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健吾の事情 1

 都内にあるマンションの1室、1LDKの15帖あるリビングに白いテーブルと黒い革張りの2人掛けのソファが2つ応接用として設置されている。ソファには、疲れた顔をした健吾の両親が並んで腰掛け、向かい側に紫苑その横に伶花が座り、紫苑の後ろに哲生がいるのだが、当然ながら両親には紫苑しか見えていない。


「何が起きているのか、まったく分からなくて……」


 沈痛な面持ちで父親が話す。

 1ヶ月程前、ボロボロになった衣服に傷だらけの状態で息子の健吾が慌しく帰宅したかと思うと、そこから様子がおかしくなった。


 何かに怯えるように部屋に引き籠り、食事や睡眠もきちんと取れていないばかりか、突然叫び出したりする。事情を聴こうにも、まともに話が出来ない。それから数日して警察が健吾を訪ねて来た。同じ大学の友人5人が行方不明になっているという。連日、ニュースで報道されている行方不明事件の生存者とは健吾の事だった。最後に目撃された際、健吾を含めた6人でいた事から話を聴きたいと言われたが、警察の事情聴取でもまともに会話は出来なかったそうだ。



 夏休みが終わっても大学はおろか外出もままならず、常に何かに怯え、やっと眠れたかと思うと悪夢を見るのか発狂する様に飛び起きる。目は落ちくぼみ、日に日にやつれていく姿に両親とも心を痛めている。


 一体何に巻き込まれたのかと不安な日々を送っていると、唐突に健吾が「紫苑という霊能者を連れて来て欲しい」と言い出した。困惑する両親にかまわず自室のドアの向こうから、必死に懇願する健吾を扱いかねている父親に、それで健吾が落ち着くのならと母親が後押しした。


 この1週間程、伶花は健吾が耐え切れずウトウトとする度に、夢枕に立ち紫苑を頼るように働きかけていた。


 だが伶花の力では、霊感の弱い健吾にメッセージを伝える事ができない。そこで生前、業界では力のある術者として名を馳せていた哲生が中継器の役目を買って出た。哲生の強い霊力を媒介に2人の霊体を繋ぎ、さらに一時的に健吾の霊感をこじ開けたのだった。連日、伶花が夢の中で「紫苑を呼んで」と心配そうに訴えかけてくる。起きている時も、伶花が傍にいる気配を感じる。別れた後も忘れられなっかた彼女。訃報を知った時のショックは計り知れなかった。


 こうして不安定になっている健吾は藁に縋った。


 そして、さっきからチラチラと紫苑の隣や後ろに視線を向ける母親。


「えっ。ちょっと、もしかして!?」


 伶花がバシバシと紫苑の肩を叩き、哲生は頷いている。


(……なるほど。薄っすら視える人な訳ね)


 両親からの依頼を受けた次の日、紫苑達は車で2時間程かけて健吾の家へと向かった。

 玄関で出迎えてくれた母親は、やはり伶花と哲生に何となく気づいているようだ。

 健吾の部屋のドアを母親がノックしておずおずと声を掛ける。


「健吾、紫苑さんがいらしたわ」


 しばらくして薄くドアが開いた。ドアの隙間から僅かに見える健吾の姿は悲惨なものだった。ブリーチされた髪は根元の黒が目立ち、無精ひげに覆われた顔は頬がこけ目元には濃い隈がはっきりと浮き出ている。Tシャツから伸びた腕は、肉が削げ骨張っていた。死んだ魚の目とは、まさにこういう事なのだろう。


「……入って……ください」


 力ない声で健吾が紫苑を部屋の中に促す。

 紫苑は微笑むと中へと入っていった。昼間だというのに、カーテンは固く閉じられ室内灯が煌々として、かなり散らかっていた。ドアを閉め、健吾は紫苑を見る。自分よりも少し背が低いので170cm程だろうか、細身の体躯、手足が長くモデルのようだ。前下がりの黒髪ショートヘアで、小さな顔は目を瞠るほど整っている。中性的な美貌の持ち主に思わず見惚れてしまう。


「座っても?」

「どうぞ……」


 ハッとして答える。紫苑は床に散乱している物を少しどけると、胡坐をかく。健吾は、ベッドに座り俯いた。しばしあって、視線だけ向けると灰色の瞳と目が合った。顔を上げると、ゴクリと息をのみ口を開こうとするが、信じてもらえるか自信がない。どこまで信用出来るのかも分らず、本当にこれでいいのか後悔が頭をもたげる。再び俯き足元を見つめる。


「伶花さん、とても心配してます。」


 伶花の名前を聞いて、健吾の体がビクリと跳ねた。伶花が苦笑する。


「私とは、初対面で信用するのは難しいと思いますが、ゆっくりで構わないので。どんなに突拍子のない話だと思われる事でも話してもらえると助かります。」


 ゆったりとした口調で紫苑が話す。にわかに信じ難い伶花との経緯を丁寧に説明してくれる声は、不思議と落ち着く。他に頼れる人もおらず、意を決した健吾は紫苑に真っ直ぐに向き直ると、訥々と話し始めた。



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