健吾の事情 2
健吾の話によると、大学の友人6人で夏休みにとある廃墟に肝試しに行き、そこで真っ黒に焦げた小さな何かに襲われたという。建物内にいる友人1人を入口近くで待っていると、一緒にいた5人の内女の子の1人が突然、血飛沫を上げながら倒れ込んだ。非常事態に全員がパニックになり、健吾は隙をついて無我夢中で逃げ出した。廃墟から自宅まで、かなり距離はあったもののどうにか無事に帰宅した。
その後は、友人達を見捨ててしまった罪悪感と真っ黒な何かに襲われた恐怖、また襲われるのではないかという不安など色々な感情がない交ぜになり部屋から出られなくなった。
「お、俺、友達なのに1人で逃げちゃって、みんな行方不明、になったって聞いて……あ、あいつに見つかるんじゃないかと思って、カーテン、も開けられないし……暗くなるとあの時の光景が浮かんできて、で、電気消すのが怖くて……」
絶望に顔を歪ませ、嗚咽交じりに健吾は必死に話してくれる。健吾の背後で見守っている先祖霊に確認したところ、嘘は言っていない。子孫を心配して幽世から降りて来たようだ。
(人を喰らう化け物……ね)
あまりの内容に嫌悪感を覚えたが、おくびにも出さずただ静かに話を聞く。一通り話を聞き終えたところで、哲生の顔色が変わったのが気になったが、ひとまず紫苑は健吾に意識を集中する事にした。
伶花の言っていたように、焦げ臭さと死臭はするが、残り香程度に薄れている。ただ、ひと月以上の時間が経過しているにもかかわらず、未だに痕跡を残すほどの力のある何かと接触した事は間違いない。通常、興味を持たれたり執着でもされない限り霊の痕跡は3日ないし1週間も過ぎれば完全に消えてしまうはずなのだ。
「今の所、その何かが健吾くんに対して執着している様子はないです。ただし、今後どうなるか予測出来ないので、それが近づけないようにしておきます。それと、もしよければこれを。リラックス効果と魔除けになるので。」
紫苑は、カバンから手の平サイズの布袋を取り出し、健吾に手渡した。白と青のグラデーションに染められた袋からは、ほんのりとお香の香りがする。健吾は、コクリと頷いた。強張っていた体から僅かながら力が抜けたようだった。
伶花が、健吾を労るように抱きしめ『ありがとう。しばらく健吾の傍にいるね。』と紫苑に告げた。
念の為、強めの結界を施し健吾の家をあとにしたのは午後3時を過ぎた頃だった。紫苑は、運転席に座ると哲生に問いかけた。
「で、じいちゃんは何を知ってんのかな?」
「……健吾達が行ったのは、ワシがやっとった【神の焔】の施設で間違いないだろう。」
「あぁ。じいちゃんが教祖してたっつう。てか心スポになってんのかよ。」
「詳しい話をする前に、確認しておかなくてはならん事がある。まずは、颯天に会いに行くぞ。」
颯天というのは、生前の哲生の弟子の中でも1番力の強い人だそうで健吾と同じ県内に住んでいるらしい。難しい顔をしている哲生に嫌な予感を感じながら、ため息をつくと紫苑は車を走らせた。30分程で颯天の自宅に到着する。2階建てのなかなか大きい一軒家だ。
「連絡もなしに急に来ちゃったけどいるかな?」
「大丈夫だろ。」
楽観的な哲生をジトリと睨みインターホンを押す。少し間があってから男性の声で返答があった。
「はい。」
「お忙しい所すみません。私、東雲 哲生の孫で紫苑と申します。颯天さんはご在宅でしょうか。」
「……少々、お待ちください。」
ガチャッと玄関が開くと40代くらいの男性が出て来た。中肉中背、焦げ茶色の髪を後ろに丁寧に撫で付け、細い銀縁の眼鏡をかけている。白いシャツに黒のスラックスで清潔感がある。男性は、眼鏡を少しずらして紫苑の後ろに目をやると
「哲生先生……ご無沙汰しております。お孫さんは、初めましてですね。」
哲生の弟子だっただけあって話が早い。ただ、想像していたよりも若いなと思った。人懐っこい笑顔を浮かべるとリビングへ案内してくれた。綺麗に整頓されたリビングは家主の趣味のよさをうかがわせる。
「突然お邪魔してしまってすみません。改めまして紫苑と申します。」
「楡崎 朔耶です。僕も父と一緒に子供の頃から哲生先生にはお世話になったんですよ。まぁ僕の場合、視えたり話したりはできるけど祓うことはできないので、自分の身を守る術を教えてもらいました。」
憑かれやすいのでと苦笑を漏らす。哲生に普通に接しているので、すっかり本人だとばかり思っていたが、朔耶は颯天の息子だった。どうりで若い訳だ。一部とはいえ霊力を受け継いでいてくれて助かった。
「朔耶、颯天はどこだ? 確認したい事があるんだが」
「……父は、1ヶ月半程前に亡くなりました。」
哲生の顔がみるみると青ざめていった。




