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第四十七話 花火大会 ② (必見の主役)

 泉美の後ろの方から丘を上がってくる複数人の人影があった。陸上部の部長と、女子マネージャー長と、高野の三人だった。

「おお、雪本、元気してた」

部長は闊達に尋ねてきた。まだ練習に参加しているのだろう。最後に退部の相談で会った時よりも体が引き締まっていた。

「お陰様で、ここに来れるくらいには回復しました。こいつ、バスケ部の友達で東井って言います」

雪本が促すと、東井はよどみなく挨拶した。

「こんにちは。今日、参加させてもらいます。バスケ部からも何人か来て、お世話になると思いますけど、そいつらもよろしくお願いします」

「ああ、ちゃんとしてる」

部長は自身の胸元に片手を当てて、おどけて見せた。しかし声にはしっかりと感情が乗っていた。

 飾り気はないが圧迫感もない、かすれたライトグレーの甚平がそうした印象にそのままぴったり沿っているかのようだった。

「陸上部の部長の間鍋です。こっちは女子のドンの清良さん。そっちがうちの自慢のエースの高野。人数増えたほうが絶対楽しいし、来てくれてありがとうだし、雪本もつれてきてくれてありがとう」

「誘ってくれたの、泉美さんだし」

「ああそうだそうだ、泉美ありがとう」

「誘ったのは私ですけど、提案したのは浜上さんです」

「ああー、じゃあ浜上と榊にお礼言ったらもう十分かな」

 間鍋がそう言うと、東井がくすくすと笑った。東井が初対面の人間に対して笑ってしまうのはかなり珍しい。日々、真菜や川上といった年長者と接している雪本でも、間鍋を子供じみて感じるということが無かった。

 少し見ない間に、人としてもう一段階磨きがかかっているように思えた。

「ねえ、泉美副部長、榊副部長は浜上ちゃんと一緒に来る感じ?」

清良が声を潜めて尋ねると、泉美は首を横に振った。

「浜上ちゃんは、一年男子の怪我のお世話があったんで、まだちょっとお着替え中みたいなんです。……その代わり、榊副部長は私と一緒に、一番乗りで来てますよ」

「えっ、もう来てるんだ」

東井が素っ頓狂な声を上げた。

 清良は首をひねって、間鍋に問いかける。

「ここに来る途中、見た?」

「全然。雪本と東井君も、来る途中見なかったんだろ?」

「はい、全く……」

「……」

 全員がぴんと来ない中、高野だけは何か言いたげにしながら、ただ黙っていた。

 泉美がくすくすと笑いだす。

「先輩たち、そこの道通ってこられたんですよね?」

「うん。そう。校門の方から回って……」

「川辺、通りました?」

「もちろん」

清良が頷きながら返答した。

「じゃないとこっち来られないし」

「……高野さん、ひょっとして気づいたんじゃないですか?」

間鍋と清良が、一斉に高野を見た。高野は、眉間に皺を寄せながら、

「多分。珍しく向こうから挨拶してこなかったから、こっちもあんまり声かけない方がいいかと思って」

と答えた。黙っていたのがばつが悪いというより、また何か違う引っ掛かりがあるような顔だった。

「え、どこ、どこにいた?私わかんなかったよ」

「……あれだろ?あの、川のそばの、ベンチに座ってた」

高野のその言葉に、泉美は細かくうなずいた。

「そうです」

 間鍋と清良と高野が一斉に、自分たちがつい先ほど歩いてきた川辺の方を眺めた。

 しかし川辺は川辺で木々に囲まれているので、ここからではその人影を見ることはできない。

「確かに背格好それっぽいっちゃぽかったな」

「え、本当に()()()?」

清良が声を潜めた。やや興奮しているようですらあった。

 間鍋が目を輝かせ、雪本の肩を押した。

「見てきな、ちょっと、必見だよ」

「わかりました。あっち?あっちですよね?」

「そうそう、あっちあっち」

「泉美、案内したげたら。私しばらくここ様子見てるから、休憩がてら」


 歩き始めると、高野もこちらに着いてきた。

「ご用ですか、高野さん」

「残されてたまるか。ついさっきたまたま合流しただけだ」

泉美は、ああ、と苦笑いした。その視線の先には、高野の気づかいをどう思っているんだか、間鍋と清良が平気でニタニタこちらを笑っているのが見えた。

 心持ち背を伸ばして、高野は雪本に向き直った。

「よう」

「お久しぶりです」

「その節は、大量に面倒かけて申し訳ない」

「負けないくらい迷惑かけたと思うので、俺の方こそすみません」

高野は、軽く肩をすくめ、満点のとは行かないまでも、笑顔を浮かべた。

「外に出ておく言い訳が欲しい。飲み物でも買ってくるけど、何がいい?」

高野はまず東井に視線を合わせて尋ねた。

「ありがとうございます。なんでも大丈夫です、けど、ごめんなさい、もしあったら、レモン系の……炭酸でも大丈夫なんで」

「わかった。雪本と泉美は」

「俺はじゃあ、なんだろ、アイスコーヒー的なやつで」

「缶になるけど」

「まあ、しょうがない」

「偉そうに……泉美は」

「あったかいのが欲しいです」

「面倒臭いな」

そう言いながらも、高野は素直に踵を返して公園の外に出る道を歩こうとした。

「榊くんには買ってあげないんですか」

泉美が声をかけると、高野はとても複雑な表情を浮かべて振り返る。

「買う分には構わないけど、向こうは今は、絡んで欲しくないんだろうし、俺も絡みたくない。本人が何か欲しいって言ってたら、連絡してくれたら用意するよ」

「了解しました」

 泉美がそう返事をすると、高野もうなずいて、今度こそ出口へ向かって行った。

 川辺に抜けられる通り道へと歩きながら、東井がこっそりと呟く。

「思ったより、普通のいい先輩って感じでびっくりした」

「ああ、まあ、練習中はあれよりちょっとピリピリするけど、基本、あんな感じだよ。特に東井なんか嫌味のない後輩だと思うから、向こうからしてもやりやすいんだろうし」

「雪本君との事しか知らないと、もっとどぎつい先輩に感じるよね。隣に望月さんが引っ付いてくると良くも悪くもまた印象変わるし……」

そこまで言って、泉美は変な風ににやけた。

「今日に限って言えば、気前が良くなってるんだろうしね」

「気前? どういうこと?」

「普段は後輩があいさつをサボろうもんなら、その場で注意する人だもん。榊君が相手でもね」

いや、そういうことじゃなくて。と目で問い掛けたが、泉美は話をはぐらかしたきりまるで説明するつもりがない様子だったし、東井はそれ以上に榊の事が心配なようで、堰を切ったように早口で尋ねた。

「榊、今日、どうなの。みんな榊だってわからなかったみたいだけど。……何、髪型変えたとか?」

「ううん。そんなことないよ。そりゃ、多少セットはしてるけど、いつもとそんなに変わらない。単純に、歩き回って崩れたりとかが無いようにしたって感じ」

 泉美はそう言って、雑木林から川辺へと抜ける道を通った。雪本と東井も後に続いたが、ま白い夏の日光が四方八方から突き刺さって思わず目を背ける。泉美は直前に同じ道を通ったからか、慣れた風に手で元に影を作って、優雅に前を見ていた。 

「じゃあ……」

東井が眩しさに半ば呻きながら続けた。

「じゃあ、単純に、浴衣の問題?」

「そうね。……浴衣を着ているから、別人に見えちゃってるって感じだね」

泉美のその含みのある声に、東井が口の中で何かを言い損ねた。代わりに雪本が返事を引き継ぐことにした。

「変な浴衣着てたりってこと?キャラじゃないデザインのやつとか」

「そんなんじゃないよ。だったら間鍋さん、必見だなんて言わないよ。そこまでいじわるじゃないもの」

泉美はおかしそうに笑った。

「二人とも、絶対見えてるのに、やっぱり気づいてないね」

「え?」

「ほら、あそこ」

 三メートル前方の真正面、長い川の流れを挟んだ対岸。

 木陰のベンチに座っている人影があった。

 川辺に出た時から視界には入っていた。

 和服を着ていることや男性であること、座っていてさえ伝わるようなすらりとした長身の持ち主であること等、頭の隅で把握していたし、なんなら、格好のいい人が座っているなと、心のどこかで考えてはいた。

 東井が流れをひょいと飛び越えて、榊、と、まだ半信半疑の響きで声をかけると、その男性は緩慢なしぐさで顔を上げ、雪本を見て、目を瞠った。

「あれ、雪本君が来るって、伝えてなかったっけ」

「いや……聴いてたけど」

かすかに掠れて神経質に揺れる声と、正確な滑舌。特徴的な三白眼。


 遠目にも格好のいいその男性こそ、今日のこの日の主役である、榊知理その人だった。


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