りたいのですが。」
あら、それもそうねぇ。と彼女は真面目な表情に切り替えた。
「例の魔物の話は颯天さんから聞いていました。次の後継者候補について相談されていたので。今年が再封印を施す年だというのも聞いていたので、颯天さんの訃報を知ってから私なりに情報を集めていました。」
ゆかりの情報によると、颯天と魔物について秘かに探っている術者がいたようだ。朔耶と似た歳の頃の男だという事は分かっているが、相当警戒しているらしく正体までは掴めていない。目立った特徴もないようで苦戦しているそうだ。今ある情報を精査した限りでは魔物を使役する事が狙いではないかと思われる。
「颯天さんが亡くなる5日前に私が受けた依頼の協力をお願いしたんですけど、死相は出ていなっかた。抱えていた依頼も危ないものはなかったはずよ。それなのに突然亡くなったのに少し違和感があったの。私が見落としたのかとも思ったけれど、調べてみたらきな臭い感じがしてきたのよねぇ。」
ゆかりは不敵な笑みを浮かべる。かなり怒っているのだろう、紫苑は冷気を感じて身震いした。
「父の死は偶然じゃないかもしれないって事ですか。」
朔耶が唇を噛みしめる。哲生も静かに怒気を放っていた。
「可能性はあるわねぇ。」
こんな時、朔耶に掛ける言葉を紫苑は持っていなかったが、何としても颯天を取り戻そうと誓った。
* * *
ゆかりの元を訪ねてから3週間が経ったが、術者や魔物について有益な情報は得られていない。焦燥感に駆られて、ついリビングをうろうろしながら思考を巡らせていると、顔なじみの浮遊霊が慌てた様子で飛び込んで来た。
「しおぉぉぉん!!」
「!?」
思わず浮遊霊に回し蹴りを炸裂させた。『ぐげっ』と潰れたカエルの様な鳴き声を発しながら吹っ飛んで行く。その様子を菜々子は口を開けたまま凝視し、哲生は素知らぬ顔だ。
「ひどい! 消滅するとこだったぞ!!」
「いきなり出てくんなっ! びっくりすんだろ!!」
ヨロヨロと立ち上がった浮遊霊の純平は、いかにもパンク小僧といった出で立ちの享年25歳のバンドマンだ。3年前、住処にしていた廃屋で悪霊に取り込まれそうになっていた所を、管理会社からお祓いの依頼を受けた紫苑に助けられた。それ以来、紫苑の眷属のように振舞っているが公式には認められていない。
「それで? なんかあったの?」
「おぉ! そうだった! もしかしたら俺、紫苑達が探してる男の情報掴んじゃったかも!」
「詳しく話せ!!」
哲生がすぐさま反応する。紫苑も前のめりに純平を見る。
「ここんとこ、いくつかの心スポで力の強い奴らが襲われてるらしいんだよ。弱い奴には見向きもしないみたいだぜ。お陰で目撃者が居たわけ。何人かに聞いたけど襲ってるのは同じ奴らだった。金眼の子供と術者の男の2人組だってさ。」
一呼吸置いてから、紫苑と哲生を見回す。
「そんで、その子供が術者のことを『トーミ』って呼んでたらしい。」
哲生が目を瞠る。
「『トーミ』……間違いないのか?」
「心当たりある感じ?」
「……ワシが紫苑の祖母と離婚した後、遠見 静乃という女と一緒になった。……静乃は魔物を封印した時に巻き込まれ亡くなってしまったが、術者の家系だった。」
「まさか、その静乃さんって人の身内の術者が?」
哲生は眉間に皺を寄せると黙ってしまった。
「でもさ金眼の子供って? 菜々子が見た魔物って真っ黒の赤ちゃんみたな奴だよね。」
「うん。あたしが見たのは真っ黒だったよ。」
「だよねぇ。もう少し詳しい話が聞きたいな。純平、誰か連れて来れそうな奴いないの?」
純平は腕組みをすると首を横に振る。
「無理だな。力の強い奴らは金眼の子供に取り込まれちゃったみたいだし、見逃された浮遊霊は術者が封じて連れてったらしい。残ってんのは地縛霊だけ。」
紫苑達は1番近くにある心霊スポットに出向く事にした。




