朔耶の決意
菜々子はおじさんの霊が朔耶の父親だと知って言い出しにくそうにしていたが、やがて重い口を開いた。
「真っ黒がいなくなって、あたしもやっと動けるようになってきた時に生きてる男の人が来たんです。その人が持ってた数珠におじさんを封印して、そのままどこかに行っちゃって……。」
真っ黒がまた戻って来たらと思うと恐怖で天井裏から動けず、その後の事は分からないと申し訳なさそうに菜々子は俯いた。しばらくは、真っ黒や謎の男を警戒して天井裏に身を潜めていたが、数日経って辺りの様子を確認すると異変に気づいた。あれだけ集まっていた霊達が居なくなっていた。危険を感じて逃げたのだろうかと思ったが、中には地縛霊も居たはずだ。地縛霊は他の場所には移動出来ない。だとしたら、真っ黒か謎の男に何かされたのかもしれないと考え、再び天井裏に潜んでいた所を哲生に見つかった。
「分からない事が多いけど、魔物の封印が解かれたのと行方不明事件がそいつの仕業なのは間違いなさそうだね。こりゃ、迷宮入り確定だな。」
紫苑は渋面を作る。健吾と菜々子の話を聞いた限り行方不明の5人は全員、魔物の犠牲になったのだろう。面白半分で心霊スポットに出向くなど褒められた行為ではないがあまりにも残酷だ。
(ふざけやがって……)
魔物に対する嫌悪感と同時に憤りが沸き上がり、はぁーと大きく息を吐いた。
「父を封印して連れ去ったという事は、おそらくその男は術者ですよね? なぜ父を……」
「どこの術者か分からんが目的は例の魔物だろう。使役しようとしているのか封印しようとしているのか。どちらにせよ、アレの存在を知っている術者はそう多くない。颯天をどうするつもりなのかも今の段階では何とも言えんが、彼奴ほどの霊力があれば利用しようとする輩は出てくるだろうな。」
気がつけば辺りは暗闇に包まれ、月明かりだけがぼんやりと光っていた。
警察の現場検証や鑑識作業により物証などはすでに回収されているし、菜々子以外の霊も見当たらないので、これ以上の情報は得られそうにない。菜々子は保護目的と他に何か思い出す事があるかもしれないので連れて行く事にした。夜も更けてきたので今夜は家に泊まってください。という朔耶の申し出にありがたく甘える事にして一行は帰路についた。
「コーヒーでも淹れましょうか。紫苑さん、コーヒーは大丈夫ですか?」
「寧ろ大好きです! できたらブラックのアイスコーヒーでお願いしたいです! あざっす!!」
勢いよく返事をすると朔耶はくすりと笑みを漏らし、『了解です。』と言ってキッチンへ入っていった。9月も半ばを過ぎようというのに、まだ残暑は厳しかった。
朔耶の淹れてくれたアイスコーヒーに口を付けると、程よい苦みと冷たさに気持ちと体がスッキリとする。ダイニングテーブルの向かいに腰掛け、マグカップを傾けていた朔耶がおもむろに口を開いた。
「僕も一緒に調べます。ちょうど仕事も一段落した所ですし。」
颯天が関わっていた事で、思いがけず当事者となってしまった朔耶はホラー小説の専業作家をしていて、先週書き上げた作品を目途に数年ぶりの長期休暇に入った所だった。作家自身が視える人なため臨場感溢れる作品には多くのファンがついているようで、ベストセラー作家の仲間入りを果たしている。高校生の頃に母親を亡くして以来、父親の颯天と2人で生活してきた。その父親も突然の不幸に見舞われ気持ちの整理をつけるためにも、しばらくゆっくり過ごそうと思っていた矢先に事態は急変してしまった。
紫苑と哲生は、顔を見合わせると言葉に詰まり、重たい空気が流れる。菜々子はオロオロと成り行きを見守っていた。朔耶の気持ちは解らなくもないが、彼の霊力の特性を考えると防御は出来ても攻撃は出来ない。ましてや、生前の哲生ですら手こずった魔物が相手では、どこまで防御出来るだろうか。強力な魔物と術者が関与している可能性が高いと思われる事案に、直接関わるのは命も危ぶまれるかもしれないのだ。紫苑と哲生ですら、どこまで余力があるか分からない。
「危険だという事は理解していますが、お二人に任せて蚊帳の外から見ているなんて出来ません。……そんな事は絶対に。」
朔耶の決意は固いようで、テーブルの上に置かれた拳は血が滲みそうな程に握られていた。断った所で単独で動くつもりなのが見て取れる。それならば、行動を共にする方がまだマシだろう。
哲生がため息を吐く。
「仕方ない。お前1人で無茶されるくらいなら目の届くところに居てくれ。ただし、くれぐれも無理はするなよ。ワシが駄目だと言った事は絶対にしないと誓え。」
「分かりました。先生や紫苑さんの足手纏いになるのは本意ではないので。決して無理はしないとお約束します。」
話が纏まると、緊張感から解き放たれた菜々子がグッタリとしていた。紫苑は小腹が空いてきたので朔耶とサンドイッチをつまみながら今後の相談をした後、英気を養うため眠りについた。




