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颯天の行方

「いつだ? 颯天(はやて)は……」

「7月31日でした。脳出血を起こして、出血した場所が悪くてそのまま……」

「31日……何てことだ……」


 哲生は明らかに狼狽している。


「じいちゃん?」


 紫苑が不安気に哲生を見る。


「一体何があったんですか?」


 健吾から聞いた話を共有すると、朔耶は眉間に皴を寄せ不快感をあらわにする。


「あの行方不明事件ですか。ニュースを見て【神の焔】の施設が映っていたので驚きました。」

「あそこの地下には魔物を封じてある。力の強い奴で封印するのもやっとだった。その封印も10年ごとに呪をかけ直さなければならない程だ。ワシが死ぬ前に颯天に役目を託したのが25年前の話だ。そして今年の8月1日に4度目の封印を施すはずだった……もしやと思ったがやはり封印が破られたのかもしれん。」

「じいちゃんが手こずる程の魔物って……。その魔物が解放されて今回の行方不明事件を起こしたかもって事? 颯天さんの霊体はどこ行っちゃったんだろう? そんな事になってるならじいちゃんに知らせに来そうなもんなのに……」

「そうだな……なんにしても【神の焔】に行って封印の確認をせねば。」


 * * * 


 施設のある山に到着した頃には、日も落ち始め月が薄っすらと輝き出していた。

 朔耶も同行してくれて山道を少し進むと、木々の間を塞ぐように黄色いテープが張り巡らされている。


「やばっ。まだ規制線張ってあるじゃん。1か月以上経ってるからいけると思ったのになぁ。」

「どうしますかね? 事件が事件だけに無理に進むと後々、面倒になりそうですが」


 万が一警察に見つかると説明が非常に面倒になる。事実を説明しようものなら確実に面倒になる。うーん。と2人で唸っていると


「ふむ。ワシが様子を見てくるから、少しここで待て。」


 守護霊の行動範囲は霊力に比例して個人差があるのだが哲生の場合、紫苑から半径5km程を自由に動く事が出来る。

 哲生はものの数分で施設に着くと、目的の部屋を確認する。

 扉の封印は破られ、祭壇の上にあったはずの木箱がない。注意深く辺りを確認すると、霊力の残渣が微かに感じられる。間違いなく奴の霊力だった。床の一部には、赤黒い染みが広がっていた。


(不味い事になった。)


 重いため息を吐き出すと、顔を顰める。警戒しながら建物の出口に向かう途中、視線を感じ天井を仰ぎ見ると崩れた天井の隙間から何者かがこちらを窺っていた。


「ひっ!」


 小さく声を上げ逃げる霊を捕まえると、低い声で問いただす。


「何者だ。ここで何をしている。」

「お、お願いします! 見逃してください! 誰にも言いませんから、お願い!! 殺さないでぇ」


 大きな瞳からボロボロと涙を流しながら「お願いします、お願いします。」と訴える小柄な少女をなかば呆れながら見ていたが、危険はないだろうと判断した。


「何か知ってるのか?」


 声を掛けるも、「すみません、すみません。」と繰り返すばかりで落ち着く様子のない少女にしびれを切らした哲生は、時間が惜しいと言わんばかりに少女の襟元を掴むとそのまま紫苑たちの元に引き返した。


 レースをふんだんにあしらった膝丈の黒いワンピース、厚底ブーツにこれまたフリル多めのボンネットを身に着けたゴスロリ少女を引きずりながら戻って来た哲生を、紫苑と朔耶は驚愕の眼差しで見つめる。


「え……じいちゃん、どーゆう状況……」

「何か知ってるようだが話にならんのでな。取り敢えず連れて来た。」


 まったく状況がつかめないが、ゴスロリ少女が怯えているのは確かなようだった。

 仕方がないので少女を落ち着かせようと紫苑が声を掛けた。


「えっ……かっこいい……。」


 紫苑のビジュアルがどストライクだったのか、食い入るように見つめる少女に戸惑いながらも質問を投げかける。


「あ~、私は紫苑といいます。お名前と何があったのか聞いても?」

「紫苑さん…… あたし菜々子(ななこ)です! 17歳です! 紫苑さんいくつですか? 彼女とかいます!?」

「……24です……彼女、いないです。……私、女です。」

「彼女いない!? マジで! えっ!! 女の人!? ってかあたしの事、視えてるじゃん!!」


 怒涛の勢いに思わず後ずさる紫苑とドン引きしている朔耶に構うことなく、さらに勢いを増していく菜々子に哲生のげん骨が落ちた。


「落ち着かんかっ!! 知っている事を話せっ!!」

「はい……」


 頭を抑えながら涙目の菜々子が話し出す。


「あたしは浮遊霊やってて、いつもみたいにフラフラしてたら大学生くらいのグループが肝試しの話をしてるのが聞こえて来て。なんか楽しそうと思ってついて来たんだけど。中に入ったら、幽霊の溜り場になってて、大学生を見るなり『またかよ』ってキレた霊がちょっかい出し始めたんです。でも、誰も霊感ないみたいで全然気づいてなくて。何にも起きないから、1人ずつ開かずの扉の写メ撮って来ようって流れになったから、あたしも一緒に見に行ったんですけど最後の人の時に様子が変わって。」


 そこで言葉を区切ると身震いした。菜々子は感覚的に扉には封印があって開けられないのだと分かったそうだが、最後に訪れた男が乱暴に扉を開けようとしていると封印が解かれたのを感じたらしい。


「……扉が開いちゃって、部屋に入ると祭壇の近くにおじさんの霊が居ました。そのおじさんが、あたし達に気づいて『来るな』って叫んでて。その時、男の人が祭壇の木箱に触ろうとしたら、箱が爆発したみたいになって物凄い霊力で天井裏に吹き飛ばされて、しばらく動けなくなって。それで、天井の隙間から真っ黒な赤ちゃんみたいなのが男の人を……た、食べてるのが見えて……うっ」


 余程、恐ろしかったのだろう菜々子は真っ青になりながら嗚咽を我慢している。


「……どんなおじさんでした?」


 気づかわしげに朔耶が尋ねる。


「え……っと、長髪を後ろで縛ってるイカツイおじさんでした。」

「父で間違いなさそうですね。」


 哲生が頷く。


「そのおじさんがどこに行ったかは分かりますか?」

「あの……」


 菜々子は言い淀み、朔耶から視線を外すとぎゅっと目を閉じた。

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